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『流血の宴に舞う』
芳乃・綺花8870


 今から仕事である。敵の返り血を、大量に浴びる事になる。
 仕事前に身体を洗っても意味がない、とは言えるかも知れない。
 それでも芳乃綺花(8870)はシャワーを浴びた。体育の授業で、汗をかいたからだ。
 授業の終わり際、携帯端末に指令のメールが来た。
 返り血を浴びる仕事を、これから実行しなければならない。
「やっぱりねえ、綺麗な私じゃないと失礼だと思うんです」
 湯の匂い漂う身体に、綺花はランジェリーを巻き付けていった。瑞々しい胸の膨らみが、純白のブラジャーに押し込められて深く柔らかな谷間を作る。
「儚い命を精いっぱい燃やして、私に挑んで来る方々に……ね」
 格好良く膨らみ締まった左右の太股が、ストッキングに覆われてゆく。ランガードとバックラインが、鍛え込まれた美脚をさらに戦闘的に引き立てているようだ。
 その上から、スカートを巻く。丈の短い黒のプリーツスカートが、食べ頃の白桃を思わせる尻周りを取り巻いた。
「聞いてます? あなたの事を言ってるんですよ私」
 この場にいない、女子更衣室にいてはならないはずの相手に語りかけながら、綺花は手早くセーラー服を羽織った。前面のジッパーを閉じ、スカーフを巻いた。
 しなやかな肩の丸みが、綺麗な鎖骨の窪みが、美しい腹筋の線が、隠れてしまう。が、健やかにくびれた挑発的なボディラインは隠せない。
「いつから覗いていたのか知りませんけど。最後の眼福、堪能しましたか?」
「眼福……で、済ますワケねえだろ嬢ちゃんよォ」
 更衣室の天井に貼り付いていたものが、ぼとりと落下して来る。
 綺花は後方にステップを踏み、かわした。艶やかな黒髪がさらりと揺れ、芳香を放つ。
「何でぇ、シャンプーまでしてたのかよ。どんだけ念入りに身体洗ってたんだよ嬢ちゃんよ、そそそのたまんねぇーカラダをよおお」
 おぞましいものが、眼前に着地していた。
 元々は人間、だったのだろう。その全身で筋肉が歪みながら盛り上がり、痙攣している。長く伸びた両手足の指先は、吸盤だ。
 迫り出した眼球は欲望を漲らせて血走り、大きく裂けた口は、不格好な牙とナメクジのような舌を見え隠れさせている。
「いいぜぇ、そのキレイな身体しゃぶりまくってやんよォー! 血ぃ吸い尽くしてやっからイイ声で泣けや嬢ちゃぁあん!」
 叫び牙を剥き、舌を踊らせ、襲い来る怪物に向かって、綺花の方からも踏み込んで行く。
「何と言うか……考えたくも、ありませんけど」
 ゆらりと踏み込んだ肢体が、翻る。
 黒髪がシャンプーの残り香を撒き散らし、形良くセーラー服を膨らませた胸が横殴りに揺れる。
「あなた……吸血鬼ですか」
 右手を、綺花は一閃させていた。繊細かつ鋭利な五指が、手刀を成しながら光をまとう。法力の光。
 光り輝く手刀の一閃が、吸血鬼を滑らかに両断していた。
 真っ二つの屍を見下ろし、綺花はぼやく。清楚な美貌が、苦笑の形に歪む。
「世間の女の子たちがね、あなたがた吸血鬼にどれだけロマンティックなイメージを抱いているのか……少しくらい考慮して下さっても、罰は当たらないと思いますよ?」


 全く、考慮はしてもらえなかった。
「おおおお女おんなオンナ、JK! JK!」
「セーラー服だよセーラーふくぅううう! ぬっ脱がすぜぇー半分くらい」
「んでよォ、カラダじゅうから血ぃだけじゃねえ色んな汁ジュルジュルしゃぶったるがなぁああああ!」
 吸血鬼たちが、品性下劣さを剥き出しにしながら跳ね回り這いずり回り、全方向から綺花を襲う。
「……罰を当てるのは私の役目、ですか」
 溜め息をつく少女の周囲で、吸血鬼たちが縦に、横に、斜めに両断されてゆく。
 真っ二つ、あるいは3つか4つに斬り分けられた肉の残骸。
 無数の吸血鬼がそんな死に様を晒す、凄惨な殺戮の光景。その真っ只中に今、綺花は佇んでいた。
 1滴の返り血も浴びていないセーラー服が、黒髪が、血生臭い風に揺れる。
 重量のある日本刀の柄を、少女の優美な五指が、特に重そうな様子もなく保持している。
 無銘の、退魔刀。斬撃の法力を、素手の時の数倍、数十倍、数百倍にして放つ武具である。腕力だけで振り回す得物ではないのだ。
 とある広大な洋風住宅。洋館、と言って良いだろう。
 その庭園が、大虐殺の現場と化したところである。
「面白い……実に面白いよ君。ヴァンパイア・ハンター、といったところかな」
 洋館の主が、拍手をしながら進み出て来る。
 30代前半。青年、と呼べなくもない年齢であろうか。小太りな身体に、高そうなスーツが全く似合っていない。締まりのない顔面の中で両目だけがギラギラと嫌らしく輝いて、綺花の全身を視線で舐め回している。
「僕たち吸血鬼が、この世を支配する……その前に向き合わなければならない、美しき妨害者よ。まずは、よく来てくれたね」
「お仕事ですから」
 事前情報を、綺花は思い出してみた。
 新進気鋭の若社長として最近、経済誌などで頻繁に露出するようになった人物である。IT業界で、何かしら革命的な事をしたらしい。
 そんなものは隠れ蓑でしかなかった、というわけだ。
 自身の作り上げた殺戮の光景を、綺花はちらりと見回した。
「吸血鬼の方が、この世の支配に打って出る……にしては随分お粗末な戦力を集めたものですね」
「こんな連中には何も期待していないよ。僕1人が、いればいい……由緒ある真祖吸血鬼の血統を受け継ぐ、この僕が! 世界を真紅に染める! 人間どもを血の海に沈める! 美しきヴァンパイアハンターよ、まずは君の血を」
 高そうなスーツが、ちぎれて飛んだ。小太りの肉体がメキメキと膨張しつつ、おぞましいものを生やし伸ばす。
 露出した臓物のような、触手の群れ。それらが牙を剥き、一斉に伸びて綺花を襲う。
「ききき君の血を、君の体液を、色んな汁をぉお、じっくり時間かけて吸ってしゃぶってあげるからああああああ!」
「とりあえず、ですね」
 ゆらりと、綺花は踏み込んで行った。
 形良い太股が、少し動いただけで、ストッキングでは抑え込めないほどの色香を発散させる。引き寄せられたかのように触手たちが群がり食らいつこうとして、叩き斬られる。
 退魔刀が、一閃していた。
「吸血鬼なら、もう少し痩せて下さい。洋装の似合う、逆三角形の体格が欲しいところですね。私が日頃している鍛錬の、せめて十分の一でもこなせば違ってくると思いますよ」
 食べ頃の果実のように瑞々しく膨らんだ、セーラー服の胸元にも、触手の群れが牙を剥いて迫る。
 全て、一閃で切り落とされていた。
「私がね、このボディラインを維持するのに……どれだけ苦労しているか、わかりますか?」
 一閃した退魔刀の切っ先を、綺花は吸血鬼に突き付けた。
「あとは顔。その締まりのないお口で、女の子の首筋にキスをしようなどと」
「ひ……ま、ままま待って……」
 怯える吸血鬼の顔面に、綺花はそのまま退魔刀を突き込んだ。
 そして、法力を流し込む。
「そして言うまでもない事ですが……触手なんて生やしているようでは全然ダメです。お話になりません」
 退魔刀を引き抜きながら、綺花は吸血鬼に背を向けた。
 法力を流し込まれた吸血鬼が、表記不可能な絶叫を放ちながら爆発する。爆風が、綺花の黒髪を舞い上げる。
 結局、返り血を浴びる事もなかった。
「終わってしまいました。こんなお仕事ばっかりでは、身体がなまる一方です」
 退魔刀を鞘に収めながら、綺花は空を見上げ、呟いた。
「体育の授業の方が、大変でしたねえ……」
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月31日

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