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『遥か彼方のハッピーエンド 』
メアリ・ロイドka6633

 ……やはり、初めに警告は記しておかねばならないと、思う。
 これは夢の話、そして、人によっては酷く残酷となる形の夢の話だ。
 何故ならこれはあくまで『もしも』であって、『もしかして』には決してなり得ない。
 彼と彼女の物語に、『描かれなかった隙間』としてこの夢が挟まる余地は──断言しよう、何処にも、無い。
 夢でしかない夢。
 それでも、そんな一幕が覗いてみたいというのならば、否定はしない。
 忠告はした。
 目覚めることを恐れないものはどうぞ、先へ。

 そんなわけで──邪神は倒された。
 それからついでに、なんやかんやして元強化人間たちの寿命問題もスピード解決されて、もはや邪神を倒したその時には残りわずかしかないであろう者たちも助かった。

 七月初頭に始まった邪神討伐作戦はハンターたちの大活躍によりその月の終わりに収束した。
 八月頭。勝利の興奮はまだまだ冷めやらぬものの、凍結が解除されたリアルブルーに引き上げを望む者たちが動き始める。
 地球統一連合宙軍に所属する者などはその筆頭と言えよう。眠りから覚めたとたん、邪神は倒され行方不明とされていた者が多く帰還すると知らされるリアルブルーは混乱が予想される。
 事態の収拾のために事情を理解し公務に身を粉にしてくれる者の存在は幾らでも必要だろう。
 ……当然、高瀬 康太(kz0274)もである。
 この戦いを生き抜いた彼は今どんな日々を送っているかと言えば、事後処理に奔走されていたり、そうでなければ……リゼリオで拠点とした住居を引き払う準備をしているか、だった。
 そして今日。この日付。八月五日。
『この日は開けておいてくださいね』
 言われて別に……彼は望み通りそうしようと思ったわけでは無かった。単に自然に組まれたシフトで今日がオフとなっただけ。
 もし仕事の都合がつかなかったのであれば、遠慮なく仕事を優先していた──と、彼はそのつもりである。
 別段開けておけと言われたその理由を聞いて、彼にはそれが仕事より優先すべき事情とは思えなかったからだ。
 だから別に、付き合っているわけではない。そう思うならば。別にそれこそ、家にいる必要も無いだろうという話なのだが。それを指摘すれば彼はきっとこう答えただろう……それはそれとして今片付けの必要性はある、それだけだ、と。
 ……そんなわけで、昼過ぎ。
「掃除と、康太さんの誕生日祝いをしに来ました」
 予め聞いていた予定の通りに。康太はメアリ・ロイド(ka6633)を迎えることとなったのである。

「……後者は聞いておりませんが」
 メアリにとっては案の定というか。聞くなり康太は不服たっぷりに顔をゆがめた。
 そもそもの掃除の手伝いというのも不要だと言っていたのだ。メアリはそれを「掃除には第三者からの客観的視点も必要」などと言って食い下がっていたが、最終的に了承した覚えなど康太にはない。
 ましてや。
「色々な人誘ってみたんですけど、用事があるとかで断られまして。私1人で寂しいパーティーですが……まあ今後友達を作って下さい」
 その言葉にははっきりと、余計なお世話だと思った。
「別に不要だからそうしているだけで交友関係について口出しされる謂れはありません。騒がしいパーティも不要です」
 そうして康太はそう言って、乗り込もうとするメアリをはっきりと玄関口で押し留めた。
「……まあその。悪いこと言ったなら謝ります……けど。じゃあ掃除の手伝いだけでも」
「もうほぼ終わっているのでそれも不要です。……疑うならここから覗いてください」
「いや、それじゃあはっきり分からねえし……」
「婦女子が一人暮らしの男の部屋に単独で乗り込む気ですか!」
 一際鋭い声に。
 ああ……これは真面目な奴だ、とメアリは硬直した。
 実際の所。抜き打ちな部分以外はメアリは本当に知人に声をかけていて、その悉くに断られたというのが真相ではあるのだが。
 ……おそらく、それもまた気を使った結果なのかもしれないが、だとしたらメアリも声をかけた彼女の知人らも、やはり彼がどういう性格なのかまだ分かっていないと言わざるを得ない。
 気真面目過ぎる彼が、女性を自室に上げるなど出来ないのだ。掃除と言われていたから、彼は本気で「玄関から見せて納得させて帰らせるつもり」だった。
 おそらくこれはどれほどごねても曲げられないだろう。本当に、どうしてこう空回りなのだろう。認めてメアリは肩を落とした。
 視線を落とす。ブラブラと揺れる、掃除道具が入った手提げと……ランチバスケット。
「……」
 表情が乏しいメアリから珍しくはっきりわかる、気落ちした、その視線が向かう先の者に康太も気付いて……そして、思い切り顔をしかめた。

「……この際だから改めて考え直すべきだと思うのですよね」
 暫くの間二人の間に横たわることになり、すっかり重たくなった沈黙をとうとう破ったのは康太のその言葉だった。
「……改めて、とは」
「貴女が僕に向けていた感情が同情や心配と言った類のものではないのかという事です。恋だの愛だのに貴女が求めているものに僕が応えられるかは甚だ疑問です」
 康太の言葉に、メアリはそんなこと全く思いもよらなかった、という風にきょとん、と目を丸くした。
「私は、康太さんと居ると楽しいですよ?」
「どこがどうしてそうなるのか、まずそこが全く理解できません」
「どうしてって……そう、ですね。言葉にするのが難しいかな。好きな人と一緒に居ることがそれだけで、楽しいですから」
「……だから。それが錯覚でなくば一体何だと言うところが、分からないんです……」
 呆れる康太に、メアリこそ不思議なことを言うなあ、という心地だった。
 何が好きだって──まさにこの状況の、こういうところだと思うけれど、と、メアリは康太を見つめる。
 ……長い沈黙は、移動の時間だった。
 メアリが何やら昼食を──それもおそらくは手料理を──持参してきたのだと察した康太は、それでも部屋に上げることは了承できなくて……結局、ハンターオフィスに連絡して小会議室を一つ借りるという形で落としどころを付けた。
 で、今、二人向かい合ってミートパイとサンドイッチを食べている。
「よく考えたら確かに。騙して押し掛けたんだから、無視して、怒っていいのに。優しいなあって思いますよ」
「……気の利く男は、そもそも初めからもっと愛想よく対応するんじゃないですかね」
 言われて、それでも。
 メアリはやっぱり、今この時間を、幸福だと思う。
 伏し目がちになって、彼の手元を追う。切り分けられていくミートパイ。この日に向けて練習したことも有って、味も見た目も綺麗に出来たと思う。それをやっぱり、彼に丁寧なナイフ捌きが綺麗に食べていく。
 見ていたい。けど、ずっと見ていたら食べ辛いだろう。そう思って、あまりガン見はしないようにしていた。それでも……視線に気づかれた時、彼は小さく、「まあ……美味しいですよ」と伝えてきた。そう言うところとか。
「こうやって好きな人の誕生日を祝うのが夢だったんです。料理準備してケーキ食べたりとか」
「無機質な会議室ですけどね」
「あはは……確かに、景色とテーブルはちょっと殺風景ですが」
 向かい合って食事をして……までは、良いが、確かにクロスも何もない長テーブルの上で食べるのは、小さい頃の記憶と比べてこういうものだったけか、と比べると、理想としたのとは少し違ってしまったかもしれない。
 けど。
「そうそう、だから誕生日と言えば」
 なんだかんだ、パイもサンドイッチも綺麗に食べてくれたそのころ、メアリはもう一つの箱を取り出して見せる。
「あの時受け取ってもらえなかったチョコミルフィーユケーキ、作り直してきました。固さ的に蝋燭立てられないのがあれですけどね」
「別に……立てて欲しいとも思いませんが……」
 反射的にだろう言い返してから、康太はそのミルフィーユを複雑な表情で見ていた。あの時受け取らなかった、と言われると。受け取らなかった理由を思い出して──今はどうなのかというと、手を出しかねる。
 そんな様子に気付いているのかいないのか、ついでメアリはプレゼントだと言って、小さな細長い箱を取り出す。
 怪しいものじゃないですよと、先んじて開いて中身を見せてみせる。出てきたのは──
「指輪とかアクセサリーはつけないかなと。日頃使いそうな万年筆にしてみました。何年も使えるし、使ってもらえたら嬉しいですから」
 深い蒼色の万年筆。それを見た康太は──今日初めてかもしれない──素直に感心するような表情を見せた。少し細められた目元に、懐かしさが見えた気がする。
「……康太さんにとっての誕生日って、どういうものでした?」
「……父の都合次第ではありましたが、家族で食事などにはいきましたよ。祝うというよりは一年でどれほど成長したのかを確かめて報告する場という感じで……そう、渡されるのはこのように、質の良い実用品であることが多かったですね」
 語るその口には、やはり厳格な家庭像が浮かび上がるが……それでもそこに、温もりが無かったわけではないのだろう。何となくだが、そう感じた。
 また一つ、この人の事を知って。知ることが出来て……胸がいっぱいになるのを感じる。
 触れたい。生きているのかを確かめたい──けど、まだ。その前に。
「私は相変わらず康太さんが好きですが、貴方はどうですか?」
 零すように、聞いてみた。
「……寿命の枷も外れて、自由になった今、私の事どう思ってるのかなって。よければその、幸せにしてくれませんか、康太さんが」
 それを聞くのは、やっぱり緊張した。自然と声が固く、たどたどしくなって、それでも聞いて。
(……寿命の枷も外れて、自由になった今……か)
 言われて康太はその意味を考えてみる、そして。
「……そう言われると、よく考えたらかなり不安があるように思えてきました」
「……え」
「思えば今日といい、貴女の強引さはやはり。『僕に時間が無い』ことを踏まえればある程度は仕方ないものと思っておりましたが、考えてみるとこの調子で振り回されて僕の胃は持つんでしょうか」
 ……。
 うわ、否定できねえ。
 思わずメアリは黙った。
「僕もやはり。僕の在り方が貴女の求める恋人の形なのかというとやはり大きく疑問がありますよ。別に意地とかではなく僕は静けさを好みます。友人を多数呼んで、賑やかなパーティがしたいなどというなら大きく盛り下げる存在にしかならないでしょう」
 改めて、と康太は言う。
 寿命という枷が取れて時間が出来たのならば、やはり互いの事はもっと見直すべきじゃないのか。
 失われるものだからこそ慌てて手に入れようとしたのではないか。
 ただ一時の憧れじゃない、長く連れそうパ―トナーと考えるには……やはり、噛み合わない部分もきちんと見つめるべきではないのか。
「苦しい時。貴女の言葉に何度も──救われたとは、思っています。感謝しているし、ただの他人とは言えない存在では……ありますけど」
 やはりそれとこれとは別では無いか、と。
 康太自身、己が死ぬと思っていたから。ある意味……『だからこそ純粋にただ憧れていられた』部分があるのではないか、と。
「そもそも、これから統一軍はこれまでとは違う意味で忙しくなります。ろくにかまってる時間など無くなりますよ」
「それはまあ……だからこそ支えたいっていうか……」
 答えるメアリの言葉に康太の視線はどこか冷ややかだった──思うほど甘い話でもないですよ、と。
「……分かりました、相応しい相手と思ってもらえるように、これから努力します」
「だからどうしてそう……めげないですね」
 溜息をつきながら、康太は受け取ったばかりの万年筆をくるくると回していた。

 邪神は倒され、苦しみは消えた。
 そうした障害が無くなれば、あとは──ただの一組の男と女。それだけの問題が残る。が。
 それだって決して、一筋縄でいく話などでは、無い。
 むしろ共通の困難が無くなればそれは、強固に浮き彫りになる、話。乗り越えねばならないものはまだたくさんあるのだ。
 そんな甘い話ではない。
 ハッピーエンドはまだ、遠くにある。





 まあ、そう言う事になるだろう。そういう夢の中であれば。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。
まあその、何というか、相変わらず面倒な奴ですみません。
IFだというのに、と言いつつ、でも、目の前の障害が片付いたら即それで何の問題も無くなるか、というとやはりこう、何か違うと思ってしまいまして……。
ご不満ありましたら申し訳ありません。
一点、強化人間が助かった理由については大変申し訳ありませんがあえてぼかさせていただくことにしました。
一応それっぽい理屈もいくつか考えてはみたのですが、下手に書いて「本編でそれは無しなの?」と誰かに思わせるような結果になってしまわないかと懸念いたしまして、下手にこちら側からそうした理屈や解決手段を提示すべきでは無いと結論いたしました。
ご理解いただけましたらと思います。
何と言いますかその、色々お疲れ様でした。
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2019年08月05日

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