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『神罰と同義(1) 』
白鳥・瑞科8402

 拠点を歩いていた白鳥・瑞科(8402)に、声をかける影があった。最近この組織に入ってきたばかりの、新人シスターだ。
 突然お礼を言ってきた彼女に、瑞科は何の事だろうとゆるく首を傾げた後に、ようやく「ああ、あなたでしたのね」と呟く。確か、先日相手が低級の悪魔との戦いで苦戦していたところを、たまたま通りかかった瑞科が加勢した事があったのだ。結局、その悪魔はまたたく間に瑞科が倒してしまった。
 瑞科にとってはいちいち覚えておく必要もない事……言ってしまえば、どうでもいい事だったが、律儀にお礼を言いにきた後輩の気持ちに応えるために彼女は口を開く。しかし、美しい聖女の唇からこぼれ落ちる言葉は、決して優しいだけのものではなかった。
「いえ、お礼を言う必要はありませんわよ。わたくしにとっては、あの程度の悪魔なんて大した相手ではありませんでしたわ。さして力もない雑魚ばかりでしたもの。あんな悪魔相手に苦戦するあなた達は、少し鍛錬が足りてないのではなくて?」
 最後に、瑞科は「このままだと、いずれやられてしまいますわよ。悪魔如きに」と付け足した。それは叱責であり、呆れであり、忠告でもあった。瑞科の言葉に、思わず後輩は口を閉ざしてしまう。
 どこか相手を見下しているかのような瑞科の言葉だが、後輩は何も言い返す事が出来なかった。瑞科に憧れている後輩だからこそ、彼女の実力は知っている。
 事実、瑞科という女にとって悪魔の相手は大した事ではないのだ。常に自信に満ち溢れている彼女は、それに見合う程の確かな実力を持っていた。そんな、人よりも上に立つ瑞科だからこそ、時に傲慢な振る舞いになる事も多い。そして、そんな瑞科だからこそ、その傲慢さは許されているのだった。
 ふと、瑞科に緊急の呼び出しの連絡が入る。彼女の上司でもある男、神父からだ。
 武装審問官である瑞科を、彼が呼ぶ時は決まっている。世界に危機が迫っている時……人類に仇なす組織や魑魅魍魎の類をせん滅する事を目的とした太古から存在する秘密組織、「教会」が動かなければいけない時だった。

 ◆

 任務の詳細を聞くために、瑞科は神父の部屋で彼から手渡された資料に目を通していた。
 数多くいる戦闘シスター達の中でも、随一の実力を持つ瑞科に直接声がかかったという事は、それ相応に難しい任務なのだろう。そうでなくてはこちらも物足りない、と瑞科は思う。せめて、自分の時間を消費するだけに見合う程度の敵ならば良いのだが。
 任務の内容は、とある箇所に現れた悪魔のせん滅だった。しかし、明確な数は分かっていないのだという。資料の中にあった調査結果を読んだ瑞科は、その端正な眉を僅かにしかめる。
「何か、嫌な予感がいたしますわね」
 その言葉に神父は頷き、彼女の端末にもう一つメッセージを転送してきた。それにはご丁寧に、悪魔の拠点の場所が記されている。
 このメッセージは、悪魔達から直接届いたものだという。これから自分達はここを拠点にし近隣で暴れるという、意思表示。このメッセージは犯行予告であり、「教会」に対する挑戦状だった。
 しかし、悪魔が素直に自分達の居場所を教えるわけがない。こうして「教会」の者をおびき出す事が、恐らく本当の目的なのだろうと瑞科はすぐに察する。この場所には、十中八九何らかの罠が仕掛けられているに違いなかった。
 神父は心配そうに瑞科を見て、嫌なら任務を断っても良い旨を告げる。しかし、それに瑞科が首を横に振るはずなどなかった。
「問題ありません。現場へと赴き、罠かどうかはわたくしが直接調べますわ」
 迷う事なく彼女は頷き、そして堂々とした声音で続ける。その声には、恐れも焦りもない。ただ、いつも通りの自信に満ち溢れた美しさがあるだけだ。
「それに、罠であったとしても、わたくしは大人しく引っかかる気なんてありませんわ。用意していた罠が意味のないものになった時の、悪魔達の顔は見ものですわよ」
 どこか悪戯っぽく、聖女は笑う。罠だとしても、自分なら対処出来る自信が瑞科にはあった。
 神父から、必要な数だけ部下を連れて行って良いと言われたが、瑞科は事もなげに首を横へと振る。
「わたくしは一人で十分ですわ。他の方がいたら、かえって邪魔になりますもの」
 ふわり、と花が咲いたような微笑みを浮かべながら紡いだ言葉には、彼女の自分に対する絶対的な自信が含まれていた。
 数も素性も分からない敵に、ただ一人で立ち向かわなくてはならないというのに、瑞科の余裕に溢れた微笑みが崩れる事は決してない。
「わたくしを甘く見ないでくださいませ。神父様は、ただ待っていてくだされば良いのですわ。全てはこのわたくし、白鳥・瑞科の手の中ですもの」
 凛とした声で、聖女は告げる。その優しげな笑みと優雅な立ち振舞いからは想像が出来ない程、瑞科は時に傲慢な態度を取る時がある。
 そして、確かな実力からくるその傲慢さは、悪魔相手なら一層容赦のないものになるのだった。
「卑怯な手を使う悪魔達……このわたくしが、徹底的に叩き潰してさしあげますわ」
 今から向かう場所で待ち構える悪魔に向けて、彼女は死刑宣告とも言える呟きを紡ぎ、楽しげに微笑むのであった。

 ◆

 現場へと向かう前に、瑞科にはしなくてはならない事がある。専用の戦闘衣装に着替える事だ。
 ワードローブを開き瑞科が手にとった上着には、美しい教会の装飾が施されている。
「教会」随一の実力を持つ武装審問官の、戦いと勝利に彩られた舞台が、今宵もまた幕を開けようとしていた。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月12日

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