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『踊るfanatic(3) 』
水嶋・琴美8036

 敵の拠点内にて、水嶋・琴美(8036)は彼等の研究ノートに目を通している。
 ノートの最後の辺りには、数日前に啓示があったという旨が記されていた。この世界に今こそ悪魔を呼び出す時が来たため、儀式を行え……そういったような事を、信者達は何者かに告げられたらしい。儀式の手順も決行日も、事細かにノートには記録されている。
 その中にあった一文、『他の儀式と並行して行う事で、儀式に必要な魔力を高める』といった内容の文章を読み、琴美は納得がいったように一度頷いた。ふわり、と長く伸びた黒髪が、彼女の動きに合わせ揺れる。
「なるほど……。崇める悪魔を召喚するためには、普段は敵対している別の組織との協力が必要不可欠だと誰かに吹き込まれたんですね」
 同日に儀式を行った複数の狂信者達。彼等は協力したくてしたわけではない。それぞれが似たような内容の啓示を受け、崇める悪魔を召喚するために同じ日に儀式を決行する事になってしまったのだろう。
「けれど、本当に儀式を並行して行う必要があったとはとても思えません。彼等は、異なる思想を持っている悪魔達ですし、信者達ですら仲がよろしくないというのに、彼等の主である悪魔が他の悪魔との協力をはたして望むでしょうか?」
 最初に思った通り、この事件には何か裏がありそうだ。
 記述を見るに、どうやら信者に啓示を与えた者の正体は彼等が崇める悪魔自身ではなかったという事が分かる。じゃあ、いったいその声の主は何者なのか。
「悪戯にこの世界へと干渉する力を持っている存在……恐らく彼等が召喚しようとしていた悪魔よりも、ずっと高位な存在ですね」
 その者にとっては、信者どころか悪魔すらも手駒の内に過ぎなかったのだろう。今回の主犯は人でなければ、悪魔でもなかった。別の世界に存在する、ずっと高位な存在によって、全ての計画は企てられている。
「そう、召喚されようとしていた悪魔達はきっと、黒幕にとってはただの餌に過ぎない。力を高めるために、今回の黒幕は三つの組織に召喚させた悪魔を餌にしようとしていたのでしょうね」
 崇める悪魔を呼び出すために、信者達はその者の声に耳を傾けてしまった。その存在が、いったい何を目的として悪魔を召喚させようとしているかなど考えないままに。ただ狂った信仰心を胸に、欲のまま行動してしまった。その結果、自分の崇めている者が食われそうになっていたというのに。
 狂信者達は所詮、その存在の掌の上で踊らされているだけの哀れな道化に過ぎなかったのだ。
「そういう事でしょう? 大悪魔さん」
 不意に、琴美は教会の奥の闇へと向かって微笑みかける。
 琴美の見据える先で、邪悪な色をした影がまるで返事をするかのように不自然に揺らめいた。

 ◆

 琴美の見据える先で、漆黒の怪物が笑っている。自分より下位の悪魔をこの世界の者達に召喚させ、力を蓄えようとしていた大悪魔。鋭い牙に爪、ぎらぎらと光る邪悪な瞳……暴虐しか知らぬような成りをした存在だが、知能は高く人語も解するようだ。
 大悪魔は巧みな話術で狂信者達を惑わし、彼等が儀式を行うように誘導していたのだろう。
「それなりに位のある悪魔であれば、その程度の事は可能なのですね」
 例え同族であろうと餌としか見ていない、その傲慢さと暴虐さに琴美はその端正な眉を少し寄せる。
「悪を食らう悪……あなたのような存在を、野放しにするわけにはいきません」
 琴美はクナイを構え、相手と対峙する。大悪魔は、大きく口を開けて笑った。
 餌の召喚に失敗した敵は、どうやら今度は琴美の事を喰らおうとしているらしい。先程の琴美の鮮やかな戦いぶりを、どこかで見ていたのだろうか。彼女の方が、低級の悪魔達よりもよっぽど力のある存在だと大悪魔も察しているようだった。
 無論、琴美も黙って相手の糧になる気などはない。くの一は疾駆し、音よりも速い一撃を相手へと叩き込む。振るわれたクナイが、美しい軌跡を描く。
 攻撃を受けながらも、大悪魔も不気味に笑いながら琴美に向かい爪を振るった。肉食動物の鋭い犬歯を、そのまま手へと携えたかのような爪だ。その一つ一つが鋭い凶器であるその爪を、大悪魔は琴美の柔らかな肌に無遠慮に突き立てようとする。
 しかし、その刃は彼女には決して届かない。先程までそこにいたはずの琴美の姿が、不意に大悪魔の視界からは消えてしまった。
 大悪魔のぎょろりとした目玉が、餌を探して動く。初めて、大悪魔の顔に焦りのような色が浮かんだ。
 余裕をなくし笑みを崩した大悪魔は、慌てて琴美の姿を探す。しかし、焦りというものは隙を生むものだ。突然姿を消した琴美に混乱している大悪魔は、背後へと音もなく忍び寄る影に気付けない。
「どこを見てるんです? 私はこちらですよ!」
 大悪魔の目ですら追えない速さで戦場を駆けた琴美は、いつの間にか相手の背後へと回っていたのだ。
 再び、クナイが宙を走る。確かな経験と実力により繰り出される一撃は、確実に狙った箇所を貫く。その切っ先は、確かに悪魔の心の臓を切り裂いていた。
「悪いですけど、あなた程度の悪魔の相手は飽きる程しています」
 教会内に響くのは、何か巨大なものが倒れる音。倒れ伏した大悪魔は、闇の中へと溶けていく。最初から存在しなかったように、大悪魔の身体は塵一つ残さずに消えてしまった。
 まだ夜は明けていない。琴美は、全てを月の出ている内に終えてみせた。月明かりの中一人立つ少女は、自身の手で掴み取った勝利に、美しい笑みを浮かべるのであった。

 ◆

 任務を終えた琴美は、風が悪戯にくすぐる髪をおさえる。髪をかき上げた瞬間彼女の美しい首筋があらわになったが、戦闘を終えた後だというのに少女はそこに汗すらかいていなかった。この程度の戦闘など、琴美にとっては運動にすらなっていないのだろう。
 少し物足りないと思いつつも、琴美はどこか晴れ晴れとした笑みを浮かべている。今宵もまた、悪を倒し街を救えた事に対する喜悦が少女の心を満たす。
 任務を終えた瞬間と、拠点に帰ってその成功を伝える瞬間に感じる高揚感は、普通に生活をしていたら決して味わえないものだ。悪を倒し続ける日々に、琴美は確かな満足感を感じていた。
(……あら? 今、何かが?)
 ふと、どこかから、自分を見る視線を感じ琴美は振り返る。否が応でも人を魅了する美貌を持っている彼女は、無遠慮な視線を向けられるのには慣れている。だが、先程感じた視線は、普段彼女が受けている視線とはどこか違っていた。
 その視線には、含まれている気がしたのだ――殺気、というものが。
(……何もいない。気のせいだったようですね)
 しかし、周囲を見てみたところ、怪しい者はいない。彼女はさして気にも留めずに、落ち着いた様子で歩き始める。
(たとえ何者かが私を襲いに来ても、私なら返り討ちに出来ますしね)
 くすり、と彼女は確かな実力からくる余裕に溢れた笑みを浮かべる。歩く彼女の姿はどこまでも堂々としており、その顔は自信に満ち輝いているのだった。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月08日

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