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『何度も手を伸ばすと 』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809

「やっと終わったか」
 独り言の前に溜め息を零し、周囲にナイトメアがいないのを確認すると不知火 仙火(la2785)は残滓を払うように一振りしてから納刀する。一体一体は脅威となるような強さではなかったが、防御型と精神型が混成していた上、連携が取れる知能があるとは思えないのにやたらと動きが噛み合い、長期戦を強いられる羽目になった。緊張感はないが、しかし慢心すれば状況が一転する可能性はあると気力体力を削ぎ落とされるような戦いだった。
 仙火の視線は半分は無意識、もう半分は意識的に日暮 さくら(la2809)の姿を探して回る。彼女は銃も扱うとはいえ、同じ刀使いなので戦力を分散させる場合は別々に配置されることが多い。だからあまり見れていないが、それでも幾度も鍛錬相手として相対し、時に仲間として背中を預け合う関係だから気付いたことがある。喜びを分かち合う仲間の輪から少し離れた場所に佇む細く白い背中を見つけると、仙火の足取りは自然と荒くなった。普段とは逆の立場になろうが別に叱りつける気はない。だが負けん気の強い彼女のことだ、一筋縄ではいかないと目に見えている。足音が聴こえている筈なのに一向に振り返る気配のない彼女に焦ったさを感じながら、仙火はその肩を掴む。
「おい、さくらお前……」
 掛けようとしていた言葉は何も口に出来ないまま途切れる。びくりと肩が跳ね上がったかと思いきや、振り返ろうとした彼女の上体が傾いで。一瞬だけ目が合った。しかし金色はすぐに瞼に覆い隠され、何か考える余裕もなく身体が反応する。明確に線引きし、距離を取っていたさくらの身体が腕の中に預けられる。それは外見から感じる以上に軽く、そして酷く熱かった。予想だにしない事態に気が動転しながらも、慌てて介抱する。仲間が駆け寄る足音が響いた。

 あの後さくらを背負って帰還し、医者に診てもらった結果、風邪と診断された。高熱が出ているものの入院する必要はなく、落ち着く場所で療養するのが治る近道だと助言される。そう聞き不知火邸へ連れていく選択肢は消えた。となれば彼女の自宅以外ないだろう。恋人ならいざ知らず、自分たちの関係は曖昧で躊躇いもあったが、同性である幼馴染や母を頼る考えは頭になかった。意識はあるが足取りの覚束ない彼女を言い包めて背負い、道案内して貰い辿り着いたのはSALFの支給住戸だった。
 旧家の跡取り息子といえども箱入りではないので、看病の心得はある。物の置き場が分からない点以外は手際良く、布団を敷いて氷枕の代わりにタオルを冷やして頭に乗せて、さくらが大人しくしているのを確認すると買い物を済ませてくる。買ってきたのは冷却シートに体温計、スポーツドリンクとお粥の材料だ。これだけあれば今日はどうにかなるだろう。
(一人暮らしだと案外買ってないもんだよなあ)
 今回は処方箋があるので買わなかったが市販の風邪薬も見当たらなかった。体温計を箱から取り出しつつ思う。仙火はこちらに来てからというもの病気の方にはまるで縁がないが、二日酔いの時に台所を探したら元と似たような所に薬が保管してあり、中には風邪薬もあった筈だ。母が用意したに違いない。
「ほら、もう一回測っとけよ」
 言って自力で起き上がろうとするさくらを片手で支えつつ、もう片方の手で体温計を差し出した。金眼がちらっとこちらを見て、ありがとうございますと言って受け取る。声は細く掠れていた。作戦会議中は違和感を覚えなかったが、気付けなかっただけで兆候はあったのだろう。言うつもりは毛頭ないが、もしここで揶揄うような発言をしても殊勝な返事を言いそうな様子に彼女が倒れてからずっと、地に足がつかないような不安を覚える。
 あの時桜が舞っていた。本物に有り得ない軌道を描き、そしてそれは戦いの最中だと忘れさせるような美しさで以って敵を屠る。その様が嫌に儚く見えたのだ。いつもの強い光が感じられないこの瞳を見ると堪らなく心配になる。
 子供の頃、幼馴染が自分を狙った人間によって誘拐された。この世界に来たのは母がナイトメアに連れ去られ、それを追う父についていったから。二人とも健在で、同じ家に暮らしているため別の依頼を受けていても二、三日に一回は顔を合わせるが。
(こいつも、いつかは俺の前からいなくなるのか?)
 さくらの場合はこうして住んでいる家も別々な上、誓約を結び高め合う関係ではあるが、互いに時間が確保出来た際に鍛錬に勤しむのが殆ど。今回のように依頼で一緒になることはあっても時たまという程度で別々の方が遥かに多い。今は家を知っているとはいえ、少し会わないだけで顔を覗かせるのもどうか。
 胸中に渦巻く漠然とした不安に、そう思ってしまうくらいには自分はさくらのことを気に掛けているらしいと半ば他人事のように考える。今は何ともいえない仲だ。仙火は父に抱く複雑な感情とそう至った経緯を黙して、さくらはさくらで偶然出逢った母と瓜二つの赤の他人――そう納得出来ない何かがあるのは間違いない。互いに謎が多く、それが大きな壁を作っている。
(それでも俺はさくらのことを理解したい。いなくなるかも、ってビビるくらいなら、今の内に手元に置いておく方がいいんじゃないか?)
 己の目の届く場所にいるのなら護ることが出来る。――護りたいと思う。腑抜け男だと言われようが、そうしたいという意志と、そして自分の身の回りの人間を護るだけの力は持っているという矜持がある。ピピピと検温が済んだと伝える音が鳴った。

 ◆◇◆

 脇から抜いて確認したら三十九度近い体温があると分かり、ますます具合が悪くなるのを感じる。家を出る前から不調だと感じていたが戦闘に支障が出る程ではないと判断したし、実際戦っている最中などは完全に頭の中から消えていた。むしろ普段よりも動き易いと思ったくらいだ。
 黙ってぼうっと体温計を眺めていると横から伸びてきた手にそれが奪われ、表示を見るなり仙火は難しい顔をする。戦いへの心構え――大体は両親や銃の師匠の受け売りだ――を説いてきた人間がこの様だ、怒られても呆れられても弁解の余地はない。そう身構えるさくらの前に体温計をしまった彼の手が再び近付いてくる。反射的に目を閉じた。
 触れたのは額、シートの縁をなぞるように指が動いて、恐らく体温を測りたかったのだろう、目的を達成し損ねた手は壊れ物を扱うような繊細さで頬を撫でた。戸惑っていると掌が後頭部に触れる。親指の腹で若干乱れた髪を直して。
「お前はよく頑張ってる。依頼も一杯受けてんのに俺の面倒まで見て、それだけじゃなくて一人でも鍛錬してるんだろ? 今日だってすげー活躍してたしな……」
 それに比べて俺は、とその言葉は独り言のように小さかったが、他に音のないここでは届く。視線だけ動かしてみても部屋には何もない。飛騨の夜桜市で彼に貰ったバレッタのようなこの世界に来てから出来た思い出の品だけだ。SALFに支給された家なので家具は一通りあるが、じっとしているのが落ち着かずろくに触っていない。静寂は孤独を突き付けて、目を背けるように遅くまで訓練場に入り浸る。彼の言う頑張りとは寂しさの裏返しだった。
(やはり二つ上ですね)
 十八と二十の差はとても大きい。過去に何人か恋人がいたというから尚更女性の扱いには慣れているのだろう。あまりいい気はしないが、今日は不思議と心地良かった。
「貴方の方が上手くやっていたではないですか。……あれ程落ち着いていたのは予想外でした。無事依頼を遂行出来たのは貴方のお陰です」
 仙火の手が頭を撫で続けているからというわけでもないのだが、俯いたまま零せば彼の動きが止まった。訝しんで顔をあげたら目を丸くしているのが見える。そこでようやく離れた手に名残惜しさを感じた。
「仙火、どうかしましたか?」
「……いや、何でもねえけど」
 口元を隠して、視線を外す。男性らしい大きく骨張った手の間から見える頬が赤らんだように思えて不安になった。もしや風邪を移してしまったのではないか。短時間ではあるが殊の外丁寧に世話を焼いてくれていたし、そうなってもおかしくない。
「このままでは貴方まで風邪を引きます。私は大丈夫ですから家に帰って下さい。もし移してしまったら申し訳が立ちません」
 ふと仙火の両親と幼馴染の顔がよぎる。彼の大事な人たち。彼らを悲しませることはさくらとて本意ではない。掛け布団を掴む手に入れた筈の力はすり抜けていく。さくら、と真剣な声音に顔を向けようとして、目眩に思わず手をついた。上体を起こした時と同様、背中に添えられた手に体重を預ける形で横たわる。
「なあ、さくら。うちに来る気はないか」
「……え?」
 状況が飲み込めず、思わず聞き返した。少し怖く感じる程に真面目な顔をした仙火が同じ言葉を繰り返す。
「ほら、女の一人暮らしだと色々不安だろうし、こういうとき困るだろ? それにライセンサーの生活って不規則だしな。……あとはお前の料理の腕も不安だし」
 小声で呟いた内容も耳に入ったが文句を言うだけの気力はなかった。何も返さずとも続く言葉を目を閉じた状態で聞く。部屋が沢山余ってるから好きな場所を選べるだとか、家事は母さんがノリノリでやってくれるから何も心配要らないだとか。両親も幼馴染も歓迎するからと、そう同居の誘いを締め括る。暫し沈黙を挟んで口を開いた。
「貴方の母親にもそう言われました」
「母さんもか?」
 はい、と頷き覚えている範囲で彼女と交わした会話を説明する。その時の心情は排除して淡々と。驚きつつも黙って聞いていた仙火が断りの台詞を耳にすると納得がいかないとでもいうように唇をへの字にして、
「失礼? どこが失礼なんだよ?」
 と言ってくる。だが答えることは出来ない。だってそれは自身と不知火家の繋がりを――自分たちの関係を打ち明けるのと同義だ。まだ話そうとは思わない。いつか堂々と勝負を申し込めるようになるその時までは。それには仙火の成長のみならず、己の問題を解決することも不可欠だ。
 常識が通用するとはいえ異世界には変わりなく、一人暮らしが初めてなのも相まって、戸惑ってもそれを共有出来る相手がいない、心を許せる友人がいない、それがひどくストレスに感じた。同時に宿縁の親子と巡り逢えたというのに、父親には遠く力が及ばず、息子は己のライバル足り得ない無様な姿が最初の印象だ。目的を達成出来る環境にあるのに噛み合わず、そして何よりも不知火家の存在そのものがこの心を苛む。
 依頼で一緒になった時に感じる疎外感。異世界にいるというのに仙火には両親も親友も傍にいて、向こうと大きくは変わらないだろう生活を送っているのが狡い。八つ当たりも同然な理不尽な気持ちだ、自己嫌悪を覚えるが自覚しても消えなかった。仙火の両親との交流は心を温かくするが、自身の両親と否応無しに重ねてしまうと解っている。誘われた時もそうだった。失礼なのは仙火の両親に対してだけでなく、己の両親にもだ。そして彼とその幼馴染に抱く理由の見つからない羨望と焦燥感が、踏み入ることを躊躇わせる。
「気持ちは嬉しいですが……ごめんなさい」
 失礼だと思う理由も言えない、純粋に心配しての誘いにも応えられない。不誠実なのは承知の上。それでも喜び以外の感情もあると解っているから頷けなかった。一人はつらい。倒れたのは恐らく精神的な面で限界を超えたのもあるだろう。
(一人よりも輪に入ることの方が……怖い)
 再会出来た幼馴染を守るのが自分の役目だ。年長者として彼らの規範とならなければ。それは本心だが、言い訳にしている後ろめたさもある。親元を離れ如何に自らが脆いかを思い知った。
「そうか……解った。気が変わったらいつでも来いよ。誰かしら居るだろうし、全然気にしなくていいからな?」
 柔らかく、年齢以上に大人びた微笑みを浮かべて言う仙火の声は泣きたくなるくらい優しかった。ぐっと唇を噛んで息を詰め、痛みをやり過ごして口を開く。
「疲れたので少し眠ります。……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 いつ目覚めるとも知れないのに帰るとは言わず、微かに身動ぎだけする。さくらは何も言わずに瞼を下ろした。早く治して元通りにしよう。それが彼の為にも自分の為にもなる。願いは意識と共に深く沈んでいった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ちょこちょこ勝手な解釈も入っているので
やらかしてしまっていたら申し訳ないです。
こうして書いていても、年齢差をひしひしと感じました。
歳だけでなく、元の世界での経験も大きいのかもですが。
さくらちゃんも家の術の継承についてだったりとか、
精神的に成長する機会も多かったのだと思いますが、
やっぱり仙火くんの方が落ち着いている印象ですね。
さくらちゃんの場合、真面目過ぎてといった感じでしょうか。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年07月19日

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