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『銃と剣と盾』
フェイト・−8636)&I・07(8751)


 虚無の境界が、また何やら企んでいるらしい。
 あの連中のやる事は、ただ1つ。とにかく人を殺す、それだけだ。
 連中いわく、人は死ねば霊的に進化する、ものであるらしい。
 奴らのしでかす大量殺人は、だから救済なのだ。進化の遅れた、かわいそうな人間どもに対する、極上の親切なのである。
 そんな親切行為を、虚無の境界はまたやらかそうとしている。
 それを潰せ、というのが今回の俺たちの仕事である。
 俺の、IO2見習いエージェント68号としての、いくつ目の仕事になるのか。半人前なりに、俺も場数を踏んでいるという事だ。
 俺の上司は、フェイト(8636)という文系の中坊みたいな男で、そんな見た目に反してえらく強い。頼れる隊長である。隊長と言っても隊員は俺1人で、仕事中はまあ2人で暴れ回っているだけだ。それで片付く仕事ばかりなので、助かる。
 今回、もう1人エージェントが投入されるという話は聞いていた。俺の、2人目の上司という事になるのか。
 ムカつく奴だったら、ぶちのめす。それだけだ。
 思いつつ俺は、ずかずかと待機室に踏み入った。
「うーす……あれ、フェイト隊長。早いっすね」
 行儀良く椅子に座っていたフェイト隊長が、俺の声かけに反応し、こちらを向いた。
 1つしかない瞳が、じっと俺を見つめている。左目が、黒いアイパッチで覆われていた。
 俺は言った。
「ものもらい、ですか隊長。それとも中二病か何か? あと急に髪伸びちゃって、しかもポニーテールたぁ……男のポニーテールって、たまーにいますけど。いやもしかして女装っスか!? 何かの罰ゲーム? 一体何やらかしたんですかフェイト隊長」
「色々と、な。停職処分を受けた事もある」
 明らかな、女の子の声。
「それはそれとして、私は隊長ではない。エージェントネーム、I・07。イオナ(8751)と呼んでもらおう。この度のミッションに同行する事となった。よろしく頼む、訓練生68号」
 フェイト隊長によく似た少女が、立ち上がった。
 立ち上がった身体は、細い。いくらか凹凸には乏しいものの、しなやかに起伏したボディラインは、黒いスーツの上からでも見て取れる。
「あ、こりゃどうも……」
 俺は、半ば呆然と敬礼をした。
 やはり、どう見ても女の子だ。そして割と可愛い。俺は何故、一瞬でもフェイト隊長と見間違えてしまったのか。
「すまん、遅くなった」
 そのフェイト隊長が、いささか慌てて待機室に駆け込んで来た。
「顔合わせは、済んでいるかな2人とも」
「……本当に遅かったな、お兄様」
 エージェント・イオナが言った。
「慣れないデスクワークに忙殺されて、時間の使い方が非効率的になっているのではないのか」
「……デスクワークじゃないよ。お前のお師匠が、また色々やらかして独房に叩き込まれている。ちょっと話を聞いてきたんだ」
「あの男……今度は何人、殺したのだろう」
「まあ、その話は後だ。もしかしたら今回の任務とも関係あるかも知れないけど……68号、俺からも紹介しておく。お前の先輩のイオナだ」
「はい。あのイオナさん、隊長の事……お兄様、って呼んでましたよね今。ご兄妹なんスか?」
「そうだ」
「血は繋がってない。いや、繋がってるのかな……その話も後。色々あったんだよ」
 まだ仕事前だと言うのに、フェイト隊長は何やら疲れている。本当に色々あったのは間違いなさそうだ。
 俺は、1つだけ訊いた。
「あのう、お2人とも……身内が同じ職場にいるって、何か色々やりにくくないっすか」
「作戦を説明する。ちゃんと聞けよ68号」
 咳払いをしつつ、隊長は言った。
「ある山中の廃工場に、虚無の境界の戦闘部隊が身を潜めている。大半は、こないだ戦った連中とほぼ同タイプの人型ドローン。ただ指揮官みたいな奴が1人いるらしい……生かして捕縛するかどうかは、まあ成り行き次第だな。出来たらする、程度の認識でいい。自分の命優先でな」


 金属製の骸骨、としか表現しようのない人型ドローンの群れが、一斉に右手をこちらに向けてくる。
 それら右手が、マズルフラッシュを発した。五指の形をした銃身・銃口。
 フルオートで吹き荒れる銃撃の嵐を、68号が全身で受けた。
 がっしりと大柄な身体を包む、機械の甲冑。その表面各所で、血飛沫のような火花が散る。
 微かによろめく68号の背後で、イオナが剣を抜いた。少女の細い腰に結わえ付けられた鞘から、光が走り出す。一見たおやかな右手が、日本刀の柄を特に重そうな様子もなく保持している。
 一閃した刃は、名刀・妖刀の類ではなく無銘の数打ちだ。
 傍目には、イオナが68号の背中を抜き打ちで叩き斬った、ようでもある。
 だが、68号は無傷だ。
 銃撃を行っていた人型ドローンたちが、ことごとく真っ二つに滑り落ちてゆく。滑らかな金属の断面を晒しながら。
 自分が真っ二つになっていない事を、68号が恐る恐る確認している。
「お、俺……大丈夫、なんスよね?」
「障害物にも、味方にも人質にも遮られる事なく……私が敵と認識したものだけを、両断する。それが念動力の斬撃だ」
 イオナが言った。
「68号……防壁の役目、感謝する。無事か?」
「平気っす。こいつ大したもんですよ、鉄砲玉は屁でもねえ」
 機械鎧の胸板を、68号は軽く叩いた。
「それより気を付けて下さいイオナさん。こいつら、ぶん殴り合い斬り合いの方が強いっす!」
「だろうな。そうでなければ、わざわざ人型にする意味がない……」
 まだ大量に生き残っている人型ドローンたちが、両断された仲間の残骸を蹴散らし、高速で踏み込んで行く。金属製の骨を己の身体から引き抜き、剣にして振り構えながらだ。
 68号という防壁を迂回し、イオナに斬りかかろうとする人型ドローンたち。迂回させまいとする68号。それでも迂回して来た敵を、ことごとく斬り捨てるイオナ。
 乱戦となった。自分も加勢するべきなのだろう、とフェイトは思う。
 眼前の敵が、しかしそれをさせてくれなかった。
「我らが行動を起こす前に……よくぞ嗅ぎ付けたものだな、IO2の犬ども」
 迷彩柄の軍服をまとう、1人の男。その身体が、メキメキと痙攣している。
 人間の皮が破けつつある、と思いながらフェイトは会話に応じた。
「ここから市街地に出て、大量殺人でもやらかすつもりだったんだろう。いや、つもりって言うより……そういう命令を受けていたんだろう」
「愚民どもを、大いなる霊的進化へと導くために……」
「その命令を、だけどあんたは実行せず、IO2に嗅ぎ付けられるまで待っていた。こうやって俺たちが来るか、虚無の境界に粛清されるか、ってところだったんだな」
「犬が、世迷い言を……!」
「あんたに、人殺しは出来ない」
 左右2丁の拳銃を構えながら、フェイトは言った。
「一時の気の迷いで、虚無の境界に入っちゃったんだろう。まだ遅くはない、辞めろ!」
「犬がっ、世迷い言をォオオッ!」
 男の迷彩服が、ちぎれ飛んだ。
 太く長い、鞭のようなものが複数、跳ね上がって宙を泳ぎ、フェイトを襲う。
「このようなものと化した身で! 虚無の境界以外の、どこで生きてゆけと言うのだ貴様は!」
 後方へ跳びながら、フェイトは両手で引き金を引いた。
 左右二つの銃口から、爆炎のようなマズルフラッシュが迸る。
 銃撃に薙ぎ払われたものたちが、苦しげにうねりながらも牙を剥く。
 蛇だった。
 男の背中から、両肩から、何匹もの大蛇が生え伸びている。銃撃で顔面を削り取られた蛇の群れ。
 それら顔面が、めり込んだ弾丸をポロポロと排出しながら盛り上がり再生してゆく。
 フェイトは呟いた。
「ジーンキャリア……」
「以前はな。だが今は違う! 今や俺はIO2の生体兵器などではなく、虚無の境界の栄えある戦士よ!」
 大蛇の群れが再び、目視不可能な速度で食らいついて来る。
 その襲撃の真っ只中へと、フェイトは踏み込んで行った。
 肩で、背中で、黒いスーツが裂けちぎれる。大蛇の牙に、噛み裂かれていた。踏み込む速度があと僅かでも遅ければ、皮膚も肉も食いちぎられていたところである。
 2つの銃口が、男の胸板に押し付けられる。
 エメラルドグリーンの両眼を激しく発光させながら、フェイトは引き金を引いた。
 銃弾が、ジーンキャリアの肉体に突き刺さる。それが、手応えとして感じられる。
 フェイトは背を向けた。
 男は硬直している。大蛇の群れが、鎌首をもたげたまま震え固まっている。
「きっ、貴様……何をした……」
「弾と一緒に、俺の念動力を撃ち込んだ。それが、あんたを体内から拘束している。筋肉にも骨格にも内臓にも神経にも、俺の念動力がガッチリ絡みついてるよ」
 フェイトは言った。
「少なくとも今から24時間……そのくらいで消える念動力だ。その間あんたは指一本、その蛇一匹、動かす事は出来ない」
「だからよ、大人しくしとけって」
 68号が、動けぬジーンキャリアに拘束衣を押しかぶせる。
 人型ドローンは1体残らず残骸と化していた。滑らかに切り刻まれ、あるいは豪快に叩き潰された残骸。
 動いているものがいない事を確認しつつ、イオナが言う。
「お兄様……その男は」
「ジーンキャリアの技術を売り流した連中がいるらしい。IO2から虚無の境界へ、密かにね」
 嫌な話を、フェイトはしなければならなくなった。
「その連中を、上層部の許可もなく皆殺しにしちゃった人がいるわけなんだけど」
「……それで、独房か」
「その人の親友が、ジーンキャリア技術のサンプルとして虚無の境界に売り渡された。で、危うくテロをやらかすところだったと。それがまあ、今回の任務の全容だ」
「殺せ……」
 拘束されたジーンキャリアが、呻く。
「俺は……人を、殺したのだぞ……もはやIO2には居られない、虚無の境界で戦うしか」
「逃走中の凶悪殺人犯を、捕まえようとしてうっかり力加減を間違えただけだろう」
 フェイトは言った。
「……そのくらいなら、俺もやった事ある」
「俺も、そのうちやるかも知れねえと」
 68号が笑う。
「ま、そんな話はやめやめ。それよりイオナ先輩、仕事も終わったし、一緒にお茶しませんか?」
「良かろう。行くぞ」
「ちょっと待てえええええ!」
 フェイトは思わず、悲鳴のような声を発していた。
 68号が、笑顔を向けてくる。
「ああ、もちろん隊長もご一緒に。色々あったって話、聞きたいっすよ俺」


 当然と言うべきか、お茶だけで済むはずもなかった。
 とある、食事も出来る喫茶店。
 大盛りのオムライスを、イオナが上品に平らげたところである。68号が拍手をしている。
「おおお、パねぇっすよイオナ先輩。カレー屋の大食いチャレンジとかもいけるんじゃねえですか」
「興味はないな。それより、お兄様」
 綺麗な口元をナプキンで拭いながら、イオナが訊いてくる。
「あの男の、処遇は?」
「身柄、預けた。ある人にね」
「お兄様の、数多い知り合いの……人間ではない方面?」
「想像に任せるよ。とにかく上には、生きたまま捕縛出来なかったと、そう報告しておいた」
「……死体を回収するよう、命じられていたのでは」
「そうだったかな。まあ忘れたよ、もう。それより俺も何か食べようかな」
 どうせ勘定は自分が持つ事になるのだ、とフェイトは思った。
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2019年07月25日

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