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『■其は、流れし者が流るるままに流れていた頃に 』
エアルドフリスka1856




 訪ね歩いて見つけた町外れの薬屋は、生垣と野草の庭に囲まれ、蔦が壁を這う質素な小さな家だった。
 生垣の切れ目、正面の門の傍らに置かれた椅子には、杖に手を置いた身なりの良い小柄な老婆がちょんと腰掛けている。
「ここは薬屋でしょうか? 腕がいい薬師がいると聞いたのですが」
 身を屈めてエアルドフリス(ka1856)が問うと、顔を上げた老婆は愛嬌たっぷりに片目を瞑ってみせた。
「確かに薬屋だけど、今は危ないよ。旅の方」
「危ない?」
「うるさい、うるさーい!」
 彼の疑問へ応じるかの如く、家の中から少年の怒声が響く。
 確かめるように視線を戻すと、目が合った老婆は笑んだまま少しだけ肩を竦めた。

「師匠ならいねぇよっ。だから、すぐに出ていけ!」
「いやぁ、でもドッカに隠れてるかもしれねぇだろ? そこの机の下とか、棚の向こうとかさぁ」
「俺ら、どーしても大事な話があんだよ」
「知るかよ、触んな!」
 留守番らしき少年と男二人の言い争いに、何かが倒れる音が混じる。
 庭を横切ったエアルドフリスは、木の扉のノブを注意深く回した。
「お邪魔するよ」
 断りの文句を小声で入れ、隙間から中を覗き込む。
 広くない『店内』は天井から束ねた香草類がぶら下がり、奥には無数の小引き出しで埋まった背の高い薬棚があった。
 窓がある壁には窓枠より低い棚が置かれ、固く封をしたラベルのないガラスのビンがひしめく。
 そしてテーブルと転がった丸椅子の向こう、おそらく調合室との境界に姿勢の悪い男二人の背中が見えた。
「俺らも暇じゃねぇんだ。そこをどけ」
 肩を揺らし、男達は少年を脅すが。
「うるさいっつってんだろ、出てけー!」
「ちょ、ま、落ち着けって」
「そのビン、ナンかヤバそうな中身が入って……!」
 ガシャ、ガシャーン!!
 続けざまに、割れる音が響く。
 と同時に、男達がむせ始め。
「うぎゃーーー!?」
「くっ、くせぇぇぇーーー!?」
 狼狽し、袖で口と鼻を覆い、我先にと外へ逃げ出した。
「これに懲りたら、二度とくんな!」
 残ったのは勝ち誇った少年の声と、漂ってくる形容し難い匂い。
 恐ろしい事に刺激は鼻だけで留まらず、微妙に目にも来る気がする。
「あー、ここに薬師がいると聞いたんだが……お取り込み中だったかな?」
 布で口元を抑え、目を瞬かせながらエアルドフリスは10代前半に見える少年へ声をかけた。
「別に。お取り込んじゃいねーよ」
 応答はぞんざいで、来客に取り繕う様子もない。
「じゃあ……話の前に、匂いを何とかしたいんだが」
「へ?」
 何故かきょとんとする少年に構わず、棚にあった乳白色の丸皿をテーブルに置いた。
 腰のポーチから小さな薬瓶を三つ選び、中身の粉を幾らか出して混ぜる。
 更に細い木片で火を点けると微かな煙が立ち上り、刺激を伴った匂いは次第に和らいでいった。
 粉が燃え尽きる頃には、空気もすっかり清浄な状態に戻り。
「すげぇや、兄ちゃん。匂いだけで、あっという間に対処するなんて……」
 じっとテーブルにかじりついていた少年は、称賛の目をエアルドフリスに向ける。
「いつもはどうするんだ?」
「窓、全開」
「乾燥中の香草は?」
「また採取して、干し直し」
 予想以上に答えがシンプル過ぎて、めまいを覚えた。
「つまり消臭する術もなく、アレをぶちまけたと」
「手っ取り早いからさ。香草はダメになるけど、換気すればいいし」
 あっけらかんとした返答に嘆息し、彼は本題に戻る。
「その様子だと、薬師は不在か」
「うん。お師さん、いつも何も言わずにフラッと出かけるし、いつ帰るかも分からないよ」
「で、さっきの二人組は?」
「いきなり来て、お師さんの秘薬をよこせってさ」
「秘薬? それは初耳だな」
 小さな町の薬師にしては腕がいいとの噂は小耳に挟んだが、秘薬の話なぞ聞いた記憶がない。
「うん。俺もだよ」
「……ところでだ。良ければ一晩、帰りを待たせてもらってもいいか?」
「いいよ。狭いし、飯はないけど」
「身元を疑ったりしないのか」
「さっきの手際といい、兄ちゃんも同業だろ。同じ薬師なら泊めていいって言われてる」
「そうか。話が早くて助かる」
 不在の主にエアルドフリスは改めて興味を抱きつつ、奥へ向かう少年に続いた。


   ○


 迷惑な二人組が退散した後も、特に客はなく。
 パンとポトフで申し訳程度の夕食を御馳走になったエアルドフリスは、二階にある客間――清潔なベッドと椅子にテーブル、そして手持ちランプ程度しかない質素な部屋へ案内された。
 小窓から夜の庭を眺めていると、ちらちらと灯火が見え隠れし。
 ランプを点けたまま、彼は客間を出た。

「よし、開いた」
「居るのは小僧一人だ。気付かれたら、ふん縛れ」
 針金で鍵を外した男達は、忍び足で薬屋へ忍び込む。
「ブツの見当は、ついてんのか?」
「知るか。大事そうなのを片っ端から持っていけば、ドレか当たるだろ」
 言いながら一人が調合室に足を踏み入れた途端、「ヒッ」と息を呑んで固まった。
「おい、どうし……」
 後に続く男も、そこで絶句する。
 調合室の中央には、ぼぅと青白い薄明かりに照らされて立つ、胡乱(うろん)な薬師が一人。
「だっ。だ、だっ」
「てめぇ……さては昼間の小僧だな!」
「……は?」
 自信満々かつブッ飛んだ指摘で、さすがにエアルドフリスも言葉を失った。
「あっ。例の秘薬で、若返ってダマして……!」
「やっぱ、隠してやがったかっ」
「……はぁ」
 心底脱力する一方で、大体の『裏』も察する。
 その身勝手な思い込みと欲に呆れ、手段と無知に呆れ。
 ザァ……と、耳朶を雨音が打つ。
「雇い主に伝えろ。常若の薬なぞ何処にもないと」
「なん……」
「お、おい、こいつの目っ。それにナンか、急に濡れて……」
「嘘だろ、家の中だぞっ」
 瞬く間に薬師の全身がそぼ濡れ、足元から周囲も水浸しになった。
「こ、こいつ……」
「ナニモン、だぁ!?」
 全身より滴る雫は止まらず、水溜まりが広がる分だけ男達もじりじり後退する。
 だが、ゆらりとエアルドフリスが一歩を踏み出すと、直面した事態と緊張に耐え切れなくなったのか。
「ひえぇっ」
 情けない声を上げ、慌てて家から逃げ出した。
「……不甲斐ない」
 ふ、と息を吐き、『覚醒』を解く。
 瞬く間に濡れていた全てが乾き、薬が発する青白い光だけが残った。
「難儀をかけたねぇ」
 労う言葉に振り返ると、昼間に会った老婆が一人。
「あんたの仕事場を守れたなら、良かった。秘薬ってのは気になったが」
「そんなモノはないと、自分で言ったじゃない。こんな真似をするから、若返りとか勘違いされるんだろうけど」
 話す間に老婆はゴキゴキと首を回し、腰を伸ばし、肩を広げ。
 声も姿も、40代半ばの女性に変化した。
「……今日は、呆れっぱなしだ」
「見た目が若いと面倒も多くてね。でも師事しに来たのなら期待外れ、私の見立てだと知識も腕もそっちが上だ」
「そう、だろうか……」
「ん。それに師匠が近くにいても気付かない、不肖の弟子もいるから」
 肩を竦める薬師に、エアルドフリスは苦笑を返した。

 空が白み、少年が起きるより先に薬屋を辞去する。
 薬師から聞いた、別の薬師の情報を頼りにして。
「薬術も魔術も、時と人が蓄積した結果。自分の知識も、いつかそれらが流れ着く先に至るのか……興味深いよね」
 別れ際の薬師の言葉に、いつか辿り着く先を思いつつ、再び彼は放浪の旅路を歩き始めた。



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2019年07月10日

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