▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Business 』
加賀崎 杏la0622


 その日、一隻のキャリアーがグロリアベースを飛び立った。
 ライセンサーやアサルトコアを乗せ、戦地へと向かうのだろう。
 ナイトメアを討伐するSALFの至上命題を果たすためには、人類の持つ最高基準の技術を出し惜しみなく投入しなくてはならない。その技術とは、何も科学技術によるものだけではなく、小さな部品、銅線一本に至るまで、各分野の最新技術が用いられる。もちろん、人類滅亡の危機に瀕しているとはいえ、先立つものの問題はいかんともしがたく、予算の都合で二番手、三番手の技術が用いられることだってある。
 さて、あのキャリアーに積まれたアサルトコアはどうだろうか。
 そんな思考を巡らせた加賀崎 杏(la0622)は、己の出自を思い出していた。
 人材派遣企業連合体、加賀崎組。主に荒事を主体に扱う場合が多いものの、現状の目標は、アサルトコア関連業界への進出であった。というのも、最先端技術を扱うこの業界への参入は、組の社会的地位向上と共に、莫大な利益を生み出す金の卵だからだ。操縦に関してはIMDを要するものではあるものの、それ以外については特に転生の資質は必要とされない。引き換えに、繊細な技術が不可欠となる。
 少なくとも、人材育成そのものについては不安はない。問題は、情報だ。
 世界最先端技術ということもあり、補修に関する情報は出回っているものの、開発に携わる情報は、どの企業も社外秘として秘匿したがる。
 組が開発を請け負うことはないだろうが、その開発にも携われるだけの人材育成と派遣が、今後大きな利益を生み出すであろうことが予測された。
 そんな加賀崎組社長令嬢である杏は、金の鶏といえよう。何故ならば、アサルトコアを操縦するに必須の、IMDを操る素質を有する、ライセンサーとなったのだ。杏は、ライセンサーとしての手柄を土産に、組の幹部へのし上がることを画策している。彼女には、弟がいることから、将来的に社長の座につくのは、杏ではないだろう。そして、場合によっては、彼女は組の根幹に関われなくなる可能性もあった。
 だから、周囲を黙らせるだけの実力が必要だ。

「毎日、毎日……。キャリアーやアサルトコアを眺めていても、分かるのは外見だけねぇ。動かしてみても、直感的に動いちゃうから、仕組が……うーん」
 たどり着いた喫茶店のバルコニー席に腰かけ、先ほど見上げたキャリアーの飛行機雲を視線で辿る。
 いつもより、長く尾を引いている。明日はきっと雨だろう。
 運ばれてきたアイスココアに目を向ける。ガラス片のような氷に詰まった思いが、どろりとしたチョコレートカラーのココアに溶けていった。
 夢、あるいは目標。そういったものを実現するには、何かが足りない。いや、どこか、ズレている。
 ただ、目的を果たすためならば、今頃脇目も振らずに、あのキャリアーに飛び乗って、戦場を渡り歩いていたことだろう。しかし、自分を振り返ってみると、どうだろうか。
 ぼんやりしている内に、氷はすっかり溶け切って、ココアの色もいくらか薄くなってしまった。
「こうして、暑いからって、アイスココアで涼を取りながら、のんびり過ごす……。そこらの学生と、変わらないねぇ」
 自分には、もっと大きな何かがあるはずなのだ。果たすべきことが、やるべきことが、山積みのはずだ。
 しかし不思議と、焦りの感情は湧かない。これでいいのだと、ずっとこうしていたいと感じる己。
 思っていた以上に、その心に平穏が根差していたようだ。日々を楽しく愉快に過ごす。それこそが、安寧。
 それでいいのか?
「はぁ」
 ストローに口をつけ、ココアを吸い上げる。
 何の味もしない。
 もしかしたら。気づかない内に、掲げた夢も目標も、こうして薄まってしまったのか。
 こうしてベースで過ごす内に、大事なものを忘れてしまっている気がする。
 いや。ライセンサーとしての活動は、飽く迄副業だ。組織に戻った時に箔をつけるためのものだ。
 使うべきは、体よりも、脳。人に使われるより、人を使う身分に立つための策を巡らすことこそが……。
「みゃあ! 私は何を考えてんだろうねぇ!」
 煮詰まった思考を振り払うようにして、杏はストローを抜いてココアを一気に飲み干す。
 水滴だらけのグラスを返却口に叩きつけると、店先に止めていたバイクに跨り、メットを被る。
 エンジンを吹かし、二速からの発進。コーナーを膝がつくほどのバンク角で曲がると、海岸線で一気にトップスピードに乗った。
 潮風を裂くようにして、信号のない道を飛ばす。
 目的地などない。迷いや躊躇い、雑念を振り払うために、ただ速く、より遠くへ。
 また、一隻。
 彼女の頭上をキャリアーが飛んだ。
 加賀崎組も、ライセンサーも、今は関係ない。そんなことを考えている余裕はない。
 そして、少しずつ、彼女は気づきつつあった。
 必要なのは、停滞ではない。ひたすらに走り続けること。
 そうだ。あるいは。
 辿った道の数だけ、彼女の未来は大きく分岐していくのかもしれない。

 風のように走ったことでいくらかすっきりした杏は、自宅へと戻る最中に、一隻のキャリアーがベースへと戻ってくるのを見た。
 任務を終えたライセンサーが乗っているのだろう。
 そういえば。
「あれを見ておくのも、いいかもねぇ」
 思い立った杏は方向を変え、またバイクを走らせた。
 向かう先は、アサルトコアの格納エリアだ。

「あんまり邪魔はしないでくださいよ」
 作業員の言葉を聞き流し、杏はキャリアーから搬出されるアサルトコアの様子を眺めていた。
 どれも、無傷ではない。中には装甲が剥がれ落ちていたり、腕が欠損している機体もある。
「あれは、負けたの?」
 手近な作業員を捕まえ、あのキャリアーが向かった任務について問いただす杏。
 どうやら彼らも詳しく聞かされていないらしく、とりあえずナイトメアの撃退はできたらしい、という情報だけを仕入れることができた。
 教えてくれた彼は、そのまま慌ただしく駆けていく。
 杏は邪魔にならないようにしながら、その搬出作業を観察することにした。
 すると、様々な声が聞こえてくる。
「派手にぶっ壊しやがって!」
「おい、こっちのパーツはダメだ」
「現地で応急処置でもできてりゃもっと作業減らせるってのによ」
 そうだ。需要とは、こうした、現場の声から生まれる。
 全ての戦地に、アサルトコアの補修ができる技術があるとは限らない。小指の爪ほどの小国ともなればなおさらだろう。
 その技術を入手すること自体は難しくない。しかし、実際にそれを元に教育を施せる環境を整えることこそが、困難なのかもしれない。
「これは、うちの組の目指すところとは、違うかもしれないけどねぇ」
 加賀崎組の本来の業務は人材派遣だ。
 つまり、技術の遅れた地域にアサルトコア補修技術を教育できる人材を派遣することが、ビジネスになるのでは?
 そのためには、組の抱える人材を教育して……。
「そうか、そうだ……!」
 何のためにライセンサーとなったか。それは、ナイトメアと戦って手柄を上げ、組に凱旋するため。
 しかし、そこに新たなビジネスプランを持ち込むことができれば?
 杏は企画を練るため、足早にバイクを拾いに向かった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼いただきましてありがとうございます。
どんな内容にしようかと色々と悩んだのですが、ステータスシートの設定を掘り下げる方向へと持って行ってみました。
あまりこういったことで悩まないPC様かもしれませんが、もし、RPの一助になれたとしたら、幸いでございます。
おまかせノベル -
追掛二兎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年07月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.