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『IO2からの依頼・3 』
水嶋・琴美8036

 やつれた女性は水嶋・琴美(8036)の姿を目に映すと、突然顔を歪める。
『ど……して?』
「はい?」
『どうしてどうしてわたしじゃなかったの? 何であんなコが選ばれるの?』
 言っている意味が分からず、思わず琴美は首を傾げた。
(もしかして……壺の以前の持ち主の思念に乗っ取られているんでしょうか?)
『何で何で何でぇえ?』
「私に聞かれましても……」
『あああっ! 憎い憎い憎いいいいっ!』
 白目をむきながら絶叫をする女性を見て、琴美は背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
(呪物の恐ろしさは予想よりも凄まじいですね)
 女性が叫ぶと、壺からはまた十匹ほどの邪妖精が出てきた。
『憎いっ! おまえの美しさが! 健康さが!』
「褒めていただき、ありがとうございます」
 冷静に答えながら、琴美は向かってきた邪妖精を避けつつクナイを投げて倒していく。
 邪妖精の主な攻撃は、羽から出る鱗粉によって幻覚を見せて相手を混乱させることだが、くノ一として精神的に鍛えられた琴美にとっては、邪妖精が何匹いようとも効果などほぼ無し。
 また中には炎や風の攻撃を繰り出す邪妖精がいるものの、当たる前にヒラリっとかわしてクナイを投げれば意味も無く。
 くノ一らしく無駄のない動きで次々と邪妖精を倒していく琴美を見て、女性は血の涙を流しながらギリギリっと音が鳴るほど歯ぎしりをする。
(――危険ですね。壺の残留思念が、女性の肉体をほぼ完全に乗っ取っているようです。このままでは彼女の精神が持たないでしょう)
『どうしてわたしには、おまえのような長く黒い美しい髪がないの? こんなに白くボサボサなんて……』
 悔しげに女性は自分の頭に触れるが、今の女性は肩まで伸びているストレートの黒髪だ。
(以前の自分の容姿のことでしょうか? どうも若い女性のようですし、確かに白髪になったら悲しいでしょうが……)
『体の肉付きだって、病気のせいでこんなにガリガリで……。おまえのような子を何人も産めそうな肉体だったら、あの人に捨てられることもなかったのに……』
 最後の言葉は、寂しげだった。
 そこまで聞いて、琴美はこの残留思念のことが少しだけ分かった。分かっても、許せる存在ではない。
(たとえどんな不幸な人生を送ろうとも、無関係の人間を犯罪に巻き込むことだけは許しがたい罪です。今、解き放ってさしあげます)
 琴美は一瞬だけ哀れみの視線を女性へ向けた後、眼を閉じて開けた時には覚悟を決めた眼差しを向ける。
 懐へ手を差し入れると、小さな布包みを取り出す。それを女性へ向けて大きく弧を描くように投げると、次にクナイを投げて布包みを貫く。すると中身の粉が、女性ごと邪妖精にもかかった。

『ぎやあああっ!』
『ひいいーーっ!』

 途端に苦しみだす邪妖精を見て、琴美は口元だけ笑みを浮かべる。
「武器庫から貰ってきて、正解でした」
『うぎゃあああっ! いやあああっ!』
 女性も壺を持ちながら粉から逃れようと必死に身をよじるも、既に時は遅く。
 琴美は一本のクナイを、狙いを定めて放つ。

 バリンッ

 クナイは見事に壺の中心に当たり、みるみるうちに黒い煙を発しながら消滅していく。
 邪妖精は断末魔を上げながら、同じく黒い煙と化して消滅していった。
 やがて女性以外のモノが消滅すると、意識を失った女性の体が崩れ落ちる。
「おっと!」
 慌てて琴美は女性へ駆け寄り、その体を受け止めた。
「はあ……、これにて任務は終了ですね。――文句はないでしょう?」
「まあな」
 木の影と同化していた黒づくめの男が一人、出てくる。その手に愛刀を持ちながら――。
「彼女の身柄は依頼人の方達に引き渡します。無駄な殺生はお止めください」
「おいおい、酷い言い方だな。まるで俺が血に飢えた殺人者のような言い方だ」
「一歩間違えれば、そうなるでしょう。そうならないように、気を付けてくださいね」
「はいはい。それじゃあおまえも俺のターゲットにならないように、気を付けろよ」
 肩を竦めながら、男は姿を消す。
「……ふう。もう二度と、会いたくない相手ですね」


 ――後日、琴美は再びIO2のエージェント二人に呼び出されて、夜の海岸倉庫に訪れていた。
「機動課のお嬢さんには今回、世話になったな。礼を言うぜ」
「ありがとう」
 男はタバコを吸いながら、少女は無表情で軽く頭を下げる。
「いえ、任務ですから」
「しかし邪妖精をひるませた粉ってのは、一体何だ?」
「邪妖精が苦手とするハーブですよ。除霊や邪気払い、浄化の効果があるハーブでして、邪妖精が嫌がる匂いを発するんです。あのハーブの匂いを嗅いだ邪妖精は混乱を起こすことは、既に実験済みでしたので」
「ほお。今度売ってくれないか、聞いてみよう」
 男は素直に感心して、少女も同感だと言うように首を縦に振っている。
「ところであの女性の件ですが……」
「ああ、お嬢さんが心配するようなことにはなってない。アイツらより早く対処したおかげで、今は入院中だ。まあ退院した後は謹慎と減給という処分が待っているがな」
 重い処分にならなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「ちなみにあの壺のことに関して分かったことがあるんだけど、一応聞いておく?」
 少女の思いがけない言葉に、琴美はすぐに頷いて見せた。
「ぜひ」
「分かった」

 二人が言うには、あの壺は元々普通の壺だったらしい。
 しかし壺の持ち主が、病弱な若い娘の手に渡った後に呪物と化した。
 金持ちの長女として生まれた娘には、親が決めた婚約者がいたらしい。しかし娘は婚約者を心から愛したものの病気が悪化したせいで、健康な妹に婚約者を奪われたそうだ。
 その後、親から貰った例の壺の蓋を開けては、恨み言を呟き続けた。娘には皮肉にも邪妖精召喚師としての才能があったようで、無意識の内に壺を邪妖精を召喚する呪物へと変えていったのだろう。
 そして娘は亡くなったが、夜な夜な壺から娘の恨み言が聞こえることをおびえた親が寺へ持ち込み、封印の札を貼ったまでは良かったものの、その後、行方不明になった。

「でも古美術品として出てきたということは、誰かが売ったのでしょうか?」
「その可能性は高いな。ああいう呪物を集めるコレクターとか、この世にはいるようだし」
「全く理解できないわね」
 三人は同感だと言うように、同時に首を縦に振る。
「ちなみに女性は何故、あの場所にいたのかは分かりましたか?」
「ああ。どうもあの自然公園にあった屋敷に住んでいたらしい」
「なるほど。理解できました」
 無意識の内に、生まれ育った屋敷に足が向いていたのだろう。
「まっ、何はともあれこれで依頼は終了だ。報酬は送っておくから、上司から受け取ってくれ」
「分かりました。それではお元気で」
「そっちもね」
 琴美は二人に向かって深々と頭を下げると、倉庫から出る。
 今夜は曇り空で、月は見えない。しかし生暖かな風は、あの夜のことを嫌でも思い出させる。
 琴美は壺に操られた女性を思い出して、ブルっと身震いをした。
「もしかしたら【次】もあるかもしれないなんてことはないと思いますが……。まああったら、戦うのみですね」
 口元に妖しげな笑みを浮かべながら、琴美は夜の道を音もなく歩き出す――。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 このたびはご依頼をしていただきまして、まことにありがとうございます(ぺこり)。
 三部作の中の第三部、最終話になります。
 お楽しみいただけたら幸いです。

東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2019年07月19日

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