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『もち肌美人のバスタイム 』
ファルス・ティレイラ3733

 一日の疲れを癒やしてくれるバスタイム。温かなお湯に浸かりながら、ゆったりと足を伸ばしリラックス出来る至福の時間。
 普段も楽しみなその時間が、ファルス・ティレイラ(3733)はいつも以上に待ち遠しくて仕方がなかった。ワクワクとした様子で、彼女はとある小箱の蓋を開く。
「今日貰ってきたこれ、早速使っちゃお〜っと!」
 小箱の中から顔を見せたのは、複数の小袋と説明書らしき紙だ。
 師匠の営んでいる魔法薬屋で手伝いをしている最中に見つけたこの小箱の中には、様々な種類の魔法の入浴剤が入っている。
 せっかくなので……と持ち帰ってきたこれを、ティレイラは早速試してみるつもりなのだ。
 説明書には、治癒効力が込められているという一文もある。今日一日のティレイラの疲れを、きっと癒やしてくれるに違いない。
 入浴剤を入れた瞬間、湯船の中はたちまち美しい色へと染まった。素敵な香りが、バスルームを満たす。
「いい香り〜! 疲れなんて、すぐに吹っ飛んじゃいそう!」
 ご機嫌な様子で、ティレイラは入浴タイムを満喫し始めた。
 使い方は普通の入浴剤と変わらない。効能も、本当に効果があるのかは見た目だけでは判断する事が出来なかった。
 けれど、ポカポカとしたお湯の温度と素敵な香りは、今まで使ったどの入浴剤よりも魅惑的だ。まさに魔法にでもかかったように、ティレイラは心も身体もたちまち癒やされていくのを感じる。
 いつも以上に心地の良い時間を過ごす事が出来、ティレイラはつやつやになった肌を撫でながら満足げに頷いた。
 その日から、彼女にとってバスタイムがより一層楽しみな時間になったのは、言うまでもない事だろう。

 ◆

 それから、毎日のようにティレイラはこの魔法の入浴剤を楽しんでいる。
 今日も当然のように、小箱から取り出した小袋をティレイラは開いた。すぐにバスルームを満たした心地の良い香りに、少女は笑みを深める。
 首まで浸かり、ゆったりと彼女は至高の時間を味わい始めた。いつも通りの、リラックスしたバスタイム。疲れの癒える極上の時間。
 ――に、なるはずだった。少なくとも、ティレイラは、まさかこれから自分の身に悲劇が起こるなどとは夢にも思っていなかったのである。

「……あれ?」
 何かがおかしい。ふと、そうティレイラが思ったのは、湯船に浸かってからしばらく経ってからであった。
「なんだか少し、お湯がいつもより重い気がする……? なんだろう?」
 時間が経つごとに、お湯が僅かに固くなっていくような、そんな感じがするのだ。
 すくった湯は、やはり少しだけ重さが増しているような気がする。お湯の色も最初は透明だったはずなのに、だんだん色がついていっているようだ。
 そういった種類の入浴剤だったのだろうか?
 使い方は普通の入浴剤とさして変わらない事はすでに分かっていたため、説明書の細かい部分までは読んでいなかった。
 これはこれで心地が良い。とは思うが、変わった入浴剤だとも思う。
「もしかして、ちょっと量を入れ過ぎちゃったかな? 次からは、半分ずつにしてみるのもありかも」
 肌に触れるお湯の感触は、まるでゼラチンを入れて固まりきる前のゼリーのようだ。こねられる途中の、水気を帯びたモチに例えても良いかもしれない。
 少なくとも、今まで使ったどの入浴剤とも違う感触だった。
「悪くないけど、もっと自由にのびのびと足を伸ばせるやつのほうが、私は好きかなぁ」
 そんな事を呟きながら、一度ティレイラは湯船から出るために立ち上がろうとする。
「え?」
 けれど、ティレイラの身体は文字通り何かに引き止められてしまった。
 その何かの正体に気付いた瞬間、さーっとティレイラの顔が青ざめる。お風呂のおかげで温まっていた身体が、一瞬にして冷えていくのを彼女は感じた。
 ティレイラを引き止めたのは、他でもない、彼女が浸かっているお湯であった。
 モチのようになったお湯が、ティレイラの動きを邪魔しているのだ。まるで湯の中へと引き戻すように、まとわりつくお湯は彼女を湯船から逃す事を許さない。
「ちょ、ちょっと、嘘でしょ!? 何これ!? こんなの、聞いてないよ!」
 混乱した様子で、少女は叫ぶ。このままでは、湯船から出る事が出来ない。
 浴槽の淵へと手を伸ばした彼女は、必死にお湯から抜け出そうと試みる。精一杯の力を込めても、少しずつしか動く事が出来ないのがもどかしい。
 抜け出せそうになっても、疲労により何度も湯船の中へと戻されてしまった。それでも、ここで諦めるわけにはいかない。
 なんとか片膝を浴槽へと乗せ、ようやくティレイラは半身を引き抜く事に成功する。
「よし! あと、もう、ちょっと……!」
 ――あと、もう少しで解放されて自由になれる。
 希望の光が見え、思わずティレイラは笑みを浮かべた。しかし、その笑顔は、すぐに絶望の色に塗りつぶされてしまう。
「うそ!? ま、待ってっ!」
 身体が滑り落ちるような感覚。ただでさえ疲労していた身体の力が、安堵したせいで一瞬抜けてしまったのだろうか。
 すっかりトリモチのようになってしまったお湯の中へと、ティレイラは再び飲み込まれてしまった。
 思わず口に出した、彼女の「待って」という要求を聞き入れてくれる者はこの場には存在しない。
 もう一度、ティレイラは淵を掴むために手を伸ばそうとする。しかし、更に強力になったトリモチは彼女の動きを完全に封じてしまった。
 身動きが取れなくなったティレイラは、頭を抱える事すら叶わずに、その瞳を絶望に染める。
「だ、誰かっ! 助けて! 師匠!」
 疲れを癒やすお湯の温度に、心地の良い香り。毎日の楽しみであるバスタイム。
 しかし、ティレイラにとっての至福の時間だったはずのそれは、彼女を苦しめる悪夢の時間へと変わってしまった。
 こんなところで、こんな格好で動けなくなっている自分を助けにきた誰かに見られるだなんて……!
 という心配は、一切身動きが出来ないという恐怖の前では、もはや二の次だ。
「もう何でもいい! 誰でもいいから、早く助けてよ〜!」
 助けを求める事しか出来ないティレイラの叫び声が、浴室に反響するのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
ティレイラさんの受難のバスタイムのお話、このような感じとなりましたがいかがでしたでしょうか。
お気に召すものに仕上がっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
この度は、ご発注誠にありがとうございました。また何かありましたら、いつでもお声がけくださいませ。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月29日

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