▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『浮かぶ瀬 』
轟天丸la0989

 ナイトメア。それこそは、この世界へ襲い来た侵略者を表わす呼称である。
 悪夢とはよう言うたものでござるな。
 轟天丸(la0989)は、身を鎧う金と赤の南蛮胴具足の奥より鋭い視線を伸べ、眼前へ押し迫る異形へと突き立てた。
 身の丈七尺を越える轟天丸をも凌ぐ巨躯を、分厚い装甲で固めた蟷螂――その姿を、彼はよく見知っていた。なぜならこの世界においてマンティスと称される蟷螂は、郷里である世界を滅ぼした者どもの尖兵なのだから。
「虫ごときのなまくら鎌に、拙者の南蛮胴は傷一条つけられはせんぞ!」
 戦いの中で幾度となく折れ曲がり、その度に無理矢理伸ばしては使い続けてきた愛刀を八相に構え、轟天丸は吼える。
 眼前の敵は一体なれど、彼ひとりばかりで対しえぬ相手なること、十二分に思い知っていた。だが、しかし。
 郷里を失い、その仇を討つべく“狭間”の内を流れ流れて辿り着いた異世界。そこでもまた無辜の民がおり、異形の襲来に救いを求めている。あのとき救えなかった民と同じように――
 拙者は二度と失わぬ! 二度と、喪いはせぬ! 我が身を尽くし、背に負うた人々を守り抜く! そのためにこそ拙者は恥を捨て、ここまで生き長らえてきたのだ!
 覚悟が轟天丸の四肢へ力の火を点し、決意を燃え立たせる。
 彼が一歩を踏み出せば、それだけ異形を民から遠ざけることができるのだ。
「そこなお方々、急ぎこの場を離れられよ!」
 背中越しに言い置いて、前へと駆け出した。

 蟷螂は四本の肢を曲げて重心を落とし、交差させた二歩の鎌で、轟天丸の袈裟斬りを真っ向から受け止めた。そしてそのまま、刃を潰すように挟みつけ、絞り上げる。
「おおおおおお!」
 それにかまわず、轟天丸は六十三貫の自重すべてを込めて刀身を押し込んだ。これまでさんざん振り回してきた刃はとうになまくらで、斬れ味を保っているのは切っ先のみ。だからこそ蟷螂へ斬り込み、受け止めさせたのだ。喉の奥まで切っ先を喰わせてやるために。
 かくて刃は蟷螂の鎌の交差点をぎちぎちと押し進み、切っ先はその顎まで届く。
 と。蟷螂が顎を開き、切っ先へ噛みついた。
「なんと!」
 故郷を襲った蟷螂がそのような芸当を見せたことはない。人を喰らうという性はそのままに、より強く進化を遂げたというのか。
 これもまた無常というものでござるか……なれば!
 咥え止められた刃を追い越すようにもう一歩踏み込んだ轟天丸は、具足に鎧われた膝で蟷螂の喉元を突き上げた。同時に鎌の峰へ額を押し当てて支えとし、一気に刀を引き抜いて地へ転がる。
 しかし、蟷螂は重い甲冑が転がる様をただ見送りはしなかった。重心を据えたまま四本肢を繰り、前へ。土を耕すがごとくに右の鎌を振り下ろす。
 一回転してしまえば、たとえ右の鎌をかわせたとて左の鎌に縫い止められる。先は重量があればこそ押し込めたが、今はこの重量が動きを鈍らせているのだ。
 丸めていた背を伸ばして回転を押し止め、轟天丸は両肘を地へ突いたまま、上から降り落ちる鎌へ切っ先を向けた。
 攻めならぬ受けの剣は、彼の目論見どおりに鎌を滑らせて内へと流す。
 轟天丸の脇腹を削って地へ突き立った鎌。彼はそれを脇に抱え込み、両脚の捻りをもって体を、蟷螂の外へと転がした。こうして蟷螂の右鎌に左鎌を遮らせ、その間になんとか立ち上がる。
 さて、此度は鬼手(奇策)で救われたが、これにて彼奴めも心構えができたことにござろう。
 蟷螂はけして高い知性を備えた存在ではないが、その闘争本能は人よりもはるかに鋭く研ぎ澄まされている。幾度も同じ手が通じる相手ではありえない。
 甲越しに打たれた横腹の鈍い痛みを意識から追い払い、轟天丸は正眼に構えなおした刀の先の敵を見据える。
 対して蟷螂は、無機質な眼をもって轟天丸を見下ろし、そして。苛烈に攻め込んできた。
 横殴りの左鎌で刃を打ち、右鎌を斜めに斬り上げて轟天丸の上体を反らさせ、首を直ぐに伸べて彼の喉へ顎を食らいつかせる。
「っ!」
 冑の垂でかろうじて止まった牙を柄頭で弾いた轟天丸は、引きかけた足を踏み止めて腰を据えた。蟷螂の思惑はまさに、もっとも鎌が振るいやすい間合へ轟天丸を下がらせることであると気づいたからだ。
 拙者以上の巨躯なれば、鎌もまた長しというわけでござるな。……とはいえ、腕を畳んだままでは拙者も窮屈にござるし、打ち据えることもかなわぬが。
 頭突きで突き放してこようとした蟷螂の顎を拳で打ち払い、間合を開けぬよう気をつけつつ横へ抜ける轟天丸だったが。
「!?」
 唐突に胃の腑を突かれて噴き飛んだ。
 地へ落ち、一、二、三と跳ね転げる中、彼はようようと思い至る。
 肢でござるか!!
 蹴りは敵の体勢を崩すために使われる手だ。崩してさえしまえば、たとえ相手が分厚い具足をまとっていようとも隙を突ける。実際、轟天丸も足技で蟷螂を打ち据えた。
 それを逆手に取られるとは、虫ながら見事。
 先のように闇雲な攻めを打つことなく、蟷螂は轟天丸の転がる先へ駆け込んでくる。確実に追い立てて追い詰め、甲冑より肉を引きずり出そうというのだろう。
 やすやすと喰われてはやらぬがな!
 轟天丸は転がる中で姿勢を整え、唐突に跳ね起きた。
 蟷螂も即座に肢を止めて襲いかかるが、跳ねた勢いを乗せた轟天丸の斬り上げに鎌を弾かれた。
 ただし、それを為すため轟天丸が支払った代償は大きい。共連れてきた刃が、ついに根元からへし折れたのだ。そして。
「くぁ」
 逆の鎌でこめかみを打たれてよろめき、ふらふらと膝をつく。
 噴き飛ばされたなら、まだあがけたかもしれない。しかしながらこの一打はその破壊力を余すところなく轟天丸の内へとねじり込むもので、逃がすことのできない衝撃は彼の内を跳ね回り、体を、意識を突き崩したのだ。
 なにも見えぬ――なにも聞こえぬ――拙者は――なにを守ることもできぬまま――
 砕け散る心のただ中に、ひとつの点が残される。
 それは轟天丸の兵法者たる芯であり、純然なる轟天丸の真。
 芯は告げる。死するときまで戦え、其がもののふなり。
「おう」、轟天丸は応え、失ったはずの力を込めて立ち上がった。
 真は告げる。この身散るとも守れ、其が轟天丸なり。
「おお」、轟天丸は応え、手の内にいつの間にか転がり込んでいたものを掴み、大上段に構えた。
 我が身などいくらでも捨てよう。拙者は守るがため戦い抜き、闘い抜く。
「其が、もののふ……轟天丸の一分にござれば」
 蟷螂の右鎌が胴を叩き、轟天丸の肋をへし折った。
 しかし彼は構えたまま動かない。
 蟷螂の左鎌が彼の脇腹を貫き、そのまま引き寄せる。今度こそ首筋に牙を突き立てんと顎を開き、狙いを定めて……
 やっと口を開けたでござるな。
 逆手に握り替えたものを、やさしく蟷螂の口腔へと突き入れる。
 彼の霞んだ目は、ここに至って手の内にあるものの正体を知らずにいた。しかし確信があったのだ。これならば、蟷螂を討ち取れると。
 果たしてそれは、小太刀であった。
 先にこの場で戦っていた誰かが残したのだろうひと振り。蒼き刃紋を刻んだ刃は二尺に足りぬ長さながら、蟷螂の喉をつるりと押し裂き、轟天丸の腕を奥へ奥へと進ませて、ついには胴の中央にある核にまで届かせた。

 冑の内に血塊を吐きこぼし、轟天丸は薄笑む。
 拙者も浮かぶ瀬を得られたか。さて、これより流れゆくは彼の岸にござろうか。
 今度こそ散り消える意識の端で、そんなことを思いながら。 
シングルノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年07月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.