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『踊るfanatic(2) 』
水嶋・琴美8036

 すでに使われていない教会。穢れた神聖なる場所は、今宵悪を呼び出すための舞台へと仕立てあげられようとしていた。
 無論、それを黙って許すわけにはいかない。夜闇にその身を紛れさせたくの一、水嶋・琴美(8036)は教会の近くに待機し突入の機会を伺っていた。
 危険な任務を成功に至らせるための作戦は、十全に練ってある。三つもの組織を相手にするのだ、大勢であたらなければ任務がいつ終わるか分からない。しかし、今回現場へと突入するのは、琴美ただ一人だけだ。
 単身で任務を行う事は、琴美にとっては慣れた事であった。特務統合機動課には優秀な者が何人もいるが、琴美の実力はその中でも群を抜いている。たった一人でも、この程度の任務ならこなせてしまえる程に。
 一人で危険な任務に臨む事になったというのに、琴美の顔に恐れの色はない。むしろ、彼女は上司に対して感謝の念を抱いていた。琴美の実力を信じ、実際に任務を与えてくれるのは上司からの信頼の表れだ。その事実が、彼女の自信をより強固なものにしてくれるのだった。
(そろそろですね)
 胸中で呟いた琴美に返事をするかのように、教会の奥から声が聞こえ始める。悪魔を呼ぶための呪文。狂った信仰心に従い紡がれる、呪いの言葉だ。
 しかし、その呪文が最後まで唱えられる事はない。今宵舞い降りたのは、悪魔ではなく天使だった。正確には、天使と見紛う程の気高き美しさを持った少女が、儀式を行っていた彼等の元へと文字通り舞い降りたのだ。
「そこまでです。水嶋・琴美の名において、これ以上の悪事はさせませんっ!」
 割れたステンドグラスの隙間から、その身を教会の中へと踊らせた琴美は凛とした声でそう告げる。不意に現れた美少女の姿に、信者達は動揺し儀式の手も止まった。
 すぐに、琴美はこの場にいる者の人数を数える。事前の調査で得た情報にあった信者の数とその数が一致している事を確認し、琴美の唇が弧を描いた。
「やはり、儀式の最中を狙ったのは正解ですね。皆さん全員が集まっていてくださったおかげで、手間が省けます」
 今回の任務は儀式を行っている組織のせん滅だ。ただの一人も、琴美は逃すわけにはいかなかった。彼女が求めるのは、常に完璧な勝利なのだから。
「それでは、お覚悟を!」
 その言葉を合図に、琴美は戦場を駆け始める。すでに正気を失っている信者達から見ても、彼女の姿は思わず見惚れてしまう程に美しかった。その一瞬だけ、彼等は悪魔への歪な想いを忘れ、ただ美しい存在へと心を奪われる。
 しかし、彼等の視線を一心に受ける少女は、ただの少女ではない。自衛隊 特務統合機動課でも並ぶ者がいない程の実力を誇るくの一、水嶋・琴美だ。
 彼女は素早い身のこなしで、まず手近にいた信者へと回し蹴りをくらわせた。叩き込まれる鋭い一撃に、苦悶の声をあげる間すらなく一人の信者は倒れ込む。それに唖然としてる暇すら、琴美は彼等に与える気はない。
 次いで、二撃目。目にも留まらぬ速さで繰り出される攻撃が、今度は二人の信者をまとめて永遠に覚めぬ夢の世界へと誘った。
 ようやく信者達が反撃し始めた頃には、もう遅い。琴美がその身体を舞わせた時から、ここはすでに醜悪な儀式の場から戦場へと姿を変えていたのだ。信者達は低級の悪魔を召喚し応戦していたものの、為す術なく次々に倒れていった。
 最後の一人が、琴美へと一つ忠告をする。他にも悪魔召喚の儀式を行っている組織がある、と彼は告げた。自分達以外の敵の存在を知らせ、琴美の動揺を誘おうとでもしたのだろう。
「二つの組織……? ありませんよ、そんなもの」
 だが、琴美にそのような手は通じない。彼女は事もなげに、自身と彼等の力の差を明確な言葉へと変え、叩きつけてみせる。
 くすり、とどこか悪戯っぽく、少女は笑みを浮かべて見せた。悪魔を信仰する信者すら惑わせる程に、人を魅了させる色香のある微笑みだ。
「他の二つの組織は、もうこの世には存在致しません。すでに倒してしまいました。私が今回の任務で倒すべき組織は、あなた達が最後なんですよ」
 信者の顔が、絶望の色に染まる。琴美は今夜この表情を、すでに何度も見ていた。
 彼女はこの組織の拠点へと訪れる前に、他の二つの組織を壊滅させていたのだ。
 呆然とした悪しき信者へと、琴美の最後の一撃が叩き込まれる。
 そうして、鮮やかに彼女は戦場を舞い、一夜も経っていないというのに三つもの悪しき組織を本来あるべき形……無へと返してみせたのだ。
「クナイを出すまでもありませんでしたね」
 あっけない結末に、琴美は肩をすくめてみせる。もとより、悪魔の力を借りようとしていた者達だ。自分自身の力を信じている琴美に、強者の威を借るしか出来ない彼等が敵うはずもなかったのだ。

 ◆

 任務は終わったはずだというのに、何か考えがあるのか琴美は敵の拠点の教会に残り調査を続けていた。
 研究施設としていて使われていたらしい教会内を、少女は見て回る事にする。悪魔の研究についてまとめた冊子の入った棚を見つけ、最新のものを琴美は手にとってぺらぺらと捲ってみた。
 この冊子は、狂信者達の中で最も位の高かったものが記した記録……というより、日記のようだ。そこには、今回の黒幕へと繋がる確かな手がかりが記されていた。
「この任務は、どうやらこれからが本番のようですね」
 ぽつり、と少女の魅惑的な唇から言葉がこぼれ落ちる。いくつもの戦闘を終えたばかりだというのに、琴美の顔に疲れの色はない。
 むしろ、その声音は、どこか期待に満ちており楽しげであった。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月08日

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