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『いつか来る日の為に 』
楓斗 メイフィールドla2962

 机の下で脚をゆらゆら揺らしながら、楓斗 メイフィールド(la2962)の視線は教壇に立つ担任の肩辺りから流れるように壁に掛かる時計へ、そして再び担任を過ぎて校庭まで向けられる。楓斗よりも下の学年なのか、それとも単に終礼が終わるのが早かったのか、校門へと歩いていく生徒の姿が何人も見えた。あまり余所見をしていたら怒られるかもしれないと思い、姿勢を正したすぐ後にチャイムが鳴り響いて周りの声が俄かに騒がしくなる。一度喋るのをやめていた先生が息を吐き出し、今日はこれで終わりだと告げた。日直の子が号令をかけ、
「さようなら」
 とみんなで言って礼をする。今日は疲れているものの逸る気持ちもあって、いつも通り声が出た。急いで身支度を整えランドセルを背負うと、とにかく早く帰りたい一心で前側のドアから出ようとする。と、不意に先生と目が合った。また明日ね、とかけられた声にまごつきながら返事をする。
「は、はい……先生、さようなら」
 言い切るか否かのところで頭を下げ、脇を通り抜けて廊下に出た。いやに早まる鼓動を誤魔化すように気持ち早足で帰宅を急ぐ。といっても家は併設された学園寮にあり、子供の足でも行き来しやすいよう中学校や高校の校舎よりも近い所にある。途中で友達に会って遊ぼうよと誘われたが悪いと思いつつもそれを断った。じゃあまた今度ねと言ってくれたのに、内心ほっと胸を撫で下ろす。中学生以上はまた別かもしれない、しかし楓斗のようにライセンサーの活動を行なう小学生は多くないようで、自分だけ時々いないことが少し気になっている。みんなと仲良く出来ないのは悲しいし困りもするから。友達と思ってくれて嬉しい。
 薄く扉を開いて覗いてみるが寮母は今はいないらしい。中に入って機械に学生証を通す。珍しくもひと気がなさそうなので、念の為きょろきょろと辺りを見回してから楓斗は小走りに自分の部屋へ向かった。頭の中は既に今日あった出来事だけではなく、昨日のことも思い出そうと懸命になってどれを話そうか、なんて言おうかと幾つもの言葉が駆け巡った。そわそわ落ち着かない気持ちで鍵を開ける。
「マザー、ただいま!」
 返事がないのは解っている。それでも挨拶を忘れてしまったらいつか悲しい思いをさせてしまう。だから寂しさをぐっと飲み込んで、在りし日の記憶を呼び起こし楓斗は行ってきますとただいまを必ず言う。靴も叱られないようにきちんと整えて――尤も、怖いと思うような叱り方をされたことはなかったが――後はまっすぐ部屋へと向かい、そしてドアノブを回した。
 弾んだ声で再びただいまと言って楓斗が見つめるのは、元は人間と見まごう姿をしていたアンドロイド――その成れの果てであった。所々は原型が残っているので知らない者が見ても人型だと認識出来るだろうが、中の機械が剥き出しになっている部分も多々あり、スクラップと表現するのが近しい状態でベッドの脇に座っている。どれだけ話しかけても何も言わない。以前のように美味しいご飯を作ってくれたり、テストの点数を見て喜び、頭を撫でてくれることもない。それでも今は側に居てくれるだけでよかった。
「ずっと暗かったよね、ごめんね」
 言いながらランドセルを椅子の背もたれに引っ掛けて、ベッドに乗り上がり閉めたままのカーテンを引いた。まだ夕暮れの気配もなく眩しさに楓斗は目を細め、手でひさしを作る。頬にかかる白銀の髪が光を受けてきらきらと瞬いた。本当は先に掃除をしないとと解ってはいるのだが、色々話したくてうずうずが先に来てしまう。マザーの隣、壁を背に座るとまずは今日のことを口にする。
「ねぇねぇマザー。今日はプールで25m泳げるようになったんだよっ。ぼく、すっごくがんばったんだ!」
 今日は晴れていて暑かったのでとても気持ちよかった。前までは息継ぎが出来なくなって途中で止まったり、まっすぐ泳げず他の子とぶつかりそうになっていたが、クラスで一番泳ぎが上手な子にコツを教わって練習をしたら出来るようになったのだ。
「あとね、お昼休みにうさぎ小屋の掃除も手伝ったよ! ニンジンの葉っぱかな、それをあげたらすごい勢いで食べてた。マザーにも見せたいなぁ」
 マザーは家事と育児が専門だからと、いつか牧場に行ってみたいと言った時に、とても申し訳なさそうな顔をした。楓斗にはよく解らなかったが汚れるのが駄目だったのかもしれない。それか自分が知らないだけで何か言われていたのか。とにかく直接うさぎを見たことがないはずだから、無事に『治ったら』一緒に行こう。あのふかふかの毛並みには驚くだろうなと想像する。
 一度話題が途切れ、楓斗は肩を落とした。
「……それから昨日は帰れなくてごめんね。おしごとに時間かかっちゃって、大人の人が泊まっていきなさいって」
 ライセンサーとしては中学生とか高校生とか、大人たちと同じ扱いなのに、ナイトメアを倒した途端に楓斗は小学生に戻る。夜は暗くて怖いけれども、マザーがいる場所へ帰るんだと思ったら頑張れるのに、危ないから駄目の一点張りだ。なら送ってくれればいいのに。――それならまだ、我慢出来る。
 ここへ戻ってきたのは朝礼を少し過ぎた頃で、仕事だったのだから休んでいいとも言われた。でもマザーは友達を大事にしなさいと言っていたし、楓斗も同い歳の子たちと遊ぶのは二番目に好きだ。だから教室へ向かった。このことを話したらマザーはきっと褒めてくれる。そう考えると心が上向いた。
「そうだ。大事なモノ? が壊れなかったからって、いっぱいお金を貰えたんだよ! あと何回がんばったらマザーを『治せる』んだろう? ……でもぼく、ぜったいに諦めないからねっ」
 ぐっと拳を握りしめる。周りと比べて少し小さい身体がもどかしい。――大人になりたいわけではないけど。
 動かなくなったマザーを診た整備士曰く、直すのに必要不可欠な部品が希少で入手も困難らしい。更に他の損傷や劣化も込みの修復には莫大な費用がかかる上、やれるだけのことをやったとしても元の状態に戻るか保証は出来ないという。楓斗には説明の大部分が理解出来なかったものの、必要な部品とお金が手に入れば、マザーは『治る』んだと思っている。だから寂しくても頑張れるのだ。
(ナイトメアからぼくをかばって『ケガ』をする前みたいに、遊べたらいいなぁ)
 本当は遊ぶだけじゃなくて甘えたいし話もしたい。今も昨日みたいなことがなければ欠かさず話しているけど返事はないから。小さく頭を振ると楓斗は笑った。
「ねぇマザー。マザーを『治す』お金がだんだん貯まってきたよ。あとは早く部品を見つけなくちゃね!」
 再びマザーと一緒に暮らせる日がやってくる、それだけで楓斗の胸に両手で抱えても余るくらいの喜びが湧きあがる。ライセンサーになって、世界の広さを知った。まだ見たことがない物も知らないことも一杯だ。だから、なかなか見つからない部品もどこかにあって、きっと手に入れられるはず。
 嬉しさに笑い声が零れ、楓斗はマザーに寄りかかった。今はとても冷たい。でも起きたら温かい手で頭を撫でて絶対に褒めてくれる。そうしたらぼくはこう言おう、と楓斗は瞼を下ろして思う。――おはよう、マザーはお寝坊さんだね。そして笑い合うのだ。

 楓斗は知らない。最も激しい損傷があるのはマザーの記憶媒体――『心』なのだと。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
マザーとお話しするシーンもいっぱい書きたいなぁ、
というのがあったので、お金云々への繋ぎも兼ねて
お仕事帰りでもあるという設定にさせていただきました。
リプレイを拝見したところ、学園寮とのことだったので
久遠ヶ原学園かそれに近いタイプの養成校という感じに
してしまいましたが普通の学校だったら申し訳ないです!
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年07月08日

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