▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『微笑みを映す鏡 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 最近、巷で囁かれている噂がある。町外れにある今はもう誰も使っていない建物に入ると、恐ろしい事に巻き込まれてしまうのだという。
 人々を怯えさせるその噂に、かえって興味を持つタイプの人間というものはいるもので、意気揚々とした様子で瀬名雫(NPCA003)とSHIZUKU(NPCA004)は未知なる恐怖を求めその建物へと足を踏み入れた。
「ここが噂になってる建物? うーん、確かに、ちょっと雰囲気があるかも……。でも、こういうのも、なんだか冒険みたいでワクワクするなぁ」
 なんでも屋さんであるファルス・ティレイラ(3733)もまた、彼女達から同行してほしいという依頼を受け、手伝いとしてそこへと訪れている。好奇心が旺盛な三人の少女が集まれば、建物に秘められた謎などすぐにでも明かす事が出来るに違いない。キラキラと瞳を輝かせながら、少女達は探索へと繰り出した。

 建物の中は、思っていたよりも広そうだ。手分けして調査をする事に決め、少女達は一旦別々に行動をする事に決める。
 一人になった途端少し心細い気持ちが湧いたが、それ以上にこの場所にいったい何があるのか気になる気持ちの方が強く、幾つもの部屋がある奇妙な建物はティレイラの好奇心を刺激した。
 しばらくは、特にこれといって心惹かれるものに出会う事はなかった。しかし、とある部屋に入った途端、ティレイラは瞳を輝かせ破顔する。
「わぁ、すごい……! この部屋って、全部の壁が鏡になってるかな?」
 大きく開けたその部屋には、壁一面に鏡が張られていたのだ。まるで鏡の迷路の中に迷い込んだかのようだ。不思議な非日常に足を踏み入れたような気持ちになり、ティレイラは楽しげに笑った。
「この部屋には絶対何かあるよねっ! 早速調査を始め……えっ!?」
 突然、大きな音が辺りに響く。その音と共に、ティレイラが入ってきた扉は閉まってしまった。
 開けようとして何度か触ってみたが、扉はすっかり黙り込んでしまい何の反応も示してくれない。
(嘘、閉じ込められた……!? どうして!?)
 困惑するティレイラの背後に、忍び寄る影があった。その気配に振り返ったティレイラの瞳に、怪物の姿が映る。
「魔物っ!?」
 繰り出された魔物の一撃を、ティレイラは咄嗟に背中に翼を生やし飛翔して避けてみせた。少女が飛ぶのに合わせて、展開された竜の翼と尻尾が揺れる。
 ティレイラは相手の背後へとまわり、隙をついて得意の火の魔法を魔物へと叩き込んだ。
「びっくりしたぁ……でも、大した魔物じゃなくてよかった! ふふっ、私が華麗に魔物を倒したって事、師匠に後で報告しようっと」
 倒れ伏した魔物が動かなくなったのを確認し、ティレイラは安堵の息を吐く。周囲の鏡が、勝利に喜び笑うティレイラの姿を映し出していた。
「雫さん達にもこの部屋の事を教えてあげないとね。あの子達の事だから、きっと目を輝かせて観察し始めるだろうなぁ」
 先程の華やかな勝利の余韻に浸りながらも、ティレイラは開かれた扉から外へと一度出ようとする。
 ――しかし、それは叶わなかった。
「あ、あれ? な、なにこれ……! おかしいな……足が、上手く動かないっ……!」
 何かがのしかかっているかのように、急にティレイラの身体は重くなってしまった。前へと進もうとする足はどうしてか上手く動かず、まるで泥の中を歩いているような感覚だ。
 否、重くなっているのではない。何かに引っ張られているのだ。ティレイラの身体は、まるで引っ張られているかのように壁の方へと吸い寄せられていってしまう。
「きゃっ! な、なにっ!?」
 壁へと貼り付けにされたティレイラは、肌に触れた鏡の冷たい感触に思わず悲鳴をあげる。瞬間、鏡はその表面を突然溶解し、液状へと姿を変えた。ティレイラを飲み込むように、その液状と化した鏡は彼女の身体を取り込もうとする。
「なんなのよ、これ! やめてよっ!」
 抵抗する彼女の声を、聞いてくれる者はこの場には存在しない。鏡は無慈悲に、少女の身体を取り込んでいく。
 未だ展開したままだった翼と尻尾が、鏡に飲み込まれ色を変えた。どこか光沢を放つそこに何かが反射し映っている事に気付いた瞬間、ティレイラはぞっとする。そこに映っていたのは、他でもないティレイラ自身の姿だったからだ。
 尻尾や翼はもう本来の役目を忘れ、ただ人を映すだけの鏡と化してしまった。これは、呪いだ。魔物を倒した瞬間に発動する、死の呪い。自分の身体が、徐々に鏡へと変えられていってしまっている。
 諦めずにティレイラは抵抗を示すが、少女の身体はすでに大部分が鏡に飲み込まれてしまっていた。もがいてももがいても、その呪いからは逃れる事は叶わない。
「だ、誰か助けてっ! 雫さん! SHIZUKUさん! 聞こえないの!? 助けてよ、ねぇ! ……師匠っ!」
 助けを求めるティレイラの悲痛な叫び声すらも、その呪いの鏡は飲み込んでいってしまうのだった。

 騒ぎに気付き、雫達が駆けつけた頃には、その部屋は先程までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。ただ壁一面に鏡があるその場所で、ティレイラの姿を二人は探す。しかし、目当ての人物は部屋のどこを探しても見つからなかった。
 確かに、この部屋から声がしたはずなのに。不思議な現象に、首を傾げながらも二人は捜索を続ける。
 ふと、規則正しく並んだ鏡の中に、一つだけおかしな形状の物ががある事に二人は気付いた。遠目に見ても鏡像が歪んでいる事が分かるその鏡は、妙に立体的だ。
 近づいていくにつれ、その鏡がいったいどんな形をしているかに少女は気付く。
 そして慌てて、とある人物へと連絡を入れるのだった。連絡の相手は、シリューナ・リュクテイア(3785)……ティレイラの師匠である。

 ◆

 弟子が同行していたはずの依頼主から突然連絡を受け、シリューナはすぐに彼女達がいる建物へと向かった。
(感じる。あの部屋からね)
 流れる魔力に誘われるように、シリューナはとある部屋と足を踏み入れる。彼女を出迎えたのは、一面鏡張りの奇妙な部屋だ。
 その部屋には、場違いな程に楽しげな少女達の声が響いていた。雫達の声だ。とある鏡の前にいる彼女達は、シリューナが到着した事にすら気づいておらず、何かに夢中になっているようだった。
 助けを呼ぶ連絡をした割には、楽しげに歓談している雫達の様子を奇妙に思いながらも、シリューナは彼女達の元へと向かう。
 雫達の好機の視線の先にある鏡は、他の鏡とは少し形状が違っていた。レリーフ状に、隆起物があるのだ。そこから感じる魔力から、その鏡がただの鏡ではない事にシリューナはすぐに気づいた。
 これは強力な魔術……いや、呪いのかけられた代物だ。
 細部までよく見ようと観察し始めたシリューナは、その鏡の正体に思い当たった瞬間に「嗚呼」と思わず感嘆の声をあげてしまう。
 竜の翼に尻尾、この胸や身体の形……今は驚きに染まっているその愛らしい顔は、シリューナのよく知っている相手のものに違いなかった。
「……ティレイラ」
 思わず相手の名前が唇から零れ落ちる。しかし、いつもはすぐに返ってくるはずの元気な返事はない。ティレイラは恐らく、この部屋を調査している最中に何らかの呪いを発動させてしまい、鏡に取り込まれてしまったのだろう。
 奇妙な鏡と化した少女の姿に、好奇心が刺激されたのか先程からずっと観察していたらしき雫達は、ようやくシリューナがいる事に気付く。自分達がこの部屋にきた時にはすでにこの状態だったと事情を説明する彼女達に、シリューナは穏やかな微笑を返した。
「これは、呪いね。安心して、解呪にはそう時間はかからないはずよ」
 頼もしいその言葉に、どこかホッとしたような、けれど少しだけ惜しいような曖昧な笑みを雫達は浮かべる。その気持ちが、痛いほどシリューナには理解出来た。理解、出来てしまった。
「雫さん達の用事はもう終わった? 他に行きたいところがないなら、今日は解散にしましょう。ティレイラの事は、私に任せて」
 鏡になった弟子の姿は、先程からシリューナの事を魅了してやまないのだ。今この場所にもし雫達がいなかったら、シリューナもまた、先程までの彼女達と同じように夢中でティレイラの身体を観察していた事だろう。
「……素敵ね、ティレイラ」
 呟かれた言葉は、すでに歩き始めていた雫達の耳には入らなかったようだ。しかし、もし雫達が聞いていたとしても、彼女達はそれを咎める事などせずに同意を示してくれただろう。
 それ程までに、今のティレイラの姿は神秘的で……シリューナ達の目には、美しく映るのだった。

 ◆

 指先が、思い浮かべている薬品を的確に選び出す。ティレイラの呪いを解くために必要な魔法薬を用意しながら、シリューナは彼女の様子を観察する。
 ティレイラをあの場所から家まで連れ帰ってから、少し時間が経っていた。あれから、特にこれといった変化はない。呪いに囚われた弟子は、相変わらず周囲の物の姿を映す鏡としてそこには存在している。
 ……巷で囁かれている噂。町外れにある今はもう誰も使っていない建物に入ると、恐ろしい事に巻き込まれてしまうのだ、という噂。
 その建物には何かがある、とシリューナは噂を耳にした時から思っていた。美術品を集めるのが趣味なシリューナも、時間が出来れば掘り出し物を求めて足を運ぼうかと思っていたくらいだ。
「けれど、もうその必要はない。今回のこの鏡ほどの掘り出し物は、恐らくないだろうから」
 今まで見たどの美術品よりも愛らしいその鏡……ティレイラに、シリューナはゆっくりと触れる。触れたその身体はひんやりとしており、温度も質感も鏡そのものだった。弟子の身体が自分の姿を映す経験など、そう出来る事ではない。
 普段の温かさと柔からな感触をなくした弟子の身体は、いくら触っていても飽きる事はなさそうだった。元に戻すのが、惜しくなってしまうくらいだ。
「魔法の鏡を改良すれば、同じような姿のティレイラをいつでも見れるようになるかしら?」
 シリューナがふと呟いた思いつきに、異論を唱える者は生憎とこの場にはいない。恐らく真っ先に不満の声をあげるであろう弟子も、今は喋れず動けぬただの鏡だ。
「研究のために、もう少し調べる必要がありそうね」
 シリューナは再び、ティレイラの身体へと触れ始める。ティレイラという名の鏡が映すシリューナは、まるで無邪気な少女のように瞳を輝かせ、うっとりとした微笑みを浮かべているのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
鏡と化してしまったティレイラさんと、素敵な鏡を手に入れたシリューナさんのお話、今回の顛末はこのような感じになりましたが、いかがでしたでしょうか。
お二方のお気に召すお話になっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(パーティ) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.