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『amen 1 』
白鳥・瑞科8402

 殆ど無意識のまま、聖句を口の中で唱えている。

 着慣れた薄手の布地が肌を静かに滑る感触それだけで、己が身を包む伸縮性の布地にきゅっと引き絞られている感覚それだけで――すっ、と意識は研ぎ澄まされて行く。
 丁寧に重ねられる、いつも通りの、決まった所作。
 わたくしの、祈りの形。
 それは、任務に赴くに当たってのスイッチ、戦意高揚の為の儀式――とも言えるかもしれません。





 武装審問官である白鳥瑞科(8402)が「教会」の修道服に――任務の為の戦闘服に着替える行為は、どうもそんな意味を持っている節がある。

 まずは対衝撃性のラバースーツで首から下の身を包み、特殊なコルセットを着用。特製の修道服をその上に身に着け、足にはニーソックスを重ね穿く。ソックスの上には膝まであるロングブーツを装備。そして武装の為のベルトを太腿に巻き、そこに特製のナイフも用意する。
 仕上げに肩には純白のケープ、頭にはヴェールをつけて、シスターとしての容姿を整える。
 そして最後の最後に、手にもまたロンググローブを装備して、完了。

 端的に着替えの内容を説明するとそうなるのだが、実の所その一つ一つが――誰かが傍で見ていたとしたなら、いちいち、煽情的なのである。
 まず、単純な事実として――瑞科本人の容姿が容貌が、疑う余地無く美しいと言う事がある。
 そんな美しい二十一歳の女性がラバースーツなどを下に着て、上に修道服を着ていると言う時点で――不届きな妄想をする輩が居てもおかしくない。

 なのに、彼女の場合それだけでは済まなかったりする。

 そう、彼女の纏うラバースーツは体のラインがはっきり出る形のデザインで、着てしまうとその起伏に富む曲線が、そこを彩る黒い光沢が――もう煽情的極まりないのだ。起伏に富むと言う通り、彼女の場合――プロポーションがまた尋常では無い。スレンダーな体躯にして、バストとヒップの肉付きだけはそれこそ芸術的に均整が取れた豊満さなのである。
 更には腰回りを絞り上げるコルセットを着用してしまえばもう、そのつもりが無くとも胸の豊満さがこれでもかと強調される。だがこれも必要な装備なので外せない。薄くて軽量かつ粘り強い特殊な鉄が仕込まれた、体軸を守る大切な鎧――実際に剣術を揮う際にも心強い限りである。その重要さに比べれば、他からどう見られようと構う事は無い。
 修道服の両脇、腰下にまで深いスリットが入っているのも足捌きを考えての事。が――単純な事実として、ほんのちょっとした動き、例えば普通に歩くだけでも――絶妙に鍛え抜かれた美脚を大きく晒してしまう事にもなる。
 いや、そもそも――修道服の布地自体がまた、薄いのだ。体のラインをはっきり浮き出させる程に、ぴったりと体に張り付くデザインになっている。曲がりなりにもシスターと呼べる職にある者に対して失礼な言い方かもしれないが、これはもう、色っぽいデザインとしか言い様が無い。

 まぁ、そうは言っても勿論、これにも歴とした理由がある。

 任務時に動き易い様に、と言う要望に「教会」の技術班が応えると、どうしてもこうなってしまうのだ。そして布地にゆったりとした余裕があると、瑞科としても気持ちの引き締めに影響する――らしい。
 ので、ニーソックスもまた、太腿に食い込む程に締め付けるサイズの物を好んで穿いている。……本人はそんなつもりでこんな穿き方をしていても、やっぱり傍から見たならば……煽情的と言う感想が出てしまうだろう事は否めない。
 丈の長いグローブとブーツについては素直に手足を守る為の物で、単体では特に煽情的でも無い筈なのだが――身に着けている他の物と相俟ってしまうと、何と言うか、ボンデージ的な装飾と見做されてしまいがちである。
 純白のケープとヴェールについても、下手をするとそんな感じになるかもしれない。シスターのアイコンを装っている者が、よくよく見ればこんな格好をしている――それだけでまた煽情的と扱われてしまいそうだ。

 が、瑞科としては気にしていない。と言うかそんな自覚は全く無いし、瑞科の格好を見て不届きな事を考える輩が居たとしても、彼女自身で不快の念が湧く前にその相手を軽く往なしてしまえるのが常である。
 この戦闘服は神聖なる機能美の賜物。大切な任務に赴く為の服。
 瑞科にしてみれば、それだけの――粛々とした事実でしかないのだ。





 ラバースーツを丁寧に纏う。そっと足先を通し、脹脛、膝、太腿、腰にまで静かに引き上げ、腕を通し、肩を入れる。意識を集中させつつ、深呼吸。
 少しずつ高まる感覚。言い渡された任務を頭の中で反復。コルセットを手に取る。腰に当て、くるりと巻き付けて――それから、祈りを籠めて、締める。常に慢心せず努めるべし。失敗が無い以上こんな戒めは、自分自身でささやかにしか行えない。

 わたくしの常勝は、神の恵みがあってこそ。
 神の敵を屠る為にこそ、「教会」の武装審問官足るこの身は存在するのです。
 どうぞ、これからもわたくしに数多の試練を、屠るべき神の敵をお示し下さい。

 amen――エィメン。



 上官に呼び出され、言い渡された今回の任務は、まぁ、いつもの如く。

「教会」の敵対者の殲滅――今回の場合は、心霊テロの阻止である。曰く、複数の現場で同時多発的に事件を起こす事が極秘裏に計画されているのを掴んだとの事で、その実行犯の動きまで見付け出せたのが今、と言う事らしい。つまり、実行までは最早秒読み。求められるのは早急な対応――実行される前に阻止すべしと言う時間制限がくっきりと付いている。

「君にはこのテロリスト共のアジトの一つへと向かい対応して欲しい」
 時間が無く、人手も無い。だからこそ、このアジトへは「教会」に於ける単体での最大戦力である君一人だけを送る。

「然るべく。ですが……一つ宜しいでしょうか?」
「何だね」
「憚りながら、時間も人手も無いとの事。であるならば、他のアジトの位置情報も聞かせて頂きたく願います。各所に対応する兄弟姉妹の名も同様に」
「……連携を取れる程、近い場所では無いが」
「御判断、承知しております。ただ、相手が相手ですので……途中で「手段」さえ手に入れば連携の取りようもあるかもしれませんので。その際の為にと」
「わかった。口頭でいいか」
「充分です。出過ぎた願いをお聞き入れ下さった事、感謝致します」

 amen――エィメン。



 戒めの祈りを終えると、再び任務内容を反復しつつ、修道服に袖を通す。一旦ばさりと裾を振り、ぴん、と皺を伸ばす様にして綺麗に形を整える。……前情報を信じる限り、アジト一ヶ所の殲滅ならば然程時間は掛からない。これは慢心で無く単なる事実――不測の事態があったとしても、結果は大して変わらない。
 ならば、他方への増援も考えておくのが強者としての筋である。
 ニーソックスで更に脚を締め付け、ロングブーツで仕上げを固める。太腿に巻くベルトも同様。そして風を孕ませたケープを羽織り、たっぷりと長い髪を掻き揚げて――ヴェールの奥へと、それらを隠す。
 最後にロンググローブを確りと手にはめて、軽く握りを確かめる。その時にはもう、淑やかにして艶やかな姿の皮一枚の下、静かにも沸々と滾る戦意ははちきれそうになっている。

 さぁ、疾く参りましょう。
 わたくしの屠るべき、神の敵の巣食う戦場へと。

 amen――エィメン。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 白鳥瑞科様には初めまして。
 今回は東京怪談ノベル(シングル)の発注に当方をお選び下さいまして、有難う御座いました。
 そして初めましてから大変お待たせしてしまっております。当方毎度の如くこんな感じでお時間頂いてしまう所がある輩なのですが、もしそれでもお許し頂ける様でしたら、今後共どうぞ宜しくお願い致します。

 内容ですが……一話目は九割方が「特に」の御要望のあった着替え……と言うか容姿の話、とつまりは任務で戦う前状況の話になってしまったのですが、これで発注内容を反映出来た事になるでしょうか(汗)、と言う辺りが気になっております。
 それと「教会」絡みの設定からしてキリスト教系を意識しつつも厳密には違う感じ、とした方がいいのかなと思いまして、こちらなりにそんなつもりで書いてみてもいます。
 初めましてなので、白鳥瑞科様の性格や口調等、読み違えてなければ良いのですけれど。

 如何だったでしょうか。
 では、次は二話目の方で。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2019年07月16日

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