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『雨の囁きを聞きながら 』
梅雨la2804)&化野 鳥太郎la0108


 灰色の雲が空を覆う日だった。
 朝から降り出した細い雨は今や本降りとなり、屋根や窓を叩いている。
「随分と気合入れて降りだしたなー」
 化野 鳥太郎(la0108)は身体を捻り、小さな窓から空を見上げた。
 濃い灰色の雲は厚く、雨はしばらく止みそうもない。
 部屋にはコーヒーメーカーの立てる、独り言のような物音が静かに響いている。
 鳥太郎はポットに滴り落ちる黒い雫から目を離し、キッチンの続きの部屋で伏せる梅雨(la2804)を見た。
 梅雨は大きな体を床に預け、静かに目を伏せていた。

「どこか痛むかい?」
 鳥太郎はそう言ってから、自分の表現はちょっと変だったかもしれないと思う。
 梅雨は、人口生命体ヴァルキュリアなのだ。
 梅雨が鼻先を少し上げた。
 知性をたたえた、青い宝石のような瞳が、鳥太郎を見る。
『センサーに何ら問題はない。損傷した箇所もない』
 いつも通りのぶっきらぼうな口調。
 すぐに梅雨は自分の前足の上に顎を乗せて目を閉じた。
「それならいいんだけど」
 鳥太郎はポットを取り上げ、マグカップにコーヒーを注ぐ。
 ほとんど無意識の動作だ。意識は相変わらず梅雨のほうを向いている。

 同じ小隊の仲間として、共に依頼を受けて出動することもある相手だ。
 鳥太郎は梅雨の今の様子に、どこか違和感を覚える。
(どうも様子がおかしいんだが)
 ついさっきまで、ふたりは模擬戦形式の訓練をしていた。
 模擬戦とはいうものの、それぞれの能力を鍛えるためなのだから、ともすれば下手な戦闘よりも激しい応酬となる。
 強い相手と本気でやるからこそ、模擬戦が意味をもつ。
 それでもやりすぎたかと、鳥太郎は少し心配になる。
 だからつい、言葉がこぼれ出た。
「梅雨さんは強いけどさ。やっぱりもっと自分を大事にしなきゃいけねえよ」
 模擬戦で改めて確認した梅雨の戦い方は、鳥太郎から見れば実に危ういものだった。
 肉を切らせて骨を断つ。
 あるいは、死なばもろとも。
 生きて帰ることを最初から考えていないような、そんな鬼気迫る動きだった。
 ――ぱたん。
 見事な尻尾が少し持ち上がり、床に落ちた音だ。
 言葉にできない何かを探すように、梅雨は静かな眼差しでどこかを見つめている。

 鳥太郎はマグカップを片手に部屋に戻り、テーブルの傍に座り込んだ。
 熱いコーヒーを一口すすり、テーブルにカップを置く。
 代わりに取り出したのは、テーブルの下に置いてあったブラシだ。
 四つん這いになりながら少し梅雨のほうに近づき、手招きする。
「ほら、約束したもんな。ブラッシングしよ」
 耳がピクリと動いた。と思う間もなく、梅雨はすぐにはね起きる。
『コーヒーはもういいのか』
 そう言いながら、どこか足取り軽く、鳥太郎の傍にやってきた。
「ときどき途中で飲ませてもらうよ」
 笑いながら膝立ちになり、寝そべる梅雨の背中にブラシを当てる。
 作り物とは思えない、しなやかで美しい毛並みだった。
「ほんと毛並み綺麗だよね。大丈夫、焦げてない?」
『大丈夫だ。多少乱れていると思うが』
「よしよし、ちゃんとほぐしていくからな」
 鳥太郎がブラシを動かすと、梅雨はその感覚を愉しむように目を細める。
 ブラシから伝わる梅雨の緊張が、ほぐれていくのが分かる。
 それは鳥太郎に対する警戒ではなく、何か違うものに対するマイナスの感情のように思えた。
 見事な体躯、美しい毛並み、暖かな体。
 その見事な造形に、鳥太郎は改めて感心する。
「こういう細部のこだわりというか、自然な感じというか。本当に、あんたが愛されて生まれてきたんだなってわかるよ」
 ほんの一瞬、梅雨の身体が強張ったような気がした。


 静かな時間が流れる。
 鳥太郎が毛をすくために動く気配と、雨の音だけが部屋を満たしていた。
 そこに、ぱたん、ぱたんと音が加わる。
 ブラッシングの気持ちよさに、梅雨の尻尾が喜びを表しているのだ。
『本物らしく。そう作られたわけだが、ブラッシングを心地よいと感じる感覚まで再現してくれたことは、有り難いと思う』
「人生には楽しみも必要っていうしな」
 鳥太郎が笑った。
『……だが本物なら、必要とあらば相手に致命傷を与えることを躊躇わないのだろうな』
 ブラッシングの手がとまった。
「それは『知性』とか『理性』のせいだと思うんだがねえ。俺が相手だったわけだから、まさか本気で殺すつもりだったわけじゃないだろうし」
『違うのだ。――以前から疑念を持っていたことだったが、今回で確認できた』

 梅雨の様子がおかしい理由が、ようやく鳥太郎にも理解できた。
 梅雨には『人間に致命的な攻撃を加えることが出来ない』というプロテクト機能がかかっていたのだ。
「でもそれは悪いこととは限らないんじゃねえかな」
 鳥太郎はそう言いながら、ブラシを当てる。わだかまりをほぐすように、ひときわ丁寧に。
『だが俺の、ここにいる存在理由が大幅に欠けてしまう。……なにより、皆に迷惑をかける』
 尻尾の動きがぴたりと止まってしまった。
 相手が人間だというだけで、どんな悪人でも、自分の仲間が危害を加えられても、止めを刺すことができない。
 一瞬の行動の遅れが悲惨な結果を招くかもしれない戦場で、満足に、思う通りに動けない。
 梅雨は『そう作られた』ことを受け止めきれないでいた。
 ――では、何のために自分は存在するのだ? 自分の力は戦うためにあるのではないのか?
 この感情の名前を、梅雨は知らない。

 鳥太郎は手を止めて、少し冷めかかったコーヒーを口にする。
 それから言葉を探すように、少し首を傾げた。
「俺は思うんだが。ヴァルキュリアより人間のが守られるべきかっつったら、そんなこともねえよ」
 人間であるというだけで、それほどまでに尊重されるべきものなのか。
 鳥太郎には疑問だ。
 実際、同じ人間であることを疑いたくなるような輩も世の中には存在する。
 そしてまた、ヴァルキュリアやそのほかの人間以外の存在を、理由なく傷つけても構わないとも思わない。
 鳥太郎にとって、ここで伏せている梅雨は大事な友人だ。
 姿かたち、生まれや作り、そんな物と関係なく感情は相手を選び取るのだから。
「俺は梅雨さんの命を守りたい。敵に打ち勝って、一緒に帰りたいんだよ」
 この想いは梅雨も同じだろう。
 だからこそ、梅雨が悩んでいる――あるいは困惑している。
『俺も勿論それを望んでいる。このままでは叶わないかもしれないという懸念があるだけだ。だが……』
 梅雨はまた尻尾を振り始めた。
『だが、人はこういったことを気合いで克服すると聞いた。俺にもできるかもしれないな』
「気合でもいいけど、梅雨さんは思慮深いっつうの? そんな感じだし、理屈で考えてもいいと思うがね」
 仲間が大事なら、仲間を悲しませてはいけないという理屈だ。

 そこで鳥太郎は、あることに気づいた。
 梅雨を作った誰かも、そう思ったからこそプロテクト機能を施したのではないか、ということだ。
 完璧に作られた人工の身体。
 人の心に似た感情処理。
 身体を思うままに使えば、ヒトから疎まれるかもしれない。
 それはいつか梅雨の心を壊してしまうかもしれない。
 だからこそ、人間でいうところの『葛藤』を植え付けたのではないか。
 ――本当の所は、もう確かめようもないのだが。
「だから思うんだけど。もうちょっと、自分を大事にしてほしいなーって」
 鳥太郎はその想いを籠めて、ゆっくりとブラシを動かし続ける。
 梅雨はうっとりと目を閉じる。尻尾だけが勢いよく跳ね回り、喜びを表していた。
『とても気持ちがいい。仕事のあと、鳥太郎のブラッシングがいつもあればと思う』
「喜んで。俺もちゃんと生きて戻るよ」

 雨はまだ降り続いている。
 優しく大地を濡らし、屋根に守られた者達に囁きかけるように。
 屋根の下、梅雨は満足そうに目を閉じ、じっと動かない。
 いつの間にか鳥太郎も、梅雨にもたれかかって眠り込んでいた。
 暖かな体から伝わる命の気配が心地よかった。
 これからも迷い、悩むことはたくさんあるのだろう。
 そのときはこうしてゆっくりと話をしながら、ブラッシングの時間を作ろう。
 君のことがとても大事。
 君になら全てを預けられる。
 そんな想いが互いに伝われば、きっと大丈夫。
 降り続く雨の歌は、そう囁いているようだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

長らくお待たせしてしまいました。
友人同士の静かなひとときをお届けします。
アドリブOKとのお言葉をいただきましたので、好きに描写させていただきました。
ご依頼のイメージから大きく離れていないようでしたら幸いです。
この度は誠にありがとうございました!
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2019年07月31日

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