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『それぞれの宴 』
黒の姫・シルヴィア8930)&黒の貴婦人・アルテミシア(8883)&真紅の女王・美紅(8929)&紅の姫・緋衣(8931)

(夜の闇は、落ち着く。アルテミシア様に包まれているようで……)

 黒の姫・シルヴィア(8930)は黒の貴婦人・アルテミシア(8883)の帰りを彼女の居城で待っていた。

「早く帰ってこないかしら」

 アルテミシアの姫となってからシルヴィアは幸せだった。

 愛しい人が自分の心を満たしてくれる。

 それが、こんなに幸せなことだったなど知らなかった。

 視界に入る自分のモノトーンのドレスに知らず知らずのうちに微笑みが漏れる。

 アルテミシアから贈られたこのドレスを見る度に、誓いを受け入れてくれた時の慈愛に満ちた微笑みが思い出される。

「アルテミシア様……」

 左手の薬指にはめられた銀の指輪にそっと口付けながら微睡んでいると、扉の開く音が聞こえた。

「アルテミシア様、お帰りなさいませ」

 パッと顔を明るくするシルヴィアに苦笑しながらアルテミシアはそっと彼女の腰に手を回す。

「ただいま」

 お帰りなさいのキスを交わし、そのまま深く2度目の口付け。

「今日はどういった御用だったのですか?」

 今日は真紅の女王・美紅(8929)のところへ行っていたのをシルヴィアは知っている。

 用件は分からないが、自分の事を話に行ったのだろうと彼女は推察していた。

「今度、また宴を開こうと思って美紅にも出席してもらえないか打診に行ったのよ」

「そう……ですか」

 胸にちりりとした痛みを感じながらもシルヴィアは微笑む。

(あの方との誓いを捨てさせるお話かと思ったのですが……)

 アルテミシアとの誓いは正式なものではない。

 心こそアルテミシアのものとなっているシルヴィアだが、建前上はまだ美紅の姫。

 その二重契約状態が契りと誓約を重んじる彼女には心苦しい。

「こんなに素敵になった貴女を見れば、どっちの下にいるのが相応しいか美紅も分かってくれるわ」

「そう……ですね」

 紅の君が、そんな物分かりがいいとは思えなかったが、昔からの友人であるアルテミシアが言うのだからそうなのかもしれない。それに――。

(アルテミシア様が、その為に宴を開いてくださる)

 その事が嬉しくてたまらない。

「ねぇ、アルテミシア様……」

 深く浅く何度も口付けを交わしながらシルヴィアはそれ以上をねだる。

「もう、堪え性のない子ね」

 アルテミシアは楽しそうな声でそう言うと、そっと、シルヴィアの胸元へ唇を寄せた。

  ***

「本日はお招きありがとう」

「ええ、来てくれて嬉しいわ」

 宴当日、アルテミシアと美紅はそう言って微笑み合った。

「お久しぶりでございます。紅の君も緋衣姫様もお元気そうで何よりですわ」

「こちらこそお招きありがとうございます、シルヴィア様もお元気そうで」

 シルヴィアもアルテミシアの隣で恭しく首を垂れると、紅の姫・緋衣(8931)も倣うように頭を下げる。

 シルヴィアの心にもう葛藤はない。

 それどころかアルテミシアの姫としてこうして公の場に出られることを心から誇りに思っていた。

(今はアルテミシア様の姫として振舞える)

 その事実が多幸感をシルヴィアに与えていた。

「……ね、そう思うでしょう?シルヴィア」

「はい、おっしゃる通りですわ」

 耳元で囁き合い、そのまま頬へ口付ける2人を見ながら、緋衣の中には一つの疑念が浮かび上がっていた。

(前回の宴の時よりも幸せそうですわ)

 指を絡め合うその仕草も慣れたものであるようでシルヴィアは拒絶感を感じるどころかその行為にも嬉しそうに応えている。

 前回の宴では、どこかぎこちない感じがあったのだが、今はそれが完全に消え去っている。

 シルヴィアに近しい緋衣から見ても本物の女王と姫の様な結びつきが感じられる。

(もしかして……)

 演技とはいえ、自分が仕える主人がありながらあそこまで仲睦まじそうにするだろうか。

 2人の間には、演技を超えたなにか深いつながりがあるように見えて仕方ない。

 それが、緋衣には不快だった。

「アルテミシアの姫はとても素敵ね。今度貸してほしいくらいだわ」

「そう?美紅の姫もとても素敵だわ」

 2人の女王が交わす言葉の間でも、アルテミシアがシルヴィアの腰から手を離すことはない。

 シルヴィアもその事がさも当然であるかのように振舞っている。

「そういえば、薔薇が綺麗に咲いたの。皆で庭へ出てみない?」

 アルテミシアがそう言って外の薔薇園へ視線を送る。

 月明りに照らされた薔薇は妖艶な美しさで咲き誇っている。

「ええ、前の宴の時も見せてもらったけれど、とても素敵な庭だったわ。緋衣も見せてもらいなさい」

「はい、美紅様」

「じゃあ、行きましょうか」

 4人はそう言って、薔薇園へと足を向けるのだった。

  ***

「あら、迷ってしまったようね」

 回廊のような生け垣を進みながら、美紅はそうシルヴィアに言う。

 気が付くと、周囲は薔薇ばかりで、アルテミシアと緋衣の姿は見えない。

「そうでございますね。会場への道は私が存じておりますから心配はございません」

「そう、それは良かったわ。それで、アルテミシアはどう?」

「どう、と申されますと?」

「今日、美しく優雅になった貴女を見て思ったの。預けて正解だったって。よほどアルテミシアと相性がいいのね」

「ありがとうございます。アルテミシア様は素敵な方です。毎日優しくして頂いておりますし、何も不自由は御座いません」

「それはよかったわ、その口ぶりだと、私よりアルテミシアの方がいいみたいにも聞こえるわね」
くすくすと楽しそうに笑う美紅。

「そんなことはございません。紅の君も素敵な方だと思っておりますわ」

「本当?」

 抱き寄せると、真意を確かめるかのように瞳を見つめる美紅。

「はい。勿論でございます」

 それでもシルヴィアの瞳は揺るがない。

「なら、ここで愛し合ってもいいわよね?」

 すぐにでも唇を交わせそうな距離で熱っぽく見つめる美紅とは対照的にシルヴィアの瞳は冷静そのものだ。

「私は貴女を愛しているのよ」

 耳元で囁かれる淫猥な言葉と甘い吐息がシルヴィアの鼻をくすぐる。

 軽くたくし上げられたスカートからは庭に咲くどの薔薇よりも濃密な甘い香りが漏れる。

(紅の君の香り……)

 美紅との濃厚な時間を思い出させるようなその香り。

 まるで、薔薇園が、2人の情事を期待しているかのような、もしくはドレスの中にあるもう一つの薔薇園が求めているような、そんな気さえしてくる。

 何度も思い、その度に失望と不信感を感じてきたシルヴィアだったが、心に残っていた愛が、それらが膨れ上がるのを抑えてきた面もあったのだろう。

 だが、今あるのは、美紅への愛ではなくアルテミシアへの愛。

(淫乱……)

 目の前の貴婦人へは失望や不信、不信感しかない。

(ドレスを着た娼婦、それがこれほど似合う人物もいないわ)

 招いてくれた貴婦人の姫すらも誘惑する女性が何故女王などしているのだろう。

(いっそ……)

 違う言葉が頭に浮かび上がり、侮蔑さえ覚えてしまう。

 その香りを振り払うようにそっとシルヴィアは目を伏せると小さく首を横に振った。

「ありがとうございます。ですが、私はアルテミシア様のものです。そう言ったお言葉は緋衣様におかけください」

 もう、関わりたくないという気持ちを抑えながら柔らかい態度と言葉で断る。

「振られちゃったわね。残念だわ」

 さほど残念そうではない口ぶりでそう言うと美紅はそっと離れる。

(アルテミシアの言う通りね)

 シルヴィアの姫としての出来具合を楽しもうと宴に誘われた時から期待していた以上の仕上がりに美紅は満足していた。

(上手くいっているようね)

「では、案内してくれるかしら。あんまり帰りが遅いと2人が心配するかもしれないわ」

 何事もなかったかのように微笑むとシルヴィアもまた何事もなかったかのように微笑み返した。

  ***

「あら」

 アルテミシアの声に、緋衣が辺りを見回すと、シルヴィアと美紅の姿はなかった。

 美しい薔薇に魅入られているうちにはぐれてしまったようだと気が付くまで時間はかからなかった。

「お2人は大丈夫でしょうか」

 内心、気にしているのは己の主だけだが建前上『2人』という言葉を使う緋衣。

「シルヴィアは道を覚えているし、大丈夫よ」

「そう……でしょうか」

(2人きりになったら……)

 愛を交わし合うのではないかという不安が緋衣のどこかにはあった。

「美紅の姫として相応しいのは貴女だもの。心配することはないわ。前回も思ったけれど、貴女はやはり今日会っても素敵な姫君だわ」

「ありがとうございます」

「お世辞じゃないのよ。美紅の姫の中で一番ふさわしいのは貴女じゃないかしら」

「そう言って頂けるなんて。とても嬉しいです」

(やはり、他の貴婦人から見ても私の方が相応しいんだわ)

 姉姫でなく自分が、相応しいのだという事が緋衣の優越感を高ぶらせる。

「シルヴィアも私のところへ来てから日に日に素晴らしい姫になっているわ。貸してくれた美紅には感謝しなくちゃね」

「感謝……ですか?」

「ええ。どうかしたの?」

 引っかかりを覚える緋衣にアルテミシアは首をかしげてみせる。

 姫は、女王との結びつき、繋がりが強くなればなるほど素晴らしくなる。

 それは、この界隈では常識だった。

(やはり……)

 目の前の貴婦人に心を捧げたのではないか、そんな疑いの心が緋衣の中に渦巻いていく。

 以前より明らかに睦まじい様子を見れば誰もがそう思うだろう。

 今日の宴の参加者の中で、シルヴィアをアルテミシアの仮初の姫だと信じる貴婦人は何人いるだろう。

(もしかしたら……いえ、きっと一人もいやしないわ)

 膨れ上がった疑心は優越感を煽り、優越感を高めるために疑いは深まっていく。

(そうよ。他の女王に心を奪われるような軽薄な姫なんかより私の方が相応しいのは当然だわ)

 疑いが確信に変わった時、知らず知らずのうちに緋衣の口元に笑みが浮かんでいた。

(思えば、美紅様の香りを2人で分け合うより、私1人が美紅様と愛し合っていた方が素晴らしかったもの。美紅様に2人の姫はいらないんだわ)

 緋衣のその様子を見ながら、アルテミシアが暗く微笑んでいることを彼女は気が付かない。

 それぞれの思いを抱きながら宴の時間は過ぎていくのだった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8930 / 黒の姫・シルヴィア / 女性 / 22歳(外見) / その心にあるのは 】

【 8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳(外見) / 真意はどこに 】

【 8929 / 真紅の女王・美紅 / 女性 / 20歳(外見) / 誘惑の裏にあるのは 】

【 8931 / 紅の姫・緋衣 / 女性 / 22歳(外見) / 確信は優越と共に 】
イベントノベル(パーティ) -
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東京怪談
2019年07月09日

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