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『これまで、これから 』
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 日々が過ぎるのはあっという間で。

 季節が過ぎるのもあっという間で。

 年月が経つのも、また然り。

 まとわりつくような湿気ももうすぐ無くなって、──夏が来る。




 刀の手入れをしていた蒼(aa4909hero001)は、ふとその手を止めて視線を上げた。能力者の自宅であるここは酷く静かで、ただ木々のざわめきだけが耳元を擽る。覗く空には白い月がぽっかりと、蒼の顔を照らしていた。
(……珍しいな)
 そう評したのは、空の天気のこと。梅雨入りしてからは雲ばかりを見ていたように思うが、今夜の空は綺麗だ。少しばかり過ごしやすいのも、きっと天気が関係しているのだろう。
 さりとて、この空が続くことはありえない。空は移り気で、気まぐれで。朝になれば雲が立ち込めているかもしれないのだ。
 けれどその日々を過ぎてしまえば──うだるような暑さがやってくる。それを目前にしたと思えば、『やっと』という思いと『もう』という思いがない交ぜになったような心地がした。

 2年前。桜並木を戦場に従魔と戦った。戦いが終わって、能力者に『花見をしよう』と誘われて。あの時は『興味がない』と答えた筈だ。
 桜を見ることが嫌だったわけではない。散る桜は美しいとも思う。ただ、それを能力者に言うつもりも、そして共に見るつもりもなかっただけで。
 共に見ることとなったのは2年後──今年の春。あの桜並木ではなく、図書館の敷地にあったただ1本の桜を、2人で見上げた。
 能力者の言う通り、どこにどの様な状態で在ったとしても、桜は美しく。同感だ、と告げた蒼を能力者が何やら嬉しそうに見上げていた。

(変わったのは……いや、『進み始めたのは』か)
 そのきっかけは、全てが終わり始まった後のこと。人々が何気ない日常に戻りかけていたとある日。今のように、刀の手入れをしていた所へ能力者が声をかけてきたのだった。
 ──罪を告白したい、と。
 過去から逃げ、蒼から逃げ。そうして向き合おうとしなかった姿勢が変わったのは、歳月によるものか。それとも、誰かの影響によるものか。
 理由は定かでない。けれどその告白をするために、生半可な覚悟でなかったことは分かった。ずっと逃げ続けていたのだから、尚更覚悟が必要だったことだろう。
 背を向けていた能力者が、こちらを向いた。ならば蒼も向き合おう。──その日からが、新しい始まり。新しい1歩。

 この数ヶ月は決して短くないはずなのに、あっという間に春が過ぎて夏がやってこようとしている。恐らく夏も、その先の秋も冬も同じように駆け抜けていくのだろう。
(……いつか)
 あのタイムカプセルを開ける時──あの時告げた通り、生き延びているかという懸念はあるが──その時が来たら、どんな姿になっているのだろう。
 能力者も、第2英雄も、蒼自身も。
 取り留めのない考え事、解のない問いかけ。自分でもそう分かっているけれど、ふと浮かんだ問いだった。
 視線を落とせば、手元の刀が月明かりを弾いてきらりと光る。共に、自らの言葉が甦った。そして、タイムカプセルに収めた言葉も。
『今は無き初めの誓約だ──』
『命懸けで己と友の生を掬えているか』
 再び始まったあの日、口にした言葉は──死なば諸共、と。
 あのタイムカプセルを開けられたのなら、3人で生を歩み、進んでいるのだろう。それはきっと──未来がどんな状況だったとしても。
 そうであれと、願う。
「……雲か」
 陰った光に再び顔を上げると、薄曇りが月を隠し始めていた。少しだけ湿った匂いが鼻をくすぐる。
 蒼は月から視線を外し、静かに刀を鞘へ戻した。




 季節が過ぎるのはあっという間で。

 月日が過ぎるのもあっという間で。

 時間が経つのも、また然り。

 ──蛍の舞う季節も、あともう少し。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 いつもお世話になっております。蒼さんのおまかせノベル、お届けいたします。
 とてもお時間戴きましてすみません……! これまでとこれから、ということで月を眺めながら物思いに耽って頂きました。
 お気に召しましたら幸いです。イメージと異なる等ございましたらお気軽にご連絡下さい。
 この度はご発注、ありがとうございました!
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2019年07月05日

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