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『ミスギ 』
鬼塚 小毬ka5959)&鬼塚 陸ka0038

「おっじゃまっしまーす!」
 いつもよりも楽しそうに声をあげるキヅカ・リク(ka0038)が笑みを浮かべていたからか、金鹿(ka5959)もつられて微笑んでいる。
「仕方ありませんわね」
 言葉だけなら責めているようにも聞こえるが、その声音は柔らかい。だからリクも調子よく返す。
「えーマリ、歓迎してくれないの?」
「そういうわけではありませんわっ。ただ……」
「そうだよね、今日はお詫びでのご招待だもんね……やっぱりマリは僕が来るの迷惑だったんだ」
 金鹿の居ない方角に顔を背け声を小さくしてみる。
「ですから、そんな事は言っておりませんわっ!?」
 狙い通りの慌てた声に笑みを浮かべたくなるのだが、まだ早い。どうにか表情を悲痛な形に保ったまま向き合おうとしたところで、リクは視界の隅に箱を見つける。
 靴箱の下に半分ほど隠れるようなそれは、箱そのものも可愛らしいデザインなのだけれど。中に入っているものが予想外でついつい視線が吸い寄せられる。
(紐? ……いや、鼻緒だっけ)
 そのまま視線だけを戻し、金鹿の靴に視線を向ける。今日はラフな洋服だから靴だけれど。脇には鼻緒のついていない下駄が一足。なるほど服に合わせて挿げ替えているとか、細やかだと感じ入る。
「さすが僕のマリ、可愛い」
 日頃の可愛いが完成するまでに、足元までしっかり気を配っていることを知れば感心の声が零れた。
「!? もうっ、リクさんってば聞いておりましたの!?」
 あっやべっ。
「焦るマリも可愛いから、愛でるのに徹してた」
「まっ……また揶揄われて……リクさん!?」
「だってマリが可愛いのが悪い」
「……」
 褒めると真っ赤になるのは変わらない。いつか慣れてしまうのかもしれないけれど、まだ先のことみたいだ。怒ったような泣き出しそうな、潤んだ瞳で見上げられると本当に……
「反則級に可愛い」
「やっぱり揶揄われておりますわ」
 知りません、とばかりに先へ行ってしまう金鹿に少し慌てる。
「えっ僕放置?」
「……お茶をお持ちする準備も必要なのです……ひとまずついてきていただきますけど、そちらで待っていてくださいませ」
 おもてなしはそれからですわ。早口で踵を返す金鹿の耳はまだ赤いまま。

(突然部屋に来たいと言われた時は驚きましたけど)
 リクが腰を下ろしたのを確認してから、キッチンスペースへと足を向けた金鹿。
 伝えていた通りにお茶を淹れるため立ち回る。
 熱い時期が迫っていたが、今日は比較的涼しい気候だった。なので温かいものでも構わないだろうと思う。
 湯を沸かしながら、この後の段取りを思い返すことにでもしようか。
(準備が早く終わっては、意味がありませんものね)
 すぐ飲めるように冷やした飲み物のストックはあるのだけれど。今日は迎えに出る前、麦茶だけの状態にしておいたのだ。
(珈琲の方が良いかもしれませんが……いえ、両方選べる方が便利ですわね?)
 準備に手間がかかる方が好都合なので、道具を台に並べだす。……これも、あえて全て棚にしまっておいたのだ。
「……リクさん、珈琲と紅茶、どちらがお好きですか?」
 全て並べてから振り返り、問いかける。仕切り代わりのカーテンを捲り覗き込めば、机の上を眺めているリクの背が見えた。

(チャンスは少ない……けど、あっさり見つけたぁ!?)
 恋人の部屋を堪能する時間は後にもたっぷりあるからと、素早く視線を巡らせていたリクは、早々に目的の品を見つけ目を見開く。金鹿の居場所は後方のキッチンなのでその表情に気付かれることはない。
 動揺を押し隠してゆっくりと部屋の中に視線を巡らせ、自然にクッションへと腰を下ろす。パステルカラーなのに和柄、という和洋の混ざったカバーは洋風の内装に調和していた。
(マリは東方出身だもんな)
 日本を故郷に持つ身として馴染みやすいものが多くとても落ち着く。玄関の鼻緒もまたその一部なのは間違いなかった。
(うん、逸れた)
 視線が完全に離れたと感じたところで金鹿の方を見れば、台所との境界は可愛らしい布飾り。蝶の柄を楽しむ前に机に向き直り、アクセサリーが詰まっているだろうジュエリーボックスへ手を伸ばす。
 持参のハンカチを広げて音を出さないように気を付けて……見つけた!
(えっ何個あるのこれ)
 金鹿の持つ指輪の数に驚く。他の品も多いのだが予想以上だ。サイズが違うものもあるような気がするし、もしかするとサイズごとに並んでいるのかもしれない。ピンキーリング、と言う単語が脳裏をよぎったのできっとそう言う事なのだろう。考え込む余裕はないので、直感でいくつか選び輪の全体が見えるように並べ替える。これまた持参の小さな定規も横に置くのは忘れない。
(チャンスは一度あるかないか?)
 水を汲む音が続くうちに、とシャッターを素早くきって。魔導スマホも定規も纏めてポケットに捻じ込む。確認は後だ。
 素早く元の通りにアクセサリーたちを戻していく。大丈夫、あと少し。
 カチャカチャと食器のぶつかる音が聞こえ始めたところでミッションコンプリート。視線を自然に別の場所へ逃がした。
「え、それは勿論珈琲だね!」
 ゆっくりと振り返り答えれば、微笑む金鹿と目が合った。

「予想はしていましたが……豆を用意しておいた甲斐がありましたわね。もう少しお待ちになっていてくださいな」
 リクの立つ位置、その正面に置いてある物が記憶にある通りで笑みが浮かぶ。不自然かもしれないけれど、珈琲豆の事に安堵したように見えただろう、と自分を納得させておく。
 ドリッパーの準備を整えながら、挽いた豆を二人分。その方が時間が多くかかるだろうと考えたからだ。
(この調子なら、じっくりと確認していただけるはずですわ)
 カップには湯を入れてあたためておく。ドリッパーの中の豆にも少しだけお湯をくわえて馴染ませてから、少しずつ湯を注ぐ。サーバーにおちる雫を眺めながら、うまく進んでいるらしい現状に笑顔が深くなった。
 机上に自然に重ねておいたと言うよりも、いつものままにしておいたレシピ本の事を思う。見るからに付箋が多いとわかるページは、一番最初にリクに振舞った肉じゃがの特集が載っている。
『もう少し甘く。砂糖か味醂どちらが正解かは、両方を試して確かめる』
『煮過ぎて芋の形を崩さないように注意。ゆで時間20分で崩れたのでそれより短く』
『甘さに何か足りない。隠し味で何か別のものが?』
『煮込み過ぎず火を止める。冷める間に味が染みこむらしい』
『目指せ家庭の味! 懐かしい味を一緒に、同じように感じてもらえたら』
 目の前にしていなくても、自分で確かめて書き留めた事は簡単に思い出せる。練習で作る度に増えていったメモは、それこそ片手の指で足りる筈がない。
 ノートの方にだって、甘味の具合の検証だとか、ゆで時間による変化を繰り返した記録が残っている。流石にメモではきりがなくて、研究用として別に用意したのだ。
(そこまでしたのだとわかれば、間違っても残そうなどと思いませんでしょう?)
 一度差し入れはしたものの、肉じゃがを自分で作る頻度は相変わらず下がっていない。金鹿が求める実家の味にはまだ何かが足りていないのだ。できるなら、金鹿自身で見つけ出した正解の味をもってして、「美味しい」の言葉が欲しい。
(……い、いえ。別にあの時だって美味しいとすべて食べてくださいましたけれど)
 実際リクの言葉はとても嬉しかった。恋人のひいき目はあるかもしれないけれど、あの笑顔は本物だった筈だ。
(勿論、私自身何度も何度も試して、納得してからしかお持ちしておりませんし?)
 求める正解ではないが、美味しいと思えたから差し出したのだ。何故って。
(少しでもバランスの取れた食事をとっていただきたいから、結果を急いだことは否定できません)
 心配が勝ちすぎた自覚はあるのだ。
「……あら、そろそろですわね」
 ゆっくりと溜まっていた珈琲が二人分の目盛りに届きそうだ。カップのお湯をどちらも流しに捨てて、ポーションミルクとスティックシュガー、マドラー代わりのスプーン、お茶受けの和菓子達が入った小さな籠と、最後に二人分のカップ。トレイを左手に、ドリッパーを外したサーバーを右手に持てば全て万端だ。
「リクさん、淹れたてですから是非味わっていただきたいです……わ?」
 レシピ本とノートを読んでいるのだろう、そう思っていた金鹿は、リクの手にある雑誌タイトルに目を見開くしかなかった。

 徐々に珈琲の香りが強くなっていくのを感じながら、金鹿の机を眺める。
(これはどうみても罠なんだろうけど)
 見て下さい、と付箋が主張している。まさかほぼ同じ手で返してくるとは思わなかった。
 いつぞやの日記、あえてページを開いておいた時のことを思い出す。内容に嘘は欠片も書いていないと断言できるけれど、実際は金鹿が看病や差し入れとは全く関係なく、お部屋デートとして訪れるとなった段階で仕掛け始めたものなのだ。
(うっかり全部「マリ」って書いてしまいそうで大変だったけどね)
 何だかんだ思い出しながらページを進めていたら、実際に腕が奮えて字が乱れたのも本当だ。むしろあれは罠だとか関係なく感動していたと言っても過言ではない。
 書き進めながら、実際に書き留める行為そのものが有意義だと感じたのも本当だ。新しい発見があった。振り返るだけで想いが溢れる自分自身だとか。「僕のマリ」なんて自己顕示欲というか所有欲というか、割と独占欲が強い自分自身だとか。
(それだけ、マリにやられちゃってるんだけどね)
 可愛いからしょうがない、流石僕のマリ。
(素直に仕返しするところが可愛い)
 あれが僕の罠だって気付いたのか、それとも偶然なのか。どっちにしても手段が素直過ぎて可愛いしか浮かばない。
(僕が回避することは考えなかったのかな?)
 悔しがる様子も絶対可愛いと思うけど。さっきの微笑みは多分成功を察した小悪魔気分の顔だ。あの顔も非常に捨てがたい。流石僕のマリ。
(うん、マリの為なら正面からかかる一択だよね!)
 いざ拝見……!

 見終わった分を元に戻そうとしたリクは、レシピ本達の中に違和感を見つけた。
 取り出せば女性向けのファッション雑誌。パラパラと何の気も無しに捲っていたリクの目は逸れ気味ではあったけれど。
「んー?」
 偶然見つけた特集ページ。その名も『彼氏好みに仕上げるテクニック』とはまあ、ニヤニヤと笑み崩れたくもなるタイトルで。
 小さく、本当に無意識の走り書きだったのだろう。とあるコーディネイトの端の薄い線を角度を変えて何度も見返して、どうにか読み取れた。
『もうすこしせめた感じで』
 身体の線が分かりやすいものなのだが、それ以上?

 テーブルに諸々をセッティングしたところで、改めて雑誌に視線を向ける。
「……どうしてリクさんがお持ちですの?」
 つとめて平静な声を出せたと思うけれど、何故か汗が止まらない。
「あっこれやっぱマリのうっかりなんだ。僕にはご褒美だったけどね?」
 爽やかすぎる笑顔に見とれかけて、何かがおかしいと脳が警鐘を鳴らし我に返る。とはいえここは自分の部屋で、逃げ場はなんてものはないのだけれど。
「男性に面白いようなものでは……」
「彼氏好みに仕上げるテクニック」
「ッ!!」
 息を止めてはいけないと分かっていたはずなのに!
「もうすこしせめる」
「なっそれは読めない筈では……!?」
 慌てて口を塞いでももう遅い。楽しげな笑顔にはもう、爽やかさなんて残っていない!
「……マリ、もしかしてさ」
「な、なななんでございましょう?」
「もう、買ってあるんじゃないかなー?」
「……」
 口を開いたら負けだと思っていたが、早計過ぎたようだ。
「見たいなー?」
「そ、その……次の外出の時に……と……」
「だーめ♪ だってせめてるんでしょ? そんな服僕以外の男に見せるなんてありえなーい♪」
「そ、それでは意味がありませんわっ!?」
「大丈夫だよ、マリ?」
「?」
「今着てみせてくれればいいんだよ! ここはマリの部屋だよ? ……あるんでしょ?」
「……こっ、珈琲が冷めてしまいますわっ?」
「大丈夫だよ、マリが着替えてる間に僕がしっかり味わっておくから♪」
 期待が多分に混ざったこれ以上ないくらい楽しそうな声を聞きながら、金鹿は心の中で叫び声をあげた。
(復讐の計画が、どうしてこうなりましたのっ!?)

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka5959/金鹿/女/19歳/玉符術師/カメラは拒否いたしますわ!】
【ka0038/リク/男/21歳/守護機師/この後めちゃくちゃ堪能した】

素人は玄人に逆らってはいけません。ミイラ取りがミイラになってしまいました。
水着は流石に可哀想だったので、色々と未遂であるというご報告をこの場にてお伝えしておきます。
『海風のマーチ』
イベントノベル(パーティ) -
石田まきば クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年07月12日

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