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『誰も知らない物語 』
スヴァンフヴィートaa4368hero001)&オリガ・スカウロンスカヤaa4368


 扉を開けると、そこは豪華な寝室だった。
 スヴァンフヴィート(aa4368hero001)が少し体をずらして、オリガ・スカウロンスカヤ(aa4368)の為に場所を譲る。
 オリガは少しすました顔で軽くドレスをつまんで淑女の挨拶。
 それからくすっと笑って、スヴァンフヴィートを横目で見ながら、部屋に入った。
「まあ、素敵。居心地のよさそうな部屋ね」
 柔らかな明かりに浮かび上がる調度品やベッドは、デザインも配置も完ぺきだった。
「ここは本当に、何でもあるのですね」
 オリガは部屋の中央に立ち、ぐるりと部屋を見回す。
 高い天井も、カーテンも、じゅうたんも優しい色合いのホワイト系で統一されている。
 オリガが歩み寄った壁際には、大きな花瓶いっぱいに白い薔薇が活けられ、上品な香りを漂わせていた。
「不思議な場所ですけれど、危険はないと思いますわ」
 何気ない様子で部屋を歩き回りながら、スヴァンフヴィートは一応安全面のチェックを済ませている。
「以前と同様に、ですわね」

 ここは(そう説明することを許されるならば)一冊の白いアルバムが導く、夢の中の世界だった。
 一見何の変哲もないアルバムなのだが、ページを繰るうちに気が付けばいつも、豪華なお屋敷にたどり着いているのだ。
 自分たち以外には誰もいない、けれど初めて来たとは思えないほど居心地の良い部屋。
 美しいドレスが訪問者を出迎え、着替えて互いに着飾っているうちに時間は経ち、目が覚めたときには自宅のベッドの上にいる。
 だから「不思議なアルバムの世界」としか言いようがない。

 今回もまたドレスの試着を楽しんでいるうちに、かなりの時間が経っていた。
 さすがに疲れて、それぞれが部屋に引き上げることになったのだ。
 何故そうなるのかはわからない。
 ただ、疲れた、休みたいと思えば、気持ちの良い寝室が待っている。
 最初の内は警戒していたスヴァンフヴィートも、「そういうものだ」と納得するよりなかった。
 そもそも、自分達英雄が呼ばれるシステムも「そういうものだ」と思うよりないのだから。

 スヴァンフヴィートは部屋をめぐるオリガを見つめる。
 まるで彼女の周囲だけ、スポットライトが当たっているようだった。
 オリガは美しかった。
 すらりとした体つき、花を飾った金の髪、海の神秘を思わせる青い瞳。
 長い裾を引くウェディングドレス姿は、凛と咲く大輪の薔薇を思わせる。
 スヴァンフヴィートは、今この瞬間、美しいオリガを見つめるのが自分だけだと気づいた。
 いつものスヴァンフヴィートなら、そろそろお茶なり入浴なりすすめていただろう。
 けれど今日はオリガから目が離せなかった。
 オリガが気の向くままに動き回るさまを、ずっと見ていたかった。
 じわじわと、身体の中に幸福感が満ちていく。
 そう、スヴァンフヴィートは今、オリガを独り占めしているのだ。


 オリガはスヴァンフヴィートの視線に気づいていないのか、相変わらず部屋の中を見て回っている。
 だがある場所で不意に立ち止まると、手袋の指を伸ばして壁に寄りかかり、顔を近づけた。
 その瞬間、スヴァンフヴィートは胸に小さな痛みを覚える。
 オリガの姿が、誰かに寄りかかっているように見えたからだった。

 考えてみれば、ウェディングドレスとは結婚式で身につける衣装だ。
 美しく装い、親しい人たちの前で、人生の伴侶と共に並び立つ。そのための衣装なのだ。
(いつか……いつかオリガも、本来の目的で花嫁衣裳を身にまとうことがあるのだろうか?)
 当人にはあまりそんな気がないようにも見える。
 だが知的で美しく、性格も温厚なオリガを慕う人間は多い。
 当然、男性から見ても魅力的な女性だろう。そしてオリガを慕う男性の中に、やはりオリガにふさわしいような、立派な人物がいてもおかしくはない。
 そんな相手が見つかることはオリガにとって幸せなことだと思う。
 オリガの幸せは、スヴァンフヴィートの願い。もし自分がオリガの邪魔になることがあれば、喜んで我が身を処すだろう。

 なのに。

 スヴァンフヴィートは、心臓を何者かの冷たい手でぐっと握りしめられたように感じた。
 あのドレスの裾が自分の前からどんどん遠ざかり、手を伸ばしても決して触れることがない場所まで行ってしまうことを思うと、膝をついて崩れ落ちそうになる。
 自分を置き去りにして、離れて行かないでほしい。
 あの優しいまなざしを、声を、ずっと自分に向けてほしい。
 スヴァンフヴィートは自分自身の心の叫びに、混乱してしまう。

「ねえスヴァン、この壁紙の模様……どうかしましたか?」

 聞きなれた声が耳に届いた瞬間、スヴァンフヴィートの胸の中の嵐は、とたんに凪いだ。
 けれど声が出てこない。
 ――大丈夫です。問題ありません。それよりもお茶でもご用意しましょうか。
 たったそれだけの言葉が全く出てこないのだ。
 代わりに信じられない言葉が飛び出した。
「先生。わたくしはどうすればよろしいのでしょう?」
 スヴァンフヴィートは手元を口で覆う。
 だが飛び出した言葉は戻ってこない。
 オリガが怪訝な表情でこちらに近づいてくる。
 咄嗟に逃げ出したいと思ったが、足はその場から動こうとしなかった。


 スヴァンフヴィートの様子が明らかにおかしい。
 オリガはそれに気づき、何かこの世界で不都合が起きたのかと疑った。
 英雄がどういう理由で呼び出されるのか、誰も知らない。
 突然やってきた英雄がある日突然いなくなることだって、可能性としては否定できない。
 オリガは急いでスヴァンフヴィートに近づき、その手を取る。
 大丈夫、実体もあるし、温かい。いつものスヴァンフヴィートだった。
「とにかくこちらへ」
 手を引いて、ベッドに並んで座る。
「気分でも悪いのかしら?」
 その間もスヴァンフヴィートの様子を窺うが、身体の具合が悪いようではなさそうだ。
 ただいつも毅然として美しい戦乙女が、今は妙に頼りなげに思える。
 震える唇が何かを訴えようとしているのに気付き、オリガは辛抱強く待った。

「わたくし、苦しいのですわ」
 やっとのことでスヴァンフヴィートが言葉を発した。
 それが切欠だったように、次々と言葉がこぼれだしてくる。
「オリガは、行き場の見失ったわたくしを優しく包み込んでくださいました。それどころか、生きる道さえ示してくださったのですわ」
 ――母親のように。
「それから、沢山のことを教えてくださいましたわ。命を長らえるために、よりよく生きるために」
 ――師のように。
「わたくし、忘れていたのです。ずっとオーリャの傍にいて、それが当たり前になっていたのですわ」
 スヴァンフヴィートが、医師にすがる患者のような目でオリガを見る。
「こんな気持ちになったのは生まれて初めてですわ。オーリャ、あなたがとても大切なのです。あなたの為なら、命だって投げ出せますわ。でも、そのウェディングドレス姿で、誰かの元に行ってしまうと思うと、苦しくてたまらないのです」
 言ってしまった。
 どう思われるのかわからないが、飛び出した言葉は戻らない。
「わたくしの感情が愛だということは分かりますわ。けれどどういう愛なのか、わからなくなってしまいましたの」

 オリガは暫く無言だった。
 それが拒絶ではないことを、スヴァンフヴィートは自分の手を包む手のひらの優しさで理解した。
 だから口をつぐんだまま、沈黙に耐えていた。
 オリガ自身、スヴァンフヴィートに思いをぶつけられるまで、自分の心を見極めてこなかったと、ようやく気づいたのだ。
 見知らぬ力でひかれあった、運命の相手。
 魂が共鳴し、一体化するほどの強い結びつき。
 この世界だけではない、はるか遠い見たことも感じたこともない世界から呼び合ったスヴァンフヴィートという英雄を、「愛している」と言うのは簡単だ。
 けれどこの愛は、一体何なのだろう?

 親子?
 子弟?
 あるいは恋人として、互いを求めあうような?

 ただ教師であるオリガは知っていた。
 自分が知らないことを、知っているかのように語るおこがましさを。
 知らないことは知らない。その率直さこそ、大事なのだと。

 オリガはスヴァンフヴィートの肩に、自分の腕を回す。
 ほんの一瞬、相手の身体が強張るのが分かった。優しい強引さでそれに気づかないふりをして、肩を抱き寄せる。
「ねえスヴァン、あなたを愛しく思う気持ちは、私も同じ。そしてこの気持ちが初めてなのも、あなたと『どうなりたいのか』わからないのも」
 スヴァンフヴィートの身体から、力が抜けるのが分かった。
 オリガは身体を寄せ、ゆっくりと言葉を続ける。
「スヴァンは私の人生の、探していたピースなのよ。理屈ではないわ。でも出会ったときに、はっきり分かったの。私が探していたのは、この人だって」
 ――だから。
「これがどんな愛なのか、これから一緒に探していきましょう。そして自分の気持ちを言葉にできるようになったら、お互いに伝えましょう。私はスヴァンの気持ちを聞きたいの。そして私の気持ちを聞いてほしい」
 オリガは自分のほうに顔を向けさせると、少し伸びあがり、スヴァンフヴィートの額に優しく口づける。
 離れて見下ろすと、びっくりしたように銀の瞳を見開いていた。
「だから、もうしばらく一緒に居て頂戴。ね?」
 スヴァンフヴィートが頷く。
 頷いて、ゆっくりとオリガの身体に腕を回した。

 互いに伝わる暖かさだけは、間違いようがないもの。今はそれでいい。
 この想いがどんな形になるのかはわからない。
 けれど一緒に綴っていこう。誰も今まで知らなかったような、ふたりだけの物語を。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

長らくお待たせいたしました。
ウェディングドレスが意外な気持ちを呼び覚ましたようですが、おふたりの門出にふさわしい衣装かもしれません。
運命が結びつけたおふたりの未来が、どんな形にせよ素晴らしいものとなりますように。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。
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2019年08月05日

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