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『灯籠アパート1111室&604号室 〜常なりの底〜 』
ロベリア・李ka4206)&白藤ka3768


 当たり前の挨拶を当たり前のように言えるって、本当はとても素晴らしいことなのでしょうね。

 おはよう。
 いただきます。
 こんにちは。
 ごちそうさま。
 さようなら。
 おやすみなさい――。

 日常は何時だって非なるものへと顔色を変えるから。

 ……だからかしら。
 この世界の“あんた”を見ていると、ほんと――……ふふ。

 まあ、何にせよ、大丈夫よ。
 あんたの、あんた達の日常はこれからも壊させやしないんだから。



**



 視界良好。
 今日も絶好の海底クルージング日和ね。

 獲ってよし。作ってよし。
 食べてよし。眠ってよし。

 私、ロベリア・李(ka4206)の自慢のたい焼きくん――って言い方は少なからず語弊を生むかもしれないから、そうね……まあ、マンボウの潜水艦でいいかしら。まんまとか言わないで頂戴よ。だって……まんまなんだから。出入口も口からだしね。そう言えばこの子、数日前、金魚鉢のガラス面に口から衝突してタラコ唇になってたのよね。死神のシュヴァルツ(kz0266)から貰った薬が効いてよかったわ。

「えーと、潜水日誌潜水日誌はっと……あら? 確か昨日ここに……――」

 ……ああ、そうだったわ。昨夜、シュヴァルツの手料理に感化されちゃって、らしくなく料理本なんか開いちゃったのよね。いえ、感化というよりも……何かしら、対抗心?

 日誌に積まれていた“綱渡りしながらでも出来る料理本”を手に取り、ぱらぱらと捲った。

「しっかし、世の恋する女性って大変ね。料理する度こんな呪文みたいな文章解読してんのかしら。調味料とか何であんなに種類あるのよ。最悪、塩さえあれば何とかならない?」

 ……とか言っている時点で私に料理する資格なんてないのかもね。

 私は手にしていた料理本をぱんぱんに詰まった卓上の棚へ押し込むと、レザーの日誌帳に指を滑らせ、栞の紐を引き上げた。

「海底クルージング3日目。たい焼きくんのバイタルは――……」

 朝の日課を罫線に走らせて数分、私が最後の一行を書き終えた時、伝声管から馴染みのある声が響いてきた。

『ロベリア、おる?』
「ええ」
『朝ご飯もう出来るよって、切りのいいとこで下来てな』
「わかったわ」

 ふふ、切りのいいところも何も、まるで見計らったかのようなタイミングね。

 私は白藤(ka3768)へ応えると、日誌帳を閉じて操縦室を後にした。
 狭い階段を下りて右へ抜けると、漂ってきたのはお出汁の良い香り。

「朝食は和食かしら」

 そう言えば、昨日の朝は白亜(kz0237)が作ってくれたのよね。エッグベネディクトなんて……白藤にせがまれて入ったカフェでしか食べたことなかったわよ。最近の男って何でこうも器用なのかしら。いえ、最近のってよりも――

 そんなことを考えながら客間へ入ると、

「よう、おはようさん」

 私の周りの器用人その1,シュヴァルツが私に気づいてひらりと手を振ってくる。

「おはよう。早かったのね」

 ソファに座っていたシュヴァルツと挨拶を交わして、私は何時もの定位置に――っと、その前に手伝いは……、……ん、必要ないみたいね。思わず浮かんだ笑みを吐息で漏らしながら私が腰を下ろすと同時、隣のキッチンからトレーを持った白藤と白亜が食事を運んできた。

「お待たせや! 味は白亜のお墨付きやで♪」

 食卓に並べられた彩りの綺麗な和朝食に、空腹が刺激される。

「へえ、美味しそうじゃない。いただくわ」

 私はいの一番に汁椀を手に取り、湯気立つ味噌汁を啜った。……?

「あら、白味噌?」
「ん、たまにはえぇやろ?」
「珍しいじゃない。最近は専ら辛口の味噌選んでたくせに」
「あー……まあ、ほら、たまにはえぇやろ?」
「何よそのリピート」

 言いつつ、何となく察しはついていたんだけどね。

「そういやお前、白味噌好きだったよな?」
「ああ」

 白亜は手許の白米に落としていた視線をふっと正面の白藤へ向けると、お得意のキラースマイルを浮かべた。

「ありがとう、俺の好みに合わせてくれたんだな」

 ……無自覚な分、ある意味タチが悪いのよね。

 案の定、白藤は「……別に」と開いた口へ白米を詰め込んで“わざと”口ごもる。バレバレよ、あんた。そう語る私の視線に気づいたのか、白藤が恨めしい横目を寄越してきたので、ここは素知らぬ顔をするのが吉ね。

「この鰆、昨日李が釣ったやつだろ?」
「ええ。時期的に旬じゃないからどうかと思ったんだけど、案外脂がのってて美味しいわね。どう? シュヴァルツ。死神のメス磨いてる暇があったらあんたもやってみない?」
「誘ってんのか挑発してんのかどっちなんだよ。まあ、いいぜ。その代わり、お前のメンテが先だかんな?」
「わかってるわよ」

 ほんと、私以上に保護者気質なんだから。――って、

「……何よ、白藤。言いたいことでもあるの?」

 白藤が先程とは違う種類の恨みがましい視線で射抜いてくる。

「……うちも、行く」
「あんたが来てどうするのよ」
「……ロベリアに悪い虫がついたらうちが叩かなあかん」
「は? 全く……何の心配してるのやら。そもそも、初日にデートデートってはしゃいでたのは何処の吸血姫よ。そう言えばあんた、ブライダル展示会でもそんな風にはしゃいでたわね」
「Σそっ……!? れ、は……あー、ほら、あれや! うちとロベリア、らぶらぶやん? もうめっちゃ愛し合っとるやん?」

 と、白藤が上半身ごと私の無機質な腕に抱き付いてくる。
 百歩譲って否定はしないであげるけど……苦し紛れに聞こえるわよ、白藤。

「おーおー、見せつけてくれるじゃねーの。まあ、オレらも夕べは楽しんだよな」
「ああ」

 ――……ッ!!?

 ちょっ、と……もう、味噌汁吹き出すところだったじゃない。



 バシャーーーーーンッッ!!!



「――あ」

 何かしら、今の。
 白藤の手がカルタ取りの如く動いた瞬間、味噌汁が宙を舞ってシュヴァルツに直撃したように見えたんだけど。

「Σあっちぃ!? おまっ、誰がオレの白衣に味噌汁食わせろっつったよ! 海水ひっかけて泣かすぞコラァ!」
「やれるもんならやってみぃ! 逆さん血抜きして海の藻屑にしたるわ!」
「おー、こえぇ。つーかよ、お前にとって海の塩は聖水みてぇなモンなんだろ? 苦手なくせによく海ん中潜れたな」
「そ、れは……たい焼きちゃんやから……」

 ごめんなさい、白藤。よく分からないわ。



 尚も言い合いをする二人を余所に、白亜が何食わぬ顔で食事を続けていた。

「……ねえ、白亜。さっきシュヴァルツが言ってた“夕べ”のって……」
「ん? ああ、チェスだが」



 …………。




 ああああぁぁぁやってもうたぁぁぁ〜〜〜〜〜……。



 本日二度目のシャワー室から重い足(物量的にやないで)を引き摺り出したうちは、手近にあったバスタオルを鷲掴んで、濡れ髪ごと頭をわしゃわしゃと拭いた。

「シュヴァルツの所為で年甲斐もなくムキになってもうたやん……まあ、挑発んのったうちも悪いんやけど。はああぁ……彼の前でとかほんま、やらかしてもうたわぁ……」

 ……まあ、彼は毛ほども気にしとらんやろうけど。

「あー、喉渇いた。キッチン行こ」

 うちは黒のキャミソールワンピをすとんと身体へ落とすと、ヒールサンダルを足に引っ掛けてシャワー室を後にした。
 かっつんかっつん気抜けた音を鳴らしながらキッチンへ向かうと――



「味噌汁は洗い流せたか?」



 なんっ、で……おるんや。

「? 白藤?」
「ふぁ? あ、ああ、綺麗さっぱりしてきたよって」

 うちの上擦った声にやろうか、白亜は一瞬喉を鳴らして微笑むと、目線を調理中の手許へ戻した。……なんちゅう不意打ち食らわしてくるんや。シュヴァルツに味噌汁の飛沫引っ掛けられたん頭からすっぽ抜けてもうたわ。

 うちは冷蔵庫からブラッディ・マリーもどきネーブルオレンジ味を取り出すと、それをちゅーちゅー横目に白亜を見る。

「何切っとるん? 桃?」
「ああ。軽食用に桃のレアチーズケーキ、後は食後のドルチェにコンポートを作ろうと思っているんだが……食べてくれるか?」
「そんなん聞くまでもないやろ? 食べ過ぎひんように気ぃつけるわぁ♪」

 うちは猫娘みたいに八重歯を覗かせて笑った。
 ちゅうか、うちの場合ものほんのヴァンパイアティースやけど、もっぱらパックの血ぃやもんなぁ。

 ……たまには、



「白藤、噛んでくれないか?」

 かん……? 



 Σ―――――ッッッ!!?



 なんっ、なんっ……ほんまなんなんこのタイミングでエスパーなんかあかんあかんあかん顔あっつ!!!

 そんなうちの反応とは反面、白亜は心底不思議そうな眼差しでうちを見つめながら、

「砂糖が切れたんだ。袋に穴を開けて欲しいんだが……どうかしたか?」

 未開封の砂糖袋に視線を移してうちに示した。

 ……。
 ……。
 勘違いしたうち、悪ぅないよな?

「……貸しぃ」

 うちは半ばヤケ気味に袋の端に牙を引っ掛け、千切った。



 甘っ。




 春先に出来た病室兼“メンテナンス室”で私の腕の調整も無事に終わり、私とシュヴァルツは魚雷発射スポットへ向かった。……兼、釣りスポットね。

「なあ」
「何よ」
「潜水艦の中で釣りが楽しめるんはいいんだけどよ」
「海上じゃないのにどうして水が入って来ないか、とかそんなこと聞かないで頂戴よ。暗黙なさい」
「いや……釣りっつーからこう、フィッシング的なアレかと思ってたんだが……」

 シュヴァルツの両手がキャスティングを真似る。

「これってワカサギ釣りだよな」
「釣り方はね。しょうが無かったのよ、構造上。ワカサギ以外もちゃんと釣れるから安心しなさい。そう言えばここ最近、幽霊魚が出るって話を聞いたわよ」
「へえ、大物か?」
「らしいわ。今回新しい武器も積んだことだし、この後探してみない?」
「別に構わねぇが……白藤には声かけなくていいのか?」
「え?」

 私は反射的に意外な声を上げたけど、すぐに苦笑を零して察する。

「何、気づいてたの?」
「昨日今日会った仲じゃねぇからな」

 みなまで言わないシュヴァルツは相変わらず空気を読むのが上手いわね。

 雨が降る度に物憂げで、気怠そうに遠くを見据える吸血姫。強がりで意地っ張りで、けど……誰よりも臆病で甘えたがりなのかもしれないわ。本当、手のかかる“妹”よね。この世界でも目が離せないんだもの。
 でも……そうね。前ほどではないのかしら。
 環境、心境、巡り会い――。恵まれた日常に、慕う仲間に、あの子は救われている。

「……あの子だけじゃないけどね」
「あ?」
「いいえ、気にしないで。それよりもシュヴァルツ、あんたの浮き、引いてるわよ」
「お、おお? オイオイオイ、結構強ぇぜこの引き、マジ魚か? さっき言ってたゴーストフィッシュじゃねぇだろうな」
「何よ、怖じ気づいたの? いいじゃない、その場その場の成り行き任せ――忙しないけど私達らしいわ」










 この世界は、その瞬間を楽しむもの。

「海底クルージングはまだ始まったばかりよ。でしょ?」



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております、ライターの愁水です。
たい焼きくんDE海底クルージングノベル、お届け致します。

灯籠アパートでのご発注、誠にありがとうございました。
当初はクルージングの7日間を1日1日に分けて書く予定だったのですが、1つ1つのシーンを密に書きたいというのがあり、かなり絞っての描写とさせて頂きました。テーマはご依頼通り、“日常”を意識しております。
又、お任せ頂いたシーンは申し訳ありません。当方の趣味ということで、僅かでもお楽しみ頂けたら幸いです。
魔腕を奮うロベリア姐さんや、死神にSっぷりを発揮する吸血姫さんも書きたかったのですが、お許しを頂戴しなければいけない件かと思い堪えました←

依頼でもノベルでも、どの“世界”でも、何時もお二方の絆が本当に美しく、今回はその部分にも焦点を当てさせて頂いております。
変わらない関係、変わらない言葉、当たり前の“今”を、これからもお二人らしく過ごして下さい。

平素より貴いご縁、此度のご依頼、ありがとうございました。
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2019年07月22日

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