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『IO2からの依頼・2 』
水嶋・琴美8036

 水嶋・琴美(8036)は更衣室でいつもの仕事着に着替えながら、数日前のことを思い出す。
 上司に新たな任務の件で呼び出されるのはいつものことだったが、まさか自分一人だけが指名されるとは思わなかった。
 しかも依頼人はIO2エージェント。琴美達、自衛隊特務統合機動課とっては仕事仲間とも商売敵とも言える組織だ。
「なのに私に声をかけてきたということは、やはり彼女の存在が大きいからでしょうね」
 少女の戦い方は、くノ一である琴美と非常に良く似ている。それに少女が身に着けているパワードプロテクターの名前は『NINJA』。
 そのせいか、琴美は少女のことを何となく他人とは思えない。
 更衣室に置いてある全身が映る鏡を見ながら、動きやすさを重視した黒いインナーに袖を通して、スパッツを履く。ミニのプリーツスカートを履き、編み上げのグローブを手につける。そして編み上げの膝まであるロングブーツに足を通し、半袖の着物を羽織り、腰にしっかりと帯を巻く。
 いつもの琴美の仕事着兼戦闘服だが、ふと少女のパワードプロテクターを思い出して首を傾げる。
「この服装は私の動きやすさに合っていますけど……。何だか彼女のと比べると、時代遅れな気がしてきました……」
 少女は最新型の戦闘服と武器を身に着けて、戦う。
 似ていて非なるからこそ、微妙に気になってしまうのかもしれない。
「まっ、人それぞれですよね」
 更衣室を出ると、武器庫へ向かう。愛用のクナイの手入れはすでに済み、体の至る所に隠し持っている。
 しかし今回の相手が相手だけに、持っていく物を少し増やした方が良いだろうと思った。
「邪妖精ならば特に警戒すべき敵ではありません。くノ一である私に幻覚はあまり効きませんし。――ですが、IO2エージェントのような相手に油断は禁物です」
 琴美の端正な顔立ちが、苦悩に歪む。
 邪妖精のような超常現象よりも、琴美達のような人間を殺すことを得意としている者の方が、いろんな意味で危険なのだ。
「とは言え、すでに引き受けてしまった任務です。気持ちを切り替えて、さっさと終わらせましょう」


 数日前に琴美はIO2エージェント達から聞いた話を、上司に報告していた。
 上司は邪妖精を従わせながら壺を持って都内をうろつくエージェントの捜索を早速はじめる。
 エージェントは十八歳の女性で、怪奇現象の捜査を担当していた。彼女は精神感応能力者だったせいで、邪妖精の幻覚に捕まってしまったのだろう。
(聞けば気の毒な話ですし、何とか女性を助けたいと思いますね。その為には目撃情報を集めて、次に出そうな場所を先読みしなければなりません)
 武器庫で新たな武器を身に着けた後は、上司から受け取った報告書に目を通していく。デスクいっぱいに報告書を広げて、イスに座りながら目撃証言があった場所を地図に赤ペンで丸をつけていく作業を続けた。
 邪妖精は基本的に夜に動くことが多い。その為、目撃情報も深夜に複数ある。
(しかし邪妖精は女性の精神を乗っ取り、一体何をしようとしているんでしょう? どこかに向かっているようですけど……)
 邪妖精は20センチほどの大きさで、蛾の羽を持つ少女の姿をしていた。性格は無邪気さゆえの残酷さがあり、人間を苦しめることを最大の悦びとしている。
 ゆえに召喚師は犯罪に近い行動をさせる為に、邪妖精を呼び出すことが多い。
 だが今回の場合は特殊で、召喚師は呪物である壺。壺に意志など無く、そのせいで目的が分からないのだ。
(……いえ、ちょっと待ってください。壺に意志は無くても、呪物を作り出した者には意志があったはずです。つまり壺の製作者、あるいは壺を呪物にした者を見つけられれば目的が分かるかもしれませんね)
 思いついた琴美は報告書を茶封筒に入れると、そのことを上司に報告しに行く。


 その日の深夜、琴美は一人で都内のとある場所に向かっていた。
 地図に印をつけていくうちに気付いたのだが、どうやら邪妖精を率いた女性は目的地へ向かっているようだ。
 昼間は暗い所で隠れて体を休ませて、陽が沈んだ夜に行動しているらしい。
 次に現れる場所は、小さな山の上に作られた自然公園だった。公園と言っても遊具が多いわけではなく、どちらかといえば季節の花や木が植えられていて、近所の人達は散歩やハイキングを目的として訪れる所だ。
 元々この地には大きな屋敷があったようだが、持ち主が引っ越し、そのさいに屋敷は取り壊された後に、自然公園になったようだ。
「イヤな空模様と空気ですね」
 優秀なくノ一として、琴美の勘が警告を発している。
 今夜は大きな満月で夜にしては明るいのだが、その色は黄金色ではなく血のように赤い。闇色の空に浮かぶ白い雲は分厚く、月を隠したり現すたびに琴美の地上の影を動かす。風がふいており、肌に生暖かさを感じさせた。
 いくつもの不吉な感じが、琴美の心をざわつかせるのだ。
(エージェントのお二人には今夜のことは伝えてありますし、いざとなれば来てくれるでしょうが……)
 そこで、不吉の塊がこちらに向かってくるのを感じ取った。
 琴美は両手にクナイを持ち、そちらに厳しい視線を向ける。
 やって来たのは、ボサボサの髪に虚ろな目をした若い女性。資料として見せられた写真よりもかなりゲッソリと痩せているものの、その顔には面影がある。
 女性は大切そうに両手に古びた小さな壺を持っており、そこから邪妖精が楽しそうに現れ出て来た。女性の周囲にはすでに、十匹以上の邪妖精がいる。
「あんなに衰弱しているなんて、かわいそうに……。今、解放してあげます!」
 琴美は両手のクナイを、壺に向けて放つ。
 ところが邪妖精自ら前に出て、その身にクナイを受けて消滅する。
「なっ!?」

『ぎゃっぎゃっぎゃっ!』
『きゃーははははっ!』

 耳障りな邪妖精の笑い声のおかげで、琴美はすぐに我に返った。
「なるほど、そういうことですか」
 壺からはまだまだ邪妖精が出てくる。つまり一匹二匹程度倒したところで、すぐに次が出てくるということだ。
「ならば出ている邪妖精ごと、壺を狙うだけです」
 琴美は次に両手の指にクナイを挟み、合計八本のクナイを放つ。そしてすぐに次の八本を放った。
 邪妖精よりも多い数のクナイだが、壺から次々と新たな邪妖精が出てきて攻撃を全て防いでしまう。
「では次は接近戦といきましょうか」
 新たなクナイを持って構えた琴美だったが、不意に女性が顔を上げる。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 このたびはご依頼をしていただきまして、まことにありがとうございます(ぺこり)。
 三部作の中の第二部、いよいよ邪妖精との戦いになります。
 今後の展開を、お楽しみください。


東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2019年07月19日

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