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『己を知りたくて 』
伏見 葵la0466

 久遠ヶ原学園、高等部男子学生寮。その隅っこの一室のベッドに、伏見 葵(la0466)は着替えもせずに横たわっていた。ライセンサーとしての任務は楽ではない。終わった直後はアドレナリンがまだまだ効いて、楽々に動き回れる。けれどもこうして部屋に戻ってくると、胃の腑に一気に鉛が落ちて、ベッドに縫い付けられたようになり、そのままろくに動けなくなってしまう。
(課題の提出は……明後日か。それはじゃあいいや。でもせめて、今日中にシャワーは浴びないと……)
 身を起こそうとするが、全身の倦怠感が葵をベッドに押し付ける。どさりと倒れた彼は、天井見つめて溜め息をついた。
(ニュージーランドの大規模作戦は一応終結……でもロシアではまだ戦いが続いている……か)
 葵は嘆息する。今日も大変な戦いだった。切り抜けはしたが、何度も攻撃を受け、一度はシールドを突き破られそうにもなった。それでも仲間の力を借りて、何とかその場を切り抜けたのだった。
 瞼が重たくなり、彼はふと目を閉じる。すぐに意識は暗闇の中へと吸い込まれていった。



 気付けば、葵は教室の隅っこの席に座り、ぼんやりと外を見つめていた。外から吹き込む風でカーテンが揺れ、窓の狭間から青い空がちらりと見える。机の上に置かれているのは、一冊の手帳。万年筆をくるくると弄びながら、彼は空を見つめて物思いに耽る。
「なあに、それ。何か書いてるの?」
 ふと、屈託のない笑みを浮かべた少女がそばに歩み寄り、手帳を覗き込もうとする。息を呑んだ葵は、咄嗟に手帳を閉じて懐に突っ込んだ。眼を真ん丸に見開いて、葵は少女を見据える。
「ダメだ、絶対見ないでくれ」
「なによ。ちょっと聞いてみただけじゃない」
「……ごめん」
 ふらふらと、葵は呆れ顔の少女に頭を下げる。彼女は小学生の頃から、この中高一貫の名門私立まで一緒のクラスにいた幼馴染。しかしそんな少女にさえ、葵には明かせぬ秘密があった。
 少女が憮然と立ち去る姿を見送り、葵はそろりと手帳を取り出す。その中では、子供っぽい丸文字と線の細い達筆が交互に記されている。特に怪しい所はない。傍から見れば、葵が誰かと交換日記をしているくらいにしか見えないだろう。
「“茜”……」
 しかし、この手帳こそが、葵を孤独のうちに縛り付けている鎖の表徴なのだ。

 物心がついた時から、“茜”は葵の中に存在した。強気で喧嘩っ早いこの“少女”は、小学生の頃は発作的に飛び出す事があった。例えば幼馴染の少女が男子にからかわれたり嫌がらせを受けたりしたような時だ。大人しい葵が声を荒げて暴れるから、半ば恐れられることもしばしばだった。しかし中学に入って彼女なりに成長したのか、葵に危機が迫ったり、彼が望まない限りは外へ出てこなくなった。出た時も、意識を失っている葵の為に、彼女が体験した出来事を日記の如く手短に書き残すようになった。何だかんだで、葵と“茜”は共存するようになったのである。
 ナイトメアの侵攻、放浪者やヴァルキュリアの登場で人間個人の性質に目くじらを立てている暇がある人間は殆どいなくなったが、だからと言って自分の中にもう一つ人格があるなどと言えば奇異の視線で眺める事は間違いない。だから葵は、いつでもどこでもどこか孤独な思いをしながら生きていた。

 バスを降り、葵は住宅街の中央に立つ広い屋敷へ帰ってくる。伏見家と言えば、戦国時代にまでそのルーツを遡れる旧家の一つ。今ではゼネコンとしてナイトメアの襲撃によって破壊されるインフラを最新技術で修繕、改良し続け、今や押しも押されもせぬ大財閥としての立場を明らかとしていた。
 葵はそんな名家の跡取りとして、将来を常に嘱望されていた。
(……でも、僕は何の疑問も持たずにその立場には甘んじたくない)
 屋敷に帰ってきた葵は、ポケットから一枚の封筒を取り出す。中に入っているのは、SALFから支給されたライセンサーの仮登録証。これが本物になった時、彼は本当の意味で伏見家の外へと飛び出す事になるのだ。
――ただ格好良く戦うだけの仕事じゃない。実際に命を落としかねない仕事なんだ。
 知っている。世間ではヒーローとしてもてはやされることの多いライセンサーが、その奥でどれだけ命を落としているのか、もうこれでもかと調べ上げている。
――お前には将来この家を継いでほしいんだ。ナイトメアと戦う方法は幾らでもある。我が家のように、ナイトメアに破壊された道路や建物を直し続けることだって、立派な戦いには違いないだろう?
 確かにその通りだ。別に自分の生まれた境遇が嫌いというわけではない。金持ちのボンボン扱いされたくはないし、何かとしきたりしきたり煩いのは気に入らない点ではあるが。
「でも僕は……知りたいんだ」
 何故、物心つく前の記憶が、一切残っていないのか。誰でもいつかは忘れるというが、あまりにキレイさっぱりすぎる。何故、“茜”が自分の中にいるのか。共存できているし不便はないと言っても、この肉体の中に人間が二人収まっているという今の状況が、普通であるわけがない。
 この家の中にいては、何もわからない。だからこそ、ライセンサーという大義名分を掲げて、この家を出奔するのだ。ただ望まれるがままの自分でいるなど、お断りだ。
 キャリーケースに貴重品と着替えを詰め込み、蓋を閉じる。机の上に乗っかるファイルも手に取った。そこには久遠ヶ原入学を許可する旨を記した書類が挟まれている。ライセンサーになる学生は、安全かつ効率的な訓練を保証してもらうため、この学校に通うのである。
「行ってくるよ」
 彼はぽつりと呟くと、鞄を引いて力強く歩き出した。



 そこで葵はようやく眼を覚ました。むくりと身を起こし、彼方此方痛む身体をさすりながらベッドを降りた。脱衣所で服を脱いで畳むと、そのまま浴室へと身体を滑り込ませた。
 シャワーを浴びながら、彼は自分の身体を見つめる。元々痩せ気味だったが、最近の訓練でようやくまともな筋肉がついてきた。それなりには“男らしい”体格になったと言ってもいい。
(……戦えるようにはなったけど、まだまだ分からないことだらけだな)
 手帳を使ってやり取りするようになった頃、葵はふと思いつきでメッセージを書き残した。『好きな食べ物は何か』と。帰ってきたのは、『くだらないことに紙幅を割くな』の一言だった。
(結局、茜は僕に何も教えてくれないよね)
 だからこそ、葵は知りたいという想いに突き動かされ、世界を揺るがす戦いの中へさえも身を投じるのである。

 しかし、まだ彼は知らない。彼こそが伏見家の「要子」である事を。“茜”の真実を知ろうとする時には、重い代償が伴うのだということを……



 つづく?



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 伏見 葵(la0466)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。
多少設定を深めながらという形で書かせて頂いておりますが、問題などは無いでしょうか。
お楽しみいただけたのなら幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら。
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グロリアスドライヴ
2019年07月23日

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