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『神罰と同義(5) 』
白鳥・瑞科8402

 いつかの拠点の廊下。先輩、と親しげに白鳥・瑞科(8402)を呼ぶ声がする。
 最近入ってきたばかりの新人シスターである少女は、瑞科の事をうっとりとした瞳で見つめていた。その視線には、誰もの憧れの的である瑞科への尊敬の念がこもっている。
 かつて瑞科に助けてもらった事がある、とまるで宝物を見せるようにどぎまぎとした様子で、少女は話す。初恋を語るかのように、彼女は瑞科との出来事を大切そうに口にする。純粋無垢で、愛らしい姿。
(けれど、その奥にある下卑た本性は隠せませんわ)
 だが、瑞科は初めて会った時から、自分を慕うその後輩の事を疑っていた。瑞科に憧れを抱かない後輩シスターは存在せず、同期や先輩であろうとも瑞科の事は高みにいる人物として羨望を抱いた瞳で見てくるのはもはや当たり前の事だ。その後輩も他のシスター達と、はたから見れば同じようにしか見えない。
 ――だからこそ、引っかかったのだ。瑞科を盲目的に尊敬するその視線は、瑞科がピンチを救った時に一層強くなってもおかしくはなかったというのに、彼女から注がれる視線の強さは初めて会った時のものとさして変わってはいなかった。
 後輩にとって宝物であるはずの瑞科とのエピソードは、その実彼女の心境に大した変化を与えていないのだ。
(まるで、他の者を見て猿真似をしているかのような、滑稽な演技ですわね)
 恐らく、この後輩の正体は悪魔。何かを企み、この組織へと入り込んでいるのだろう。
 そこまで瑞科は予想していたが、敢えて後輩の事はしばらく泳がせる事に決めた。
 彼女の目的を知り、後輩の関係している組織もろともせん滅しようとしていたのだ。
(以前、任務で悪魔を倒せずに困っていらしたのにも、納得ですわ。仲間だから手出しを出来なかったわけですわね)
 目の前で仲間を倒す瑞科を見て、後輩は何を思ったのだろうか。瑞科にとっては、さして興味もない事だが。
 シスターに化けた大悪魔は、その尻尾を想定よりも早く見せてきた。恐らく、最近悪魔を討伐する任務が増え対処出来なくなったせいもあるのだろう。
 大悪魔は、「教会」に潜り込み情報を集め、配下の悪魔達と共に「教会」を倒し世界を征服しようと目論んでいたようだ。
 悪魔にとっての最大の不幸は、敵に瑞科がいた事に違いない。彼女を敵に回した時点で、勝機がなくなった事に大悪魔も気付いていただろう。なにせ、すぐ近くで瑞科の力を見てきたのだ。
 魅力的な身体を揺らし戦場を駆け、揺れるスカートの隙間から僅かに覗く太ももは人々の視線をさらう。任務中はもちろんの事、たとえ訓練中であろうが気を抜く事はなく、一切に無駄のない華麗な動きで舞う聖女。
 見れば見る程美しく、それでいて強い瑞科に恐れをなした大悪魔は、早急に瑞科を排除しなければならないと考えた。だから、陽動作戦で瑞科をおびき出している内に、より強大な悪魔を召喚するための儀式を行おうとしていたのだ。
 結局、それすらも失敗に終わってしまったが。

 眼前にいる後輩の姿を、今一度瑞科は見やる。憎々しげに歪められた相手の顔が、更に醜く形を変えた。ギラギラと異常な程に光る瞳は、もはや人のそれではなく、顔は狂気で塗りつぶされる。発せられる声も、人の声帯では不可能な程に甲高く、聞くに堪えない。
 もはや、演技の時間は終わったのだ。今の彼女は後輩シスターではなく、シスターの皮を被った悪魔。神聖な姿に、その凶悪な本性を隠し持った邪悪な魂に過ぎない。
 そんな魂を相手に、瑞科がする事は決まっている。杖を構える手には迷いなどない。相手が同胞に見えているからこそ、悪魔がその姿を真似るのは最大の侮辱であった。
 相手が瑞科を目指し走り出す。しかし、それよりも瑞科の方が速かった。
 音もなく姿を消した瑞科の姿を、瞬時に大悪魔も探す。バッと大悪魔は頭上を見上げた。こういった時、瑞科は跳躍して避ける事が多かったからだ。
 しかし、大悪魔が予想していた場所に、瑞科はいない。
 慌てて正面へと視線を戻し、そこにも瑞科の姿がない事を確認すれば後ろを向く。
 ――いない。首を傾げながらも警戒していた大悪魔を、不意に衝撃が襲った。苦悶の声をあげて、大悪魔は一度地面へと突っ伏す。
 いつの間にか背後へと回っていた瑞科が、杖を振るい相手の背へと一撃を食らわせたのだ。彼女は、相手の視界に入らないように大悪魔の死角へと瞬時に移動していたのだった。
 追撃。視線すら避け疾駆する瑞科は、瞬きする間すらも相手に許さない。
 繰り出される一撃が、起き上がりかけていた大悪魔を再び地へと叩き落とす。
 大悪魔は、自らの影を魔力で操り伸ばすと、瑞科の柔らかな肌を狙った。邪悪な色をした影が、瑞科を捕らえようと爪のような姿となり彼女へと襲いかかる。
 しかし、その魅惑的な身体に触る権利が、そんなものにあるはずもない。
 未だ余裕のある微笑みを浮かべながらも、聖女は空を舞う。影と影の間にあった隙間を縫うように、彼女はその身を宙へと預けると大悪魔との距離を詰めた。
 大悪魔の眼前に、ナイフがかざされる。その切っ先は、神罰の代わりとなり振り下ろされた。
「おやすみなさいませ。穢れた魂に救済は必要ありませんわ。二度と醒めない眠りの中で、自らの罪に飲まれ永遠に苦しみなさい」
 悪魔に対する嫌悪を隠さない容赦のない一言が、ナイフと共に後輩の心へと突き刺さる。悪魔はその姿を元来の醜い姿へと変えると、耳障りな断末魔をあげて闇へと落ちていくのだった。

 ◆

 ひと仕事を終え、瑞科は神父へと任務完了の報告を入れる。
 拠点に帰ろうとした時、後処理を任せるために近くで待機していた仲間達とすれ違った。
「思ったよりも、戦いがいのない相手でしたわね。けれど……」
 独りごちながらも、美しい笑みを絶やさないまま瑞科は歩いていく。その背に、仲間がうっとりとした様子で見つめてくる視線を感じ、瑞科は笑みを深めた。
(「教会」に忍び込んでいる悪魔は、まだ他にもいるようですわ。まだまだ、楽しませていただけそうですわね)
 そう、すでに瑞科は他の悪魔の存在にも気付いていた。先程すれ違った仲間の中にも、一体汚れた魂が紛れ込んでいる。
 無論、あえて泳がせているのだ。今はただ、本来は憎むべきシスターのフリをして生きていれば良い。
 邪悪を好む悪魔にとって、瑞科のような完璧なシスターの傍にいる事はもはや苦痛であるだろう。彼女が仲間を倒す姿を見て、シスターのフリをした卑怯な悪魔達は心の中で悲鳴をあげているのだ。
 それは、彼らにとって、常に罰を受け続けているようなものであった。
(あなた達悪魔の罪は、たったそれだけのもので償えるものではありませんが、精々今は苦しんでいてくださいまし)
 瑞科の戦いは踊るように鮮やかであり、光のように速い。彼女が手を下すと、悪魔の苦しみは一瞬で終わってしまう。
(だから、今はもう少しだけ、様子を見て差し上げますわ)
 悪魔は神罰を受け続ける。いつか瑞科が本当の神罰を下す、その時まで。

 任務を終えた高揚感を胸に、瑞科は拠点への道を歩いていく。
 その足取りは軽やかで、自信に満ちたその横顔は神をも見惚れる程に美しいのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
瑞科さんが徹底的に悪魔を打ちのめすお話、このような感じとなりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また何かありましたら、いつでもお声掛け下さいませ。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月23日

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