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『汝、誰が為に白を纏い 』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809)&不知火 楓la2790


 梅雨の合間の晴れやかな空の下。一通の書簡が不知火家のポストに届く。

「マジかよ……」

 瞳をキラキラさせた母親から渡されたソレ――SALF本部からの通達書を読んで、不知火 仙火(la2785)は天を仰いだ。まさか、という思いと共に数日前の出来事が脳裏に浮かぶ。


 ――夕暮れ前の商店街。夕飯の買い出しに訪れた仙火と母は、殺気立つ周囲を器用に避けながら歩いていた。新しい和菓子屋を見付けた、という母の言葉に本日のデザートを悟る。

「わざわざ行く、ってことは苺大福があったんだろ?」

 などと足取りも軽い道行きに突然、名刺を持った人影が突撃してくる。思わず受け取ると有名なウェディング雑誌編集長、の肩書が。仙火はすごくイヤな予感がした。

「お二人は理想のカップルなんです!次の雑誌のモデルになってください!!」

 やっぱり。見た目20代という物理法則を無視した母と並んで歩くと、よくこういった勘違いをされるのだ。だが衆目が集まる中、美人でお淑やかだなんて、と母は頬を染めるばかり。マズイ、このままでは誤解が加速する。

「んな事誰も言ってねえだろ『母さん』!」

 『母』を強調した叫びに、編集長は衝撃の表情を向ける。これで諦めるだろ、という仙火の認識は、しかしながらとても甘かったと言わざるを得ない。

「くっ、実際結婚するわけじゃないもんね!武器を携帯してるということはライセンサーの方ですよね?すぐに依頼書送りますから!」

 止める間もなく走り去る背を、仙火は呆然と見送ったのだった――


 そんな絶望の美魔女事件から数日後。やはり蒼の美しい晴れの日に映える、白亜の瀟洒な建物の入口にて。

「それは災難だったね」
「笑い事じゃねえっての」

 事の起こりを聞いてクスクスと笑う不知火 楓(la2790)に、仙火はジトっとした半眼を向ける。本当に冗談ではない――何が哀しくて、実の母親とウェディングしなければならないのか。眩暈を堪える仙火の耳を、呆れた声が打つ。

「何が不満なのかわかりませんが、そろそろ時間ではないのですか」

 楓に呼ばれた日暮 さくら(la2809)は、殊更に冷たく背を向け、スタッフについて先に中へ。それは偏に内心の戸惑いを悟られたくないが為の虚勢であったが――そんな複雑な乙女心も知らず。

「ま、仕事ってなら仕方ない……で、何でさくらまで呼んだんだ?」
「そりゃあ勿論、楽しそうだろう?」

 悪戯っぽく笑う楓に肩を竦めてその背を叩き、仙火はさくらの後を追うのだった。
 


 結婚式、といえば。衣装選びが醍醐味の一つで。ずらりと並んだ衣装や小物を前に、テンションは否が応にも上がっていく。ただし一部を除いて。

「なあ……」
「動かないでくれないか」

 小一時間は棒立ちの仙火の訴えは、楽しそうな楓とスタッフにすげなく却下された。鍛錬ならこの倍の時間でも余裕なのに。仙火は身動ぎせずに黄昏る、という器用な芸当をみせた。

「鍛え方が足りないのではないですか?」
「ああ、さくら、次はこちらの口紅を試させて欲しいな」

 同じように着せ替え人形になっていたさくらの、少しばかり得意げな視線を細長い指が顎ごと攫う。そのまま紅が引かれていくのに、プロであるはずのスタッフから黄色い悲鳴が漏れた。

「ふふ、素材が良いから選び甲斐があるね」
「か、楓は良いのですか!」

 鏡に映る普段とは違う己を直視できなくて。頬を僅かに染め、さくらは楓に注目を移そうとする。修行一辺倒の身ではあるがやはり年頃の女の子、結婚というモノに少しの憧れはあり。次第に高まる鼓動に、このままではどうにかなりそうだったのだ。だというのに。

「僕?そうだね――さくらが選んでくれるかい?」

 そういって優しくドレスの前に連れていかれてしまう。迂闊に触れば破いてしまいそうな布へ、楓はさくらの手を導いた。

「あ……」

 滑らかな布地に言葉もなく魅入りながらも、手はおずおずと色んなドレスを広げていく。口の端に知らず浮かぶ笑みを、楓(とスタッフ)は優しく見守っていた。そして。

「……俺、忘れられてないか?」

 立ちっぱなしの仙火の嘆きは、哀しく床に吸い込まれていった。



 緩くシニヨンアップに編まれた髪を、楓の簪がシンプルに締める。耳元の後れ毛に混じって、細い銀月のピアスが揺れた。プリンセスラインのロングスリーブドレスは総レース仕立てで、可愛らしくも大人エレガント。今まで仙火の前で女子らしい恰好をしたことは勿論ある。でもここまで女性らしさを出したドレスは初めてだ、と鮮紅の瞳に映る己を見て楓は他人事のように思った。

「……滑らかな口は油を挿し忘れたようだね」
「いや……随分と印象が変わるなって」

 無言で見詰めてくる仙火の視線に耐え切れず、楓は軽口の水を向ける。感情と思考をなるべく切り離し、『己は緊張している』と冷静に分析する。戦場における状況把握と同じように――でなければ。

「なんつーか……凄く似合ってる」

 白タキシードを着こなした仙火の、飾り気のない称賛に耐え切れる気がしない。現に、保てているはずの冷静さを突き破り、さらしという防壁を外した胸が音を立てる。こんな無防備な状態で、素のままに相対なぞできるものか。何とか笑みを保つ楓は気付かない。常ならば闊達に燃えている仙火の瞳が、同じように動揺を隠し揺らいでいる事に。
 そんな微妙な均衡で保たれている空気を容赦なく破り、ノリノリのカメラマンはどんどん指示をとばす。段々と密着していく身体は、ついに。

「次、お姫様抱っこで!」
「……ドレスってバランス取りにくいんだよな」

 言葉とは裏腹にあっさりと持ち上がる身体。その揺ぎ無さに安心を覚えると同時に――高まりすぎた動揺を抑える為にか、ほんの少しの反骨心が楓に芽生えた。近すぎてたまにわからなくなる、『幼馴染』という関係。距離を計りかねているのは自分だけなのだろうか。君は、戸惑う事はない?反射で首に回した腕を、問いかけるようにするりと頬へ滑らせて。

「――君ばかり、涼しい顔をして」
「は?何か言った――っ!」

 吐息のかかる距離にあった頬を目掛け、憎まれ口ごと唇を寄せる。直前で躊躇って、狙いは首筋へとずれてしまったけれど。ありったけの悔しさを込めて、噛み付く様な口付けを。

「はいOK!」

 終了の合図に音も無く腕から抜け出す。胸を押さえ、視線も向けずに歩き去る楓の鼓動は、速足のヒールのリズムよりもなお速く。

「なん、だよ……」

 首筋を押さえた仙火の呟きは、その音に紛れて届かなかった。



 スタジオの舞台作りの間の休憩タイム。何の話題からだったか、結婚といえばプロポーズという話になり。勿論、各々に語れることは無いので自然と両親の話題で盛り上がる。

「プロポーズは母さんからだな。父さんは種族の違いとか寿命差とか、色々気にしてた」

 己の気持ちに気付かないフリで蓋をして、足踏みしていた父さん。そこを『沢山子供を作ろう!』と爆弾発言でぶっ飛ばすのが母さんらしい、と遠い目をする仙火。確実にその血が流れているね、とは本人の与り知らぬ幼馴染の談。子作り発言にどんな顔をすればいいかわからなくて、ほんのり赤い顔で咳払いしながらさくらも思い出す。

「両親の告白については聞いたことがあります」

 『前でも後ろでもなく、おまえのとなりにいたい』と母の手を取った父。『私が貴方のとなりにいたいから』と、己の言葉で返した母。大切な人に前でも後でもなく隣にいて欲しい、同じ未来を向き進んでいきたい。両親の背に、パートナーとはそういうモノだとさくらは学んだ。対等でなければと頷く様子に、微笑みながら楓は口を開く。

「僕の所は父様からだったらしいね」

 『ずっと護るから支えてくれ』と指輪を差し出した父に、『護られていいのも愛されていいのも私だけ』と突き付けた母。その強引さは、何時思い出しても子供ながらに苦笑が漏れるもので。でも、そうして家族という夢を叶えた両親はとても幸せそうだ、と柘榴石の瞳を細めた。
 そのまま穏やかに語らい合う二人をぼんやりと眺め、仙火は『俺も時間を進めればいい』という父の言葉を何とはなしに思い浮かべる。

(……俺ももう、何となく外見年齢の止め方は分かるんだ)

 今はまだやらない、けれど。置いて逝かれるのは、独りに戻るのは寂しい、と――何時か父のような想いを抱く時が、来るのだろうか。



 ふわりと巻かれた髪が、歩く度に薄いマリアベールの内で肩を滑る。ゴールド製の鎖で繋がれた小さな金鳥達が、桜髪の波間に遊ぶのがそのベール越しに見てとれた。

「そこ、段差あるからな」

 ロングトレーン型ドレス故にどうしても覚束ないさくらの歩みに、手を引く仙火は当然のように合わせて進む。気遣われている、そのことに何故かちくりと胸が痛んだ。仙火と楓、先程の二人並んでいた姿はあまりにお似合いで。その自然さに、自分は場違いだという思いが拭えない。勿論、そう思っているのはさくらだけで、周囲は麗しい三人に等しく溜息を吐いていたのだが。

(成人したら楓の様な淑やかさが身に付くのでしょうか……?)

 気付かないさくらは憂いに沈む。成人していたら、両親みたいにもっと対等に――浮かびかけた感情を、唇を噛んで散らした。それではまるで、この男のとなりに立ちたいみたいではないか。

「……このようなヘタレ男など!」
「なっ、なんだよいきなり」

 エスコートの手が強く握り締められる。理不尽に睨まれ、仙火は戸惑い立ち止まった。そこへ再び空気を読まずカメラマンの指示がとぶ。

「そこで跪いて手にキスを!」
「なっ!」

 狼狽えるさくらの目の前、あっさりと跪いてその手を取る仙火。間髪を入れず指先に感じた柔らかな感触に、さくらの頭は真っ白になった。だから気付けない。愚直なまでに真っ直ぐに刃を振るう指先へ、眩しそうに触れる仙火に。だが、それで終わりではなく。

「髪を下ろした所は初めて見たな……似合ってる」

 既に容量一杯まで膨らんでいた面映ゆさは、見上げる柔らかな視線に貫かれ限界を訴える。弾けそうな心を持て余し、さくらはその感情を強引に苛立ちで上書きした。この男がわからない。そしてそれ以上に、自分がわからない。確かなのは、この理由の分からない反発心だけ。負けたくない、けれど負けて欲しくも無い。簡単に、折れて欲しくない。ごちゃ混ぜの想いを両手に込めて、抗議するように力強くこめかみを鷲掴むと。

「――貴方ばかり、は許しません」
「さくら?――っ、おい!?」

 紅玉の瞳が慌てる様に勢いを得て、衝動をぶつけるように唇を額へ。と、落とす勇気は持てなくて、代わりに白絹の髪に。

「はいOK!」

 終了の合図に刹那で身を翻したさくらの頬は、暮れる日の赤さに染まる。そのままマリアベールで顔を覆い隠しながら、可能な限りの速さで歩き去った。

「だから、なんなんだよ……」

 顔を覆う手の隙間から垣間見える仙火の頬が、同じ色に染まっていた事は知らないままに。



 撮影が終わり、下がった控室に楓の姿が見えず首を傾げるさくら。それでも脱がされるドレスに、先に着替え終わったのだろうと納得しかけて――再び用意された衣装に目を瞬かせた。

「まだ撮影があるのですか?」

 笑みを返すスタッフは、悪戯が成功したかのような雰囲気を纏い。だが答えは言わずに手早く着付けていく。白無垢の生地を使ったシンプルな和ドレス。そこへ、色打掛が紗のように肩へとふんわりかけられた。プロポーズで母が贈られたという、薄衣を思い出させるような。鏡に魅入るさくらの桜髪は、今度はアップに纏められ飛騨春慶塗のバレッタで留められる。ほう、と無意識に吐息が漏れた。その耳にノックの音が届く。

「どうぞ」

 スタッフが開けた扉から、タキシードを纏った人影が『二つ』歩み寄る。先程とは違い黒いタキシード姿の仙火は、襟元に咲く鳳仙花のブートニアが目にも鮮やかだ。対するは白いタキシードの楓。緩くサイドに纏めた黒髪に、玉兎をあしらった組紐が遊ぶ。

「楓!?その恰好は何を……!」
「最初に言っとくが犯人は楓だからな」
「ふふ、その顔が見れたなら成功だね」

 驚かせたかったと笑う楓は、優雅に腰を折ってみせた。堂に入ったその姿は、ともすれば仙火よりも白馬の王子様かもしれない。

「ま、俺も面白いから賛成したんだけどな……さ、お手をどうぞ、お姫様」
「あ、君ばかり独り占めはずるいな」
「ウェディング雑誌で三角関係ですか!?」

 負けじと姫の寵愛を請うように掌を差し出す仙火に、先程から黄色い悲鳴が止まらない。何だかんだノリノリの二人にツッコミが追い付かないさくら。その手を両側から恭しく取り、仙火と楓は撮影場所までエスコート。ステンドグラスの色鮮やかな光が降り注ぐ中。

「この装いもとても似合ってるね――だから顔を上げて?僕に良く見せて欲しいな、さくら」

 と、少し屈んだ楓が打掛の裾に口付けを落としながら羞恥に俯く顔を見上げれば。

「ああ、だがあまり上げ過ぎるなよ――他の奴らには見せたくない」

 焚き染めた香が匂うほど近く、背後から仙火が肩に顎を乗せ囁く。その耳元を飾る鳳凰の羽根ピアスが、花嫁の頬を悪戯に擽った。さくらはふるりと身を震わせ。

「――っ、二人とも、完全に楽しんでいますね!?」

 涙目で威嚇するさくらに、仙火と楓は素早く視線を交わす。

『それは逆効果だよ、って教えたら怒るかな?』
『全面的に同意なんだが、まぁ火に油だろうな』

 声無き会話を瞬きの合間に終え、二人はにっこりと華やかな笑みを浮かべると。もう知りません、とばかりにそっぽを向いた花嫁の機嫌を、寵を競うように取り始めるのだった。



 撮影場所の端で涙を流さんばかりに監督していた雑誌編集長の、大感激の嵐をやり過ごし。せっかくだからと貰った写真を土産に、暮れ始めた日の下を三人、のんびりと帰路につく。

「ふふ、良い思い出になったよ」
「最後が無駄に疲れたけどな……写真、帰ったら母さんに見せねえと」
「見せるのですか!?」

 満足気に微笑む楓とは対照的に、げんなりと肩を落とす仙火。溜息と共に落とされた言葉に、さくらは食って掛かる。自分でもまだ見慣れぬ写真を、第三者、しかもこの男の親に見られるなんて。よくわからない羞恥が身を包むが、仙火にはまったくもって通じない。

「じゃないと恨まれるだろ、可愛い娘の晴れ姿がー!ってな」
「むっ、娘……いえそれは」

 もごもごと口内で呟くさくらを、仙火は不思議そうに見やる。自然、対の如く並び歩く二人。その背を眺めながら、数歩後ろを楓は静かに歩く。

「私が望むのも、支えるのも、貴方だけ……母様の素直さが、僕も欲しいと思うよ」

 蒼闇の混じり始めた夕焼け空。沈む日の強き輝きの中で、淡く光り始めた月の見守る下。仙火との写真を入れた胸元をそっと押さえての呟きは、誰に届くことも無く風に攫われていった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
素敵なお三方からのご縁を、有難うございました。
語りたい事は多々ございますが……本文より長くなってしまいそうですので、貝の如く口を閉じるのみでございます。書き切れなかった部分もあり、本当に、字数との戦いでした。
だいぶ踏み入った自覚もございます、解釈違いではないか、ただただそればかりが不安ですので……リテイクはご遠慮なく、お申し付けくださいませ。
イベントノベル(パーティ) -
日方架音 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年07月12日

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