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『この春を越えた先に―― 』
ユリアン・クレティエka1664)&ルナ・レンフィールドka1565)&ソフィア =リリィホルムka2383)&エアルドフリスka1856)&エステル・クレティエka3783

 薬局にてユリアン(ka1664)を迎えたのは師である薬師のエアルドフリス(ka1856)とお茶を飲みに来た貴族の青年。
「楽しみダネ」
 唐突な青年の言葉を補うように師が「あの村の祝い事とは大変に結構だ」と手紙をデスクに置く。
 アメノハナの村の若者の結婚式と祭りを村でやるために力を貸して欲しい、と仲間たちへユリアンが送った手紙だ。
「ぜひとも協力させて頂こう」
「僕もダヨ」
「二人ともありがとう。皆にも改めて話にいかないと」
 忙しくなるぞ、とユリアンは軽く頬を叩いて気合を入れた。

 結婚式と一口にいっても地域によって大分異なる。
 まずは村人たちが暮らす居留区で話を聞くことにした。
「結婚をアメノハナに報告し、家族としての印を授与……」
 エアルドフリスは長老に部族の伝統や風習などの教えを乞う。長老は気にしないで欲しいと言ってはくれるがそこは祝う方の心意気の問題。
 それにエアルドフリスは代々守られてきた事がいかに大切であるか知っている。
「後は二人の希望を教えてはもらえないかね?」
 エアルドフリスに話を向けられた結婚式の主役の二人はしばし考えてから口を開く。
「他の地域の風習も取り入れたいと……」
「それなら指輪の交換とかもいいのではないでしょうか?」
 村人が宿泊する家についての相談をしていたソフィア =リリィホルム(ka2383)が話に加わり、
「勿論、指輪の準備はおまかせください」
 営業用スマイルも忘れない。
 他にもブーケトス、フラワーシャワー、ウェディングケーキの入刀……など挙がる。
「後でお二人にお話を伺っても構いませんか?」
 ひと段落ついたのを見計らいエステル・クレティエ(ka3783)が新郎新婦に尋ねる。
「夜に皆でパジャマパーティーしながらでどう?」
 それまで大人しかった長老の孫娘が身を乗り出した。

 夜、花嫁宅にて皆で引出物用の菓子を包みながら話に花を咲かせる。
 広場も賑わっていたがこちらも負けていない。
「お付き合いしてからどれ位で結婚を決められたんですか?」
 「おめでとうございます」などと畏まって挨拶していたのも束の間、エステルは興味津々といった態だ。
「お二人にとっての思い出の曲を教えてくれませんか?」
 ルナ・レンフィールド(ka1565)も質問をする。結婚式の定番曲だけでなく、二人にとって大切な曲も演奏できればと考えていた。
 新婦は初めて躍ったダンスの曲だと教えてくれる。
「覚えているの?」
 驚く花婿に「当たり前ですよ」と花嫁、ルナ、エステルの声。
「これからは花婿さんにとっても大切な曲になること間違いなしだよ、ね?」
 引出物の菓子を用意してくれた少年が花婿をフォローした。

 居留区からさらに北上、辺境の村にはまだ雪が残っている。
 村周辺の安全確認のため、解けかけの雪と泥濘で滑りやすい獣道をエアルドフリスは踏み分けていく。
 侵入者に逃げ出した獣を見送ってエアルドフリスは「ふむ……」と考え込んだ。
「冬の厳しさが肝要に思えたが……」
 すでに気配は春だ。薬局から連れてきたアメノハナは果たして――

 結局見かけたのは獣のみ。さしあたって危険はなさそうだ。
 尤も最近辺境付近で不穏な話を聞くようになったから油断は禁物だが。
 風を切る音に天を仰ぐ。空を昇る矢が村を挟んだ反対側にも異常がなかったことを告げる。
 エアルドフリスも蒼い燐光を纏う矢を放った。

「材木や工具は広場に簡易テントを立てるのでそちらに。食材は魔導トラックに……」
 資材の保管場所の指示を出していたソフィアは材木を抱え目の前を通りかかったユリアンを呼びとめた。
「さっきからそわそわと。さてはルナさんをお探しですね?」
 笑み交じりに問う。
「ルナさんはエシィ達と長老の家の掃除に……」
 言ってから「しまった」という表情のユリアン。彼女のことを気にかけていたと白状したのも同然だからか。
 しかしそれ以上、ソフィアは突っ込まずに「アメノハナのところに行って大丈夫ですよ」とユリアンから材木を取り上げる。
「後でたくさん働いてもらいますから」
 いってらっしゃい、と送り出す。

 アメノハナ群生地。
 ユリアンは花に被る雪をそっと退ける。
 膨らみかけた橙色の蕾、に混じる白い蕾。
 去年薬局で育てて此処で開花させた株だ。
「白いままか。 それにしても大分雪が解けてるな」
 ユリアンの背後で木々が鳴る。
「日陰でも作ってみるかね?」
 ユリアンとともにアメノハナを育てているエアルドフリスと――
「ソフィアさんに此方にいると伺ったので」
 ルナが薬局から持ってきた植木鉢を抱えやって来た。
 ユリアンがつけている記録から今回の方針を決める。
「日向と日陰、それと株ごとに雪を被せる日をずらして……」
 条件を組み合わせを作っていくが、
「何かが足りない……と思う」
 長老やその孫娘に聞いたところ、アメノハナは同じような寒冷地でも花を咲かせなかったらしい。
「皆と離れて寂しい……とか?」
 ルナの何気ない一言。
 群生していることに意味があるのかもしれない、とユリアンとエアルドフリスは顔を見合わせた。
 薬局から持ってきた鉢植えを半分に分け群生地と村の外にある遺跡、その二か所で観察することとなった。

 村の広場は残っている雪を退かせば十分使える状態になるだろう。
「北側はあちら……と」
 ソフィアは方角を図面に書き込む。
 居留区で聞いてきた祭りに使う祭壇や篝火の位置を決めているのだ。
 彼らにとって大切な祭りだというのなら小さなところも疎かにしたくはなかった。
 終えると図面を腰に括り付けたバッグにしまい込み、代わりに自分の胸の高さほどあるスコップを手に取る。
「まずは雪かきからです」
 ファイトですっ!なんて声は可愛らしいがスコップを雪に突き立てる動作は力強い。
「水捌けように溝も作らないとな」
 泥濘に足を取られた仲間が汚れたブーツを指さした。
「そうなると皆さんが落ちないように蓋も必要ですよね」
 宴会に酒は付きものだ。酔っぱらいが嵌って怪我しないとも限らない。

 楽器ケースを抱えたソフィアのユグディラが扉から顔を覗かせる。
 雑巾を絞っていたエステルは手を休めた。
「それは窓際の敷物の上に」
 ユグディラは揺らさないように静かに楽器ケースを置く。
「ありがとうございます」
 尻尾を揺らし応えたユグディラが次の荷物を取りにいく。
「それにしても……」
 アメノハナの群生地から帰ってきた友人は時折何か口ずさみながら黙々と腕を動かしている。
 ルナさんの集中力はすごい、と感心してしまう。

 ルナは頭の中でずっと曲を考えていた。短くとも新郎新婦のために一曲作りたい。
 居留区で話した二人はとても優しくて幸せそうな音に包まれていた。それをどう曲として表現するか。
「なんてぴっかぴかなの……」
 他の部屋の掃除を終え戻ってきたエステルの声で我に返る。
「そういえば腕が痛いかも」
「後で兄様に薬を貰いに行きましょう」
 薬ならエステルの兄ユリアンではなくその師のエアルドフリスに頼むほうが確実なのだろうが、ルナは「はい」といい返事。
 宣戦布告したのだから余計な遠慮はしないと決めている。

 大人数を一気に運べないので準備と同時進行で村人をグリフォンで迎えに行く。
 仲間にも協力してもらい、キャリアーを装備できるグリフォンを中心にチームに分けての運用。
 グリフォンたちにはかなり頑張ってもらうことになるからご褒美に好物も沢山もってきた。
「折角だし、キャリアーも飾ろうかな」
 新調はしたが無骨なのは否めない――ユリアンは自身のグリフォンのキャリアーを前に思う。
 街でも結婚式用の花で飾りつけた馬車をみかけたことがある。
「手伝ってくれるかい?」
 グリフォンにブラシをかけていた長老の孫娘に声をかけたが何故か躊躇われた。
 今までなら元気いっぱいユリアンの周囲を跳ねていたというのに。距離がある。
 気のせいだろうか。
「君の力を貸してほしいな」
 しかし駄目押しとばかりに手を差し伸べたユリアンに「そういうところだと思うがね」と師の溜息。
 作業中も少女は口数が少なかった。

 夜もまた作業だ。
 指輪の意匠にするアメノハナを見に行く途中でソフィアはエアルドフリスと出くわした。
「逢引きかな、先生?」
 薬師の手には二人分の茶と菓子。
「作業効率を上げるためには適度な休息も必要だからね」
 軽口の応酬はいつものこと。
「そういえば決めたのかい?」
「何をだね?」
「嫁入りさ」
 鼻白む気配にソフィアは人の悪い笑みを浮かべる。
「それは――」
 以前のように「出来ない」とは言わなかった。
 心境の変化があったのだろうか。
「今度また酒でも飲もうか」
 ソフィアはエアルドフリスの背を叩く。
 以前一緒に飲んだ時の会計を思い出したのだろう「げ」って顔をされた。
「そこは男の甲斐性をみせるところですよ、ルディせんせ?」
 あざとい甘さを含んだ声でひらりと手を振って去っていく。
 更にその助手もみかけたが……。
 見て見ぬふりで通り過ぎた。
 他にも――。「若いねぇ」感嘆を込めて呟く。

 村はずれの家から聞こえてくる楽器の音。
 リュートの弦を軽やかに弾いてルナが動きを止めた。
「どうかな?」
 新郎新婦のための曲。漸く形になった。
 二人の幸せを願い心を込めて作った曲はエステルから拍手が送られる。
「すごく素敵。キラキラしてて……」
 ルナは安堵の息を吐く。
「エステルちゃんの楽譜はこれ。わからないところがあったら聞いてね」
「うん、明日には二人で合わせられるように……」
 何かに気付いたようにエステルが立ち上がり大股で窓へと近づきがっと開く。
「兄様、いるのでしょ」
 エステルの呼びかけにユリアンが「こんばんは」と困ったような笑顔で現れる。
「頼まれた薬を持ってきたのだけど……練習中みたいだったから」
 薬を渡して戻ろうとするユリアンをルナが呼び止めた。
「あの……腕に貼るの一人ではできないのでお願いできますか?」
「じゃあ休憩にしましょう。私はお茶とお菓子を取りにいくので兄様はルナさんをお願いね」
 ユリアンと入れ替わるエステルがルナに小さく拳を握ってエールを送ってくれた。
 日常の当たり障りのない会話をしながらユリアンが薬を塗った布をルナの腕に貼り固定してくれる。
「薬師さん、薬師さん」
「まだ助手だよ」
 ユリアンが苦笑を零す。
「では助手さん、診察のお代はいかほどですか?」
 冗談めかすルナに「じゃあ一曲お願いします」とユリアン。
 では……ルナは春の訪れを喜ぶ曲を奏でた。
 この曲はユリアンためだけに……。

 兄と親友、二人きりにしてあげたくてエステルは少し遠回りして長老の家へと向かう。
 二人がどういう結論を出すのか、自分は口を出すことではないけど。
 でも自分だったら……とふとした拍子に思ってしまう。
「……っ」
 パンと手を叩いて気持ちを結婚式へと切り替えようと試みる。
 最近不安を呼び起こすような話題が多い――だから
「こんな時だからこそ。とても素敵な事……」
 うん、とても素敵。めいっぱいお祝いしたい。準備に演奏に……自分にできることはなんでもしたい。
 そう『こんな時』だから……こそ。視線が爪先のちょっと先に。

 私は……。

 知らず足が止まっていた。
 ぐるりと追いやったはずの想いが戻ってくる。
 それを盾に答えを迫ってしまいそうで怖い……。
「……ううん」
 私は決めたの。と頭を左右に振る。
 すべてが終わったら、悔いなど残らないように当たって砕けると――。
「だから今は……ひゃっ?!」
 木陰から突然誰かが現れた。
「……っ」
 同じく驚いた様子なのはリアルブルー出身の少女。エステルにはピンとくるものがあった。
「ひょっとして……」
 そう自分は全てが終わってから。でも皆のことは現在進行形で気になる。仕方ない。女の子とはそういうものなのだから。

 空が白んできた。まもなく朝日が昇ってくるだろう。
 ソフィアは欠伸を零す。
 昨日から指輪にアメノハナを掘る作業に取り掛かっている。
 つい興が乗り気付けば窓の外が仄かに明るく……
「職人あるあるだな……」
 とりあえず顔を洗おうと向かった井戸には先客がいた。
「ソフィアさん、おはよう」
 ユリアンは雑巾を突っ込んだバケツを手にしている。
「おー……はようございます。早いですね」
「村の皆が寝泊まりする家の掃除だけでもしっかりしておこうと思って」
 顔を洗いタオルで拭いながら雑巾を洗うユリアンの背中をぼんやりと眺めていた。
「まぁ……若いうちは思うままに行けばいいさ」
 その背に語り掛ける。これは彼より聊か年を経た自身の言葉だから、演じている「ソフィア=リリホルム」ではなく素のままで。
「その選択が間違いかどうかを決めるのも自分だしな」
 雑巾を絞るユリアンの手が止まる。
 遠くへ投げられたユリアンの視線の先に映るのは何であろうか。
 あの時こうしたら、こうしなければ――そんなの後から後からいくらでも沸いてくる。
 そしてそれをすぐに忘れるほど人は便利にはできていない。
「後悔も自責もいくらでもすりゃいいさ」
 わたしだって未だにそんなのだらけだ、と言えばユリアンが振り返った。
「俺は……」
「悩むのだって好きにしな」
 突き放しような言葉の後「ただ、まぁ……」とユリアンの隣にしゃがみ込む。
「自分の選んだ道を否定だけはしないでほしいな」
「……うん。今なら少し、わかる、よ」
「そいつは何より、だ」
 ソフィアはニっと唇の端を上げる。

 結婚式当日は夜明け前から忙しい。
 花嫁、花婿の準備を手伝ったり、自身の準備もしたり。
「皆、正装するのか……」
 皆が正装を準備していた事実にユリアンは呆然とする。普段迷彩柄イメージの強い青年もタキシードを持参していたなんて。
「結婚式だもの」
 妹は呆れたと言わんばかりだ。
「あー……村の民族衣装借りれない、かな?」
「もうそんなこといきなり言われても。呑気なんだから」
 そう言いながらも妹が村人から衣装を借りてきてくれる。

「ルナ、メークを見てあげるわ」
「どんな髪型がいい?」
「その帽子取ってくださーい」
「リボン曲がってない?」
 早々に着替えたユリアンは手持無沙汰に壁際に座る。
 故郷の巫女装束に着替えた師匠は長老と打ち合わせ中のようだ。
 間もなくドアが開いて妹たちが出てきた。
「どう、兄様?」
 お日様色のリボンで髪を編み込んだエステルがふわりとワンピースの裾を靡かせ長老の孫娘の背を押しながらユリアンの前に立つ。
 手を後ろに組んで少し落ち着かなさそうな少女の髪でアメノハナが揺れている。妹がアレンジしたらしい。
「……え? うん。二人とも良く似合って可愛いなと……」
「それだけ?」
 村の少女がずいっと詰め寄る。
「えー……っと、大人っぽくなって見違えた、かな?」
「会うたびに大きくなった、って言っている」
 それは仕方ない実際に会うたびに大きくなっているのだから。
 このままもっと大きくなっていずれこの子も嫁さん行くのだろうか――と感慨に浸りかけた胸に去来した複雑な想いは、出会った頃と変わらない少女のぷぅと膨らんだ頬に消えた。
 「長老にも見せにいきましょう」妹と少女が行き、ルナと二人取り残される。

 メークを手伝ってくれた人が「可愛いわよ」と太鼓判を押してくれたから大丈夫。
「ルナさん……」
 先制で名前を呼ばれルナはついユリアンをじっと見つめてしまった。
 ユリアンの顔に浮かんだのは柔らかい笑み。
「ルナさんも……綺麗だね」
「ユリアンさんもお似合いですよ」
 なんてことないふりして答えはしたが、たった一言、それが嬉しい。
 胸の中生まれた音を逃がさないようにそっと胸元を抑えた。

 アメノハナの群生地で行われる婚礼の儀式は親戚など近しい人のみが出席するとのことだが、ハンターたちもぜひともと招かれ列に加わる。
 祈りを唱和した後、族長から新郎新婦に彼ら新しい家族を表す印が授けられるところまで見届けたルナとエステルは急いで村へと戻っていく。
 群生地への小径の入り口で待っていてくれたソフィアのユグディラから楽器を受け取る。
 「おめでとうございます!」暫くして響く声を合図に始める演奏。
 二人の仲の良さをルナのリュートとエステルのフルートの掛け合いで表現した――ルナが作った二人のための曲。ずっと幸せでありますように、願いを込めて繰り返す。
 フラワーシャワーが終わるとソフィアとユグディラがルナたちへと駆け寄り
「こっちです」
 譜面台を抱え先回りするため広場へと先導してくれる。
 日よけのテントの下、待ち構えていると皆が現れた。
 新郎新婦がハンターたちに感謝の言葉が述べたのを契機に村人からも次々と礼が湧き起り、楽器を構える二人にも次から次へと村人がやってきて少しの間演奏どころではなくなったが。
 指輪の交換は二人の思い出の曲を奏でることができた。
 新婦の指輪は表にアメノハナ、新郎は裏側に。
「お幸せに!!」
 二人の指で輝く指輪を作ったソフィアは仕上げとばかりに村人と一緒に盛大な拍手を送っている。
「私には縁がなさそうなのでその分も込めてです」
 お道化た仕草でソフィアが言う。

 夕暮れ、紫紺に染まりつつある空。
 松明を手にしたエアルドフリスが広場に姿を現すと先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
 ルナが楽器を置き立ち上がる。深呼吸――雪解けの清涼な水を思わせる歌声が響く。
 エアルドフリスが櫓に火を点し春を迎える祭りが始まりを告げた。
 村人の間から漏れる言葉にならぬ声。
 祭壇の上、長老より一歩下がった位置にエアルドフリスは立つ。
「また再びこの地で春を迎えることができることを嬉しく思う」
 長老が祈りを捧げる。

 離れていても。時が経っても故郷は故郷――

 エアルドフリスは長老に倣い天に向け手を掲げる。

 あるいは記憶すら薄れるのかもしれん……

 自らの身を包むのは今はなき故郷の巫女装束――
 だが眼裏に映る故郷は全てが鮮明に蘇ってはくれるわけではない。

 それでも……

 長老の祈りにエアルドフリスの祈り。そして村人たちの祈りが調和し響き合う。
 感極まって泣き崩れる人もいた。

 繋がり、それ自体は誰にも奪えん

 己も未だ故郷の教えを守ろうと……。
 祭壇の上から見つけた一人。
 あぁ、そうだ……祈りを紡ぐ声が柔らかさを増す。

 人はそうやって変わりながら生きていくのだろうね。

 見つけた人に心で語り掛ける。
 大切な繋がりをこの胸に抱きながらも人は変わっていくことができると教えてくれた――。

 そう、万物は流転する、水の如く、雨の如く。

 姿を変えながら。
 あちこちからあがるすすり泣く声に「めでたい日にそう泣くものではないよ」長老が手を叩く。
 応じるように祭りの歌が流れだす。
 エアルドフリスが壇上で歌い始めたのだ。
「踊ろうよ!」
 その意図を汲んだ彼がスカートを翻し前に出て、村娘たちも続く。
 次第に手拍子が増え、広場は再び活気を取り戻す。

 歌い踊る人々の輪の外に立つ兄の隣にエステルは並ぶ。
「先生に任せきりでいいの?」
「頼れるところは頼ることにしたんだ」
 悪戯心を含んだ笑みで兄が返す。
「兄様。アメノハナ……母様にもまた見せたいな」
 今年も群生地で花を咲かせることは成功したとは聞いた。しかし遺跡に置いた花は咲いてないらしい。
「開花が安定したらうちにも連れて来てね」
 頷く兄はしばし輪の中心で踊る新郎新婦を見つめていた。
「……おめでとう」
 漏れた声がどこか遠くに聞こえてエステルは兄を見上げる。
「エシィ……。何かあったら……色々頼む」
 長老の孫娘、ルナ――兄の視線の先にいる二人。
 エステルの不安を感じたのか「勿論」と此方を見て言葉を続ける。
「生き抜く善処はする。でも絶対はないから……。万一の事を頼んで、悔いなく抗う」
 最後は誓いのように躊躇いはなかった。
 兄の中で何か覚悟が生まれたのだとエステルは思う。でも――。
「今だから、エシィだから言うんだ」
「……あ、 きれた」
 掠れ声。
「私にまでズルい人だったなんて」
 鼻の奥がツンと痛い。兄の手が頭に置かれた。顔を背けて誤魔化したのに伊達に兄をやってない。
「涙が滲むのは式が素敵だから。それは本当。本当だけど……」
 弱気になりそうな心にエステルは問いかける。
 私が戦闘を控えるようになったのは何のため?
 家族の傍に在る為、兄の無茶を聞く為。
 私だって覚悟ならとっくに決めているの。
 持っていたコップを兄に押し付け、ルナの元へと走っていく。
 任せて……悔しいから胸を叩いて請け負うなんてしてやらない。
「次は門出を祝う歌にしましょう」
 フルートを唇に添えたエステルに、ルナがリュートを構える。
 伴奏が終わり、エステルは徐にフルートをおろした。
 一瞬驚いたルナだが演奏は続けてくれる。
 兄へ、新郎新婦へ、迎えた春に――エステルはありったけの想いを込めて歌う。

 村人を居留区に送り届け、修繕も気になるところは終え、村を出立する日の朝、ユリアンとエアルドフリスは遺跡を訪れた。
「やっぱり咲かないね」
 雪を被せた日数関係なく遺跡に置いたアメノハナは咲く気配がない。
「長老曰く、多くの花を外に持ち出した例はないとのことだ」
 時折、分けて欲しいという者が持っていくのはだいたい数株程度。
「三分の一程度なら持って行っても良いとのことだがどうするかね?」
「やることを終えたらまた来るよ」
 暫く考えてから出したユリアンの結論にエアルドフリスからは「あぁ」とだけ返ってきた。

 遺跡の近くで少女が待っていた。「先に行っているよ」エアルドフリスはさっさと一人で行ってしまう。
「少し散歩しようか?」
 ユリアンと少女は並んで歩く。
「ねえ、ユリアン。薬局の花が咲いたら――じゃなくて」
 首を小さく振る。
「花が咲いても遊びに来てくれる? お祭りにも来てくれる? ……ううん」
 少女がぐっと手を握った。
「私に会いに来てくれる?」
「勿論」
「本当?!」
 ここ数日のよそよそしさが嘘のように少女が満面の笑みを浮かべる。
 ユリアンは妹へ伝えた言葉を思い出した。
 そう抗うのは――

 また来年、花咲く日を迎える為――

「絶対よ!!」
 念を押す少女と指切りを交わす。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
━┛━┛━┛━┛
ユリアン(ka1664)
ルナ・レンフィールド(ka1565)
ソフィア =リリィホルム(ka2383)
エアルドフリス(ka1856)
エステル・クレティエ(ka3783)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

お祭りと結婚式のお話お届けいたします。
私個人としては村人が再び故郷で――と、とても感慨深いです。
来年の春またお会いできますように!そう祈っております。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
イベントノベル(パーティ) -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年07月29日

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