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『偶然は必然になった 』
鈴木 悠司la0706)&ロジー・ビィla1006

 階段を駆け上って、無機質で飾り気のない扉の前に立つと緊張するようになった。また偶然同じ出来事が起こりやしないか、そんな期待は毎度裏切られるだけだが。不自然に十秒ばかり立ち止まった後、鈴木 悠司(la0706)はドアノブを回して敷居を跨ぎ、屋上にある喫煙所へと踏み入った。先客はいない。――あの女性も含め。それを確認するとそっと落胆の息が零れる。ベンチに座り空を仰いだ。
 元々たまに来ていたが、最近は明らかに頻度が高くなった。目当てはいうまでもなく、先日此処に来た時にすれ違った女の人だ。
(思い出は誇張されるけど、綺麗だったなぁ……)
 お互いに一言謝っただけで目を合わせる間すらなかったが、だから尚更かも知れない、時間が経った今でも鮮烈に悠司の意識に留まっている。何と思われてもいいから声をかければよかったと日毎に後悔は募って。今度会ったら、会えたら必ず声を掛けようとその日が来るのを楽しみにしながら此処に通うのが日課になってきている。とはいえど場所の性質上、いるのはせいぜい小一時間程度だ。今日に至るまで空振りで、他の人と少し話すこともあれば自販機で飲み物を買い、ベンチでただのんびりしているだけの事もある。今もあまり気乗りはしないが手癖で煙草に火を点けた。通っていても吸う本数はいつも通り。立ち昇る煙に彼女はどんな銘柄を吸うんだろうと考える。
(喋ってみたいしなぁ……まあ、ナンパみたいなものだし、ナンパと思われていいんだけど)
 下心はないが綺麗だなと思うのは事実で、もう一度会いたいし話したい、あわよくば此処にいる間だけでいいから、時々待ち合わせる程度の繋がりを持てたらなと願ってしまう。今日も徒労に終わるが、次はいつ来れるだろうと明日の予定を思い浮かべたところで丁度、扉が開いた。

 最近あの喫煙所に行くのがとても楽しい。
(ワクワクってこんな気持ちを云うのでしょうか)
 当ての無い旅人であり、過去の記憶を失っているロジー・ビィ(la1006)には理屈は分かれどもあまり馴染みのない感覚だった。自ら働きかける事といえば喫煙所に赴く行為だけで、もしかしたら彼も同じ気持ちでいるのではないか、そう思いはするものの確証はなくて、だからこそそうであったなら嬉しいとより期待が高まるのだろう。人生の楽しみ方が上手いとこの世界で知り合った人に言われた事がある。ロジー自身もその通りだと思った。
 あの時すれ違っただけの彼。けれどその一瞬の邂逅の間、心の何処かが「何か」に触れた……気がした。横を通り過ぎる際に見た顔に断片的な記憶の面影があるような無いような。あると確信を持っていえれば必死になって探していたかもしれない。ただもしも偶然にまた出会えたら、それは自らの過去に関係がなくとも何か大きな意味を成すのだろう。
(何故、何故……あんなに自然に心からの笑顔が出たのでしょう)
 何か面白い話をしただとか、一緒にいても気兼ねする状況がなかっただとか、人となりを知った上で好意的に感じるなら分かる。しかしあの時は目も合わず、交わしたのもただ一言。なのに落ち着いて振り返れば扉が閉まるところで、わざわざ引き返さずともすぐに会えるだろうという根拠のない予感から、こうして現在になるわけだが。名前も知らない彼に会いたいという願いは、不思議な高揚を抱かせロジーの足を喫煙所に運ばせる。今日こそはと思いつつドアを開くと、あの日と同じ突き抜けるような空の下、それよりも爽やかな青を纏った彼の何処かあどけない瞳と視線が重なった。

 驚きのあまり、唇からぽろっと零れ落ちた煙草を慌ててキャッチする。火のついた先端にじかに触ってはいないものの、皮膚を掠めるだけで感じた慣れている筈の熱にわわわ、と情けない声が出た。
「まあ、大変!」
 口元を押さえて目を丸くするというやや大仰な仕草に反して、彼女の動きはてきぱきとしていた。会えたら何を話そう、と脳内で繰り返しシミュレートした第一声は無常にも言えずじまいに終わる。心配そうな顔をした彼女が目の前で座り込もうとするのを見て、慌てて身体を横にずらし、一人だからと占領していたベンチに女性が入れるだけのスペースを確保した。たおやかな手が悠司の腕をそっと取り、何処を掠ったのかまでは分からなかったのだろう、手のひらから指先まで撫でるように触れるのが擽ったい。以前すれ違った時と変わらない距離の近さで見る大粒のエメラルドのような綺麗な瞳、ふわりと漂う何かの花の香り。悠司の脳裏に白薔薇が思い浮かんだ。姪っ子の誕生日にピンクの薔薇の花束を買った。その際に抱いた人のイメージと彼女がダブって見えて、
「良かった、火傷はしていなさそうですわ」
 その言葉に幻は消えた。髪も肌も上着も白い人だ、おまけに少し視線を彷徨わせれば首元や腰にまさしく白薔薇の意匠が見える。動悸が加速するのを自覚しながら離れる繊手を見るのをやめて口を開く。
「びっくりさせてごめん、全っ然大丈夫! 心配してくれてありがとね。……えーっと、名前、訊いてもいい?」
「そう、あたしたち自己紹介もまだでしたわね。ロジー・ビィと申しますわ。貴方は何と仰いますの?」
「俺は鈴木悠司だよ」
「悠司……何故だか解りませんが、とても懐かしい……いい名前ですわ」
 綺麗な瞳が瞼の奥に覆い隠され、感慨深げに呟く声に訳も分からず好感を抱く。諦めを覚えるほど長い期間が空いたわけではないのだが、今日も駄目だったかと諦めていたところでずっと待ち焦がれていた相手と逢えて、嬉しさと驚きについ、先に名乗るという常識を忘れていた。彼女の――ロジーの唇が紡ぐ自分の名前に、幾度目かも曖昧な既視感を覚える。
「俺もロジーって呼んでもいいかな?」
「勿論、大歓迎ですわ! ……と、危ないですわよ?」
「あぁ、忘れてた!」
 小首を傾げてロジーが見るのは悠司の手元で、ろくに吸わないまま溜まった灰を脇の吸い殻入れに落とせばすっかり短くなった。一言断りを入れてからロジーも煙草の箱を取り出して、慣れた仕草で一連の動作を行なう。話してみれば人形のような印象は消えて、それでも自分とは住む世界が違うと思わせるお嬢様然とした気品を感じる、のだが彼女が煙草を吸う姿は様になっていた。ちらっと箱に書かれたロゴを覗いてみるが、さすがに銘柄は違う。この時を楽しみに待っていたものの、実際に会うと何と話しかけて何を話せばいいのか迷った。
(それに静かに吸いたいタイプかもだし……)
 と、煙草を咥えていないのに黙ったままロジーの方を見ていたせいか、彼女と不意に目が合い咄嗟に言った。
「俺は最近ここに通うようになったんだけど、ロジーもよく来てるの?」
「そうですわね……喫煙所というとどうしても狭い所に押し込められて、通りがかりの方にも嫌な顔をされるでしょう? 此処ならそういう心配はありませんから、気楽で良いですわね」
「あー、分かるそれ」
「やっぱり考えることは同じですわね!」
 紫煙を燻らせて微笑む、愛煙家同士の距離感が心地いい。
「迷惑をかける人が多い趣味だから仕方ないんだけどねぇ」
「極少数の方ではありますが……こうして今、あたしと悠司が出会えたのも煙草のお陰ですわ」
 狭いコミュニティだが共通項は喫煙者という一点のみで、他はてんでばらばらなことが多い。ライセンサーとしての仕事はまた別としてボーカルの方はほぼ固定のバンドで活動しているのもあって、全く縁のない業種の話が聞けるのはいい刺激になった。
「だね。……ロジーは他にも趣味とかある?」
「……強いて言うなら何でも、でしょうか?」
「何でも?」
「あたし、記憶があまりありませんの」
 事も無げに告げられた内容に思わず「えっ」と声が出た。正面に向き直るロジーの横顔に悲壮感など欠片も感じられず、言葉を探すように視線が左右に揺れた後、まっすぐにこちらを見返してきて思わず鼓動が跳ね上がった。
「憶えているのは名前も分からない誰かと一緒にいたことくらいですわ。それに、俗に放浪者と呼ばれている立場なので、その誰かと巡り合う可能性もきっと少ないでしょうね」
 ですが、とロジーは言葉を継ぐ。
「目に見える物も出会う人も体験する殆どが初めてですの。ですからこれも人生のスパイスだと思って楽しんでいますわ。煙草の他には食事やお酒も好きですわね。動物と戯れるのも花を育てるのも良いですわ」
 品位のある微笑みが子供のように無邪気で快活な笑顔へと変わる。
「悠司の趣味も訊いてもよくて?」
 言うと、煙草を咥えてロジーが耳を傾ける態勢を取るのが分かる。そういえば言っていなかったと気付きつつも、煙を吐ききって少し考えてから答えた。
「俺は音楽が好きだよ。聴く方は勉強に近くって、一応……歌うのが本職。それだけじゃ食べてけないんだけどね、でもすごい楽しくやってる」
「素敵ですわね」
 言葉が途切れると一旦吸うのをやめて応えてくれるのが嬉しいような申し訳ないような。
(ナンパは下手ではないと思うんだけどねぇ……)
 普段の饒舌さは何処へやら、上手く話題を繋げられない。反応に困るような話は避けて、一人で喋り倒さず適度に相手にも話を振る。嘘をつくのは苦手だが、口は結構回る方だと自負している。すぐ親しくなりたいと焦ってはいない。例えば連絡先を交換しないまま別れたとしても三度ここで会える気がするとむしろ前向きに捉えている。
 多分お互いに元気な人と分類されるタイプだと思う。自分のことは自分が一番よく知っているし、ロジーも先程の記憶喪失に対する意識からしても明らかだ。似た者同士、けれど反発し合うことなく上手く噛み合いそうな予感がある。
 ――ただ、青空の下で見るロジーは綺麗で不思議で……何処か近寄り難くも感じるのだ。それは物理的な距離より気持ちの面が強い。話を振ったのはこちらなのに知れば知るほど近付くのに躊躇が生まれた。……そして何故だか彼女の笑顔の前だと、ひどく後ろ暗いものを覚える。何とも表現し難い感情だ。この気持ちの正体が、少しは気になるけれど。
「気持ちがいいよね」
「え?」
「一面綺麗な青色で、透き通ってるっていうか……眩しいより爽やかな感じだから気持ちいいなーって」
 青空の下で煙草を吸う男女二人、知り合ったばかりで友情も恋愛感情も感じるにはまだ遠い繋がりだ。それでも会えた事が嬉しくて、煙草と会話、どちらか一方に傾く事なく沈黙すらも楽しめる不思議な時間は居心地が良かった。ゆっくりと煙を吸い、そっと吐き出す。目を閉じているとロジーの声が聞こえた。

「――悠司の笑顔のようなお天気、ですわね!」
 頭上を仰いでいた彼の頭がこちらを向き、未成年にも見える丸い瞳を瞬かせる。
「そ、そうかな? そんな風に言われたの、初めてかも!」
 あはは、と笑う悠司の表情には見ている者も笑顔になる魔法がかけられている。空を見ていた時は少し曇っているように感じたのが、今は口にした通りの快晴に似た笑みに戻っていた。
 煙草や趣味に空模様とこうして二人、ゆっくりと紫煙を揺らめかせながら話しているだけなのに。彼が放つ優しくて明るい空気と笑顔の中に居られるだけで、心からの笑顔とワクワクと嬉しさと……そして、少しの哀しみを抱く。悠司に対して厭うところなど何一つないのに、何故だろう。何処か相棒の犬を思わせる仕草で目を閉じ、太陽を浴びる悠司の横顔を見て、聴こえないように呟いてみる。
「……悠司。貴方は、誰」
 その笑顔の中に隠れている「何か」、そして哀しみ。この出会いと悠司にまつわる全てが不思議で仕方ない。知っても後悔はしない。だから。
「ねぇ、また会える?」
 煙を掻き消すような笑顔をほんの少し不安げに歪ませて悠司が問いかけてくる。答えるのに時間など必要なかった。
「ええ、勿論ですわ! 悠司が望むのならば……何度でも、ここではない所でも。また会いましょう!」
 鏡がなくとも今自分が満面の笑みを浮かべているのが分かる。煙草を持っていない方の手を差し出せば悠司はそこに視線を落として、すぐに握り返してくる。温かくて大きくて――何故か恋しい。
 良かった、と安堵の色を浮かべると悠司はまた何か別の話題を探し始める。そうしてじきに紡がれる彼のよく通る声に耳を傾けながらロジーは自分と彼、二つの紫煙が混じり合うのを眺めていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
早速お二人の出会いを書かせていただけてすごく嬉しかったです!
話の中でも引用させていただいたようにお二人とも明るく元気な
タイプなので暗くはならず、少し不思議程度に収めたつもりです。
今度どう関係が続いていくのかは判りませんが、
とても微笑ましい今の感じが好きなので紆余曲折あったとしても
丸く収まるといいなぁ。と、勝手に思ってしまっていたりします。
(活かせない自分の至らなさにぐぬぬとなってましたが、
 情報はあればあるほど助かりますし、興味深いです!)
今回は本当にありがとうございました!
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2019年07月22日

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