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『1826の雫 』
ジャック・エルギンka1522)&リンカ・エルネージュka1840

 夕暮れのポルトワールの街は仕事を終えた労働者たちでにぎわっていた。
 気温が上がって来たこの季節、通りの飲食店はどこもテラス席を設けていて、大人たちがグラス片手に笑いあう。
 そんな一角に2人の男女の姿があった。
 活気のあるトラットリアは決してこ洒落たものではなかったものの、老若男女問わずいろんな人々に愛される地元のお店だった。
「ジャックさんってたまーにデリカシーないよね〜」
 頬杖をついたリンカ・エルネージュ(ka1840)が、しょーがないなーと言葉とは裏腹に笑顔を浮かべる。
 ジャック・エルギン(ka1522)は苦い笑顔で、甘んじてその叱責を受け止めた。
「レディなんだから、街に出る前にシャワーくらい浴びさせてよね?」
「いやほんと悪かったって。この通り」
「怒ってないで〜す」
 頭を下げる彼に、リンカはむくれたふりをしてつんとすまし顔。
「わかったわかった。じゃあ、ここは俺の奢りってことで」
「ほんと!? やったー! ありがとう!」
 ジャックが観念してメニュー表を差し出すと、彼女は満面の笑みで受け取った。
「現金なやつだなぁ」
「そんなことないよ。ジャックさんだけだよ」
「男としちゃ、それは喜んで良いんだろうな」
 ふふんとジャックは鼻を鳴らす。
 普通ならツッコミを入れるべきところなのだろうが、男所帯な環境で過ごしてきた彼にとってそれはたいそうな誉め言葉だった。
 女の甲斐性は3つの袋を掴むことだと昔の人は言うけれど、だったらそれを掴ませるのが男の甲斐性というものだ。
 注文からほどなくして、テーブルの上は大量の料理で埋め尽くされる。
 リンカが目を輝かせると、さっそくフォークとスプーンを手に取った。
「相変わらずよく食うな。誘ったかいがあるってもんだ」
「いっぱい運動したからね。栄誉補給、栄養補給」
 オイル煮されたほろほろの鰯を頬張って、リンカはうっとりとした表情で咀嚼する。
 ハーブのスパイシーな香りの中にさっぱりとしたレモン果汁、程よく効いたガーリックチップのパンチが食欲をそそる。
 お腹が減っているのはジャックも同じで、さっそくレバーパテの塊からひと匙掬い取るとバケットに塗りつけて気前よくひと口で頬張った。
 くせになる独特の臭みと塩気の中で刻んだいんげん豆が驚くほど甘く引き立てられる。
 仕上げにねっとりと残った油分ごと香りをエールで流し込めば、気分はおのずと上機嫌だった。
「今日の稽古は調子よかったんじゃないか?」
「私もそう思う――って、いつもは調子悪いみたいに言わないでよっ」
「そりゃごもっともで。そんじゃいつにも増して、か?」
「そ、いつにも増して調子が良かったの」
 えへんとささやかな胸を張る姿に、思わずジャックは笑みをこぼす。
「最近、気合入ってんな」
「まーね。強くならなきゃなって、改めて思ったんだ」
「そいつはまたどうして?」
 尋ねるジャックに、リンカはあーんとミートボールを口の中へ放り込んで答えた。
「一緒にいるためには強くなんなきゃなって思って。私ってほら、守られてばっかりの女の子じゃないからさ」
 んなこたない、守ってやるよ――そう口にしかけた言葉をジャックは飲み込む。
 そんな言葉で喜ぶ女じゃないことはよく分かっていた。
 リンカもリンカで、ジャックがそれを肯定してくれることをよく理解していた。
「どう? 私、5年間で成長した?」
 上目遣いで尋ねる彼女に、ジャックは二つ返事で頷き返す。
「ああ。俺も負けちゃいらんねぇなって思ってたとこだ」
「本職にそれ言わせたら私の勝ちだねっ」
「なんの勝負だよ?」
「うーん、男と女の意地?」
 リンカは首をかしげる。
 自分でもよく分かってないらしい。
「そういうことなら、次は手加減しないぜ?」
「えー! 手加減してたの!? 失礼だなぁ」
 もちろん手を抜いたことなんてないが、ただ言わせておくのもなんなのでジャックはそういうことにしておいた。
「でもまあ、剣振りながら魔法が打てるてのは便利だよな。俺は弓に持ち変えなきゃなんねぇし」
「ま、本職としてはね。そこは譲れないわけですよ。でも純粋に打ち合ったらジャックさんには敵わないかなぁ」
「それこそ本職だからな」
 記憶をたどれば、これまで何度も話したような気がする話題。
 だけど、話している、というただそれだけの時間が今のふたりにとってはかけがえのないものだった。

 5年間――あたり前の日常だったものが、日常でなくなってしまうかもしれない。
 流れていった月日の記憶は、懐かしくもひりついたような痛みを伴う。
 楽しかった――溢れ出す喜びと同時に、あの時ああしていれば――積み重なる後悔が想いを圧し潰す。
 だがその記憶の端々にジャックにはリンカの、リンカにはジャックの姿があった。
 楽しいことも、辛いことも、降り注ぐ記憶の雫はふたりだったからこそ得られたもの。
 やがて雫で満たされたコップの水は、他の生き方では決して手に入らなかった。

 ジャックはジョッキに残ったビールの残りを飲み干す。
 ホップの爽やかな香りと共に独特の苦みが後をひいた。
 リンカはメインのボロネーゼをたっぷりと平らげて、満足げにため息をつく。
 だが、どこか物欲しそうな視線はメニューの隅っこを右往左往していた。
「……デザートも頼んで良い?」
 ジャックは小さく噴き出してから、声をあげて笑う。
「んじゃ、俺ももう1杯だけ頼むかね」
「おっけー! すいませーん!」
 リンカはぱっと表情を明るくして、よく通る声で店員を呼んだ。
 
 食事を終えたころには、太陽はすっかり水平線に沈んでしまっていた。
「うーん……もうしばらく甘いもんは食べなくっていいな」
 まだ顎の裏に残っているクリームの感覚に、ジャックは思わず眉を寄せる。
「だらしないなぁ。ま、食べさせたのは私だけど」
 リンカが頼んだデザートプレートは、それ単体でテーブルを埋め尽くすかというほどの超巨大なものだった。
 流石にこれ全部は乙女的に……と固唾をのんだ結果、ジャックも山を切り崩すのを手伝う羽目になったのだ。
 これが意外とお酒と甘いものの相性はよく、最初の内はエール片手にぱくついていたものだが、みるみるクリームの波に溺れる結果となってしまった。
 腹ごなしを兼ねて、海沿いへふらりと足を伸ばす。
 海鳥がなくような時間ではないが、代わりに波の音が闇夜に響く。
 しばらくの間、ふたりは一言もしゃべらずに、時折吹き抜ける潮風に身を委ねていた。
 リンカが先、ジャックがその後ろ。
 ずっと変わらないいつもの並び。
 ふたり分の足音、風、そして波の音。
 夏の到来を感じる最近の暑さの中で、それらは心地の良い清涼剤として心をなぐさめる。
「やっぱり同盟のご飯は美味しいね。ここなら住んでもいいかも」
 リンカが振り返って控えめに笑った。
 突然のことに「ああ」とも「うん」ともつかない曖昧な唸り声を発するジャック。
 その姿を見て、リンカはさらに笑みを深くする。
「べつに深い意味じゃないよ?」
「分かってるよ」
 ようやくちゃんと言葉が出てきて、ジャックはややぶっきらぼうに答えた。
「俺さ、お前と剣の稽古するの楽しかったんだ」
「そうなの? どういたしまして」
 リンカは立ち止まってぺこりとお辞儀をする。
 その姿に、ジャックは飲み込みかけた息を吐き出した。
「戦うっつったらさ、俺にとっては喧嘩だった。そこに主義はあっても主張はねぇ。守るべき義理はあっても他人はねぇ。だから、誰かを守るために戦う姿はほんと眩しかったんだ」
 リンカは驚いたように目を見開いた後、辺りを見渡して、自分を指差す。
「それって私のこと?」
「他に誰がいるんだよ」
 ジャックが小さく笑う。
「誰かのために剣をとる。そのためなら自分が傷つくのも恐れない、芯の強さ。お前のそういうトコに、ずっと影響を受けて来たんだと思う」
「そんな、大げさだよ」
 リンカは謙遜するように笑い返した。
「私、まだまだ自分が至るべきところに至ってないって分かってる。そんな私が何かを為そうと――誰かの命を守ろうと思ったらさ、自分の全部でぶつかるしかないよね」
「それって、やろうと思っても案外できないもんだぜ?」
 そうなのかな、とリンカが首をかしげる。
 ジャックはそうだ、と強く肯定すると彼女の額を指先で小突いた。
「あいたっ」
 リンカは額を押さえて大げさに痛がってみせる。
 それがたまらなく愛おしくって、ジャックは大きく息を吸い込んだ。
「お前に会って無かったら、間違いなく今の俺はいない。だからさ……やっぱ俺は、お前のことが大好きだ」
「げふっ、げふん!」
 リンカが思わず咳き込む。
 それから取り繕うように小さな咳ばらいを何度か続けた。
「不意打ちは卑怯だって」
「んなこと言ってたら後が持たないぜ?」
 覚悟を決めた男は強い。
 なんせ、恥も痛みもすべて自分の糧にしてしまうのだ。
「これから先、何度だって口にするのにいつまでも照れてられっかよ。好きだ、リンカ」
「まって! タイム!」
「うるせぇ、好きだ」
「あーもう、分かった! 降参! 降参だからっ!」
 リンカが思わずうずくまる。
 暗がりでよく見えないが、月明かりの下で耳がほんのり色づいているような気がした。
 彼女はそのまま深呼吸をした後、勢いよく立ち上がって、まっすぐにジャックを見返す。
 固く結ばれた口元に強い決意を感じる。
「それならこっちだって言い分があるんだからね!」
「おう、いいぜ。こういう喧嘩は新鮮だな」
「喧嘩じゃないー!」
 余裕のジャック相手に、リンカはムキになって答えた。
「一緒に遊んだり、一緒にご飯たべたり、それと一緒に戦ったり……ほんとにいろんなことがあった。いつのまにかあたり前になっちゃってたけど、それってすごいことなんだなって最近思うの」
「すごいこと?」
「だってこの世界にはこんなに沢山人がいて、実はもう1個別の世界にも星があって、さらに後からそれがもう1個あることが分かって……1日1人出会ったって死ぬまでに全員とあいさつできないような数の人が居るってことが分かったの。その中で、あたり前に一緒にいる1人って、ものすごいことだと思わない?」
 思ったままに一気に口にして、リンカは一息つく。
 ジャックは夜空の星を見上げながら、頭の中で彼女の言葉を反芻した。
「なるほど、言われてみりゃな」
「そう! だからさ、私たちがこうしているのって奇跡なんだよ。本当に。そして私はそれがすっっっっっっっっっっごく嬉しいの」
 リンカは溜めに溜めてジャックに迫る。
 ジャックはそこで一歩も引かなかった。
「だから、ありがとうっ! 出会ってくれてありがとうっ! 友達になってくれてありがとうっ! 楽しい毎日をありがとうっ! 世界の中で、私を見つけてくれて、ありがとうっ! あと、えっと、それから――」
 忘れて来た言葉を探すように、リンカは海を見る。
 そして寄せては引いていく波間に、それを見つけ出した。
「――私を好きになってくれてありがとうっ! 大好きっ! 大好きっ! 大好きーっ!」
 頭が空っぽになるまで叫んで、リンカは泣きそうな――だけどこれ以上なくスッキリとした表情で笑った。
 ジャックはそんな彼女を力いっぱい抱きしめて、湿っぽい吐息で叫んだ。
「ああ、知ってる!」
「うん!」
 波が穏やかに2人の心をさらう。
 溶け出した雫たちは、水面に映る星明りに負けないほどに輝いていた。


 了

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
このたびはイベントノベルの発注まことにありがとうございます。
ライターののどかです。
ジャックさんはマスターとしてとても懇意にしてくださっているPC様で、これまで多くの困難や挫折、そして決断を描かせていただいておりました。
その中でリンカさんとご一緒している機会も何度かございましたが、その「当たり前に友達」という感覚は私が関わった他のPCさん達にはあまり見られない、とても新鮮な信頼関係であったように感じています。
今回は発注文に加えてそこにスポットを当てつつ、青春と初恋成分をましましで描いてみた次第です。
今回のノベルがおふたりの物語の1ページとして彩られますことを心から願っております。

OMCライター のどか
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2019年07月08日

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