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『3時間クッキング 』
いせ ひゅうがla3229

 超巨大空母として世界の海を行く人工島、グロリアベース。
 甲板部を一階に見立てれば地下となる艦内には、多数の小型戦艦“キャリアー”を収めたドックがいくつも存在し、そして。とあるドックの裏側にぽつり、木造の小さな建物が建っている。
 おそらくは店なんだろう。入口にかけられた暖簾、その端に小さく【夢見亭】なる屋号が縫い取られていて。引き戸の奥からは出汁のにおい漂い出し……銃声が突き抜けてきているんだった。

「まったくもう硬いのです!」
 ぷりぷりとほっぺを膨らませた女の子が、腰だめに構えたフィッシャーM800LTRの引き金を引きっ放す。ちなみにその格好は、秘密結社にありがちな白頭巾に白長衣という完全武装だ。
 と、それはさておき。弾倉一本分の小口径高速弾で撃ち据えられたものは、肉塊である。ただし普通の……じゃない。皮どころか金属質の殻をまとった肉はそう、牛型ナイトメアの後肢だ。
「でも、いっぱい撃ってあげたらヒビ入るので、そしたらー」
 盾にも使われる合金で仕立てたまな板の上へ、殻つき肉どーん! 横に置いてあった包丁ならぬラウンドスラッシャーを思いっきり振り上げて、「とあー!!」のかけ声をあげて振り下せば。メギョギャ! 見事に外殻が割れ砕けた。
「切れ目が入ったら、殻を剥がしていくのですよ」
 持ち手のトリガーを引いて円刃を起動、手早く殻を肉から斬り放していく。
 そうして現われた、青緑のサシが入った紫の肉を前に、ひと仕事終えた女の子はふぅ、息をついた。
 この夢見亭は、普通の小料理を出す居酒屋でありながら、世にもめずらしいナイトメア料理を食べさせることで好事家の注目を集めるやばい店。
 そして若女将であるところのいせ ひゅうが(la3229)は、ライセンサーとして日々世界の平和を守りつつ、戦場から拾ってきたナイトメアの可食部分を調理して人に食わせるやばい料理ヴァルキュリアなんである。


 さて。説明も終わったことだし、ここからが本番だ。
 どう見ても警戒色なお肉をブラッドアサシンでめった刺し、内に閉じ込められてた黄色い血を盛大に噴かせるひゅうが。
「お肉がちょっと固めなので、血抜きするのといっしょに筋肉繊維を切ってあげて、味が染みやすいように加工しとくのです」
 ああ、言ってることが普通なだけに、絵面とのギャップがひどい、
 そんな報告官のげんなり感を置き去りにして、ひゅうがは手慣れた調子で調味料を擦り込んでいく。
「素手だとちょっとピリっとするので、ちゃんと手袋してくださいねー」
 店はまだ開店前で、調理場にすら灯を入れていないため薄暗い。その中で白ずくめの女の子が、料理番組の出演者みたいに説明しつつ、どう見ても毒肉にしか見えないブツへ発酵させた唐辛子調味料の赤をまぶす様……怪し過ぎだ。
「あ。返り血浴びるとダメージ受けちゃうので、こんな格好してるだけなのですよ?」
 怪しくないアピールをしてもらったところで、そもそも誰もいないし、結局その肉、毒じゃねーかって感じなんだが、本人が満足そうなんでそれはそれでよし(って言うしかない)。
「調味料のピリ辛でお肉のピリ辛を殺しちゃったら、次はこれなのです!」
 この場面でいちばん決めてほしくなかった殺す発言を決めて、どん。調理台の上に密閉瓶を置く。
 普通のガラス製に見えて、実は人造強化水晶で造られた耐爆・抗呪仕様の瓶には、ぽこぽこ泡立つどす黒いタールみたいなものが詰められていた。
「これはいろんなものを混ぜ混ぜして土の中に埋めておいたアレなのですよ」
 うん、すでに説明になってない「アレ」だそうな。
「蟲じゃなくてタンパク質とか、冬虫夏草じゃなくて漢方っぽいミネラルとかの旨味がいっぱいですよ?」
 白頭巾を傾げて言われたところで、なんの救いもなかった……。
 匙をずぶっと差し入れると『おおおおおお』、泡が弾けてるだけとは思えない音がして、でもひゅうがはためらいなく呻き声ごとタールをお肉へべっしゃり。次いで擦り込むわけだが、その手袋が溶けてるように見えるのは本当に気のせいなんだろうか。
 さらにすり下ろしたニンニクも加えて、手袋が溶けきる前にそれを外して焼却処分。ひゅうがはいろいろなもので汚れた白衣装の内でにっこり笑った。
「お肉に下味つけてる間にもう一品作っちゃうのです」

 裏側に鋭い牙をびっしり生やした葉っぱ。茎から離れた後も獲物を求めてうねうねし続けるこれはもちろん、植物型のナイトメアだ。
「葉は食べられますけど歯は食べられませんから注意なのです」
 まともな輩は葉っぱも食べないわけだが、人差し指を立ててちちちっと警告したひゅうがはまたもやラウンドスラッシャーを取り上げた。
 高速回転する円刃でていねいに牙をこそげ落として――それはもう凄絶な音がした――葉っぱを黙らせて、ブラッドアサシンでざく切りにしてとどめをさす。
 そういえば説明してなかったけど、ナイトメアは普通の包丁や器具じゃ切ったり刻んだりできないから、EXISの使用が基本です。
 そして刻み終えた葉っぱを、超高気圧で千度近くまで熱した成分秘密の水溶液へイン。ぎゃあああああとかいう断末魔っぽい音は耳を塞いでカットして、歯触りを損なわないよう三十秒でさっと取り上げる。
 あとは流水にさらして謎のぬめりをちょっとだけ残して洗い落とし、数日前に仕込んでおいた魚っぽいナイトメアのフレークを合わせて胡麻油ダレと混ぜるだけ。

 それを冷蔵庫へしまい込んだら、いよいよ先ほどのお肉の調理だ。
 とはいえ、ここまで来たらあとは簡単なもの。
 超強火で真っ赤になるまで熱したフライパンへお肉を叩き込み、ロボットハンドで引っくり返して焼き目をつけて、液体窒素をぶっかける。
 これで程よくしか冷えないところはさすがナイトメアって感じだし、燃え尽きないどころか程よいジューシーさをまとわせる謎タールの謎力も謎だったけども……とにかく手で掴めるくらいの温度になったお肉をアルミホイルでくるんだら、あとはそのまま2時間寝かせておくだけで、ローストビーフならぬローストナイトメアの完成だ。


 こうして計三時間の仕込みが終了して、夢見亭の小さな看板にも火が入れられた。
 それと同時、今日の夢見亭でスペシャルメニューが供されることを嗅ぎつけた好事家たちが雪崩れ込んでくる。
 悪夢が見たい。合い言葉を唱えれば、割烹着に着替えたひゅうがが心得顔でブラッドアサシンを手にし、黒紫色の肉をそぎ切りにしていく。
「どうぞ、和風悪夢なのです」
 好事家たちが息を飲む。この色味、この風格、まさにナイトメアのそれだ!
 で。もどかしげに割り箸を割って構え、醤油ダレをかけられたローストナイトメアへかぶりつき、ツナとモロヘイヤの和風サラダっぽいナイトメアサラダの歯触りを味わった。
 肝心の感想は――?

 普通にうまい!!

 そう。ナイトメア料理は基本的に、怪しい手段で相殺して、正しい手順で調理さえすれば、普通においしくいただけるのだ。
 正直なところ、ナイトメア味をもっと出したいところなのだが、それをしようとすれば食べ手に深刻なダメージを負わせることになる。
「まだまだ課題は多いのです」
 しかし。いつかきっと、ナイトメアそのものの味を楽しめる料理を作る。好事家の笑顔のため、そして若女将としてのプライドのため。
「ひゅうがはかならずやり遂げてみせるのですよ!」
 果たして、しなくてもいい決意を拳に握り込むひゅうがだった……。  
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2019年07月11日

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