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『酒と肴と思い出話と 』
神取 アウィンla3388)&不知火 仙火la2785

 不知火 仙火(la2785)がインターホンを鳴らして間もなく、返事と共に足音が響いた。スマホを取り出して時刻を確認したら待ち合わせの五分前といったところで、大体計算通りだなと考える仙火が腕にぶら下げた買い物袋の中身がかちゃかちゃと賑やかな音を立てる。じきに扉が開き、目が合うと手を上げて挨拶をした。
「仙火殿、ご足労感謝する。狭くて済まないが遠慮なく上がってくれ」
「その辺はまあ男同士だし、気にすんな、っと……それじゃあ、お言葉に甘えて上がらせてもらうぜ」
 差し出された手に袋を預け、靴を整えてから家主であるアウィン・ノルデン(la3388)の後を追って室内に入った。ワンルームだが物が少ないのもあり、いうほど窮屈な感じはしない。
「この部屋に人を呼んだのは今日が初めてだ」
「へえ、俺が最初なのか? それは嬉しいな」
 端麗な容姿より真面目な印象が強いからか、女性を連れ込むイメージは全くないが、先に知り合った父やバイトなりライセンサーの仕事なりを通して親しくなった相手と交流を深めていても不思議ではないので意外に感じた。不躾にならないよう軽く視線を巡らせて、感想はそのまま口に上る。
「アウィンらしいストイックな部屋だな」
「そうだろうか。殺風景だと思うのだが……」
「いや、物が少なくても案外生活感って出るぜ?」
 背の低い本棚には日記か何かだろうか、幾つかの冊子が入っているし、隅にはダンベルやらローラーやらの小型器具が置いてあってトレーニングに励む姿が目に見えるようだ。
「俺の部屋もこういう感じなんだよなあ。だから親近感が湧くくらいだ」
 あまり物が多いと気が散るのもあるし、何かコレクションする趣味がないのもある。特筆すべき点といえば法学関係の本くらいだ。雰囲気は似ていても違いが如実に表れていて中々面白い。
 荷物を置き振り返ったアウィンに笑いかけると、室内灯を反射するレンズの奥の瞳が和らぎ、唇の端が僅かに上がった。
「いつか仙火殿の部屋も見てみたいものだな」
「何の面白みもなくてもいいんなら大歓迎だ」
 次は俺の部屋でってのもアリだしと付け足せば、楽しみだとアウィンの微笑も深くなる。
「それじゃ早速、キッチンを借りていいか?」
「ああ、好きに使ってもらって構わない。目ぼしい物は一通り買ってきたつもりだが、足りるだろうか」
「まあ、何とかなるんじゃねーかな」
 腕捲りし、手洗いを済ませてからキッチンの隅にある一人用の冷蔵庫を開ける。中は綺麗に整頓されているのだが、冷凍食品ばかりでプラスチック容器に詰めた残り物が見当たらない辺り、自炊の頻度は高くなさそうだ。とはいえ食材が変に偏っているということもなく、存分に腕を奮えそうではある。元いた世界では寮暮らしで自炊もしていたし料理の腕には自信があった。
「ぱぱっと作るから、ちょっとだけ待ってくれな」
「了解した。私はグラスと皿の準備をしておこう」
 了承の意を伝えると気合を入れて調理に取り掛かる。どうにもアウィンの食生活が偏っていそうで心配なので、野菜も使って栄養バランスに配慮したメニューを何品か作るのがいいだろう。

 ◆◇◆

 乾杯の音頭にグラスを合わせると小気味好い音が鳴った。そのまま仰げば、舌先に独特の苦さがある風味と焼けるようなアルコールならではの感覚が喉を抜ける。故郷にも酒はあったがこの世界におけるワインに相当し、しかしながらこの日本酒の味も嫌いではない。
 半分を空けたところで、仙火が作ってくれたつまみにも手を出す。派手な紅白の色合いが目を惹くカプレーゼに玉蜀黍の唐揚げ、豚肉のしそ巻きと蛸のカルパッチョ。二人で使うには小さいテーブルの上に所狭しと並ぶ皿は、一品一品は少量だが、あれもこれもと摘んでいるとじきに腹が膨れそうだ。普段居酒屋のバイト終わりに賄い料理を食べるか、あるいはコンビニで売れ残りの弁当を買って帰るか冷凍食品かといった感じなので不思議な気分になる。故郷では料理経験がなくこちらで覚えたのだが、自分の為だけに作るのにはあまり食指が動かなかった。
 手を合わせて深く考えずにまだ湯気の出ているしそ巻きを頬張った途端、若干噎せる。膝立ちになった仙火に手振りで平気だと示すと少々火傷した気もするが味わって咀嚼した。食べ終わると一息ついてから、
「母君の料理も美味かったが、仙火殿の料理も美味い。酒が進むな」
 と感想を述べれば、仙火は安心したように頬を緩めて座り直した。言葉通り酒を呑んでグラスが空いたので二杯目も注ぐと、今度は一口サイズに切り分けられているカプレーゼにフォークを通す。
「こういうのはどうしても好みとかあるしな、口に合って何よりだ」
 にっと笑って言う彼の方も呑む速度はアウィンとそう変わらない。何せ日本酒にビールと一升瓶はまだ何本もある。二人とも酒には強い部類であり、呑んだ感じあまり度数は高くなさそうなので、数時間あれば飲みきれるだろう。まだ宵の口、夜は長い。
 同じライセンサーとして知り合った者同士、話題は自然と最近受けた依頼での出来事からアウィンにとっては呑み仲間でもある仙火の父とその奥方、仙火と同じく剣の指南役を務めてくれている二人にも及ぶ。同郷の知り合いがいない分仲睦まじい様子は微笑ましく映るし、こうして対等な立場で語り合える友人には未だに慣れないが、居心地良く感じた。
「そういや、俺のいないところで母さんがなんか騒がしかったみたいなんだよな」
「母君が?」
「嫁がどうこうって。ったく、あいつは笑ってたからいいが俺まだ二十歳だぞ?」
 内容から察するにあいつとは彼の幼馴染だろう。もう一人は何となくだが、その手の話題はあまり好まなさそうだ。
「二十歳か……私の故郷ではそのぐらいの年齢で結婚するのが普通だったな」
「マジか」
「マジだ」
 大真面目に頷いてみせると仙火の眉間にぐっと皺が寄る。グラスが空になったのを見て注ぎ足せば礼の言葉と共にほぼ同じ高さにある炎のような瞳がじっと見据えてきた。
「アウィンは確か俺よりも上だったよな? もしかして結婚してる……って悪い、余計なこと訊いたな」
「いや。別に構わないが、期待に添えるような話は全く出来ないぞ」
 バツが悪そうに背を丸めて唐揚げを頬張っていた仙火が首を振る。グラスを満たす酒は無色透明だが軽く振る度にアルコールが陽炎のようにゆらゆら揺らめいた。
「何ていうか俺、普通の恋愛ってのがよく分かんねえんだ。父さんと母さんみたいにいつか誰かとそうなるかもだけどな、いまいち現実味がないというか……その辺一回聞いてみたいって思ってたんだよ。しかし今付き合ってる相手がどうこうって話ならともかく、女性遍歴とか恋愛観とか訊くのはアレだろ、人選ぶしな」
 言ったことを後悔するように酒を煽って頬杖をつく。何というかこれまで見たことのない仙火だ。顔色を見ても酔ってはなさそうなので話題が原因だろうか。しかしさらりと口にしたその言葉は嬉しかった。いつも通りの様子の裏側で微かに酩酊感を覚えながら、記憶を辿るまでもなく答えを紡ぐ。
「地球の言い方で言えば俺は『年齢=恋人いない歴』だが、気が乗らないだけで機会は一応あった」
 恋人いない歴の辺りで仙火が口元まで運んでいた蛸を取り零した。皿の上に落ちたので事無きを得たが。
「そりゃ意外だ。お前といる時とか、たまに何か歓声あがるし」
 それは仙火殿に対してでは? と思ったが、本題から逸れるので口にはしなかった。少しだけ残った二本目の酒で唇を湿らせてから事情を説明する。領主家がどうこうと言ってもややこしいだけなので名のある家出身なのと異母兄がいることを明かして、
「跡取りは兄上だが、もし兄上に男子が出来なければ俺の息子が跡取りになる。『家』と繋がりたい者が既成事実を作ろうと、娘を差し向けてきたことも幾度もあった」
 そこで言葉を切り、相槌を打ちつつ仙火が注いでくれた三本目の酒を礼を言ってから呑んだ。二本目よりも少し癖が強いが、後味はすっきりとして飲み易い。
「俺の母上は庶民の出だ。連中は俺のことを庶民の血が入っていると蔑む一方で、残り半分の権力を有する血を欲し、利用しようとする……正直辟易していた」
「何だよそれ……本人の意思はどうなるんだよ?」
 話を聞いた仙火は憤りも露わに眦を釣り上げる。まるで我が事のような反応に対し、当人であるアウィンは怒りを通り越して諦めの境地へと入っていた。ただ最初に遭った時の恐怖にも似た衝撃と、女性が新しく館に来たり仕事で接する機会が出来るとつい身構えてしまったことは憶えている。タチが悪いと身分を偽っている場合すらあった。逆に娘も本意ではない時などは同情をしてしまったが。
「本人の意思という点では俺は兄上よりも多少は自由に出来るだろうな。兄上は婚儀の日が初対面であったし……しかしどうも恋愛には興味が持てそうもない。参考になるような話ではなくて悪いが」
「いや、そんなことはねえよ。というか俺らくらいの歳だと恋愛にあんま興味ないって方が珍しいだろ? だからなんか俺ズレてんのかなって気になってたから、こんな言い方はあれだが少し安心した」
 言ってなみなみ注いだ酒を呑み、息を吐き出すと「それでもアウィンたちを利用しようとする連中は許せねえけどな」と真顔で言う。目尻が少し赤らんでいるが呂律に変化はない。分け入った話をしている為か、呑む勢いが加速している。ビール瓶を開け、泡が出過ぎないように注ぎ乾杯した。

 ◆◇◆

「勿論良ければだが、仙火殿の話も訊いてもいいだろうか? 言うだけで気が楽になることもある……と俺も今感じたばかりだが」
 外見はクールそのもの。しかしこちらを気遣い心配している様がありありと窺え、少し擽ったさを覚える。己が言う側になると、相手が友人といえど多少なりとも緊張と躊躇が生まれる。ただ嫌な気はしない。アウィンの喋り口調然り、今まで以上に親しくなれた気がして嬉しいくらいだ。
「俺は、告白されて付き合ったことが何度か。俺のところの世界は様々な種族がいるんだ。父さんみたいな天使とか悪魔とか、俺みたいなハーフもな。こっちと似た感じで久遠ヶ原学園があって、種族の坩堝みたいになってたからなあ。付き合った相手も色々だった」
 懐かしいと言いきるにはまだ新しい記憶だ。最後のしそ巻きはアウィンに譲り唐揚げを齧る。
「中には家柄とか顔目当てもいたかもしれないが、ほら、何事も切っ掛けは必要だろ? だからそういうのもアリだと思うし、付き合ってから互いを知っていって好いて、恋人にも俺を好きになって貰えれば良いって信じてた」
 少なくとも告白された時の彼女らの目は真剣だった――と思う。思いたいだけかもしれない。
「だから俺なりに彼女を大事にして、絶対に外せない用事じゃなかったら彼女を最優先にした。けど全員に『本当はあの子のことが好きなんでしょ』……そう言われて喧嘩して、最終的には別れたな。俺なりに努力したし、独り善がりじゃなくてちゃんと伝えるようにしたつもりだ。……信じて貰えない、ってのは結構キツイ」
 実感のこもった言葉だなと半ば他人事のように思った。ビールを一口呑んでからあの子は幼馴染だと補足する。
「仙火殿は真摯に向き合っていただろうに……それは辛いな」
「まあな……言葉でも態度でも納得してくれないんだったら、後はもう何しろっていうんだよ。だから、人間不信っていうとまた違うが、俺も今は恋愛に興味無しだ」
 嫌気が差すというよりもくたびれたといった方が近い。そろそろ酔いが回ってきた気がする。酒には強い部類だが父や幼馴染には敵わない。呑まれない程度に酔えてこそ呑む意味があるとも思うが。
「俺は恋人になる以前の問題かもしれん。こうして友人と飲んでる方が楽だ」
「俺もお前と飲んでる方が楽しいぜ。愚痴も言えてすっきりしたし、今度は楽しい話でもしながら朝まで飲み明かすか!」
「……飲もう!」
 アウィンも乗ってくれたので腕を伸ばしてグラスを鳴らす。黄金色の液体が揺れて、表面の泡が膨らんだ。
 顔が赤らんだかどうか、呂律もしっかりしていたというのに剣術指南の予定について話していると唐突にアウィンの身体が傾ぎ、揺すっても起きないほど熟睡して、用意した布団の中に何とか引きずりこむ――そんな未来が訪れるまで二時間余り。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
交友関係があるのは知っていたものの、どんな感じかは
あまり深く考えていなかったんですが、こうして見ると
トラウマ持ちで、恋愛に辟易しているという点以外にも
家族に対して複雑な感情を抱いていたりだとか
そこを除けば基本ポジティブで強メンタルとか
そもそも実家が名家だとか、色々共通点が多いんですね。
性格的にも、似ている部分もありつつ違う部分もあって
今後もっと仲良くなれそうだなぁと思っていたりします!
今回も本当にありがとうございました!
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2019年07月26日

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