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『少し遠くて、とても近い 』
バハルヤムトla1742)&クゥla0875


 天窓から差し込む光を反射して、キラキラと塵が舞う。
 そのキラキラの下で、大きな本から飛び出したように見える茶色の耳がぴくぴく動いていた。
 バハルヤムト(la1742)は本から視線を上げて、しばらくそれを眺めていた。
 すると、耳の主であるクゥ(la0875)が不意に本を下ろしたので、まともに視線がぶつかった。
 ちょっと戸惑うバハルヤムト。一方でクゥは、何かに夢中になったように、黒い瞳を輝かせていた。
 ぱくぱくぱく。
 クゥはほとんど声を出さずに何かを訴える。
 ここは図書館なので、大きな声を出してはいけないのだ。
「神様って凄いです!!」
 バハルヤムトはほんの少し、首を傾げた。

 6月の花嫁は幸せになれる。
 バハルヤムトがクゥからそんな話を聞いたのは、つい先日のことだった。
「クゥはこの間、お仕事で結婚式場へ行きました。6月はとても忙しいそうですけど……なんででしょう?」
 なんといっても幸せが約束されているのだから、結婚式場が大忙しなのは当然だ。
 でも何故?
「なんで、なのかな」
 バハルヤムトも理由は知らない。
「知らないことを調べるのには、図書館に行くといいのです!」
 そこでふたりそろって図書館に行くことにした。
 どんな本を読めばいいのかわからないまま、本棚の隙間を行ったり来たり。
 何冊かの候補を選んで積み上げ、手分けして調べて、クゥがたどり着いた結論が「神様は凄い」だったのだ。

 図書館を出て、ふたりは並んで歩く。
 遠慮なく声を出せるようになったクゥは、一生懸命調べた結果を報告する。
「この世界では、1か月ごとにみんなを守ってくれる神様が決まっているのです。6月が、女の人や子供や、家庭を守ってくれる神様の担当なのです。だから6月に結婚すると、神様が幸せにしてくれるのですね。神様って凄いですね!」
「この世界の習慣は、色々と面白いね」
 バハルヤムトはクゥの話を聞きながら、感心したようにそう言った。
 とはいえ、理解したという訳ではない。

 バハルヤムトの部族では、結婚とは個人同士の問題だった。
 時が来て相手を見定め、互いに了承したならつがいになり、子孫を残す。
 それは自然の中に生きる命としての、一連の流れでしかない。
 一応婚姻の儀らしきものはあったが、一族皆を集めて盛大に祝うなどということはなく、せいぜい相手が決まれば長に報告に行く、というぐらいのものだ。
 だからバハルヤムトが「結婚式」というイベントを知ったのも、この世界に来てからのこと。
 綺麗に着飾った人々が集まり、ごちそうやお酒を並べて賑やかに祝宴を催し、その日を大事な記念日とするという習わしは、ちょっとした驚きだった。
 クゥにしてもそうだろう。
 だから6月に結婚式にまつわる仕事の依頼が増えるのを、不思議に思っていたのだ。


 図書館の帰り道には、白い建物があった。
 それが教会というもので、一部の人たちにとっては大事な場所だということもこの世界で知ったことだ。
 いつもは扉を閉じて静まりかえっているが、今日は何やら賑やかな音楽が通りまで流れてくる。
「なんだろう?」
「なんだかお仕事で聞いた音楽みたいです」
 ふたりは開け放たれた門の陰から、そっと建物を覗いてみた。
 すると今まさに、結婚式を挙げた新郎新婦がチャペルを出てきたところだった。
 幸せそうに見つめあい、口づけをかわす、白いドレスの女性と、白いスーツの男性。
 集まった人々は口々にお祝いを述べ、花びらを撒き、クラッカーを鳴らす。
 皆が幸せそうだった。まるで、これから未来には良いことだけが待っていると信じているように。

 再び歩き出したふたりは、しばらく無言だった。
 突然、クゥが呟く。
「なんだかとっても素敵なものを見られたと思うのです」
 バハルヤムトも同じだった。
 見ず知らずの新郎新婦なのに、その輝く笑顔に、思わずこちらがふたりの幸せを願ってしまうような。
 偶然の出会いだからこそ、この不思議な気持ちはとても強烈な印象を残したのだ。
 クゥはそれで少し興奮していたのかもしれない。
「6月に結婚すれば幸せになれるのでしたらクゥも6月に結婚したいです!」
 クゥは幸せになりたいと思う。
 自分の為に、そして自分の恩人の為に。
 けれど実際に「幸せ」というものが何なのかは、まだわかっていない。
 わかっていないから、「幸せになれる」と言われたら、6月に結婚するのがいいのだと思う。

 結婚。
 バハルヤムトは「いつか自分も経験するだろう」と思ってはいる。
 この世界で結婚するなら、この世界のやりかたで。
 だが実際のところ、具体的にイメージできているわけではない。
「結婚って、つがいの相手を見つける、ってことだよね」
 バハルヤムトはさっき見た結婚式の光景を思い浮かべる。
 そこではクゥが笑っている。
 白いドレス姿のクゥは、とても綺麗で、とても幸せそうだ。
 その幸せそうな顔を見ていると、バハルヤムトも嬉しくなる。
 なのに……心の隅っこに、何かそわそわするものがあった。
 クゥが嬉しそうに見上げた先に、誰かがいると気づいたからだ。
(これはなんだろう?)
 バハルヤムトは自分の心を覗き込むようにして、そわそわの正体を確かめようとする。
 だがわからない。
 クゥの幸せに、自分がそわそわを感じる理由が。

 バハルヤムトと同じように、クゥのほうも何かを考えこむ。
「クゥが、つがいに……ええと、結婚したら……」
 結婚式には相手が必要だ。それも、とっても仲良しの相手が。
 クゥはドレスを着た自分のとなりに、バハルヤムトが並んでいるところを想像する。
(きっとバルトさんは白いスーツがとっても似合ってて、とっても優しくクゥを見ててくれて……あれ??)
 何かがおかしい。何かが変だ。
 仲良しの相手なのは間違いない。でも、そうじゃない。
 仲良しの相手だったら、他にもたくさんいる。
 でもその人が隣にいるところを、クゥは思いつかなかったのだ。
(……あれ?????)
 クゥは思わず足を止めて、眉間にわずかな皺を寄せる。

 ふと気づくと、少し考え込むようにして小首をかしげたバハルヤムトと目が合った。
 お互いにちょっと不思議な気持ちを胸に、あらためて相手の顔を見る。
 バハルヤムトは視線をクゥの顔からちょっと逸らした。
「クゥは、白いドレスが良く似合うと思うよ」
 自分のそわそわだけは少し横に置いて、思ったことを言葉にする。
 これは本当の気持ちだったから。
「そうでしょうか? でもバルトさんも、白いスーツがとっても似合うと思うのです」
「そうかな?」
 何かがこれまでとは違って思える。
 それが何故なのか、ふたりは知らない。
 でもこの気持ちの理由は、図書館で調べてもわからないだろうということは、なんとなくわかった。
 だから、抱えたままでいるしかない。
 これからもときどき取り出して、色々と考えることになるだろうけれど。

「次にそういう仕事があったら、一緒に行ってみようか」
「はい。クゥはバルトさんと一緒に参加したいです!」


 ほんの少しだけ遠い未来が、ふたりがたどり着くのを待っている。
 一番近くにいるひとが、何よりも大事なのだと。
 大事な人が傍にいることが、「幸せ」なのだと。
 それに気づいたとき、ふたりは一緒に白い扉を開くだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

大変長らくお待たせいたしました。
挙式まではまだ随分かかりそうなおふたりですが、いずれウェディングベルを一緒に鳴らす日が来ると信じて。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。
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グロリアスドライヴ
2019年08月05日

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