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『雹牙 』
芳乃・綺花8870

 民間の退魔会社「弥代」に一つの依頼が入る。
 内容を確認して受諾の意をとった後、退魔会社「弥代」が選んだのは若い退魔士だ。
 齢十八歳。
 その若き退魔士の名は芳乃・綺花(8870)。
 彼女はこの世界に仇なす存在を倒す為、戦闘服を纏う。
 クローゼットの戸を開いた今の彼女は戦闘服に響かないデザインの下着姿。
 手にした黒のストッキングを細い指にかけ、皴にならないように丁寧に持ち上げる。健康的で張りのある脚が光沢のあるストッキングに包まれていく。ウェストまで引き上げると、ストッキングのバックラインが脚の美しさを引き立てる。
 黒のスカートのホックを止めると、ウェストのくびれから大きすぎないまろやかなヒップラインでスカートの襞が少し膨らみ、綺花はそっと襞を手で抑えた。
 セーラーに袖を通し、首元へ手を差し込んで長い後ろ髪をかきあげる。白いうなじがちらりと見えると、絹糸よりも艶やかな黒い髪はさらさら流れて彼女の肩に滑り落ちる。
 綺花が退魔士として動く際、携えているのは刀だ。今回も携えて現場へ向かう。

 時折、尋ねられることがある。
 本分は学生なのに退魔士として時間の割合が大きい事に不満はないのか……と。
 決まって、彼女は「不満はありません」と返す。
 学業に遅れは取っていないことも含め、この仕事は人助けに繋がり、自分は退魔士の仕事に誇りを持っているからだ。
 指定された現場はとある企業の廃ビル。提示された「弥代」の資料では解体工事も決まっているが工事が止まっている状態。
 解体を決めたのは、老朽化が主な理由だが、他にこの企業のトップが一年前に他界。死因は病死。
 故人はとても信心深い人物で、霊媒師等に助言を求め、家族も役員も頭を悩ませたそう。
 このビルも改修するわけにはいかない、解体など以ての外と反対し、そのまま他界してしまった。
 だが、トップが他界してしまえば方針は変えられる。
 万が一、ビルが倒壊するという場合を鑑みても、ビルを放置するわけにはいかない。
 現場作業員がこのビルの解体を始めようとしたところ、作業員複数名が原因不明の高熱を出した。
 調査の結果、故人は悪魔の身体の一部をビルに埋めたのだという。
 曰く、その悪魔は故人が呼び出したものであり、企業の繁栄を望みに契約をしたとの手記が発見された。
 過ぎたことは未来の標にすればいいとして、今の綺花がするべきことはその悪しき遺産を殲滅。
 企業が「弥代」へ依頼した翌日、複数の不良少年少女が不法にビル内に侵入したところをカメラが捉えたが、出たところの映像はない。
 ビルの入口で一度立ち止まった綺花の視界の端に入ったのは一粒の雹。
 現在、この廃ビルフロアに漂う気配は常人ならば、呼吸も満足に出来ないほど張り詰めたものであり、『何かがいる』と容易く察する。
 だが、綺花は目に見えぬ重圧をものとせずにビル内を歩いていく。
 広いフロアに出ると、事務所だったのだろうか。机も殆どなく、会社としての機能を失った場所。
 二階吹き抜けの造りであり、事務所として機能していた頃はとても開放感があった事だろう。
 上座といえる奥に誰かが座っていた。
「やはり、実体を顕現してましたか」
 凛とした綺花の声が響く。どこか楽しそうな様子すら窺える。
「ほう、その様子は只者ではないな」
 微かに差し込む光に映し出されるのは随分と若い男だ。しかし、声は何人かの声が重なったようなもの。
「そろそろ手練れとやりたくてなぁ……」
 くつくつ笑う『男』はゆっくりと立ち上がる。
「人に災いを齎さんとする悪魔は殲滅するのみです」
 悪魔は気配を隠す事を止めた。圧倒される程の魔力に綺花は屈していない。まるで、こんなものか……と見下しているような。
 綺花には目の前の強大な魔力を上回る力がある、と自負しているのだ。
「小娘。腕に自信があるようだが、この私に敵うと思ってか」
 鼻で笑う悪魔は戦う事も可能なのだろう。それに対し、綺花は花が綻ぶように笑う。
 自身に誇りを抱き、悪魔すら貫くであろう嗜虐の棘を持つ美しき花のかんばせだ。
 悪魔は気付く。
 目の前の小娘は只者でないと。
 警戒と共に一瞬にして周囲に冷気を漂わせた。動くのも億劫になり、眠気を誘うような程の寒さ。
 兵を指揮する将のように悪魔は片手を上へ上げると、無数の拳ほどの大きさの雹を中空に浮かばせ、下に振り下ろすと、機関銃のように雹が綺花目がけて飛んでいく。
 悪魔にも自負がある。凍結の悪魔として人間を弄んできた自負が。
 凍てつく冷気の中、綺花は刀の柄に手をかける。鯉口を切り、鞘から引き抜くと、彼女に襲い掛かる雹ごと切り捨てていった。
「まだだ!」
 悪魔は氷柱を虚空より現せ、追撃に放つ。
 強く踏み出した綺花は自身へ向かってくる氷柱へ跳躍した。黒のミニスカートの裾が浮き、ストッキングのランガードが一瞬だけ見える。
 氷の表面へ爪先を蹴り、悪魔の方へと飛び出した。
 悪魔は氷の盾を錬成し、綺花に斬らせ、自身は二階部分へと飛び退る。
 見上げた綺花は勝ち気に目を輝かせて悪魔を視線で追う。
 その視線を受けた悪魔は苛立つように歯噛みすると、苛立ちが冷気に変えたかのように一階部分に冷気が降り注ぐ。
 綺花が吐く息が白くなるなり、悪魔はフロアいっぱいに氷柱や雹を中空に浮かせた。
「これでどうだ」
 先ほどとは比べ物にならない速さで氷柱や雹が綺花を狙う。
 彼女はもう駆け出しており、二階廊下へ繋がる階段を駆け上がっていた。剣撃をするには狭い階段だが、綺花は意にも留めずに進んでいく。
 大木のような氷柱を一刀両断に斬り倒せば、子供の頭同等の雹が束となって襲ってくる。
 刀を横に一閃すれば、雹が砕け、彼女に道を開ける。
 綺花を狙っていた氷柱や雹が階段に激突していき、老朽化している階段の一部が崩れてしまう。
 落ちる前に綺花は強く踏み込み、大きく跳んだ。
「そこだ!」
 狙い通りだと言わんばかりに悪魔が一気に間合いを詰めた。自身の右手を凍らせ、氷のレイピアを模っていた。
 綺花から見れば、子供だましのようなものだ。
 袈裟懸けに刀を振り下ろせば、美しい斬り口を悪魔の手元に残し、切っ先が回転して階段脇の壁に突き刺さる。
「終わりです」
 刀を返し、告げる綺花へ悪魔は背に隠していた左腕を花束を捧げるように差し出すと、綺花の動きが止まった。

「たす……けて……」

 微かな光で見えるのは肌を露出させた不良少女。
 追い詰められた悪役宜しく、人質をとった悪魔に綺花は黒い目を細める。
 卑劣さに見下した目だ。
「さぁ、どうす」
 悪魔の言葉も聞かず、素早く悪魔の左へ移動した綺花は悪魔の左腕を斬り落とす。
 流れに逆らわずに悪魔が付き出す右腕も肩ごと斬りつけた。
「この世界に害なす存在を殲滅します」
 退魔士である彼女の魂に刻まれた思いは揺らぐことはない。
 最期の一撃が入ると、悪魔から黒い靄が広がる。同時に社長室であっただろう二階奥の部屋から同じ靄が広がる。
 きっと、このビルに埋め込まれた悪魔の一部だろう。
 本来、名のある悪魔が退魔士の手により消えた。

 人質にとられた不良少女は悪魔による幻覚。
 廃ビルに入る前から人の気配はなかったのだ。
 恐らく、不良達は悪魔が実体化する為の生贄となったのだろうと綺花は推察する。
 悲しい末路を辿った少年少女へ冥福を祈り、綺花はその場を去っていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

この度はご発注ありがとうございました。
魅力的な綺花さんを書かせて頂き、どきまぎしてしまいました。(赤面)
東京怪談ノベル(シングル) -
鷹羽柊架 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月26日

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