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『今夜も眠れない 』
夢洲 蜜柑aa0921)&ウェンディ・フローレンスaa4019)&アールグレイaa0921hero002


 とろり、するり。
 絹の肌触りは独特だ。
 夢洲 蜜柑(aa0921)はもうすっかりおなじみになった、豪華なネグリジェの裾をそっと持ち上げる。
 着替え用の部屋の仄かな明かりに、オフホワイトの生地は柔らかく輝いていた。
 纏った瞬間にはすこしひんやりとしていたが、すぐに馴染んで、まるで蜜柑の皮膚そのもののよう。
 肩から胸にかけて繊細なレースがふんだんにあしらわれ、胸元から裾まではたっぷりひだを取ったワンピース。
 ウェストを緩くまとめるのも、共布のリボンだ。

 仕切りのカーテンを開けて部屋に戻ると、ウェンディ・フローレンス(aa4019)はドレッサーの前で丁寧に髪をとかしていた。
 ウェンディは鏡越しに蜜柑を見つめ、にっこりと笑う。
「蜜柑ちゃん、こちらへどうぞ。髪をとかしてさしあげますわ」
「いいの? おねーさま」
 ちょっと甘えた声で答えると、いそいそとウェンディが譲ってくれた椅子に座る。
 ウェンディの優しい手でゆっくりと髪を梳かれると、それだけで夢見心地になってしまう。とても贅沢な時間だ。
「蜜柑ちゃんの髪、とっても綺麗ですわ。黒くて真っすぐで」
「でもおねーさまみたいなふわふわさらさらの金髪って、とってもすてきだと思うの」
 蜜柑がふっと漏らす吐息は、少し大人びているようだった。
 ウェンディは優しく微笑んだ。
「ではわたくしたちは、それぞれ自分にないものを素敵だと思っているのですわね。皆無い物ねだりなのでしょうか?」
「そんな。おねーさまに無い物なんて……」
 蜜柑はびっくりして目を見開く。

 ウェンディは蜜柑から見れば、完全無欠のおねーさまだった。
 容姿端麗、成績優秀。立ち居振る舞いは上品で、性格は温厚にして親切。なのにおしゃべりすると悪戯っぽく笑う。
「あたし、おねーさまみたいになれたらいいのにって、ずっと思ってるのに」
「まあ、嬉しいわ。でもね、蜜柑ちゃんも誰にもまねできない魅力がありますわよ」
 さあできた、とブラシを置いて、ウェンディは蜜柑の肩を軽く押さえる。
「今日のドレスもとっても素敵でしたもの。あのドレスをあんな風に着こなせるのは、蜜柑ちゃんだけですのよ」
 蜜柑の頬がほんのり桜色に染まる。

 今日、蜜柑が袖を通したのはウェディングドレスだった。
 それが現実のことなのかどうかは、誰にもわからない。
 とにかくウェンディと一緒に、気に入ったドレスを身に纏い、幸せな気分になったのは確かだった。
 色々アレンジしているうちに夜になり、流石に疲れも出てきたのでこうして着替えて休むことにしたのだ。
 天蓋付きのベッドはかなり大きなもので、ふたりで一緒にもぐりこんでもまだまだ余るほど。
 だから蜜柑は大きな枕を抱えるようにして、心地の良い寝具に身体を預ける。
 鼻の辺りまで上掛けを引き上げてちらりと見ると、ウェンディが隣にもぐりこんできた。
(でもやっぱり、おねーさまみたいに綺麗だったら……って思ってしまう)
 蜜柑は目を閉じ、ドレスを纏ったウェンディを思い浮かべる。
 まるでお人形のような美しさだった。
(あんなに綺麗なら、あたしだって……)

「ねえ、蜜柑ちゃん」
 名前を呼ばれて、蜜柑はパチリと目を開いてそちらを見た。
 ウェンディが横になって、蜜柑を見つめていた。
「なあに? おねーさま」
「なにか心配事でもありますの? ちょっと元気がないような気がして」
 優しい声が、蜜柑の耳に心地よく響く。
「ち、ちがうの! ただ、おねーさまみたいに綺麗になれたらなって、そう思って……」
「まあ、光栄ですわ。でも本当に、蜜柑ちゃんのドレス姿も素敵でしたわ。やっぱり目標があると、違いますわね」
 ふふっと笑うウェンディの目には、悪戯小僧のような光が宿る。
 蜜柑は少し考えた後に、『目標』の意味に気づいて思わず半身を起こした。
「え、あの、おねーさま!?」
「彼の為に、綺麗になりたいのですわね。けなげですわ、蜜柑ちゃん」
「ち、ちが、違わないけど、ちが……!!」
 ぼふん。
 蜜柑は恥ずかしすぎて、そのまま勢いよく枕に突っ伏してしまう。
 ウェンディは少し起き上がって手を伸ばし、シーツをかぶった蜜柑の頭をゆっくりなでた。
「ごめんなさいね、少し意地悪だったかしら? でも少しは良いこともあったのですわよね?」
 シーツの下で蜜柑の頭がこくこくと頷くのが分かる。
「良かったら少し教えてくださるかしら? 何か気になることがあれば、相談に乗るぐらいはできるかもしれませんわ」
「……おねーさまにだけ、なら……」
 消え入りそうな声。
 それからシーツが少し下がり、蜜柑の黒い瞳が現れる。
「ナイショね? きっとね?」
 蜜柑はウェンディから視線を外し、ベッドの天蓋を見上げながらナイショの話を語りだす。


 蜜柑の想い人の名は、アールグレイ(aa0921hero002)。
 蜜柑と契約した英雄だ。
 おとぎ話の中から抜け出てきたような美青年は、蜜柑の理想の王子様そのものだった。
 すらりと均整の取れた長身、白皙の肌、日光にあたると赤みを帯びる長い髪。
 優雅な物腰、穏やかな声、蜜柑に対するときの紳士的な態度。それに反してひとたび剣を手にすれば、舞のように華麗な身のこなしで敵を翻弄する。

「あのね、バレンタインには初めて一緒にお出かけしたの」
「まあ素敵! バレンタインデートですのね?」
 蜜柑はふるふると首を振る。
「お買い物についてきてってお願いしたの。だからアールグレイは、お買い物のお手伝いだと思ってるわ」
 それでも、蜜柑にとっては大事な思い出だ。
 勇気を振り絞って声をかけてみたところ、あっさり応じてくれた。
 もちろん、余程の用がなければ、蜜柑の頼みを断るようなアールグレイではない。
 だがお願いする蜜柑のほうに色々な思惑があったので、なかなか踏み切れなかっただけなのだ。

「それからね、薔薇園にも行ったの」
「まあ薔薇園でのデートですの? ロマンチックですわ!」
 またふるふると首を振る蜜柑。
「薔薇が綺麗だって聞いたから、観に行きたいってお願いしたの。だからアールグレイは、あたしについていっただけって思ってるのよ、きっと」
 その証拠に、行先は蜜柑の希望のまま。とてもデートとは言えない、単なるお出かけだ。
 もちろん何かを聞けば教えてくれただろう。そういうときは事前にちょっと調べてきてくれる、気が利く青年なのだ。
 でも蜜柑は、一緒に並んで歩くだけで充分幸せだった。
 勇気を出して声をかけて、願いが叶ったことが本当に嬉しかった。

「でも彼は、ずっと蜜柑ちゃんに付き合ってくださったのでしょう?」
 ウェンディは蜜柑を励ますように、優しく尋ねる。
 幸せだった経験を言葉に出すことで、今も幸せを感じられるように。
「うん。帰ろっていうまで、ずっと一緒に歩いてくれたの」
 本当は帰りたくなかった。
 ずっとずっと一緒に歩いていたかった。
 沈む夕日を見送り、夜空に輝く星を数え、叶うなら、また朝が白むまで。
「でも薔薇園が閉まっちゃったら、他に行く場所が思いつかなかったの……」
 蜜柑がまたシーツを頭まで被ってしまう。
 その言葉と仕草に、ウェンディは思わず笑い声をあげてしまいそうだった。
 笑う代わりに、労わるようにやさしく背中を叩く。
 暫くそうしていると、消え入りそうな呟きが漏れた。
「あたしなんてまだまだおちびだもん……」
 ウェンディは手を止めて、蜜柑の様子を静かに見守る。


 そっとシーツの下から現れた蜜柑の顔は、ほとんど泣き出しそうだった。
「ぜんぜん遠いの。一緒に並んで歩いてても、なんだか違う世界を歩いているみたい」
 アールグレイを想う蜜柑の気持ちは本物だ。
 子供の憧れだとしても、その強さは誰にも否定できないだろう。
 だからこそ苦しい。だからこそ悲しい。
「せめて、あたしが24歳で、彼が32歳だったら。それともアールグレイが16歳だったら。どんなに素敵なひとでも、こんなに悩んでなかったかも」
 アールグレイと並んで歩いていて、誰も蜜柑が恋人だとは思わないだろう。
 もしも蜜柑が思いのたけをぶつけても、アールグレイを困らせてしまうだけだろう。
 蜜柑はそれもすべてわかっていたのだった。

 ウェンディは、シーツの上から、蜜柑の腕に触れる。
 そこに蜜柑の心があるかのように、そっと優しくさする。
 蜜柑の恋心が真剣であればあるほど、遠い相手との恋が難しいことが浮き上がってしまう。
 憧れのお兄さんは、少女が成長した頃にはもっと遠くへ行ってしまう。
 物語の中ではお兄さんは少女を待ってくれているが、現実にはお兄さんにもお兄さんの生活があるのだから。
「でもアールグレイにとって、蜜柑ちゃんは本当に特別な女の子ですわ」
 魂が共鳴しあい、世界を超えて出会った運命の相手。
 その事実こそ、蜜柑とアールグレイが物語のように奇跡で結ばれている証拠だ。
 ウェンディ自身が、それを信じたい気持ちになっていた。
「早く憧れの人に近づきたいと思うのも無理はありませんわ。でも、互いの運命は繋がっていますのよ。もう少し時間がかかるだけですわ」
「時間……」

 蜜柑が潤んだ目でウェンディを見る。
 心なしかその目は切羽詰まった危険を感じているように見える。
「どうかなさいまして?」
「時間がかかったら……その間に、アールグレイは違う運命を見つけちゃうかもしれないわ」
「違う、運命?」
 聞き返すと、蜜柑は切ないほどの上ずった声で囁く。
「ねえ、おねーさま。アールグレイ、取っちゃ嫌だからね」
 ウェンディはほんのわずかの時間、その言葉の意味を捕まえ損ねて黙り込んでしまった。
 だがすぐに、くすくす笑いを漏らす。
 横になったままの肩が小刻みに震えている。
「おねーさま?」
「ふふっ……そう、それが心配事でしたのね……」
 ウェンディはじめ、蜜柑を可愛がる年上の友人は幾人もいる。
 皆それぞれに個性的で魅力的な、素敵な女性ばかりだ。
 蜜柑は持ち前の天真爛漫さで彼女たちに親しんでいたが、ふと気が付いたのだろう。
 自分の大好きな、素敵な女性たちであればこそ、アールグレイもまた心惹かれるのではないかと。

 蜜柑は、まだやはり幼かった。
 自分が素敵だと思う男性を、他の女性みんなが素敵だと思うわけではない。
 例えば、ウェンディはもっと大人の男性を好ましいと思うタイプだった。
 他にも、線の細い青年よりは頼りがいのある男性を、美しい男性よりも無骨な男性を、魅力的だと思う女性もいるだろう。
 だがウェンディは、そんな蜜柑が可愛くてたまらなかった。
 小さな体で精いっぱい恋をして、なけなしの勇気で立ち上がって、日々を一生懸命生きている愛しい少女。
 だから応援してあげたい。
 だから幸せになってほしい。
 だから、今のところは……。
「安心してくださいな、蜜柑ちゃん。絶対に、蜜柑ちゃんの大切な方を取ったりはしませんわ」
 ウェンディは蜜柑の目の前に細い小指を差し出す。
「蜜柑の国ではこうするのでしょう? 約束ですわ」
「おねーさま……」
 蜜柑が目をこすって、小指を絡める。
「ごめんなさい、おねーさま。あたし、変なこと言ってる」
「いいのですわ。大切な秘密を教えてくださって、わたくしはとっても嬉しかったのですもの」
 指を絡めた手を軽く揺すって、ウェンディはそっと離した。
「さあ、もう夜も遅いですわ。少し休みましょう」
「そうね、おねーさま。ふふっ、おねーさまといっしょに眠るのって、とってもあったかくって、いい匂いがして、なんだか幸せ」
「良い夢をみてくださいね、蜜柑ちゃん。大丈夫、みんなあなたを応援していますわ」
「ありがとう、おねーさま。おやすみなさい」
 微笑みあい、それぞれにシーツをなおして灯りを消し、静かに目を閉じる。
 と思った直後、カッと蜜柑が目を見開いた。
(みんな!?)

 いったいどこまで広がっているのか。
 蜜柑は暗闇の中でひとり、赤くなったり青くなったりしていたのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

長らくお待たせいたしました。
これまでの集大成(?)という内容でしたが、おふたりの会話でじっくり振り返ることができて、私自身楽しく思い返しておりました。
憧れの君を外に連れ出し、おねーさまに「取っちゃ嫌だからね」とまで言えるほどに、蜜柑さんが成長されたのだと改めて。
この度のご依頼、誠にありがとうございました!
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2019年08月01日

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