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『痛み、とは 』
鈴鴨la0379

 手を握って開く。開いた手を見る。

 鈴鴨(la0379)のアイカメラに映るのは、見慣れた自分の掌だ。
 鈴鴨はヴァルキュリア、すなわちアンドロイドである。彼の掌は肉と骨ではなく、無機質な金属でできている。見た目は人間のような掌だが、人の皮膚のような質感を再現しているカバーを剥がせばそこは武骨なフレームだ。

 そう、鈴鴨は機械――人間ではなく、痛みを感じることはない。
 けれど鈴鴨は先日、痛みをというモノを感じた……らしい。

 それはノヴァ社最新作にして試作機アサルトコア、ダンテのテストパイロットを務めた時のことだ。
 かの機体はパイロットに激しい精神的負荷を加えることで、IMD出力を引き出す代物なのだという。そして精神負荷の結果として、幻痛や破壊衝動、憎悪や憤怒が発露する。それはいずれも、機械である鈴鴨にとっては感じることのないモノばかりで。

 人間の脳と違って、機械のメモリーである鈴鴨はダンテに乗った時を鮮明に覚えている――というより正しくは正確に記録している。
 体の中で渦巻き噴き上がった業火の激情、動きを凍てつかせる鉛の恐怖、そしてありえざる感覚、『痛み』。
 あるはずもない痛覚が疼き、ボディにエラーや損傷情報は一切出ていないないのに「何かがオカシイ」と処理しきれない感覚が体を支配し、どうしようもできなくなった。動けなくなった。うめき声や叫びがどうしようもなく口から漏れた。あの状況を整理することができなかった。

(あれが、『痛み』……?)

 そしてあれが、「苦しい」とか「しんどい」とか「つらい」とか、そういう感覚なんだろうか。
 SALFライセンサーとしてナイトメアと戦闘をする以上は、痛覚に類する危機察知がなければ問題である為、鈴鴨には痛覚の代わりに「処理優先度最上位のエラー」が出るように設計されている。その「どこどこをどれぐらい損傷した」という無機質な情報だけが、鈴鴨にとっての痛覚だった。

 強く手を握り込む。力を込める、込めていく――人間ならが掌に爪が食い込んだり、指が軋んでしまうぐらい――痛みは感じない、だがこれ以上手に力を込めると損傷する、という情報だけが発生した。
 掌を開いた。情報は消えた。掌には何の痕も残っていない。

(人間だったなら、今ので『痛い』と感じたのでしょうか)

 なんて、手を見つめてボーッとしていると。

 鈴鴨、と馴染んだ声に呼びかけられる。鈴鴨の所属するゲーム会社の社員が彼を呼んだのだ。
 なんでも、休憩がてら新作の格闘ゲームを一緒に遊ばないか、とのことだった。「是非とも」と鈴鴨は快諾した。ゲームは好きだ。心から大好きだ。『鈴鴨』はこのゲーム会社が制作したシューティングゲームのタイトル、そして主人公機のものであり、彼の姿は同機体の擬人化というコンセプトなのだから。



 カチカチカチカチ……とコントローラーのボタンが押される音がしきりに響く。スピーディなBGMと、攻撃SEと、キャラクターが必殺技を叫ぶ音と。
 鈴鴨がゲームが得意だ。正確にコマンドを打ち込んで適確にコンボを決めていく。そういうわけで手数重視のスピード・テクニック系のキャラが得意だ。

「あ〜〜〜! あー! 痛ァ!」

 鈴鴨のキャラの必殺コンボを決められた社員が叫ぶ。「K・O」と音声が響き、体力ゲージがカラッポになった社員のキャラがスローモーションで倒れ込んだ。

「……、」

 鈴鴨は隣の社員の方を見る。「鈴鴨やっぱ強ぇ〜」と社員は苦笑していた。

(そういえば……)

 この社員に限らず、ゲームで操作キャラがダメージを受けた時に「痛っ!」と声を出す人がよくいることを、鈴鴨は思い出す。
 その間に画面内では第二ラウンドが始まっていた。鈴鴨は画面に目を戻し、またゲーム内での戦いを始める。
 画面の中では中国拳法の使い手と、ヘヴィ級ボクシング選手が殴り合っている。コマンドという命令に従って動く情報達。
 鈴鴨のプレイキャラである中国拳法の使い手が、ボクシング選手の強攻撃のパンチに画面端まで吹っ飛ばされた。体力ゲージが大きく削れる。「うわー!」と悲鳴を上げてぶっとぶ中国拳法。それは痛みがもたらす声なのだろうと鈴鴨は理解する。

(あんなものを抱えながら戦っている人間は、すごいですね……)

 中国拳法は受け身を取って立ち上がる。コマンドを入力しながら鈴鴨は思考した。
 カウンターコンボが決まる。中国拳法の猛連打が、ボクシング選手を滅多打ちにしていく。ボクシング選手のダメージボイスが連打され、HPゲージがゴリゴリ削れていく。
 痛いのだろうなぁ、と思う。あのゲーム内での出来事が実際の戦闘だったならば。だがゲーム内の二人はダメージボイスこそあるものの、すぐに立ち上がって、何事もなかったかのように身構えるのだ。まあ、そりゃそうだ。ダメージが蓄積されるほど負傷によって不利になっていくようなリアル再現ゲームだったら、格闘ゲームは成り立たない。先手必勝ゲーになってしまう。
 そう考えながら、鈴鴨はふと思うのだ。

 ダメージを受けても、痛覚もなく頭に響くエラーだけを気にしている自分の戦闘は、ゲームと何か違うのだろうか?

 疑問に首を傾げた。そうするとボクシング選手の必殺技が決まって、中国拳法はKOボイスと共に倒れ込んでしまった。

(遊んでいるつもりはないんですが……何が違うかと言われると……どうなんでしょうね……)

 確かに鈴鴨はゲームから生まれた存在だ。
 だけどナイトメアとの戦いはゲームじゃないと理解しているし、そのつもりで臨んでいる。
 一方で鈴鴨は画面内の二人のように、ダメージを食らってもすぐムクリと起き上がり、痛そうなそぶりも見せずに戦うことができる。『ダメージボイス』がない分、鈴鴨の方が無機質的かもしれない。だって痛くないから、悲鳴も出ないのだ。

 考えれば考えるほど、自分はどうしようもなく機械で、人間ではないのだなと思い知る。

(だからといって、それが辛いとか、人間になりたいとか、痛みを感じる体になりたいとか、そういうわけでもないんですけど……)

 ただ、なんとなく変な気持ちなのだ。モヤモヤする、というか。いつか結論は出るのだろうか?
 と、隣の社員が肩を回した。肩こりがちょっと痛いと言っていた。ならばと鈴鴨はコントローラーを置いた。

「肩もみしますよ」

 そう言うと、「おお助かる〜」と社員は鈴鴨に背中を向けた。ではと鈴鴨は彼の肩を揉み始める。柔らかい――凝ってるので硬いけど、まあ金属と比べればの話――人体の感触、温度センサーによる体温を掌に感じる。社員は「極楽〜」と気持ちよさそうにしている。

(そういえば、僕は肩こりもないんだ……)

 肩こりってどんな感じなんだろう、と鈴鴨は思う。会社の人達は何かしら、肩が重いとか腰が痛いとか首が凝ったとか目が疲れたとか言ってるし、「鈴鴨が羨ましい」とちょっと冗談っぽく笑ったりもする。
 色々思うが、「人体は不思議だ」ということで、今は思考を区切ることにする。



『了』




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鈴鴨(la0379)/男/15歳/ヴァルキュリア
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2019年07月12日

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