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『愛という調味料 』
フェリシテla3287

 フェリシテ(la3287)は長い髪を一つに結び、小鳥柄の可愛らしいエプロンを身につけた。
 気合いを入れるように胸の前で両手を握り、台所に向き合う。

 ここは恋人の家。
 愛しの彼に教えてもらったため、台所のどこに何があるのかは把握している。

 恋人には手料理を振る舞うものであるとフェリシテは聞いている。
 だから、サプライズも含めて、今は外出中の恋人を美味しい料理で出迎えたい。
 そのためにスーパーで食材を購入してきた。
 後は調理するだけなのだが。

「……上手くできるでしょうか」

 ぽつりと呟く。
 フェリシテは不安に襲われ、動き出せずにいた。

 元々フェリシテは植物世話用のアンドロイドだ。家事の機能はインストールされていない。
 飲食は可能であるが稼働する上で必須でもないため、自分自身のために料理をする機会はない。
 折に触れて健気に勉強してはいるが、料理については初級者の域を出ていない。

 決して料理上手ではないことを自覚しているため、難しくない料理を選んだ。
 それでもフェリシテは、恋人に不味い料理を食べさせることにならないか恐れている。
 恋人は、フェリシテの手料理であればたとえどんな味でも笑って食べてくれるだろうから、余計に恐ろしい。
 身がすくんでしまう。

「やはり、止めておきましょうか」

 フェリシテは俯いて目を閉じた。
 その瞬間、恋人の姿が脳裏によぎる。

 先日手料理を初めて振る舞った。
 チーズ入りオムレツ。難易度は低めの料理だが、何度も練習して臨んだ。
 形を整えるときに失敗して、オムレツは少し破れ、見た目は不格好になってしまった。
 それでも彼は喜んでくれた。美味しいと笑顔で言ってくれた。

 恋人の笑顔を思い出し、フェリシテの表情が緩む。
 もう一度、あの笑顔を。

「失敗してしまいましたら、成功するまで焼けばいいんです」

 失敗した分はフェリシテが食べればいいですし、と彼女は独り言ちる。
 ヴァルキュリアの機械ボディには太るという概念がないため、いくら食べても安心だ。

「いざ、参ります!」

 気合いを入れ直し、フェリシテはボールと泡立て器、計量カップを取り出した。
 ホットケーキミックス、卵を置き、牛乳パックから計量カップにレシピ通りの量を注ぐ。

 これから彼女が作るのはホットケーキ。
 ふんわりと焼き上げるのが目標だ。

 まずはボールに卵を割り入れ、牛乳も注ぎ、均一になるように混ぜる。
 泡立て器を動かすことにまだ慣れておらず動きはゆっくりだが、丁寧にかき混ぜていく。

 目視してちゃんと混ざったことを確認したら、次はホットケーキミックスの粉を投入。
 フェリシテが見ているレシピによると、これは混ぜすぎるとふんわり膨らまなくなるという。
 よってざっくり混ぜるように書かれているが、フェリシテにはどれくらい混ぜればいいのかよく分かっていなかった。

「混ぜるのが足りなくて粉が残っては嫌ですし……」

 恋人に食べてもらいたいのは焼き上がったホットケーキであり、ホットケーキミックスの粉ではない。
 眉間にしわを寄せながら、フェリシテは慎重にボールの中身を混ぜている。

「――やはり料理は難しいです」

 念を入れて混ぜすぎた気がするが時間はまき戻らない。
 仕方がないのでこのまま継続する。

「次は、ええと、フライパンを中火で熱して、濡らした布巾の上で少し冷ます。これって、なぜわざわざ熱くしてから冷ますのでしょう」

 フェリシテは首をひねりながらも、レシピ通りにフライパンを火にかけてから冷ます。
 後で理由を調べようと思いながら、フライパンを今度は弱火にかけた。

 いよいよ、ホットケーキを焼く段階だ。
 レシピによると、高めの位置から生地を落とすと均等に円くなるそうだ。
 お玉で生地をすくい、フライパンの上から落とし入れる。
 円く広がる生地を見て、フェリシテは小さく喜びの声を上げた。

 そのまま弱火で焼き続け、プツプツと小さな泡が出始めた瞬間に裏返す。
 思い切りの良さが足りず、やや形が崩れてしまったが、初めての試みとしては上出来だろう。

「火は通りましたかね?」

 弱火で焼き続けてから、ホットケーキの側面を見てみる。
 焼けているように見えるが、中まで火が通っているだろうかフェリシテは心配していた。
 それに、ホットケーキミックスの袋に描かれているほどはふんわり膨らんでいない。
 それでもレシピで指定されている時間は焼いたため完成だろうと推測し、平たいお皿に盛り付ける。

 バターを上に置き、メープルシロップをたっぷりかければ、美味しそうなホットケーキの完成だ。
 フェリシテの嗅覚も食欲をそそる匂いを知覚している。

 自分が初めて作ったホットケーキに感動していると、玄関から物音。
 恋人がただいま帰りましたと声を上げている。

「あ、あわわ……」

 予定より早い帰宅だ。
 ホットケーキのお皿を持って、どうしようかあたふたする。

 そんなことをしている間に、恋人はフェリシテの気配を感じて台所までやって来た。
 エプロンを纏いホットケーキを持っているフェリシテの姿を認め、恋人は優しく微笑む。
 俎上の魚となったフェリシテは口を開いた。

「こ、これ、作ったんです。上手くできたか分かりませんが、よかったらどうぞ」

 緊張して少しどもりながら、フェリシテは何とか言いたいことを伝える。
 心底嬉しそうな恋人の様子を見て、フェリシテはほっと胸をなで下ろした。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 恋人のために慣れないながら料理を作るフェリシテさんのお姿は、とても可愛らしいものだと思います。
 それを少しでも表現できていましたら幸いです。
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錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年08月01日

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