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『 ■ 暴食の館 ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 いつからそこにあるのか誰も知らない。しかし昔からあったのかと問われれば誰もが首を傾げる。いつの間にかそれはそこにあった。鬱蒼と庭木が生い茂り、壁は蔦が覆って煉瓦造りなのかコンクリート造りなのかさえわからない。ただ古そうだという事だけは伺い知れるだけだ。
 時折、子供たちの声がしては消えていった。

 ――洋館が静かに佇んでいる。


 ▼


「よろしくお願いします!」
 元気に少女が頭を下げた。
 この世界に仮住まいを得てから幾星霜、東京に少なからずもかぶれる日々、美味しいスイーツにあれこれや、そんな情報を垂れ流すテレビの中から出てきた少女SHIZUKU(PCA004)を、ティレイラ(PC3773)は感慨深げに見つめやる。それから慌てて頭を下げた。
「こちらこそ、お願いします!」
 とはいえ、今の彼女はアイドルのそれではない。私立神聖都学園怪奇探検クラブ副部長の顔であり、とどのつまり“これ”は彼女曰く部活の延長という事であった。
 クラブ内に飛び込んだ神隠し事件の真相に迫りたいがさすがに、無鉄砲であっても1人で突っ込むほど無謀ではなかった、というわけで、紆余曲折あって配達屋さんの傍らなんでも屋さんを営むティレイラに同行のお鉢が回ってきたのである。
 とういうわけで、2人は意を決して神隠しが多発しているという廃屋となったくだんの洋館に足を踏み入れたのだった。
 想像に反して中は思いの外明るかった。大きな窓が外の光をたっぷり取り入れているからだろうか。
 建物から発される魔力からの影響を受けぬようティレイラが簡易結界を張って進む。広いエントランスホールには廃屋にありがちな蜘蛛の巣などは見あたらず、歩く度に埃もたたない。その事実が、いっそう不気味さを増していた。
 豪奢なシャンデリアも誰かが磨き上げているのか古びた様子はない。
 外観から3階建てと思しき洋館を上から見て回ろうという事で2人は階段を上った。毛足の長いカーペットの敷かれた廊下を進む。
 今のところ自らがたてる足音以外に音はなく人の気配もない。行方不明になった人達の痕跡どころか、そもそも人が入った形跡すら感じられない不気味さが漂っている。
 誰もおらず掃除している誰かがいないとなればここは新築の洋館。だが、そうすると外観とのギャップに首を捻りたくなる。百歩譲ってリフォーム直後にしても、だ。
「ますます怪しくなってきましたね」
 SHIZUKUが呟き2人は顔を見合わせ息を呑んだ。
 奥の部屋の扉をノックする。勿論、返事はない。扉を開くと書斎だろうか、壁一面に書棚が並び窓辺に大きなデスクが一つ。
 やはりどれも真新しい。
 SHIZUKUは書棚の1冊を手にとった。パラリとめくって驚愕に目を見開く。
「あ、ティレイラさん……」
「どうしたんですか?」
 ティレイラはSHIZUKUが差し出している本をのぞき込んでみた。それは1人の人間の生い立ちの記のようであった。問題は誰の生い立ちか、である。
「この人、最近神隠しにあった人です!」
「え……」
 ティレイラは別の本をとって開いてみた。やはり誰かの生い立ちの記。
「間違いありません!」
 それを覗き込むようにしてSHIZUKUが断言した。
「まさか……ここにある本、全部?」
 とはいえさすがに書棚の本全部がそうなのだとしたら行方不明者の数が多すぎる。もっと騒ぎになってもおかしくない。
「私も行方不明になった人全員を把握してるわけじゃないですけど……」
 SHIZUKUはそう言って別の本に手を伸ばした。
 ティレイラは生い立ちの記された本のハードカバーの表紙を手のひらでそっと撫でてみる。
「この本が生きてる感じはしないですね」
 行方不明になった人が本に封印されている、というわけではなさそうだ。
「本以外も調べてみましょう」
「ええ」
 2人は本を戻してデスクの方に移動した。
 真新しく見えるスタンドランプのスイッチを入れると程良い光が机の上を照らした。電気は通っているという事だろうか、しかしそれらしいコードは見あたらない。引き出しを開くとステーショナリーグッズが綺麗に並んでいるだけで、特に目を引くようなものはなかった。
 ただ。
「……!!」
 SHIZUKUがそれを見つけて半歩よろめいた。
「どうしました?」
 気遣うようにティレイラが声をかける。
 SHIZUKUが握りしめていたのは凝った装飾の施された銀製のペーパーナイフだった。
 その時だ。
 蔦の群が床を這うようにしてSHIZUKUの下へ伸びてきたのは。
 反射的にSHIZUKUが持っていたそれで払うがペーパーナイフの切れ味では全く歯が立たない。
 ティレイラが右手を振った。魔力の刃が蔦を切り裂く。
 窓を押し開けて、ティレイラは翼を出すと、再び蔦に襲われようとしているSHIZUKUの体を空中から抱えあげ、窓に向かって一目散に飛んだ。
 しかし、蔦は壁や天井を伝ってティレイラの足に巻き付くと部屋の中へと引きずり戻し窓を閉めた。
 床にしたたか体をぶつけたが、ティレイラはすぐに起きあがると左手にSHIZUKUを抱え床を蹴り宙へ、逃げの一手を考える。
 しかしそれを阻もうと蔦は瞬く間にティレイラの腕や体に巻き付いてきた。それを掴み千切っては投げ捨てたがきりがなく、やがてパリンと音をたてて簡易結界が崩れた。
「SHIZUKUさん!」
 ティレイラは血の気が引くのを感じた。SHIZUKUの体を抱えていた腕が妙にずしりと重くなったからだ。
「あっ!?」
 自らの抵抗も弱まる。腕が痺れて動きにくくなっていた。いや、腕だけではない。麻痺は気付けば全身に及んでいた。SHIZUKUどころか自身の体も重く支え難くなって、気付けばティレイラの体は床を這い、頬がフローリングの床の冷たさを伝えてきた。
 視線の先にペーパーナイフが転がっていた。
 脳裏に、館には入る前に見せてもらった行方不明者の写真が過ぎった。
 その装飾はただ天使を象っているだけのようにも見えたし、ただそういう格好をさせられた行方不明になっている男の子のようにも見えた。
 ああ、とティレイラはぼんやり思う。
「お姉、さま……」
 そうしてティレイラは意識を手放した。


 ▼


 その日、瀬名雫(PCA003)からメールが届いた。彼女とはティレイラを通じて多少の面識はあったが、シリューナ(PC3785) にしてみれば怪談・怪奇・オカルト関連の情報サイトの管理人という以上のものではなく知人と呼べるほどにも関係は深くない。だからティレイラを介さず彼女が直接シリューナに連絡をとってきたというのは珍しい事だった。
 しかしメールの内容を確認してシリューナは得心がいくと同時に何とも複雑なため息を吐いていた。
 数日前、行方不明者相次ぐ洋館にSHIZUKUが誰かと入っていったという目撃情報が雫のサイトにあったという。そして未だに2人が洋館から出てきたという目撃情報はない。サイトの閲覧者の1人が気になって洋館にドローンを飛ばし中の様子を伺ったところ、SHIZUKUに似たジランドールを見つけたという。その写真に、ティレイラに似たジランドールも写っていたという事で雫がシリューナに連絡をくれたのだった。
 ティレイラは数日前からなんでも屋さんの仕事で家を開けている。それ自体はよくある事ではあるのだが。ティレイラによく似たジランドールも気になってシリューナは早速、出かける事にした。
 雫から貰った地図を片手に現地へ向かう。実は雫との連絡は地図のやりとりを最後に連絡が途絶えていた。
 晴れているのにどんよりとして見える古びた洋館。蔦に覆われ庭も荒れ放題のように見えた。
 石畳を抜けて大きな両開きの扉の前に立つ。今は結界や魔力のようなもは感じられない。
 シリューナは静かに扉を開いた。これだけ古びているのだ、さぞぎぎぎと嫌な音でも立てるかと思われたが存外滑らかにそれは開かれた。
 中は外観とはうってかわって真新しく、そして魔力に満ちている。
 シリューナは静かに目を閉じた。瞼の裏に渦巻く魔力の流れ。その中からティレイラのものを探す。
「あの扉の向こうかしら?」
 目を開くとそう呟いてシリューナはそちらへ歩き出した。想像以上に魔力が濃く、力の強い者にとってはまるで水の中を歩いているような息苦しさと重苦しさを感じてしまう。
 扉を開くと廊下に出た。どうやら、その先にお目当てのものはあるらしい。
 廊下を進むと再び両開きの木製の扉があった。ゆっくりと開いて中へ。
 広いダイニングルームに巨大なテーブルが鎮座する。両脇に添えられた椅子の数はざっと見て10を越えるほどであるからその広さは伺い知れるだろう。
 テーブルの中央に今は咲き誇らんとする色とりどりのフラワーアレンジメント、それから両脇に大きなジランドールが2つ置かれている。
 シリューナは近くの椅子に腰をおろしてその内の一つを引き寄せた。蝋燭をたてる台座は全部で5つ。ブロンズ製だろうか。装飾部が真鍮のような金色の輝きをみせているのに対し、その部分だけが鈍い光を放っている。それがいっそ荘厳さを醸し出していた。
 だが、そんな事より大事な事がある。
 もう一つも引き寄せ並べてみた。対になっているかのようなデザインの2つのジランドール。紛れもなくそこに施されている装飾は、行方不明になったティレイラとSHIZUKUだ。
「あらあら、まぁまぁ」
 シリューナは頬が緩むのをどうしようもなかった。
 ティレイラとSHIZUKUを背中合わせに佇むように配置すると、蝋燭の台座が見事にバランスのとれたアシンメトリーとなる。
「素晴らしいわ」
 感嘆の息を漏らして、ハッとしたようにシリューナは気を引き締めた。少しでも気を緩めれば、シリューナ自身もこの2人のようになるだろう事は、想像に難くないのだ。
 装飾されたティレイラが翼を広げた姿なのは一応、捕まりそうになって逃げようとしたからだろう。だが、逃げきれなかった。相変わらず詰めの甘い弟子である。その弟子の前で醜態は晒せない。ミイラ取りがミイラになってはいい笑い者だろう。
 洋館に充満する魔力がシリューナにプレッシャーをかけてきていた。ずっと見えないところで洋館とシリューナはシリューナが洋館に足を踏み入れた時から魔力同士の攻防を続けていたのだった。
 ジランドールは洋館の魔力で封印されている。となれば2人を戻すには洋館の魔力の発生源を消滅させればいいのだろう。恐らくそれで、2人以外の行方不明となっている人々も解放する事が出来るはずだ。
 だが。
 今ここですぐにでもそんな事をしてしまったら、この美しい1対のジランドールも儚く消えてしまう。
 シリューナは惜しげにジランドールの装飾に指を這わせた。
 今にも動き出しそうなほど精緻で精巧なオブジェにうっとりする。何よりも息づいているからこその美しさがそこにあるのだ。
 その背後で魔力を帯びた蔦が一瞬の隙をつくように忍び寄ったが、それをシリューナの魔力の鞭が一蹴した。
 そんな水面下のやりとりは一切顔に出すことなく、シリューナはジランドールに頬寄せて、心地よい肌触りをこれでもかと堪能する。
 再び蔦が忍び寄ったが、魔力の刃で粉砕して。
 シリューナは立ち上がるとダイニングルームの片側にある大きな窓から入ってきていた光を遮るようにカーテンを閉めた。
 薄暗くなった室内にシリューナは、ジランドールが掲げる5本づつ計10本の蝋燭に順に火を灯した。
 それからおまけとばかりに魔法の火を指で弾き飛ばして魔力の蔦を焼き払う。
 蝋燭に灯るオレンジ色の炎がゆらゆらと揺れながらテーブルとそれからジランドールの装飾を朱く照らし出すのをうっとりと眺めた。
 蝋燭の光がテーブルに落とす互いの影。ティレイラとSHIZUKUがゆれてダンスをしているように見える。
 その揺らめきさえも秀逸で。
 出来れば持ち帰って心行くまで楽しみたいところだが。この洋館から出た時点で洋館の魔力が途切れるだろう事は明々白々。
 ここで、面倒な攻防を繰り広げながら堪能する他ないと腹をくくるしかなくて口惜しげにシリューナは息を吐く。
「仕方ないわね」
 そうして蝋燭の火が消えるまでシリューナは1対のジランドールをたっぷりと満喫し洋館に囚われた行方不明者達を解放したのだった。






 ■大団円■




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

いつもありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。

東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2019年07月05日

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