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『少し特別な時間を 』
桃簾la0911)&磐堂 瑛士la2663

 お、と声を零し磐堂 瑛士(la2663)は足を止める。それに一拍遅れて道の向こう側から歩いてきた女性の日傘が上向くと、黄金の瞳と髪より少し鮮やかな色彩の、何というのだったか――彼女が放浪者であると示す紋様が覗く。
「あら、瑛士ではありませんか」
 と目を細めるのは近所に住む桃簾(la0911)。瑛士の視線はつい今日は何のコスプレなんだろうと軽く下を向き、すぐに得心して彼女を見返す。
「桃ちゃんとこんなとこでばったり会うとは思わなかったな」
「わたくしは図書館に行こうと思って出てきたのですが……今日は何か賑やかですね?」
「あー、僕はそれで出てきたんだよね」
 うだるような、という表現がしっくりくる真夏の炎天下だ、瑛士としては用事もなく地獄も同然の舗道を歩くのは願い下げだと、部屋に籠ってゲームをしたり一応夏期休暇の課題に取り掛かってみたりと、この時期の高校生の特権である自堕落な生活に浸っていた。しかし、先日発売したゲームのやり込みを果たした一時間前にふと「いくらなんでもいつまでも部屋に籠っててもなぁ」とそう思い立ったのである。面倒臭さと気分転換したい欲のせめぎ合いに葛藤していると今まさに中年から老人にあたる年齢の人たちが声を掛け合いながら設営している、この騒がしさに気付いた訳だ。話す内容は聞こえずとも、この時期にこの辺りで行なわれる事といえば一つしかない。昔のワクワクを想い出しに一念発起し外に出てきて、桃簾と出会ったのが現在だ。
「今日はここの商店街の夏祭りなんだ。今は準備中で始まるのは夕方くらいだけど」
「夏祭りですか。本で読んだ事があります」
 納得した様子ながらも、口を衝いて出てくるのが本で、という言葉な辺りにもう何度目かは分からないが、改めて彼女が異世界の人間なのだと実感させられる。だって地球人と違う点といえば額の紋様くらいで、それも彼女の普段着が普段着なだけに元ネタのキャラを知らなければそういうものかな、で納得がいく。文字通りお姫様然とした所作も彼女がスーパーでバイトをしている様子を知っている分、近寄り難くは感じなかった。
(そういや最初は名札見てもなんて読むのか分からなかったなぁ)
 そう昔でもない記憶がやけに懐かしく脳裏に蘇る。と、それはさておき、まだ看板を地面に伏せた状態で屋台を組み立てているのを桃簾が物珍しげに見つめる。その横を法被を着た溌剌とした感じの男性が通り過ぎ、彼女の視線もそれを追って瑛士の方を向く。
「丁度いい機会だし、夕方空いてたら一緒に行く?」
「!! 良いのですか?」
「うんまぁ、期待するとがっかりするかもだけどね。ちっちゃい規模だし、僕ももう何年も行ってないから」
 実際、地元住民も夏の風物詩と思いつつ気が向いたら行く程度の緩さだ。当然ネットで話題になる売りもない。商店街主催にしては熱が入っているとは思うが。
「勿論行きます。確か、浴衣というものを着るイベントでしたね。わたくしは頼めば大丈夫だと思いますが、瑛士はどうですか?」
「僕? 多分持ってなかった気がする」
 浴衣なんて夏祭りでもなければ着ようとは思わないし、前に行った時も数少ない友達とだったので男だけで浴衣着るのもな、と普通の格好のままで行った気がする。と、忘れかけていた記憶を引き出していると桃簾は両手を合わせてにっこりと笑った。
「では瑛士の分もあるか訊いてみましょう。わたくしも夕方には戻ります、瑛士の都合の良い時間にマンションに来て下さい」
「じゃあそれでよろしく」
 約束したところで、桃簾がそれではまた、と優雅に一礼し図書館だろう、元々行こうとしていた方向に歩いていく。その背中を何とはなしに見送って、思いつきだったが誘ってよかったと内心思いながら瑛士も自宅へ踵を返した。飲み食いは後でゆっくり彼女と一緒に楽しめばいい。ふわと零れる欠伸に仮眠するならアラームをつけなきゃな、とそんな事を考えた。

 ◆◇◆

 夕方といっても日が長い分、空の色は然程変わらないがともあれ祭りの始まる時間帯には違いない。五階にある自宅――といっても桃簾は居候だが――から降りて一階のロビー、その片隅にあるカフェへと足を運ぶ。制服とも私服とも違う装いの背に近付いて、瑛士と名を呼べば彼はくるりと椅子を回転させ振り返った。立ち上がるとしみじみ声をあげる。
「はーやっぱ美人さんは何着ても似合うなぁ」
「ありがとう。瑛士も良く似合っていますよ」
 いやいやと謙遜して顔の横で手を振ってみせる瑛士の浴衣は紺の絞り染めで、帯は白地に刺繍で横縞が描かれていてシンプルながらも様になっている。桃簾が着ているのは爽やかな水色をベースに白で波紋を表現し、所々に朱色の金魚が泳いでいる絵柄だ。帯は黒でこちらも金魚の尻尾を模した結び方をしているらしい、が姿見を背に振り返ってみてもよく分からなかった。着付けも髪の結い上げも家政婦にして貰っている。彼女と保護者の青年にも声を掛けたが、若い人だけで楽しんできて下さい、今季一押しのアニメを一気見したいという理由でそれぞれ断られた。
 二人連れ立って商店街に向かい歩いていると、図書館から帰ってきた時よりも人が多くなっているのが分かる。アルバイト先のスーパーでレジ待ちの客が並び出した頃と同じくらいだろうか。桃簾と瑛士のように浴衣を着ている者もいれば普段通りと思しき格好の者もいて、前者は女性と子供が特に目立った。しかし自分たちのように男女二人か混合であれば男性も浴衣なので、まあ別に可笑しくはないのだろう。
「こんな屋台多かったっけか」
 瑛士が独り言のように呟く。数分で着いた商店街の入り口には何回目の開催かを示す横断幕が掲げられ、提灯もぶら下がっている。そして早々にシャッターが下りた店先には、彼が口にした通り屋台が軒を連ねていた。看板の文字が大きいのでここからでも奥で何を販売しているのか大体分かるのだが、読んだ本での屋台の描写は仔細ではなかった。なので何かピンとこない店もある。
「ホットドッグ、かき氷、綿菓子にラムネ……」
 焼きそばとイカ焼きに、唐揚げ等々。これで小規模というのが俄かには信じ難い。物珍しさについそわそわと行ったり来たり視線を彷徨わせていると隣の瑛士からフッと音が漏れ聞こえ、彼は口元を手で隠しながら、
「心配しなくたってこの時間なら売り切れる事はまぁないよ」
「ですが今日一日では到底食べきれないでしょう?」
 年下だというのにまるで小さい子供に言い含めるような優しい口調で言われ、若干頬を膨らませつつ抗弁する。アイスは別腹として、どんな食べ物か知らない屋台も一通り見てからどれにするかしっかり検討したいのだ。瑛士は商店街の奥の方を指差す――が、そうしている間にも人が増えてきて何をしたいのか分からない。
「それなら、まずはアイスとかき氷は確保しておいた方がいいかもね」
「そうします!」
 さあ行きますよと瑛士の腕を引いて、意気揚々と桃簾は祭りの舞台へ足を踏み入れる。へいへい了解と答える彼の声は暢気なような、色々覚悟したような、そんな声をしていた。

 アイスの後にかき氷を食べて舌が原色に染まるという通過儀礼を済ませ、それぞれ気になる物を食べてそれなりに腹が膨れた頃には辺り一帯が茜色に染まっていた。屋台を一つ一つ覗く桃簾の足取りは気ままで、見ていてもよく分からなければ都度瑛士に説明を求める。彼も律儀に教えてくれながら、時折懐かしそうに目を細めた。瑛士はまだ高校生というものなので、尚の事馴染み深いのだろうか。桃簾はある屋台の前で立ち止まり、既視感を覚えて首を傾げた。邪魔にならない側の隣に来た瑛士があ、と声を零す。
「瑛士、一体あれが何なのか知っていますか?」
「知ってるも何も、昼間桃ちゃんが着てた服の元ネタって奴だね」
「なるほど。道理で見覚えがあると思いました」
 言われてみれば確かに段で仕切られた一番上に乗っている人形の服は桃簾が着ていたものとよく似ている。二頭身の片手で持てるサイズなので簡略化されているが。瑛士は何とかというゲームのキャラでと補足を加えるが、生憎と機械クラッシャーである桃簾には少しも伝わらなかった。
 そんな話をしていると丁度、小型の狙撃銃のような物を構えていた男の子が店員だか店主だかから何か受け取って屋台を離れていく。そのまま男性は桃簾と瑛士にも声を掛けてきた。お嬢さんとお兄さんもやってみるかいとやたらいい笑顔を浮かべて。
「どうする? やってみる?」
「折角ですし、やってみましょう」
「じゃあ僕があの人形を取れたら、桃ちゃんにプレゼントしようかな」
 言って瑛士は男性にお金を支払うと銃を軽く構えてみせる。様になっているが彼もスナイパーの適性はなかった筈。瑛士の見様見真似でお金を渡して空いた隣のスペースに陣取ると、ふふんと不敵な笑みを浮かべて桃簾は彼をじっと見返した。
「勝負というわけですね。かかってきなさい、瑛士」
「いやいや、桃ちゃんそもそもルール分かってないよね!?」
「それは貴方に教えてもらうので大丈夫です」
「あ、うん、そうだね……?」
 何故かどっと疲れたように瑛士が掠れた声で言い、様子を見ていた男性が大笑いする。謎にギャラリーが集まる中、射的勝負という戦いの火蓋は切られたのだった。
「……女の人の扱いって難しーなー……桃ちゃんが変わってるだけかもだけど……」
 ボソボソと呟かれた声は真剣に挑む桃簾の耳には届かない。

 ◆◇◆

 たまにはアナログなゲームもいいなと、つい夢中になってしまった。というわけで例の勝負はブランク有りとはいえ経験者の瑛士が勝利を収め、前言通りにプレゼントした。拗ねるかと思いきや、取るのに掛かった三発分でコツを掴んだらしく、最終的にはお菓子の箱を倒し籠の中の巾着袋を膨らませた。
「穴場知ってるんだけど、行ってみる?」
 そう誘いをかけてピークは過ぎたもののまだ賑やかな商店街を抜け、二人で少し歩いた場所にある公園に向かった。何の穴場か言っていないので訝しげな顔をする桃簾の隣、流石に高校生にもなると窮屈なブランコに腰掛けて下駄で丸を描いたりして暇を潰す。まぁ少し待ってとは言ったものの、痺れを切らした桃簾が訳を求めてこちらを見て口を開きかけた瞬間、ドンという音が微かに地面を震わせる。
 空を仰げば夜というにはまだ少し明るいそこにまず一発目の打ち上げ花火が上がった。こちらも屋台の規模と同じくテレビで見る派手さも美しさもないが、普通を絵に描いたような自分には丁度いい――なんて思ったりする。初めは音にビクついていた桃簾もじきに慣れて、その視線は頭上へと注がれた。
 近くの小学校の校庭を使って上がる花火と建物が邪魔で見えないと思わせて意外に見える公園。高校生の瑛士と異世界のお姫様である桃簾。浮く筈の彼女は一際大きな存在感を放ちながらも、けれどここにいるのが当たり前のような感じもする。
 いつもは見えないうなじが見えてセクシーだなぁとか、相変わらず美人だよなぁとか。初めて見るらしい花火に夢中な桃簾は瑛士の視線に気付く事もない。
(でもいいか。やっぱりこっちの世界のモノは知らない訳で、リードするのが僕の役目だし)
 何色もの光に染められる彼女はより一層綺麗だったが、瑛士も夜空を見上げ花火を楽しむ事にした。十分にも満たないこのささやかな時を、年上とはいいつつも瑛士が世話を焼く方がずっと多く、正直にいえば割と同い年レベルで接しているこの友人と一緒に過ごせる。それはきっと本当は凄い事で。
「――誘ってくれてありがとう瑛士。貴方がいなかったらわたくしはこの半分も楽しめなかった事でしょう」
 不意に桃簾がこちらを見つめ言う。彼女の瞳にはまだ上がっては消える花火が映っていた。先んじて礼を言われて軽く地面を蹴っていた足が止まる。ブランコの鎖が微かに音を鳴らした。
「こちらこそ、昔を想い出せて楽しかったよ。……来年もこんな日が来ると良いねぇ」
 花火に掻き消されてしまったのか、彼女は答えなかったが瑛士は気にしなかった。
 戦乱の中にライセンサーの身だが、今日くらいは普通の男の子に戻って楽しんだってきっとバチは当たらない。桃簾の微笑につられるように少しだけ唇の端を上げると、瑛士は残り数分の花火を求め、黙って鮮やかな色彩を眺めた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
参考にさせていただいたリプレイでのやり取りがものすごく
微笑ましくて好きなので会話的には噛み合っていないけれど
仲良しなところを入れられて個人的にとても楽しかったです!
性格的にも相性がいいというか、考え方や経験の違いが
いい影響を与えていそうな、そんなイメージがあります。
最後はほのぼの話には似つかわしくないかなあ、とも思いましたが
一年で諸々の決着がつかないにしても、帰る意志の堅い桃簾さんが
約束するか考えると悩みどころだったので、答えなかったとも
単純に聞こえなかったとも、どちらとも取れる形にしています。
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年08月02日

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