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『無人島奇譚・5 』
海原・みなも1252

●記憶か夢か
 海原・みなも(1252)は教会の礼拝堂にいた。妙に静かである。
 正面の台にあるのは聖書のような本がある。それを読むべきだと考え手を伸ばす。

 ここにいるのは草間・武彦(NPCA001)が受けた依頼だ。
 六十年ほど前に起きた島民失踪事件の調査であり、匿名かつ道中のチケットが同封され、みなもの同行も促していた。
 該当の島まで運んでくれた近隣の島の漁船の船長も、その島の失踪事件の理由を知らないという。どちらかというと濁していた。
 島民が消えたとあれば、事件や事故も含め、話題になるはずだ。
(船長さんは……何と言ったのでしたっけ?)
 みなもは思い出そうとするが、霞がかかったように頭の中はぼんやりしている。
 今は夢のような気もしてきた。だから、思考がおかしいのかもしれないと考えた。
 この島で暗く深い海の中にいた夢を見た記憶がよみがえる。
 逃げようにも逃げられず、海の底から伸びる闇が、みなもをとらえて離さないような感覚があった。
(あれは、危険なもの……草間さんは相手にするなと言ったはず……)
 島は真っ白な霧に包まれ、霧雨が止まらない。その島での調査は目くらましに覆われ、調査は難航した。
 人面蜘蛛の巣があり、襲われたりした。

 もしかしたら、あたしは、足を引っ張っている?
 指定があったのは、武彦が指定された行動を拒否しないようにという人質の役割ではないかという考えがよぎった。

『にゃー』
『にゃあああ』

 不意に猫の鳴き声がする。
(……草間さんは結局あたしを連れてきた。あたしも、覚悟を決めて来たんです)
 島にはたくさんの猫がいた。何かするわけでもないが、みなもたちを導いているようにも見えた。
 地下への道を見つけ進んだ先で出会ったのは後ろ足で立つ猫の姿をした門番だった。そして、その門番はここに来ることを止めた。

「推測ばっかしたってしかたがねー」

 不意に武彦の声がした。みなもの前にある台の先にいた。
「草間さん、何か気づいているんですよね。あたしは……どうすればいいんでしょうか? ここのことを知りませんし、魔術なども知りません」
「星の並びと、水の流れ」
「え?」
「いや、来ることに意義があるということだ」
「な、なるほど」
 みなもは首を傾げる。
「さて、さっさとその本をどけてしまおう」
「え?」
 みなもは困惑した。この本はこの先に進む手がかりだと考えていたからだ。
「必要がない、お前の手で燃やしてくれ」
「えっ?」
 みなもは武彦の表情を見ようとした。武彦に対し、何か違和感が覚えていた。
 みなもの記憶は色々ずれていたため、信頼する武彦が言っていることなのだから、嘘はないだろうしその言葉に従いたいと考える。
 しかし、何か引っかかる。
「どうした? さっさととって終わらそう」
「……なぜ……」
 「草間さんがとらないのですか」という言葉を飲み込む。
(草間さんはさっき見ていたはずです。触れずに見ることは不可能です)
 不安が膨れていく。疑いたくはないが、今ここにあるのは違和感だ。
 みなもは本に手を伸ばす。

●覚醒
 みなもは手首を掴まれていた。
「何やってんだ! むやみやたらとこういった本に手を出すな」
 みなもは手を掴んでいる声の主を見た。眠気を追い払うように、目を瞬いた。
「……草間さん?」
「なに寝ぼけてんだ」
 みなもは自分の横にいる武彦は武彦だと認識した。そして、本に伸ばしていた手を引っ込める。
 武彦はみなもが目を覚ましたととらえたのか、本が置かれている台の先を指さした。
 みなもはそちらを見た。
 教会の礼拝堂突き当り、そこには壁や神体となるものがあったはずだ。現在は漆黒とも暗褐色ともとれるの闇がうごめいていた。
「……あんなのありましたっけ?」
「いや、お前さんがそれをとろうとしたときから」
 ただ、そのうごめくものを見ていると、腹の底から気持ち悪さがこみあげてくる。
「……でもなんで……」
「俺たちを止めたい奴らが、星の並びよって道ができたから、間接的にちょっかいだそうと言う魂胆だろうなぁ」
 武彦の説明に余裕を感じられない。異界と関わるような言葉を避けなかったからだ。
「つまり、寝ているあたしに声を掛けて、自由に操ろうとしたということですか?」
「そんな感じだ」
 本の内容が事件の先に進める鍵だと感じていた。それを利用されたのかもしれないとみなもは思った。
「で、あいつらの狙いはその先、お前がそれを読んで、意識をを手放すことだ」
「……でも、草間さんは」
 武彦は肩をすくめてごまかした。
「この本を見れば、何かわかるんですよね」
「分かるが、わかりたくない知識だ」
「あたしの意識がなくなった場合、どうなるのですか?」
「……何かがお前になる。その間に、俺たちみたいなヤツの目の届かないところに持ってくだろう」
 それがどこかは分からない。夢の中の武彦は、燃やせと言った。それでなくなる物か分からないが、影響はあるのだろう。
「そのあと、十中八九、みなも、という肉体も滅ぶ……つまり、死だ」
 武彦は沈痛な表情を見せる。
「……草間さん……わかりました。内容は確認しませんが、必要なら持ってみせます! 早く状況を変えましょう! 草間さんが辛そうです」
「……はあああああ」
 武彦は大きく息を吐いた。そして、頭を激しく掻く。
「眠い! 確かに眠い! 辛いっちゃー辛い。ああ、お子様に心配されるなんて!」
「ひどいです! 心配しているのに、そんな言い方っ!」
 みなもは怒る。しかし、それに反して、武彦に顔に笑みが浮かぶ。
 その笑みも疲労の影が見える為、凄惨さが増すだけだった。ただ、何か吹っ切れたような表情に見える。
「なら行こう。本を取る。そうなると、その先は終わりへまっしぐらだ」
「……はい」
「良いか悪いかはわからない」
「ハッピーエンドを目指します」
 みなもは力強く言った。
 意志が重要なら、望む未来を描く。
 力強く返事をすることで、みなもの中にあった不安と不審は消し飛んだ。
 武彦が本を手にしようとした。その手にみなもは触れる。
「この本は必要ならあたしが持ちます。何かあって、戦う必要があるとき、あたしは逃げるので精一杯です。草間さんは島に来て資料はすべて読んでますし、これについても理解しています。なら、あたしは大切なこれを持って逃げるのが仕事です」
 武彦は逡巡した。
「……まあ、俺が持っていたって危険なのには変わりないし、ここにいる時点で危険だからなぁ。身の危険が迫るなら、捨てて逃げろ」
「ええっ!?」
「返事は?」
「はい」
 みなもは本を手にした。
 持った瞬間、ぞくりと背筋が凍る。
(この中身を見た場合どうなるのでしょうか? 中身自体が何かを語りかけているような気がします。気のせいかもしれません。でも……怖いです)
 うごめく闇も激しさを増した。
「来るぞ。奴らを追い返すには……」
 武彦は何か叫んだ。しかし、みなもの耳に届かなかった。
 なぜなら、うごめく闇があふれ出し、一気に周囲を覆い尽くしたからだった。
 そして、意識は途切れる。次に目が覚めたとき、すべてが解決しているか、それとも滅んでいるのか、目が覚めないのか……。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ご指名ありがとうございます。
 本主体……になっておりますでしょうか? 中心にはある感じですが。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月01日

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