▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『新たな世界にて 』
榊 守aa0045hero001)&泉 杏樹aa0045


「……考えた事なかっただろうが、もし結婚したとして、クレイの名前は残したいよな?

 ブラックコート本部。榊 守(aa0045hero001)は、イザベラ・クレイ(az0138)に向かって意を決したように尋ねた。彼がイザベラの秘書兼執事となってから既に5年経ち、恋人同士とは言わないでも、2人が浅からぬ間柄である事は最早誰もが感ずるようになっていた。
 それでも2人はその関係を周囲に公言するでもなく、さりとて隠すような事もなく、漂う朝霧のように曖昧にやってきたのであるが、とうとう守は一歩を踏み出すことに決めたのである。
「名前を残す……とは?」
 結婚、という言葉には反応しない。彼女はどこかきょとんとした顔で守を見つめた。
「……いや、ほら。イザベラはいつだって真剣だろう。この国と、父親に対してさ。だから、父の“形見”を手放したくはないだろうと思ってな」
 守は、彼女がこの国へ殉じるために、一生イザベラ・クレイでいるだろうと思っていた。だからこそ、十分に絆が紡がれたと信じるようになっても、中々最後のもう一歩を踏み出せずにいたのだ。
「話が読めんが、どういう事だ?」
「ようやく、榊の名前を返して、お前と生きる覚悟を決めてきたってことだ」
 守にとって、榊という名前は一番の宝だった。だからこそ、それを手放す事をどうしても渋っていた。しかし、何度も泉 杏樹(aa0045)と対話を重ねながら、ようやく覚悟を固めたのである。懐に入れたペンダントを取り出し、彼は強く握り締める。

 昔々のある日、杏樹と守は広い石庭の中で出逢った。今にも消え行きそうな存在であった守に、杏樹は祈った。何の傷かは分からないまま、ひたすら彼が癒される事を祈ったのである。
 眼を覚ました守は、ただ溺れる者が藁をも掴むように尋ねた。
――俺を癒してくれるか?
――あんじゅがおやくだちするの
 それが、杏樹と守の、最初の誓いであり、絆の始まりであった。

 ペンダントを開くと、杏樹が本家を出たばかりの頃に撮った、2人のツーショットが収められている。その頃から2人、アイドルを目指したり、ヒーラーとして後方支援に回ったり、皆の盾として敵の前で最前線に立ちはだかったりと、無我夢中で道を突き進んできた。『皆の癒しとなる』ために。

――これからもずっと、3人とも家族ですと、約束したの。だから行ってらっしゃい、守さん

 そして、絆は未だ結ばれど、2人の行く道が分かれる時が来たのだ。杏樹が幼い頃に託した命の意味を返し、己自身で見出した命の意味を以て、生きていくことに決めたのだ。
 彼は顔を上げると、真っ直ぐにイザベラと見つめ合う。
「地獄への道は善意で舗装されている。どんな戦争も正義を信じて始まって、そして目的を見失う事が多いと思う。……俺も、かつてはそうだった」
 国を守るため、人を守るためと戦った果て、家族を喪った彼は結局己のために戦うようになった。己の悲しみを埋めるために、復讐という名を借りて目の前の殺戮に没頭し続けた。気付けば、敵も味方もいなくなり、守るべき何かもなくなり、遂には彼自身さえも手放してしまったのである。

「だが、イザベラは、悪に手を染めても、自分も部下も命を捧げても、『リオ・ベルデを守る』という最初の目的は見失わなかっただろう」
 境遇は殆ど同じだ。戦いの中で、彼女は家族を喪った。その悲しみと苦しみはいかばかりか。しかし、彼女は最後まで戦い続けた。復讐などではなく、国を守るために。愚神との戦いを終えても、変わらず彼女は戦い続けていた。
「自分を見失わずに戦い続けるイザベラを見て、救われた思いがしたし、だから俺は好きになったんだ。今までのイザベラの生き様が、戦いが、俺にとっての意味であって、もう、一生分貰った」
 イザベラは何も語らず、じっと守の言葉を待ち続けている。守は深く息を吸い込むと、再び早口で語り始めた。
「榊の名前は俺にとって一番大切な宝物で、それをイザベラに渡す。俺の全部を捧げるって決めたんだ。イザベラも、イザベラの大切なこの国も、親父さんの名誉も、全部ひっくるめて守りたい。……だから信じて言いたい事は遠慮せず言って欲しいんだ」
 最後は肺の底から息を絞り出すように、守は言い切った。眉一つ動かさずに彼の言葉をじっと聴き続けていたイザベラだったが、やがて不意に頬を緩めた。彼女にしては珍しく、くすりと笑って彼の鼻先を指差す。
「……色々考えているようだが、大きな勘違いがあるな」
「勘違い……とは?」
 したり顔の彼女に、思わず守は眉を顰めてしまった。イザベラはぐいと椅子にもたれ掛かると、書類を一冊取って署名を指差す。
「リオ・ベルデでは、法制上結婚時の姓の選択は自由だぞ。姓を合わせても構わないし、仕事に都合がいいというなら、別姓でも全く問題は無い。場合によってはどちらかの姓をミドルネームにすることだってある。マモル・サカキ・クレイといったようにな。だからなんだ。そう大切な物だというなら、別に捨てる事もないだろう」
「あ、ああ……そうだったか……」
 守はもう苦笑するしかない。本気の覚悟を決めてきたのに、今や肩透かしを食ってしまった気分だ。
(今度会った時、お嬢に何て言えばいいんだ……?)
 悠々鷹揚な杏樹でも、これには苦笑いしてしまうかもしれない。そんな彼女の表情を思い浮かべて肩を落とす守を見遣ると、イザベラは椅子を軋ませながら向きを変え、窓の彼方を横目で見つめた。
「まあ、そこまで真剣に考えてくれたことは、悪くないと思う」
 独り言のような呟き。守は彼女の横顔を見つめた。今や不惑の道半ば、彼女の目尻にはカラスの足跡がくっきりと刻まれていた。鳶色の髪にもいくらか白髪が混じっている。
「異世界との接触を制御する技術も発展して、このリオ・ベルデにおいても、イントルージョナーの出現もかつてよりは落ち着いた。……この辺りが、私のような人間にとっての潮時だろう」
 守は首を傾げる。深々と溜め息をついた彼女は、懐から取り出した電子タバコを口に咥える。
「老兵は死なず、ただ去るのみだ。元はと言えばあの戦いのときに死んだようなものだった。それを想えば、私は随分と長く戦ってきた。戦い過ぎた。主要国とは言わないまでも……この国がこの世界において不可欠な地位を築き上げた今において必要なのは、戦術家ではなく戦略家だ。目の前の一戦一戦をどう勝つかではなく……この組織がこの国において、この世界においてどのような存在となっていくべきか。それをより深く考えられる人間が、新たに上に立つべきなのだ。それは私ではないし、私の盟友達でもない」
「そうか? イザベラだって、そういう事を考えるのは苦手じゃないように思うが……」
 問うと、彼女は静かに首を振った。
「不得手でなかったら、最初からあのような道を選んだりしないだろう。君達H.O.P.E.に眠る可能性の源泉を、見過ごしたりはしなかったはずだ。……蛇の道を行く者は蛇だ。いつまでも蛇に導かれているような組織は、そのうちに楽園を追われることになるさ」
「……意外だな。お前は、最後まで国の為に生きて働き続けるのかと思っていたよ」
「国の為を思うなら、引き際も弁えねばならんという事だ」
 彼女らしい返事だった。戦う事に疲れたから――もちろんそんな思いも心の奥には隠れているだろうが――ではなく、あくまで国の行く末を案じて身を引く。彼女は相変わらずであった。
「だが、ブラックコートを離れてどうする?」
「旅でもするさ。変わっていく世界を、この目に留める。……ずっと、私はとにかくこの国を取り巻く陰謀と、日々湧いてくるバケモノばかりを前にしてきた。この世界はもう新たな時代へ漕ぎ出だしているというのにな。……少しは私も新たな世界の住人に相応しい見識を身に付けねば」
 彼女は前向きだった。この先も生きていくために、新たな道を探る事に決めていたのだ。穏やかな顔で振り返ると、おもむろに立ち上がった。背もたれを撫で、広げていたタブレットや書面をまとめ始めた。
「まあ全ての責任を投げ出すつもりはない。我が盟友達はこれからもこの国で働き続けるだろうしな。そいつらの面倒は見てやらねば」
 彼女が見せた書面も、そこに記されているのは新たな人事についての申し書きであった。その一枚一枚を一通り眺めてから、イザベラは守を見遣った。
「だが、私はこの椅子を他に譲る。これからは椅子に座らず、遠い所からこの国を支えるつもりだ。……市井の中に混じってな」
 一旦言葉を切り、彼女はぽつりと尋ねた。
「それでも、付いて来てくれるんだろう?」
「ああ。それがお前の意志なら、俺は一つも文句は無いさ」
 守は頷いた。どんな道を選ぼうと、それで彼女が幸せならば、それで良かった。
「ありがとう」
 イザベラはつかつかと歩み寄ると、静かに囁いた。
「そんな道を選んでもいいと。選ぶような気になったのも、お前のお陰だ。礼を言う」



 それからさらに1年後、旧ブラックコート時代からの部下達へ後進を譲ったイザベラは正式にブラックコートから退官した。彼女の退官を惜しむ者は多かったが、彼女は次代が世の中を動かすべき時が来たのだとして、これを聞き入れなかった。
 守はそんな彼女と共にリオ・ベルデを後にし、諸国遍歴の旅へ出た。行く先々で様々な国の現状を見届けながら、その国に対してリオ・ベルデが何を出来るのか、その国にとって新進気鋭の国家であるリオ・ベルデがいかなる存在かを見届け、市井からの素朴な声を伝えたのである。イザベラの盟友や、彼自身の家族を通じて政府へと。

 長い間、合衆国の属州のように扱われてきたリオ・ベルデが、合衆国、メキシコ、カナダに次ぐ北アメリカの第4国として世間に認められるようになるのは、それからもう間もなくのことであった。



 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 榊 守(aa0045hero001)
 泉 杏樹(aa0045)
 イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
いつもお世話になっております。影絵です。
元々イザベラはブラックコートの中で定年退官まで勤め続ける……みたいなイメージでしたが、少し早めの離脱となりました。愛国心や父への敬愛の中にもやはりどこかで呪縛のようなものがあって、榊さんの存在があったことでそれを客観視してようやく解き放たれることが出来た……という感じですね。基本的にイザベラは前線指揮官タイプなので、長官のような役どころは荷が重いんですよね。平和になって前線指揮官としての知恵を発揮する機会も減ってきたので、一旦長官という立場からは距離を置いてみる事にした、という感じです。
諸国遍歴して、また自らの居場所はブラックコートにあると思ったら戻るのかもしれませんが、今は長い休暇を取りたい……という事で。

ではまた、ご縁がありましたら。
パーティノベル この商品を注文する
影絵 企我 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年08月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.