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『8月の七夕』
常陸 祭莉la0023)&梅雨la2804

 アスファルトの道を一時間ほど登り、途中横道に入り、森の中を通る。地面に埋まるゴツゴツとした石の上をタイヤが通るたびにカブがはね、当然、常陸 祭莉(la0023)の体もはねる。祭莉の懐に隠れる黒猫のレインはその度に祭莉の服にしっかりとしがみついていた。サイドカーに乗せている荷物は大きくはねて、時々落ちそうになっていた。
 レイン同様、黒毛が美しい梅雨(la2804)は祭莉のカブに当たらないように、距離を保ちながら走っていた。
 森を抜けると、広い草原に出た。そこは満天の星が見えることでマニアの間では知られている場所だったが、平日だったこともあって、彼ら以外には誰もいない。
 祭莉はカブを停めると、パーカーのチャックを下まで下ろす。お腹に顔を押し付けていたレインがそっと顔をあげて、あたりを見渡した。すると、その瞳がキラキラと輝き、その場所を気に入ったことが祭莉にもわかった。レインは祭莉の懐から飛び出て、草の匂いを嗅いだりしながら、辺りを探検し始めた。
 8月、夏真っ盛りではあったが、山の上は麓よりも気温が低く、心地よい。
「いいところだな」
 梅雨も風の匂い嗅ぎ、その場所が大切な友達と過ごすには最適な場所だとわかった。
「……だろ? ……とりあえず……」
「レインのリードで散策するか?」
 祭莉と梅雨はレインの後をゆっくりと歩き始めた。小さな歩幅と虫や野花に出会うたびに気を止める好奇心の為に、その散策は予想以上にゆっくりと進んだ。
「……ごめん、レイン……すこしの間、ここにいて……」
 祭莉はパーカーのチャックを再び上まであげると、その中にレインを入れた。しかし、今度は外が見えるように襟元からレインの顔を出して、小さな体を支えた。
「梅雨……どっちに行く……?」
 再び風の匂いを嗅いだ梅雨は北のほうに向かって走り出した。祭莉はレインの体をしっかりと支えて、梅雨のあとを追う。
 小さな名も知らぬ花が飾る草原を走り抜け、濃い緑の葉が風で鳴る森に入り、倒木を飛び越えて、軽やかに駆ける梅雨と祭莉は自分たちがまるで本物の獣に……何者にも縛られない自由なる存在になったように感じる。
 足場の悪い木々の間をしばらく走ると、水音が聞こえてきた。梅雨は祭莉にアイコンタクトを送り、速度をあげた。突然に木々は切れ、岩場が現れた。そして、二人は、大きな岩の切れ間で青空を目指してジャンプした……当然、翼のない彼らが空へ昇れるわけはなく、重力に従って急降下する。レインは慌てて祭莉のパーカーの中に顔を隠す。祭莉もレインをしっかりと抱きしめて……ドボンッと川の中へ沈んだ。
「……っ」
 数秒後に水面に顔を出すと、梅雨が祭莉のパーカーのフードを咥えて岸へと向かう。祭莉はレインをパーカーから出して、梅雨の頭に避難させた。
「……びしょ濡れだ」
 岸に上がり、祭莉はパーカーを脱いで絞った。
「大丈夫だ。すぐ乾く」
「……二人は、そうかもね……」
 体を震わせて水を飛ばす梅雨とレインを祭莉は羨ましく見つめた。
「誰もいないんだから、祭莉も脱げばいいだろ?」
 梅雨はレインの体を舐めてやりながら言う。
「……」
 人目がないからといって、場所をわきまえずに裸になるなど、祭莉には無理な話だった。
 水が苦手なレインが恨めしそうに祭莉を見ている。
「ごめん……悪かった……」
「レインには風が冷たすぎるかもしれないな。戻って火を起こそう」
 梅雨はレインを優しく咥えて走り出した。さっきよりもずっと速度を落として。
 レインは梅雨に大人しく咥えられながら、まだじとりと祭莉を見てくる。
「……待って……ボクだけが悪いわけじゃ……」
「俺はちゃんと目で伝えたぞ。『ここで待ってろ』って」
 梅雨はレインを咥えた状態で器用に話した。
「え……あれは『飛び込むぞ』……っていう、アイコンタクトじゃ……」

 カブに戻ると、祭莉はサイドカーから携帯コンロと鍋と水を下ろした。小さな鍋に水を入れて、コンロに火をつけて鍋を置く。レインは火との距離感を保って座り、毛づくろいを始めた。
「……」
 梅雨が無言で携帯コンロの火を見つめている。
「……どうした?」
「いや……祭莉がアウトドア用品を持っているとは思わなくて……焚き火とかするのかと思ってた」
「……携帯コンロは家でも使えるし……焚き火って穴ほったり、枯れ枝拾ったり……面倒だろ」
「なるほど」と梅雨は返そうとして、レインが近くにいないことに気がついた。
「祭莉、レインは?」
「……っ」
 二人が慌てて周囲を見回すと、すこし離れたところをレインが無我夢中でダッシュをしているのが見えた。
「っ、やばい……トイレダッシュだ……」
 野生時代の猫が自分の巣を知られないために、巣から遠く離れたところで用を足す習性によるトイレダッシュ。
「初めての場所で、迷子になるかもしれないな」
「連れ戻さないと……」
 そう走り出そうとした祭莉の服の裾を梅雨は咥えて、引き止めた。
「あの状態を無理に連れ戻すと、今度は通常通りにはトイレができなくなってストレスになるかもしれない。俺が行ってくる。任せろ」
 梅雨が全力で走れば、あっという間にレインに追いつく。
 レインの前に梅雨が回り込むと、レインは進路を変える。そんな動きを繰り返す梅雨とレインの様子に、祭莉も納得した。
「……壁に……なってくれているのか……」
 しばらくすると、レインは土を掘り、用を足した。もちろん、最後に土をかけるのも忘れない。
「偉いな」と梅雨がレインの顔を舐めてやると、レインも嬉しそうに梅雨に体をすり寄せる。
 そんなレインと梅雨の様子に、祭莉の口元は自然と綻ぶ。しかし、それと同時に祭莉は息苦しさを感じて、無意識に銀色の腕輪を触った。

 日が暮れてくると祭莉はレインにキャットフードを与え、自身はカロリーメイトを咥えた。
「せっかくこんなに気持ちのいいところに来たんだから、バーベキューでもすればいいじゃないか? 外で食べるご飯は美味いってよく聞くぞ?」
「……ボクはこれでいいんだ……そんなに食に執着がないから」
「でも……」と、祭莉は言葉を続けた。
「もし、ツユがご飯を食べれるようになったら……一緒になにか食べたいな……」
 思ってもみなかった言葉に、梅雨は驚きつつも自分がなにかを食べているところを想像してみた。
「……今のところ、改良の予定はないが……もし、食べれるようになったら、祭莉と最初の食事をしよう」
 それはとても、楽しい時間になるような予感がした。梅雨は祭莉にそう約束をして、二人の会話に小首を傾げたレインにも優しい眼差しを向けた。
「もちろん、レインとも一緒に」
 軽食を終えた祭莉は携帯コンロで沸かしたお湯で淹れたコーヒーをひと口飲み、空を見上げた。
 空には濃い黄色の半月がくっきりと浮かんでいた。
「結構、星も見えてきたな」
 そう梅雨は言ったけれど、月が空に高くあるから、まだ祭莉の目には小さな星たちは映らない。
 目を細めてより多くの星を捉えようとする祭莉の様子に、自分の目が人よりも優れていることを梅雨は思い出す。
(祭莉と同じものが見れないことを悲しむべきか……より沢山のものを見、そして、それを伝えられることを喜ぶべきか……)
 だけど、できれば、この空の先の光たちは、一緒に見たい……そう梅雨は思った。
「……そういえば」と、祭莉は荷物を漁る。
「……いいものを持って来たんだった……」
 そう言って取り出したのは双眼鏡だった。
「……バードウォッチングでも、するのか?」
 梅雨の言葉に祭莉は思わず笑った。
「違う……これで、月を見るんだ」
「月を?」
「これなら、ボクの目でも月のクレーターや小さな星も見れる……すこしは、ツユが見ているものに近づける」
「……」
 まるで心を読んだような祭莉の言葉に梅雨は驚く。
 双眼鏡を覗き込んで、祭莉は月を指差した。
「ツユ、あの大きなクレーターが見える?」
 祭莉が指をさした先にある月に視線を移し、梅雨の口角は自然に上がった。
「ああ」
 しばらくそうして二人で月を楽しんだ。月は徐々に沈み、空の群青が深みを増す。
「ツユ、今日が何の日か知ってる?」
 濃くなった群青色のキャンバスに白や黄色の光が増える。
「……いや」
「伝統的な七夕の日……だって」
「伝統的な七夕?」
 祭莉は頷く。
「……太陰太陽暦の7月7日……梅雨のシーズンではないこの日が……元々の七夕なんだ」
 祭莉は空にかかる大きな三角形を指でなぞった。
「夏の大三角……あれが織姫と、あっちが彦星」
 こと座の一等星ベガとわし座のアルタイルを指差した。
「あの間に流れているのが、天の川か?」
「そう……」
「この時期なら、二人が会うのはそう難しいことではなさそうだ」
「そうなんだ……天帝は、約束通り、ちゃんと二人を会わせてあげてるんだ」
 梅雨が祭莉をじっと見る。
「……なに……?」
「いや……祭莉は意外にロマンチストだったんだな」
 そんな風に言われて、祭莉の心はすこしくすぐったくなった。

「……そんなこと……」
「ない」と言おうとした祭莉だったが、目が眩むような強い頭痛に襲われ、言葉が途切れる。
「どうした? ……頭が痛むのか?」
 心配そうに梅雨が祭莉の顔を覗き込んだ。
「……だいじょう、ぶ……」
 意識には昇ってこない静かな記憶が祭莉の感情に鎖を巻く。
 祭莉の足元で眠っていたレインが顔をあげ、心配そうな眼差しを向けてミャァと鳴いた。
「……」
 梅雨も祭莉の鎖が緩むようにと、頭を祭莉の膝に擦り付けた。
「大丈夫……すぐに治るから……」
 祭莉は再び空を見上げた。
「……天の川……綺麗、だな……」
「なぜ……人は星を見たいと思うのだ?」
 痛みから気をそらすことができればと、梅雨は祭莉に聞いた。
「いつでも空を見上げれば、そこにあるだろうに」
「……それは……」
 満天の星を見つめながら、祭莉はズキズキと痛む頭で考える。
「きっと……手が届かない、ずっと遠くに……あるから」
(……まるで……消えていった……のように……)
 痛む心の奥で、なにかが光った。
「今……ボクは、なにを……考えた……?」
「どうした?」
「……今、無意識に……なにかを……考えたんだ」
「……なにを?」
「星は……」
 祭莉は空に手を伸ばす。
「まるで……」
 また目が眩むような痛みが走り、祭莉は両手で頭を抱えた。
「祭莉!?」
「……ごめ……ん……思い出せない……」
「もういい。横になれ」
 カブの横に設置していたワンタッチテントに入り、祭莉は横になった。レインは祭莉の頭の横に丸くなり眠り、梅雨はテントの前で伏せて目を瞑った。
 多くの星が空を横切っていく。空気がひやりと冷たくなる。
 数時間後、太陽が近づいてくる気配に、祭莉は目を覚ました。
「……」
 頭の横にあるレインの寝顔にホッとする。
 テントの入り口を開けると、梅雨がいた。
「大丈夫か?」
 祭莉は頷きを返す。
 そして、草原の先にある森の奥が白み始めていることに気づいた。
「……」
 新しい一日が始まる瞬間……いつも申し訳なく、恐縮してしまう時……。
 ミャァと足元で鳴いたレインを抱き上げて、祭莉はその温もりにしがみつく。
「祭莉……」
 梅雨があくびをした。
「一晩見張っていたから、これから眠る」
「……ありがとう……」と、お礼を言った祭莉に、梅雨は首を横に振った。
「礼は枕でいい」
「……枕?」
 梅雨は祭莉の服の裾を咥えるとテントの中に祭莉を引き戻した。
 祭莉を横にならせると、そのお腹の上に頭を乗せた。レインも祭莉の胸の上に乗ると、そこで丸くなった。
「……ちょっと、二人とも……これは、流石に重い……んだけど?」
 レインはゴロゴロと喉を鳴らし、梅雨はすでに寝息をたてている。
「……」
 逃げ出すことを諦めて、祭莉は大人しくテントのつなぎ目を見つめた。その先に、まだ天の川はあるだろうか?
「……これから短冊を書いても……間に合う、だろうか……?」
 祭莉を心から心配し、そして容赦無く枕にする二匹の明るい未来を…… 祭莉は願った。

*** end ***



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
過去の痛みを乗り越えて、祭莉と梅雨が幸せになってくれることを願っております。
今回のお話がその一助になっていれば、嬉しいです。
ご期待に添えていましたら幸いです☆
イベントノベル(パーティ) -
gene クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年08月05日

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