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『手鏡がもたらす可愛らしい報復。 』
ファルス・ティレイラ3733)&シリューナ・リュクテイア(3785)

 今日のファルス・ティレイラ(3733)は、師匠であるシリューナ・リュクテイア(3785)の部屋の掃除を行っていた。
 ちなみに部屋の主であるシリューナは、自身の魔法薬屋内で、接客を行っている最中である。
「ふ〜〜……やっと一通りは終了、かなぁ。お姉さまのお部屋、広いし来るたびに置いてあるものが違うから、判断に困っちゃうよ」
 ホコリたたきから床磨ぎ、カーペット部分は掃除機……と色々と気を使いながら師匠でもあり姉のような存在でもあるシリューナの部屋を丁寧に掃除する。
 粗方、綺麗になったところで一旦手を止めて、伸びをしながらそう言ったティレイラは、瞳の端に映ったものが気になり、そちらへと顔を向けた。
「……なんだろ、あれ」
 小さな声音が漏れた。彼女の視線の先にあったのは、ガラスの戸棚の向こうに光る装飾である。
 ティレイラは溢れる興味を抑えることができずに、そのガラス戸へと足を向けた。
「あ、手鏡だ……枠の装飾がとってもきれい……」
 見たことのない手鏡であった。ということは、シリューナが最近仕入れたものなのだろう。
 キラキラと輝いてるかのように見えるそれに、ティレイラは躊躇いもなく扉を開いて手を向けた。
「あれ、使用方法の紙がある。ってことは、これも魔法道具なんだ……ええと……」
 鏡を手に取ると、その下に綺麗な紙に印刷された正方形の説明書が置いてあった。そこには『鏡に映る自分を見つめ続けると、石化してしまいます。ご使用の際にはご注意を』と書かれていた。それを読んだティレイラは、直後に何かを思いついたらしく、悪戯っぽく笑う。
「こ、これ……お姉さまにも使えるかな」
 シリューナには、いつもお仕置きと称した罰を与えられることが多く、たまにそれが苦痛となる。師を恨んでいるわけでもなく、嫌いなわけでもないが、小さな仕返しが出来たら……という感情が、ティレイラの心に浮かんでしまったのだ。
「問題は、どうやってお姉さまにこれを見続けてもらうかだけど……お茶の時間に試してみようかな」
 自分の姿を映さないようにしつつ、ティレイラは心のわくわくを溢れさせて、掃除道具を適当に片づけてから師匠の部屋を出た。

 午後、二階のティールームでお茶の準備をしていたシリューナは、弟子のティレイラが落ち着きのない様子でいる事に気が付いていた。
「……ティレ?」
「はいっ、なんですかお姉さま!」
 元気のよい返事は、聞いていても気持ちが良いものだ。
 だがしかし、ティータイムは優雅であってこそ、と前々から彼女にも教えている。そしてティレイラも、それを熟知しているはずなのだ。
「今日の茶葉は、その戸棚の中のものにしましょう」
「あ、はいっ! ええと……この丸い缶に入ったやつですね。桃とりんごのがありますけど、どっちにしましょうか?」
「そう……じゃあアップルティーにしましょう」
「はい!」
 そんな会話をしつつ、シリューナはティレイラの様子を伺っていた。すると、彼女の衣服の陰に見覚えのある装飾の柄を垣間見る。たったそれだけであったが、弟子が何を企んでいるのかを掴んだ師は、納得したように小さく笑ってから、手元にあった小瓶の中身を口に含んだ。
 防護用にと常に持ち合わせている、魔法薬の一つであった。
「お姉さま、準備できましたよ」
「ええ、では頂きましょう」
 丸テーブルの上には真っ白なクロスが敷かれ、綺麗な花のバスケットとお茶請けのお菓子、そしてメインのお茶が二つ並ぶ。
 シリューナは笑顔を崩さずに自分の席に着き、そしてティレイラもそのあとに続くようにして向かい側の席に着いた。
 そこから数分は、いつものように談笑とともに優雅なティータイムが続いた。

「お姉さま、これを見てください!」
 ティレイラはそう言いながら、テーブルの向こう側にいるシリューナに向かって鏡を差し出し、彼女に向けた。
「あら、……これは?」
 シリューナはティレイラの言う通りにその鏡を見て、数秒そのままでいる。
 手にしていた鏡が、わずかに何かを発したような気がして、ティレイラは思わず瞳を閉じた。
「……ティレ、何を……」
 慌てたような声音のシリューナの言葉を聞いた後、彼女はその続きを告げなかった。
 そして直後、カシャンと何かが落ちた音がした。音につられて瞳を開けると、シリューナの手元でティースプーンが、ソーサーから落ちてしまっていた。
「……お、お姉さま……?」
 ティレイラが恐る恐る、師の名を呼ぶ。
 すると目の前の彼女からの返事はなく、視線を巡らせればシリューナがティーカップを低い位置で手にしたまま、動かなくなっていた。
 ――つまりは、石化してしまっていたのだ。
「わ、ほんとに……発動しちゃった……」
 席を離れ、顔を近づけても、何の反応は無い。
 シリューナは優雅なポーズのまま、その場で石像と化してしまった。
 それを確信したティレイラは、思わず顔が緩み、僅かな悦楽を感じたような気がした。
 いつもシリューナにいいようにされていた分、『勝った』と思えてしまったのかもしれない。
「……嘘みたい。隙のないお姉さまにも、こういう事が起っちゃうんだなぁ……」
 ティレイラはそう言いながら、師に触れ始めた。
 石像になっても美しいと感じるシリューナは、まさに芸術の類のような造形美であった。
 息を飲みつつ指を這わせていると、静寂を破るかのようにしてインターホンが鳴り響く。
「!」
 びくり、と思わず肩が震えた。
 それから我に帰ったようにして顔を上げたティレイラは、そういえばと来客相手を想像する。お茶会を始める前に、友人であるSHIZUKU(NPCA004)にメールをしておいたのだ。
「こんにちは〜!」
「はーい! SHIZUKUちゃん、どうぞあがって〜!」
 聞きなれた元気な声が階下から聞こえた。ティレイラは数歩廊下側に歩み寄り、そんな声をかける。すると数秒後には「お邪魔しまーす」との声が聞こえて、SHIZUKUが姿を見せた。
 彼女はその一室の様子を見渡し、パッと表情を変えた。
「ティレちゃん、まさかほんとに……!?」
「そ、そうみたい……。あそこに座ってるの、お姉さま本人だよ」
 SHIZUKUはティレイラと同じくらい、興味津々であった。そしてお決まりのごとくにスマートフォンを取り出し、石像となったシリューナの姿の写真を撮り始めた。
「バレたら怒られちゃうかな〜〜でも撮っちゃうよね〜〜」
「あはは……SHIZUKUちゃんもブレないよねぇ……」
 SHIZUKUにとっても、もはやシリューナは姉のような存在でもある。そんな女性の美しい造形美が保たれたままの石像である。オカルト的な視点から見ても、外せないようだ。
 ティレイラもそんな彼女に苦笑しつつ、師の普段は回り込めない背後などに回ってみたりして、あちこちと触れて回る。これは本当に、滅多にない機会なのだ。
 そうして二人は、思い思いにシリューナという名の美しい石像の鑑賞をしていた。
 だが。
「……、あ、あれ?」
「ティレちゃん、どうしたの?」
「う、うん、なんだか……あ、ちょっとこれは、良くない展開、かも」
「え、あれ……っ、ティレちゃん、足元!!」
 シリューナの腕付近に手を触れていたティレイラは、そこで顔を強張らせていた。魔法の気配を感じ取ってしまったのだ。
 SHIZUKUが慌ててそう言ってくるが、その時にはすでに遅しであった。
「う、うそぉ……これ、魔法移すやつだ……なんで、お姉さま、もしかして知ってた……?」
 ティレイラは青ざめつつ、そんな独り言を言った。すでに下半身はほぼ石化してしまっている。シリューナが密かに発動させていた、魔法術であった。先ほど彼女が手早く飲んでいた、魔法薬の効力でもある。
「……ティレちゃん」
 SHIZUKUがふいにそんな声を出した。ティレイラは視線のみで彼女を見やると、その指先からゆっくりと石化が始まっている事に気が付く。
「SHIZUKUちゃん、……お姉さまに、触った……?」
「そ、そうだったかも……写真撮るのに夢中で、自覚はなかったけど……」
「……だいじょ、ぶ、……お姉さまがきっと、SHIZUKUちゃんは、すぐに……」
 ティレイラは言葉途中で完全に石化してしまった。
 SHIZUKUはそれを見守ることしかできずに、彼女の足元にスマートフォンが落ちる。
「ああ、自分じゃなかったら、おいしい、ネタだったのになぁ〜〜……」
 まるでティレイラの後を追うかのようにして、SHIZUKUもその場で石化してしまった。
 それから数秒が経ち、ゆらりと空気が動いた。
「……ふぅ、やれやれ……」
 そう言ったのは、シリューナの唇だった。石化の効力をティレイラに移し終え、元に戻れたのだ。
「あら、SHIZUKUじゃない。ティレと一緒に触っちゃったのね……」
 髪をパサリと払いつつ、シリューナは余裕の声音でそう続けた。
 ティレイラの石化は確定していたが、そこにSHIZUKUまで巻き込まれるとは予想外であったらしく、溜息を吐き零す。
「……効力はティレほど行ってないみたいだし、これなら解除魔法を使わなくても大丈夫そうね」
 SHIZUKUの状態を確かめつつ、彼女はそう言った。
 ティレイラの企みを知り、敢えて石化の魔法を受けたシリューナであったが、もちろんタダでは受け入れない。それが、防護用の魔法であった。弟子であるティレイラにも常日頃言っていたことだが、術返しというものは、力が強いものであれば誰しも準備をしているものだ。
「あれほど気をつけなさいって言ってるのに。ほんとにおバカさんねぇ」
 ティレイラの焦ったような表情の石像を撫でつつ、彼女は呆れたようにそう言った。だがしかし、口には笑みが浮かんでいる。
「……つかの間の勝者であった気持ちは、どうだっの? ティレ」
 答えることができない相手に、敢えてそう問いかける。悦に入った状態のシリューナは、見ようによっては冷たささえ滲ませていた。
 図らずも二体の石像に囲まれる形となったシリューナだったが、そこには何の焦りの色もなく、彼女はご満悦だ。
「ふふ……楽しませてもらうわよ」
 いつもどおりの時間が訪れた。
 ティレイラだけではなく、SHIZUKUもいる。美しく可愛らしい造形美の石像が、二体もいるのだ。これを楽しまないわけにはいかない。
 シリューナはそれからしばらく、一人きりでの鑑賞会を楽しむのであった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 いつもありがとうございます。
 久しぶりにシリューナさんも書かせて頂けて嬉しかったです。
 少しでも気に入って頂けますと幸いです。

 また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
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東京怪談
2019年07月12日

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