▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『amen 2 』
白鳥・瑞科8402

 目立つ必要など、欠片も無い。
 隠密裏に世界を救え。

 かつり、かつり、とヒールの鳴る音が聞こえたのは幻聴だろう。彼女の履くロングブーツは、そんな音など立てはしない。だがそんな風に思えてしまう位に、まろやかな女性らしい歩容が、そこにある。
 歩容の主は、まだ年若い一人の女性。頭にはヴェール、肩にはケープ。その下はシスターらしい修道服――ではあるのだろうが、それにしては体の線がはっきりと見える、煽情的な――いや、むしろ剣呑な用途の――ボディースーツと言った方がより正しそうな着衣。更にはその腰に剣などと言う明らかな武装が提げられているとなれば、それを使う目的がある、と見做すべきだろう。
 即ち、ただ粛々と十字を切り、ささやかな日常の中にて祈りを捧げる事を至上とする修道女の格好では無い。

 事実、今彼女が歩くこの場は――真っ当な修道女がただ歩いている様な場所では無い。治安などあって無きが如き、悪徳のスラム。その中でも更なる魔境とされる奥まった場所だった。ただの凶悪犯罪者どころか、得体の知れない化け物が棲みついているとさえ噂される一角。そしてその情報は、彼女――「教会」の武装審問官である白鳥瑞科(8402)が派遣される以上、ある意味で事実と言う事になる。

 心霊テロリストが潜伏するにはお誂えの場所。
 そう、今回の殲滅任務の目的地。

 彼女が歩くだけでも相当に目立つ筈だが、恐らくはその本来の見た目程には目立っていないだろう。隠行は最低限の嗜み。それは敵から身を隠す為では無く、平凡な日常を送るには無用の世界を善良な市民の目に触れさせぬ為の物。世界を救う蛮行は、「教会」だけが為せばいい。

 だからこそ、今の彼女の姿を把握している者は――全て、敵と言っていい。
 今はそういう場所に居て、そういう状況を作り出している。

 ふ、と空気が変わる。場の空気が劇的に冷えた様な感覚――そして何も無かった筈の中空から唐突に質量ある「何か」が複数現れ、殺意と共に能動的な動きを見せようとしていた――が。
 その動き自体が、一気に縫い止められる方が先だった。「何か」の姿自体常人では確認し切れぬ程の僅かな間での事。「何か」――形容し難い醜悪な姿かつ鋭利な牙と爪を具えた異形、恐らくは攻撃用の使い魔――をそこかしこの壁や地面に悉く縫い止めていたのは瑞科のナイフ。当たり前の様に修道服の裾を払い、その一挙動の内で複数本のナイフを精確無比な軌道で投擲。この結果を為している。
 異形の数は複数と書いたが、二体や三体では無い。数十体――もしこれらに群がられたとしたら、人一人位ほんの数秒で跡形も無く食い尽くされるかもしれない。そんな異形の襲来――いや、襲うと言う明確な動きに至るより前の段階で、瑞科は当たり前の様に殲滅を完了。
 その間、実は歩みを止めてすらいない。

「まさか、これだけでわたくしを何とかなさるおつもりだった訳じゃありませんわよね?」

 もし、そこまで侮られてしまっているのだとしたら、とてもとても、困ります。
 相手に聞こえている事を前提に、瑞科はそこまで口に出す。そう、そこまで侮られてしまっているのだとしたら。侮りと言う油断が故に敵の手応えが無くなるとしたら――何と勿体無い事か。

「これからそちらに伺いますので、どうぞ御存分に備えをなさって下さいましな」

 わたくしは逃げも隠れも致しません。
 ただ神の導きのままに、貴方の許へと向かうまで。

 amen――エィメン。



 そも「教会」とは何なのか。

 説明するのは難しい。ただ「教会」とだけ呼ばれる太古から存在する秘密組織で、人類に仇為す魑魅魍魎の類や組織を殲滅する事を主な目的とし、世界的に隠然足る影響力を持っている事だけは言える。
 だが、その長い歴史の中、白鳥瑞科程の戦力が居た事があったかどうかまでは、わからない。与えられた任務は悉く完璧にこなして当たり前。武装審問官の拝命以来一度の失敗も無く、敵に指一本触れさせぬまま勝利を続けているなどと言うのは――最早それだけで神話染みている。
 そしてその完璧さは、今この場でも。

 とにかく逃げる、と言う選択肢が一番の正解。
 だが敵はその「正解」を選択しない。敵の自負、こちらの容姿と数、予想される心霊テロ準備の状況――それらから鑑みて瑞科には確信がある。だからこそ、瑞科の方でも正面から堂々と宣言してアジトに乗り込むと言う楽な選択肢が取れた訳でもある。
 アジトに居たのは、人ならぬ身の武闘派……と見える魔術使い共。目の当たりにした時点の歓喜をはしたなく思い抑えつつ、お待たせ致しました、では――と、剣身を鞘から抜き払い、すぐさま躍りかかる事をした。それ以上の言葉は要らない。宣戦布告ならば疾うにした。地を蹴る伸びやかな脚部に、慣性に従い揺れる胸。魅惑の肢体が躍動し、次々と閃く剣身が敵を屠り続ける。敵の方とて黙ってやられるつもりは無いのだろうが――結果として黙ってやられている事になってしまう。その位、瑞科の動きが速く、そして見切れない。
 ……この技だけで済むならば重畳、けれどこの剣舞に耐えるなら、次は紫電で貫きましょう――人ならぬ身であろうと、わたくしの技で倒す策はありますので。
 思いつつ、とん、と着地した瑞科は、その青い眼差しを最後に残った一人に向ける。

「貴方で終わりで宜しくて?」

 返答は、不要。
 瑞科は再び剣身を一閃、最後の一人を両断しつつ、念の為にと室内に倒れた敵全てに電撃も撃ち放つ――焼いてしまえば、人ならぬ身であろうとほぼ確実に殲滅は適う事になる。
 そうなると、次に気になるのは余所のアジトへと向かった兄弟姉妹の首尾。どうか神の御加護があらん事を――と。

 祈った所で、その場にあったテロ準備の一端だろう「存在」がふと目に入り、瑞科の頭に思案が浮かぶ。
 これぞ神の御加護。
 わたくしに兄弟姉妹を救う機会をお与え下さると言う事なのですね。

 amen――エィメン。



 状況はすぐに見えた。「空から」となれば容易い事――兄弟姉妹と敵、そして念の為それ以外の第三者が居るかどうか。位置関係を見極め、瑞科は「上空から」重力弾を連打した。着弾と共に異様な音がして地表が抉れ、一拍の後には――苦闘中だった兄弟姉妹の前から敵の姿が消えている。……重力弾で押し潰した結果である。
 それを見届けてから瑞科は地表にまで優雅に下りる――勿論、瑞科に空を飛ぶ能力などは無い。ならば何かと言えば、先程の魔術使いが用意していたのだろう空の馬、飛龍の一騎を駆って急ぎ推参したのである。幻獣と言えど強者はわかる物の様で、飛龍は素直に瑞科を背に乗せた。
 結果、この場の苦境を救う事が出来たと言う訳である。

「姉妹白鳥! 多大なる助力、感謝致します!」
「ふふ。これも神の思し召しですわ」

 鷹揚に受けつつ、他のアジトを殲滅に向かっている兄弟姉妹へと連絡を取り、ここに来た時と同様に首尾を問う――苦闘はしたが何とか完了の旨、全ての現場から答えを聞く事が出来た。任務完遂、何よりの事。これぞ武装審問官足る者の本懐、である。
 任務で危険に身を投じるは、この達成感を、高揚を味わう為にこそ。

 次も次もと、心が逸る。

 さぁ、次の任務では――神はわたくしにどの様な試練をお示し下さるのでしょうか。
 どうぞ心躍る困難な試練をこの身に。

 amen――エィメン。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 と、言う訳で二話目です。
 初めましてにも拘らず、一度に重ねての発注有難う御座いました。
 当方余裕さえあれば長く書いてしまう方なので、別発注の続きを前提にして下さるのは大変有難く思います。

 こちらの内容ですが……やっと発注内容メインの反映になりました。つまり当の任務時の話になりますが、今度は白鳥瑞科様の戦闘手段がこんな感じで良かったのかどうかが気になっております。剣についても大剣なのか片手剣なのか細身剣なのかとか、装着しているのか持ち歩いているのかとか、電撃や重力弾の出し方だとか、ナイフの扱い方だとか、結構あやふやに誤魔化してしまっていたりします。
 そして自然に色気を出せているかも結構謎の気がしたり(その辺りが足りなかったら一話目で纏めて描写されていたと思って頂けると……!)
 また素直に任務を終わらせておけばいい物を、後半で強さと優しさを強調しようとして妙な欲張り方(普通の能力値な同僚さん達の増援に行く)をしてしまったのですが……。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.