▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Onsen Land SPa計画 』
殺戮機械バーサーカーla2836)&シスター・ジャンヌla2827)& 井木 有佐la0921)&ララ・フォン・ランケla3057)& イネス・F・マリアージュla2824)&DN-08 瑞雲la0348

 ニュージーランド、マルイア・スプリングス。
 国道7号線とマルイア川沿いにあるこの地は、その名の通り水と温泉の源泉が湧き出す場所。
 かつては和風の温泉旅館も建てられ、賑わいを見せていた土地。

 しかし、ニュージーランドがナイトメアに席巻されて以降、ここの温泉で安らぐ人の姿はない。原生林をナイトメアが闊歩する危険な場所になってしまったのだ。

 2059年、SALFはレイクサムナーインソムニアの攻略戦を決行。
 世界各地へ陽動をかけ、ライセンサー達は順調にニュージーランドへ上陸した。
 次の段階として、サムナー湖の近くに侵攻拠点を築くこととなる。

 緊急応急処置機関【UFO】は、進攻拠点としてマルイア・スプリングスを選定。
 西から荒れ果てた国道7号線を歩いてきた【UFO】の面々は、困難な作戦に挑む。



 【UFO】の面々の先頭に立つのは、隊長である殺戮機械バーサーカー(la2836)。
 三本の脚でひび割れたコンクリートを踏みしめ、前進する。

 道の両脇には鬱蒼と木が茂っており、ストームシープの群れが突然現れて奇襲を仕掛けてきたり、フェイントママルズが木の上から弾を投げてきたりする。
 しかしそれも【UFO】の連携があれば何のその。全ての敵をなぎ倒して進攻している。

 そうしてマルイア・スプリングスに到達した彼らは小休止中。
 すぐ近くを流れる川へ、バーサーカーと井木 有佐(la0921)が水を汲みに行く。


「いやー、さすがにお腹空いたねー」

 ララ・フォン・ランケ(la3057)は大きなリュックサックを地面に下ろし、その中から包装されているクラッカーを取り出した。
 次から次へと食べていく。
 燃費が悪いらしい彼女は大食いであり、体を動かした後は栄養補給が欠かせない。

 それを見て、イネス・F・マリアージュ(la2824)は心配そうに少し眉を寄せた。

「ララ様、喉を詰まらせないようにご注意を」

「そうそう、水も飲んだ方がいい」

 そう言いながら、戻ってきた有佐はララにコップに入った水を差し出す。

「ありがとう!」

 元気よく礼を述べたララがごくごくと水を飲むのを、有佐が優しげな顔で見守った。
 空になったララのコップに、ウォータータンクに汲んできた水を注いでやる。
 なお、水を汲む際に浄水装置をくぐらせているため、そのまま飲んでも安全だ。

「はい、イネスくんも」

「ありがとうございます、井木様。――冷たくて美味しいですね」

 静かに微笑むイネスを、有佐はぼうっと見つめた。
 心に何かの感情が湧き上がってくる気がする。

「……井木様はお召し上がりにならないのですか?」

 イネスに不思議そうに尋ねられ、有佐ははっとした。
 慌てたように自分の分のコップに水を注ぎ、一気飲みする。

「いやあ、うん、本当に冷たくて美味しい」

 はははと笑う有佐を、少し離れた場所で休憩しているDN-08 瑞雲(la0348)は目を細めて微笑ましそうに見ていた。

「若いな」

 重々しいバリトンボイスで呟いた瑞雲に対し、シスター・ジャンヌ(la2827)は不思議そうに首をかしげた。
 彼女の手には、家事万能ロボットであるバーサーカーに給仕された水のコップが握られている。


 それから水分補給と軽い食事をして、荷物を片付ける。
 英気を養った【UFO】の面々は、手にそれぞれの武器を取った。

 まずは全員でかつての和風温泉旅館へ歩を進める。

 突如、ストームシープの群れが森の中から【UFO】の側面を突かんと駆け出てくる。
 群れに対し、ララは逆に突撃した。

「いらっしゃいラム肉! 足掛けアターック!」

 すれ違いざま、ララは得物でシープの足を払う。十本もある足を豪快になぎ払って転倒させ、敵の勢いをそいだ。

 ジャンヌは剣を振り回しながら敵中に突撃。大嵐屠で群れ全体を巻きこむ。

「あなた方を許すことはできません! 天罰です!」

「――ビビビッ……『ラム肉』『強火』……」

 バーサーカーの単目から放たれた咲き乱れる赤が大火力でシープを焼く。

 瑞雲は小さな玩具のような体の口を開き、ディープフォースを放つ。
 有佐とイネスによる援護もあり、シープの群れは壊滅した。



 全員でナイトメア討伐を行いながら進んだ【UFO】は和風温泉旅館までたどり着いた。
 ナイトメアに破壊されてはいないようだが、長年人の手が入っていないため自然へ還りつつある。

 ここでメンバーはそれぞれの役割を果たすために分かれ、各自が作業を開始した。


 有佐は人々を受け入れるための施設であるロッジを見て回ることにした。
 手持ちのノートに一つ一つのロッジの評価を記入していく。

「……おや、ここにはもう住民がいるのか」

 壁際に木の枝で組まれた巣が一つ。
 床に空いている穴から入ってきたのだろうか。
 においからすると、現在も使われている巣のようだ。

 有佐はこのロッジを修復対象から除外するようノートにメモした。
 そして、修復対象のロッジそれぞれに必要な処置をまとめ、一軒ずつ直していく。


 イネスも旅館の修復に当たっている。
 担当場所はキッチンと食堂。料理と家事の技能に長ける彼女は、ニュージーランドの人々に美味しい食事を提供する準備を整えていた。

 幸いなことに旅館のキッチンと食堂の状態は良かった。
 さすがに調理器具は経年劣化しているが、すぐに必要な物は持参したし、残りの搬入の手はずは整っている。

 IMDを動力とするポンプで湧き水を汲み上げることで、清らかな水は確保した。

 現在のイネスの仕事はすっかり埃を被った食堂を清潔にすること。
 マスクを付けて、丁寧に掃除していく。
 かつて賑わった旅館が再び安らぎの場所となることを想像しながら。



 ジャンヌと瑞雲は旅館を安全な場所とすべく、国道7号線の東西に関所を設ける作業に当たっている。
 南北が高い山で挟まれているマルイア・スプリングスは、東西からのナイトメア侵入を防げば安全を確保できる。

 白いシスター服に隠された大きな胸を揺らしながら、ジャンヌは一生懸命に木を切った。
 関の建材となるだけでなく、関周辺の視界が良くなることでナイトメアからの奇襲も防げる。

 ただの木ではナイトメアの攻撃を受けるとすぐ壊れてしまうが、木を高く組めば敵へ高所からの先制攻撃が可能になるし、遮蔽として身を隠せば敵はこちらの居場所を掴めない。

「バリケードや落とし穴を作れば、よりナイトメアを足止めできますわ」

 ジャンヌが作成したのは木の杭を打ったバリケードと土を掘った落とし穴。
 瑞雲も何重にもバリケードを作り、ストームシープが引っかかる高さにワイヤーを張り巡らせる。
 敵の足を鈍らせれば、それだけ関にいる味方が一方的に攻撃を加えられる。

 また瑞雲は、敵の接近にいち早く気付けるよう、鳴子を警報装置として周囲に多数設置した。

 二人はどう戦うかを熟考し、訪れるであろうナイトメアへの備えを組み上げていく。



 ララは周辺住民と交渉し旅館まで安全に連れ帰る役割を一手に引き受けている。
 重くても頑張って運んできた資材と周辺の瓦礫や木材を組み合わせ、彼女は簡易なリヤカーを作り上げた。
 現在はそのリヤカーを牽いて、マルイア・スプリングス周辺の森の中を歩いている。

「無料タクシーだよ! 温泉付きの安全圏行きだよー!」

 威勢良く声を上げながら、きっといるであろう生存者を探している。
 ただし、見た目十歳の彼女も立派なライセンサー。
 ナイトメアの気配は見逃さない。

 近くの木の上にフェイントママルズが張り付いているのを見つけた彼女は、烈火の戦斧を担いで全力で走った。
 椰子の実型の弾を投げてくる前に、フェイントママルズが張り付いている木を切り倒す。
 フェイントママルズは木にくっついたまま地面に落下。
 そこに斧でトドメを刺す。
 一仕事終えたララは額の汗を拭った。


 大声を上げて呼びかけ、見つけたナイトメアは倒していたララは、周辺住民の目にとまるのも早かった。
 隠れていた住民の方からララと接触してくる。

「ナイトメアを倒してニュージーランドに平和をもたらすため、わたし達SALFのライセンサーが来たんだよ!」

 ララは満面の笑みでマルイア・スプリングスに安全な拠点を設けていることを説明する。
 その天真爛漫さに、長年周囲を警戒して生きてきた住民達の心も動かされ、ララと共にマルイア・スプリングスの拠点へ行くことに同意した。

「はいはい、乗って乗ってー!」

 リヤカーの荷台に座ってもらい、ララは帰還を開始する。
 運転技術に長けた彼女が引っ張る、快適な陸の旅だ。


 道中、空から大きな音。突然影ができる。
 足を止めたララが見上げると、彼女にとっては見慣れたキャリアー。
 戦時接収救急医療艦、セイバーフィッシュ号だ。
 操縦しているバーサーカーの姿は見えないが、ララは上空へ大きく手を振る。

「大丈夫だよ。あれは美味しい物やよく効くお薬を持って来てくれてるの」

 ララが全く警戒していないため、リヤカーに乗った住民達も落ち着きを取り戻す。
 そして、安心安全に彼らは拠点まで護送された。



 ララの活躍により、周辺住民は拠点へ集まりつつある。
 となると大事になってくるのが、戦うすべを持たない彼らをナイトメアから守ることだ。

 セイバーフィッシュ号により運搬されたアサルトコアの力もあり、関は強固に整えられた。
 それでも関の守りに就くライセンサーは真剣に周囲を警戒している。

 日が沈んで暗くなった関で、ジャンヌは眠そうに目をこすった。
 それを瑞雲は見逃さず、気遣わしげに声をかける。

「汝は旅館に戻ってはどうであろう?」

「い、いえ、大丈夫ですわ」

 いつ来るか分からない敵に警戒を続けていては、精神的に疲労するのは当然。まだ幼さの残る年齢であればなおのこと。
 瑞雲はそう思い、続ける言葉を考える。

「……避難してきた人々の数が増えてきておる。イネス殿が温かい食事を作っておられるが、手が足りない様子。ジャンヌ殿も手伝ってやってはくれぬか?」

「わたしのお手伝いが必要なのでしたら参りますわ。しかしこちらの守りは?」

「なあに、それがしに任せておけ」

 ジャンヌは瑞雲を心配したが、重々しくも優しい声で自信満々に言われたので任せることにし、ややゆったりとした歩みで旅館へ歩いて行った。


 残された瑞雲は、関を守り切るため考えた戦術を実行に移す。
 大きな麒麟のぬいぐるみという外見である瑞雲は、エメラルドグリーンのボディと金色のドレッドヘアをしている。
 室内装飾のふりをするには最適だが野外においては目立つ自身の体。
 瑞雲はその身に泥を擦り付け汚していく。
 そう時間が経たない内に、すっかりくすんだ色合いとなった。

 遠くから鳴子の音。
 1 mに満たない身長の体が、背の高い草の中に沈む。

 静かに草地を前進した瑞雲が様子を窺うと、三体のストームシープが関へと駆けてきている。

(ここから先は人類が日常を取り戻す拠点である。抜かせぬぞ)

 セイクリッドスピアを手に、瑞雲はタイミングを見計らう。
 仕掛けておいたワイヤーにシープが引っかかり、走る勢いがそがれた瞬間。槍から剣撃が飛ぶ。エクストラバッシュがシープ一体のリジェクション・フィールドを突破し傷付ける。
 対処しようとシープは方向転換。攻撃が来た場所へ突進する。
 が、そこにはもう誰もいない。

 別の方向から、今度は瑞雲のディープフォースが放たれる。

 ストームシープはワイヤーやバリケード、落とし穴の妨害を受けて思うように移動できない。
 ゲリラと化した瑞雲は、姿を見せず静かに移動を繰り返し、自分の居場所を悟らせずに攻撃を加え続ける。
 シープ三体はなすすべもなく全滅した。

 【UFO】がマルイア・スプリングスで提供しようとしているものは安全だけではない。衛生もだ。
 ナイトメアから逃げ隠れ、潜伏生活を余儀なくされてきた人々に、安全な拠点で温泉に浸かり身を清めてもらう。そして温かな食事と清潔な衣服、必要ならば医療も提供する。
 それは、人の尊厳を取り戻すもの。
 瑞雲は人々の安らぎを一心に願い、自らは泥の迷彩を纏って関を守るのだ。



 マルイア・スプリングスに平穏な朝が来る。

 決して医療が整っていない環境で生きてきた住民達には、治療を必要としている者が何人もいる。

 主治医であるバーサーカー、人々の心身の調子を総合的に看ている有佐、看護師としての補佐と栄養バランスの取れた食事の準備を担当しているイネスが、一つのテーブルを囲んで朝のミーティングをしている。

「――ビガッビガッビガガッ……『先鋒』『鏖殺』……」

「そうだね隊長、初期対応は終わった」

 有佐は二人にカルテを見せながら、誰にどのような治療が行われたか、現在の経過はどうかを報告する。
 幸い、命に関わるような怪我・病気をしている者はいなかった。

「迅速な処置が必要な方々への対応が終わったのでしたら、次はトリアージで優先順位を次にした方々への対応でしょうか」

 イネスは少し目を伏せながら、食事を提供し会話をして情報収集した、該当者の様子を語る。

「皆様、ここが安全であることは理解してくださっているようです。しかし、長い間警戒を続けて生きてらっしゃったためか、どこかピリピリしていらっしゃいます。夜もぐっすりとは眠れないそうです」

「――シュインシュインシュイン……『不安』『滅殺』……」

「ああ、ここからはいかに人々の心をケアできるかも大事になってくる。俺はロッジへ往診をしながら、そこを重点的にやってみるよ。隊長とイネスくんは、治療室で患者さんへの対応を。時間通りに向かってくれるよう、患者さんには俺から声をかけるから」

「ありがとうございます、井木様。よろしくお願いします」

 イネスが有佐に頭を下げた。
 有佐は照れ臭そうに頬を掻いてから、朝のミーティングの終了宣言をし、白衣を翻しながらロッジへ向かった。

「――ピュアピュアピュア……『初心』『看視』……」

「隊長様?」

 今のバーサーカーの発言が何を意味しているのかイネスにはよく分からなかった。
 しかしミーティングは終わった後であるし医療処置に関することではないのだろう。そう考え、小首をかしげながらもバーサーカーの後に続いて治療室へ向かう。



 ロッジのある部屋の前で、有佐は扉をノックする。

「こんにちは、井木有佐です。お話をしに来ました」

「ゆーすけおにーちゃん!」

 内部から軽やかな足音が近付いてきて、扉が開かれる。
 三歳くらいの少女が和やかな笑顔を有佐に向けた。

「こんにちは、元気そうだね」

「うん、げんき! イネスおねーちゃんやジャンヌおねーちゃんがね、とってもおいしいあさごはんをつくってくれたの!」

「そうか、よかったね」

 部屋の中に入りながら、有佐は少女の頭を撫でようとした。
 が、保護者である中年男性が訝しげな目を向けているため、手を止める。
 有佐は彼にも笑顔を向け、あいさつをする。

「こんにちは、お加減はいかがですか?」

「悪くはない」

 それからも有佐は明るく話しかけるが、男性は短く答えはするものの会話が続かない。
 有佐が座りませんかと言って、三人はロッジ内の机を囲んだ。

「私達は、あなた方と共に歩んでいきたいと願っています」

「ともにあゆむー?」

「一緒に、横に並んで歩こうということだよ」

 なるほどと頷いている少女。
 男性は複雑そうな顔で少女を見ながら、口を開いた。

「あんたらにオレらのことが分かるものか」

「……生きることが危うくなると、何の為に生きるかが判らなくなりますよね。俺にも少しは分かります」

 有佐の真摯な目は、嘘をついているようには見えない。

「あなたのためにも、この子のためにも、今は『人心地』つきませんか。温泉に入ると心も体も温まりますよ。どうぞお二人でゆっくり湯に浸かってきてください」

「おんせん! あたたかいおみず!」

 ナイトメア侵攻前のマルイア・スプリングスについて大人から聞いたことがあった少女は温泉に興味津々だ。
 しかし保護者がこのロッジに閉じこもっていたため、まだ入れていないようだ。

「……分かった」

 重い腰を上げた男性に、少女もきゃっきゃと喜ぶ。
 そんな二人を温泉施設まで送りながら、有佐の顔にも自然と笑みが浮かんだ。



 時は少し流れ、昼下がり。
 温泉に入る人が少ない時間を見計らい、ララとジャンヌが女湯にやって来た。

「今なら温泉貸し切りだよ、ジャンヌちゃん!」

「待ってください、ララ様……」

 目がやや悪いジャンヌは、ララの後をぴったりついて行く。

 身長が80 cmしかない小さなララは、若木のように真っ直ぐですらりとした手足を大きく動かして歩く。温泉でゆっくりできるのが嬉しいようだ。

 まだ少女と表現する範囲内にあるジャンヌの体は、その幼さに似合わぬ曲線美を誇っている。
 俯きがちに彼女が歩く度に、両手で押さえているにもかかわらず豊満な胸が揺れた。

 かけ湯をして体の汚れを落としてから、二人仲良く温泉に入る。

「……おー」

 ララが不思議がっているような、感心しているような声を上げる。
 ジャンヌがララの視線を追うと、その先には湯に浮いているジャンヌの双球。
 コンプレックスである身体部位をまじまじと見られ、ジャンヌは恥ずかしさのあまり肩までお湯に浸かった。

「のぼせちゃうよ?」

「へ、平気です!」

 ララが心配そうに声をかけるが、ジャンヌは赤くなった顔を横に振る。

 結果としてのぼせたジャンヌをララが更衣室まで運び、イネスが少々看護することになった。



 和風旅館温泉宿での一日は穏やかに過ぎ、夜が更けていく。
 セイバーフィッシュ号から電力を引いているが浪費はできないし、ニュージーランドの住民は日の出と共に起き、日の入りと共に眠る生活に慣れているため、辺りは暗く静かだ。

 そんな静謐な夜、旅館の一室には明かりが灯っている。
 治療室の近く、朝に医療チームがミーティングを行っていた部屋だ。

 有佐が一人で机に向き合い、ここに避難している人々のカルテに書き込みをしている。
 直接話して気付いたことを忘れず、他のメンバーにも共有するため、丁寧に一つ一つ記していく。

「井木様、遅くまでお疲れ様です」

 集中していた有佐は、イネスが近くまで来たことに気付いていなかった。
 顔を上げると、温かいコーヒーを机に置いたイネスと目が合う。

「あ、ありがとう、イネスくん」

 照れ臭さと嬉しさから目を逸らしつつ、有佐はコーヒーを飲む。
 疲れた体にもう少し働くエネルギーが湧いてくるのは、カフェインだけの効果ではないだろう。

 有佐の隣の椅子に腰掛けたイネスがサポートをしたこともあって、有佐の作業はすぐに終わった。

「感謝するよ。一人でやるよりも早く終わった」

「井木様は皆様がここで幸せに暮らせるよう、努力なさっています。そんな井木様のお役に立てて嬉しいです」

 イネスは月のように穏やかに微笑む。
 しかし有佐は、まるで痛みを感じているように苦しげに顔をゆがめた。
 心配そうなイネスの視線で、有佐は自分がひどい顔をしていることに気付く。
 彼はコーヒーの最後の一口を飲み終えると、空になったコーヒーカップに視線を落としたまま口を開いた。

「少し……いいかな」

「はい」

 イネスから肯定の返事をもらい、有佐は話し出す。

「俺には……親友が居たんだ。共に科学の道を目指すライバルで……俺を庇って、目の前で死んだ」

 イネスは小さく息をのんだ。
 苦しそうな顔をしている彼を見て、自然とイネスの白い両手が有佐の手に重ねられる。

「その時……俺……泣かなかったんだ。凄く冷静になって、ああ、じゃあ、ちゃんと逃げなきゃ、って」

 俯いたまま、有佐はぽつりぽつりと過去を告白する。
 イネスは彼の手を取ったまま、真っ直ぐに有佐を見ていた。
 口を挟まず、真摯に耳を傾ける。

「時々自分が分からなくなる。人を幸せに、なんて、こんな俺が……。
 ……ごめん。でも、君には……話しておきたかったんだ。……もし、こんな俺でも、君が……!」

 大事なことを言おうと、有佐は顔を上げた。
 だがそこでイネスの静かな目と視線が合い、言おうとした言葉が喉に詰まってしまう。

「い、いや、急にごめん。困るなら忘れてくれ」

 今は去ろう。有佐はそう考えて立ち上がろうとした。
 しかし、ようやく自分の両手がイネスの綺麗な手で包まれていることに気付き、動けなくなる。

「井木様、わたくしは井木様と逢えて。とても嬉しく思います……」

 穏やかな声が有佐の耳に届く。
 手を通じて彼女のぬくもりが伝わる。

「わたくしの、心の隙間に井木様……有佐様がおられますの……」

 目を向ければ、イネスは静かな微笑みを浮かべている。
 その頬が赤くなっているように見えるのは、光の加減のせいなのか、それとも……。

「浅ましいかもしれません。ご親友の方に悪いかもしれません。……でも、有佐様が生きてくださって。よかったと思います……」

 有佐が自分の心を告げたように、イネスも自分の心を偽らずに告げる。

 あなた一人だけでも生き残ってくれてよかった。それはこれまで何度も有佐に向けられた言葉だ。
 その言葉を聞く度に、自分がひどく冷静に逃げたことを思い出させられた。
 しかし、イネスが今告げた言葉は、彼にこれまでと違う感情を呼び起こす。

「……この気持ちが何か、わたくしには判りません……有佐様、教えてくださいませ……」

 イネスは自分の心の底から湧き上がる衝動のまま、立ち上がって有佐に抱きついた。
 体全体を通じてお互いのぬくもりが伝わりあう。

「イネスくん……もし君が……君も……」

 有佐はゆっくりと立ち上がり、恐る恐る彼女の背中に腕を回す。
 力をこめたら折れてしまいそうなほど細い体が、有佐に身を預けてくる。

 壊してしまわぬように、有佐はそっとイネスの肩を掴んで少し距離を開けた。
 有佐の真剣な目と、イネスの潤んでいる目の視線が絡む。

 そして、二人の間の距離は再びゼロになった。



 マルイア・スプリングスの和風温泉旅館は、人々に癒やしを与えている。
 安全で衣食住も医療も整備された拠点は、ニュージーランドで苦境にあった人々に安らぎをもたらす。
 ライセンサー達の願いもまた、この地で優しく育まれていった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 【OL】SP2のご活躍をノベライズするというこのノベル、いかがでしたでしょうか。
 個人的には、有佐さんとイネスさんがぎゅっと抱きあってくださって満足しています。
 何かございましたら、リテイクの申請をお待ちしております。
イベントノベル(パーティ) -
錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年07月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.