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『清く可憐に逞しく 』
桜壱la0205)&ケヴィンla0192


 梅雨の湿った空気が自動ドアに締め出される。地域No.1を標榜する馴染みのスーパーは、ステージにグランドピアノがあるほどとても大型だ。じっくり全部を回ろうと思ったら数時間はかかるかもしれない。故に。

「はっ!ケヴィンさんこちらに!」

 のんびりと買い物をしていた桜壱(la0205)は、左目の液晶に雷マークをピシャンと落とし。繋いでいた義手を強く引いた。ターゲットロックオン、広い店内での奇跡の邂逅を逃がすわけにはいかない。抜き足差し足で棚の間を縫うように進む。

「桜壱君?」
「しっ、静かに」

 繋いだ義手の主であるケヴィン(la0192)の怪訝そうな声にも視線は外さないまま、調味料の棚の影からターゲットを窺う。よし狙い通り、後は少し待つだけ――そう、お惣菜に半額シールが貼られるのをゆっくりと。

「あ……」

 気を抜いて緩んだ視線がふと、掲示されていたポスターを捉えた。桜壱の揺れる気配に気付いたケヴィンは視線の先を追う。

「へえ、ブライダルフェア……相変わらず手広いね、ここは」

 試着して写真か、と他人事で眺める横顔の産毛が下からのオーラでムズムズし始める。同時に掌にぎゅっと力が込められ、ケヴィンは苦笑した。とてもわかりやすい。

「折角だしやってみる?」

 瞬間、そわそわオーラが深まり左目に桜が咲き綻び始めた。だがしかし視線はまだ迷っている、具体的に言うとターゲットの辺りで。ケヴィンは「ンンッ」と喉を鳴らすと。

「あー、他が忙しくなったりするんじゃないかな……なァ?」
「あっなんか可及的速やかにあっちが気になるゥ!?」

 今まさに半額シールを貼らんとしていたバイトは、一瞬だけ突き刺さった殺気に冷や汗で振り向くと、何かを察して走り去った。

「すごい!何でわかったんですか!?」
「大人の勘かな……じゃあ行こうか」

 満開に咲いた尊敬の眼差しからそっと目をそらしつつ。ケヴィンはフェア会場へと小さな手を引いてやるのだった。



 花園に咲き誇る白き花々のごとくに出迎える数多のドレス達。

「ふぁー……」

 一歩踏み入った途端に圧倒され立ち尽くす桜壱の背を微笑ましく押し、ケヴィンは職員に声をかけた。

「店内のポスターを見て来たんですが、子供用の衣装もありますかね」
「ご用意しております、こちらをご覧ください」

 差し出されたカタログの、短期間のフェアとは思えない品揃えに喉奥で唸る。さっぱりわからない、と小さな背を手招いた。

「結構あるみたいだね、どれがいい?」
「なっ、悩みます……」

 ケヴィンがページをめくるたびに、頬に手を当てたり溜息を吐いたりと忙しい。左目はもはや桜が嵐だ――と。

「――ぁ」
「うん?気に入ったのあったかい?」

 桜色の唇からふと零された吐息は、今までと違った熱を帯びて。ケヴィンが職員に視線を向けると、心得たように滑り寄ってくる。

「お嬢様、こちらの白無垢でよろしいですか?」
「おじょう……はっ、はい」
「行っておいで」

 ぎくしゃくと同時に出る手足を苦笑混じりに見送り。さて暇潰しに、と開いた結婚情報誌の上に、先程見送ったはずの手がおずおずと差し込まれた。

「あのあの」
「何か忘れ物かい?」

 優しく見つめる緑の視線に、桜壱は少しだけもじもじとして。キュッと口を引き結ぶと、意を決して『お願い』を口にした。

「Iはケヴィンさんと一緒にお写真撮りたいです」
「は?いやー……俺はいいよ」

 着飾って喜ぶタマでもなし、とやんわり断ろうとする腕をそっと掴む桜壱。お願いオーラがぶわっと出た。ゆさゆさ。

「Iは一緒が良いのです……その、ダメです、か?」
「……珍しいね」

 素直なこの子がここまでごねるなんて、珍しいを通り越して初めてではないだろうか。少しの驚きと共に別の本を開くケヴィン。その様子にしょんぼりと下がる視線の前に、ずい、と差し出した。

「良し悪しなんてわからないからね、選んでくれるかい?」
「っ、はい!あのあの、背景も選べるらしいです!」

 目まぐるしく変わるオーラにもう一度苦笑して。先程と同じく揺れるソレを指標としながら、ケヴィンはゆっくりとカタログのページをめくってやるのだった。



 並べられた紋付き袴の一式をしげしげと眺める。以前に教わった浴衣の時も思ったが、とにかく布が多い。手慣れた様子で着付けていく職員の手元を見つめすぎたか、疑問顔が向けられる。

「苦しかったですか?」
「いや、問題ないよ。ああ、タオルを入れるのは何の意味が?」

 腹回りに二枚ほど重ねられたタオルは、特に意味を成しているようには見えない。首を傾げるケヴィンに職員は頷く。着慣れない人にはよく聞かれるのだ。

「紋付は恰幅がある方が『格好良い』とされています。現代は細身の方が多いので、こうして補正をさせていただいてますね」
「へえ成程ね、面白いもんだ。このソックス――足袋?もね」

 外しますか?との言葉に首を振り。足袋は親指だけ別なのは何故か、後で調べてみようと心にメモをする。その間にも浮かぶ別の疑問を聞いたりして、和やかな雰囲気の間に完成した姿は、腹の突き出た実に貫禄のある旦那さん。

「はー……確かにタオルは必要だね」

 鏡を覗き込んで感心したように腹を一叩き。そのままもぞもぞ落ち着かない足袋に草履をはいて、戻ってきた場所に花嫁さんの姿はない。

「まだもう少しお時間がかかるようで」
「いや当然だね、暇潰しの雑誌を貸してもらえるかい?」

 主役は花嫁なのだから、と微笑を浮かべ。ケヴィンはソファに深く腰掛けた。


 桜壱は鏡の前で固まっていた。

(なるべく動いてはいけない……)
「そんなに緊張しなくていいわよ」

 両手両足をピンと張った幼い姿に、着付けのお姉さんは豪快に笑って背を叩いた。

「でっ、でも、ご迷惑をおかけしては」
「子供がそんなこと気にしないの!」

 言いながら掛下を肩に添わせる。たかが布といえど、肌着や襦袢も含めるとそれなりな重さだ。それがさらに両脇から回された帯でぎゅっと締められ、桜壱は踏ん張った。着飾るとは気合い、と最初に宣言された通りに唱えながら。

「打掛の前にメイクしちゃうわね」

 場が空かなかったための変則的な順番。文庫に結われた帯を崩さないよう、鏡の前に慎重に座る。桜壱の眼は、並んだ化粧道具に吸い寄せられた。

「やっぱりこういうの気になるの?」
「あっ、いえ、その……Iは家事支援型アンドロイドで」
「何よお洒落の前には性別も人種も関係ないんだからァ!」

 何故か怒られた。お姉さんはオネェさんだったらしい。説教付きで握らされた化粧筆におろおろしていると、背後からそっと手を取られ。そのまま一からゆっくりと実演で解説されるのをぽっぽと眺める。再び怒られた。

「ヴァルキュリアなんでしょ、ちゃんと記録しとくのよ」
「はっ、はい!」

 でも、と言いかけたら凄い笑顔を向けられたので慌てて右目を記録モードに。段々と変わっていく己に、あるはずのない鼓動が早まるのを感じ。桜壱はそっと胸元を小さな手で押さえたのだった。



 お支度出来ました、の声に立ち上がるケヴィンの前に、清楚な花がしゃなりと咲く。

「ケヴィンさん、お待たせしました」
「いや、見違えた――」

 素直に出て来た称賛の言葉は、言い切る前に途切れた。何故なら。

「すみません……」
「そうだよね、歩きにくいよネー……」

 頬紅よりも赤く頬を染め、ケヴィンの腕の中で小さくなる桜壱。草履って歩きにくいよね。スッ転びかけたのを抱き留めたケヴィンも、涼しい顔をしているが実は前坪が食い込んで痛かった。

「ゆっくり行こうか」
「はい」

 差し出された硬質な義手に、柔らかな人工皮膚の手をそっと重ねる。常の闊達さは鳴りを潜め、足先に全神経を集中する桜壱をそっと引っ張り方向修正するケヴィン。間一髪、壁の出っ張りが綿帽子を掠めていった。初々しい二人を、着付け班達はやり切った顔で見送る。ここからの担当である撮影班は、二人を中庭へと誘導した。

「そちらの緋毛氈へ、土足で結構です――ちょっと失礼しますね」

 証明写真よろしく横並びにカメラを向く二人に微妙な顔をするカメラマン。目配せを受けたスタッフがやんわりと身体の向きを変えさせる。

「これを差せばいいのかい?もう少し傾けて?いや、細かいね」

 ミリ単位で調整される紅い和傘の持ち手に苦笑しつつも、プロの拘りを感じて素直に応じるケヴィン。直される度にフラッシュが光る。

「花嫁さん、主役だしもう少し笑ってみて」
「ははははいっ!」

 カメラマンの何気ない指摘に、桜壱は内心で飛び上がった。笑わなきゃ、そう思うほどに緊張で固まっていく。『人』を支える為に存在する自分が、真似事とはいえ主役の位置にいるなんて。今更な後ろめたさが『心』に忍び寄る。脱いでしまった方がいいのでは――俯きかけた頭を、ピアノの旋律が優しく包み込んだ。

「あ……」

 軽快に跳ねる音色は『楽しんでおいで』と背を押してくれるようで。大好きな笑顔を思い出し、知らず、顔に微笑みが浮かぶ。そのあまりの柔らかさに、カメラマンは息を呑んでただシャッターを切り続けた。

「生演奏の時間か。――見せに行くかい?」

 その表情に目を見張ったのはカメラマンだけではなく。ケヴィンは最近まで男の子だと思っていた己を脳内で一発殴り、耳慣れた気に入りの音に目を細めて問うた。小さく振られる綿帽子。お仕事の邪魔をするわけにはいかない、それに何より。

「その……少し、恥ずかしいです」

 照れて俯きぽっぽと頬を染める花嫁に、フラッシュは本日一番に咲き乱れた。



 思った以上に汗をかいていた腹回りをすっきりと着替え終わり。結婚情報誌を読みふけるケヴィンの元へ、最初はなかった紙袋を下げた桜壱が走ってくる。

「お待たせしました!」
「どうしたの、それ?」
「その、勉強道具だといただいてしまいました……」
「そうかい、後でバイトリーダーに差し入れでも渡そうか」

 オネェさんに社員割引で安く買えるから、と強引に持たされたらしい。申し訳なさそうな中に潜む、どことなくそわそわと嬉しそうなオーラに微笑んで。ケヴィンが提示した代替案に、左目はぴこん!と電球を浮かべる。その背に、遠慮がちに職員の声がかけられた。

「お写真が出来上がりました」
「お、ありがとさん。桜壱君、ほら」

 金属の指が二枚のうちの一枚を差し出すと、桜色の右目が驚きに見開かれる。喜びとか嬉しさとか照れくささとか。色んな『心』がごちゃ混ぜになったオーラがぶわり、と辺りを染め上げた。

「…………」

 そのまま、無言で魅入る桜壱を少しそっとしておいてやろうと、ケヴィンは読んでいた結婚情報誌を片付け始めた、ら、そっと紙袋を手渡された。お持ち帰り下さい、ということらしい。生温い笑みでありがたく受け取っておいた。『婚約指輪が給料三ヶ月分の理由』は地味に気になってたし。

「…………」
「桜壱君そろそろ――桜壱君?」

 静かなやり取りが終わっても未だ微動だにしない機体。流石にそろそろ、と声をかけるがまったくもって戻ってこない。ケヴィンは少し考えた。

「……半額シール」
「はっ!大変です!本機はこれより死地に向かわねば!!」

 ぼそりと呟いた一言は実に的確だったらしい。野営中に敵襲の報を受けた兵士のごとく瞬時に闘気を纏うと、キリッとした顔で職員に一礼して飛び出していく。あまりにも劇的な効果に、呟いたケヴィンさえも完全に置いてかれた。

「あー……すまないね」
「いえ、気持ちはわかりますので」

 同じく主婦の顔を垣間見せる職員に乾いた笑みを返し。ケヴィンは写真を胸ポケットに入れると、後を追ってゆっくりと歩き出した。行き先はわからない、けれど。

『そっ、そのお惣菜は譲れま――ひゃああ!!』
『Iは、Iはこの時のために鍛えているので――ああああ!!』

 遠くの方から聞こえる阿鼻叫喚の騒ぎが、目を瞑っていても導いてくれる。無意味とは知りつつ、いつでもヒールを放てるようにIMDを起動しながらケヴィンは脳内で過去の己をもう一発殴っておいた。起動して間もない子供?優しい良い子?――俺は何を見ていた。

「あの子は――歴戦の『主婦』(ルビ:猛者)だ」

 辿り着いた惣菜コーナー。目の前に広がる千切っては投げの地獄絵図。巻き込まれまいと静かに気配を消すケヴィンの死んだ魚の目を、流れるピアノが低音から高音へと揶揄うようにグリッサンドしていった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご縁を有難うございました。
素晴らしく尊いジューンブライドピンに文章をつける、という光栄な大役をいただきまして。震える心地で書き上げました。オネェの姿を借りた内なる日方がうっかり化粧道具を押し付けたり、結婚情報誌をお持ち帰りさせたりと好き放題してしまいましたが……解釈違い等ありましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ。
ちなみにこの後無事にお惣菜が買えたかどうかは、神のみぞ知る、ということで。
イベントノベル(パーティ) -
日方架音 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年07月08日

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