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『君とふたりで 』
ケヴィンla0192)&常陸 祭莉la0023



 馬鹿なことを考えたものだと、今なら笑い飛ばせるというのに。



 味噌。塩。醤油。
 豚骨、鶏ガラ、背脂チャッチャ系。
 冷やし中華はじめました。

「……なに、それ……」
「この駅から徒歩圏内のラーメン店リスト。この前は近場で適当な店に入ったろ。今日は常陸君の好みに合わせようと思って」
 眠そうな目はそのままに、眉だけわずかに寄せて、常陸 祭莉(la0023)はケヴィン(la0192)が手にしているクリアファイルを覗き込んだ。



 また、ラーメン食べに連れてって。

 個人宅温泉を巡る壮大なドタバタ劇から数日後、ケヴィンへリクエストしたのは祭莉自身だ。
 あの日は『やさしいおじさん・ケヴィン』を巻き込み、助けてもらった上に帰りはラーメンを奢ってもらった。
 祭莉にとって命の危機を救ってくれたに等しいケヴィンは――……それから少し、様子が変わったように思えて。
 それまで親しくしていた皆を、避けているような。
 いつからなのか。何が機だったのか。祭莉には、わからなくて。
 『なにか……あったの……?』
 『……みんな、心配してる』
 なにか言葉をかけたかった。けれど、どれも違うような気がした。逆効果に、なるような気がした。
(……ひとりに、なりたいのなら。ひとりに、させるのが……ケヴィンの幸せ……?)
 夜は眠れない。
 昼は眠くて仕方がない。
 ままならない体で、思考で、祭莉は距離を置こうとする彼のことを考えて――辿りついた答えが、それだった。
 はぐらかされる覚悟はしていた。寂しいけれど、その時は仕方がないと思った。
 じりじりと沈黙が続き、やがてケヴィンは金茶の髪へ義手の指先を差し込んでかき回した。
「ごめんね」
 最初に告げられて、やっぱり、と祭莉は感じる。
「考えごとが長引いてた。来週の週末はどう? 美味い店、俺が探しておくからさ」
 続いた言葉に祭莉は驚いて、今度は少年が長らく沈黙することとなった。

 

 そんな経緯を経て、本日はラーメンの日。
 町興しの一環でラーメンに力を入れているというその土地は、『地元名物』にこだわらずあらゆる地方のラーメン店が共存しているという。
「どう? どの店にする?」
「……う、ん……」
 電車の中で選んでおいても良かったが、現地を見てから最終決定するのがベスト、とはネット情報。
 風向きが変わるたび、さまざまなラーメンの香りが漂う。
 なるほど、これで自分の胃袋と相談するのは悪くない。
 考え込む祭莉を見下ろしながら、ケヴィンはそう思う。
「これ……煮卵と、大きいチャーシューの……」
「あーー。俺も美味そうだと思ってた。やっぱり基本は醤油だよね」
 そして、流れて来る醤油ラーメンの香りが食テロもいいところという現実。




 濃い口醤油をベースに、出汁を効かせて後味がさっぱりとしたスープ。
 凝縮したスープの味が染みこんだ煮卵は半熟で、チャーシューは食べ応えのある厚み。とろける系ではなく、しっかり噛んで味わえるのが男性陣には嬉しい。
 ちぢれ麺が、スープによく絡む。
「……、……!」
「…………っっ」
 ケヴィンは思った。
 ラーメンは美味い。しかしコミュニケーションをとる場としては微妙だ。会話するより食べる方へ意識が完全に傾く。
「……おい、しい」
「うん。美味しいねぇ……」
 その分、こうした合間の短い会話で伝わるものがある。
(馬鹿だねぇ……)
 夢中でラーメンをすする祭莉を見守りながら、ケヴィンはここ最近の己を反省した。
 あることが切っ掛けで、知り合いたちと必要以上に距離を置こうとしていた。
 距離を置こうと考えたことが、馬鹿なのか。
 距離を置こうとしたのに、決して長くない期間で折れたのが馬鹿なのか。
 両方かも知れない。
 とりあえず、今日はラーメンが美味い。


 食べ終えて。
「ちょっと悪いことしちまったからね。支払い位もつよ」
「あの時は、奢ってもらったから……今度からは、自分の分は自分で、払う……」
 ケヴィンの申し出に、祭莉が首を横に振る。
「俺に払わせて。申し訳が立たない」
「だって。食べたい、って……ボクから、言ったのに……」
 甘やかしすぎないで。
 祭莉にも男としての意地がある。ケヴィンへ感謝しているから、これからも仲良くしたいから、対等でありたい。
「……わかった」
 そこまでいうなら。
 ケヴィンは折れて、先に席を立った。

 ――が。

「支払いはこれで」
 別会計に見せて、先にレジカウンターへ並んだケヴィンが祭莉の分まで払ってしまう。
「……え」
「今日は別。今日だけは別だから……さ……、……常陸君?」
「え……」
 もともと顔色のよくない少年だが、熱々のラーメンを食べ終えた直後だというのにわかりやすく血の気が引いていた。
「ケヴィン……嘘ついた、の……?」
「えっ、そうなるの!?」
 そうなるかな!?
 やだ、いつの間にか大人って汚いって眼差しになってないかい常陸君!!?
「次は。ちゃんと……払う」
 これ以上、レジで押し問答は出来ない。
 祭莉は感情表現の薄い表情なりに目いっぱいの膨れ面で、

「今度は、この店」

 ケヴィンが用意したリストを指した。




 カニの太い脚が飛び出した海鮮塩ラーメンは、熱くて食べ応えがあって熱かった。
 スープはあっさりしているが、具材の圧が強い。イカなんて内臓処理だけ済ませ、ほぼ丸ごと入っている。そこまでしなくても。
 麺へたどり着くまで長い道のりだった。


 『本場』を冠した豚骨ラーメン店の前では、二人そろって入るかどうか悩んだ。
 ふだん知ってる豚骨と、香りがまるで違った。どういうことだ、我々は普段何を食べていたのか。
 豚骨とは、いったい何者なのか。
 正体を探るべく突入し――
「……ケヴィン……ごめん」
「常陸君は悪くない。豚骨ラーメンにも罪は無い」
 本場の洗礼を、これでもかと浴びた。とんこつつよい。替え玉、夢だったのに……できなかった……


 箸休めに、冷やし中華でも食べようか。
 開けた瞬間に『味噌ラーメン二つ』とオーダーしてしまうのは何の呪いだろうかと、追加で餃子を頼みながら会議をする。
 しゃきしゃきモヤシをたっぷり乗せたピリ辛味噌ラーメンで汗が噴き出して、心の中のモヤモヤも抜けていくような気がした。
(見た目に反して食べるなぁ、常陸君)
 言葉にはしないが、その食べっぷりに若さを感じるケヴィンである。
 体は細いを通り越して肉が少ないと表現してしまえるし、活発という単語からは遠いように思っていた。
 今も、元気よく食べているという姿ではないが。普段の祭莉を知る者にとっては意外の一言だ。
(俺だって、そこまで知ってるわけじゃないけどさ)
 日常生活でも、ライセンサーとしての仕事でも、そこそこの付き合いはある。
 ただ、ケヴィンが何に悩んだかを少年が知らないように、ケヴィンの知らない少年の一面だってたくさんあるわけだ。
 『食べているラーメンの栄養分は、全て左手首の腕輪が吸収しています』なんて衝撃の事実が隠されているかもしれない。
 普段から、ケヴィンは誰かへ深く踏み込むことはしない。
 その中で祭莉の存在が気に懸かったのは、外見に反して精神的な幼さを感じ取ったからだろうか。
 幼い子供のような側面は危うげで、自然と優しくしてやりたくなる。
 『そこそこの付き合い』とは、まあ、そういう距離だ。赤の他人よりは余程近い。




 しばらく、腹ごなしに歩こうか。
 緑豊かな公園へ入り、遊歩道をゆったり辿りながら。
(…………)
 祭莉は、悟られないようにそっと下を向く。適当な石ころを蹴飛ばして、その先も蹴飛ばして。遊んでいるように装う。
 ――頭が、痛い。具合が悪い。
 祭莉にとって嬉しいことがあると、決まってソレは訪れる。
(ケヴィンが……元に、戻ったから)
 嬉しい。
 理由は明白だ。
 左手首の腕輪を握りしめて、痛みを紛らわせる。ケヴィンに悟られたくない。
 痛みが喜びの証明だというのなら、耐えてみせるし受け入れる。今日は、それだけ大切にしたい日なのだから。
「今日はね。全店奢ろうと思ってた。もう何を頼んでくれても良い、金ならある。ってね」
「…………大人って……」
「その眼差しはやめようか!?」
 頭痛のせいで普段以上に上手く表情を出せないだけだが、ケヴィンは気づいていない。
「皆とも、話さないとな……謝らないと」
「うん。……心配……してた」
「……うん」
 訥々と話す祭莉のテンポが、今のケヴィンには有り難かった。
 ゆっくり歩き、ゆっくり話す。
 ゆっくり考えて、反省して……
「今度は……みんなで、ラーメン……食べに、くる?」
「それもいいかもね。大人数ならラーメンより中華料理屋の方が楽しいかな」
 今日も餃子やチャーハンなどサイドメニューを分けあったけれど、中華料理店であればメニューも更に豊富だ。
 量を食べる人、あまり食べられない人、甘いものが好きな人、きっと多くが楽しめるはず。
「……それじゃあ、ラーメンは……二人だけ?」
「うーん……そうだねぇ」
 食べ始めると会話が少なくなるし、食べ終えたら速やかに店を出なければいけない気持ちになるのは何故だろう。
 ラーメン屋は、大人数より少数が向いている。なんてことを改めて考えるとはケヴィンも思っていなかった。


 

 ワンタンメン、五目ラーメン、あんかけラーメン。
 数多の誘惑を振り払い、〆にようやく冷やし中華へたどり着いた。
 スープの酸味が、これまでの脂分を洗い落としてくれるような気がする。
「常陸君。酢を足すと食べやすいよ」
「……酢……」
 言われるがままに、祭莉は酢を回しかける。
 全体の味が和らぎ、なるほどさっぱり美味しい。
「夏が来たー、って感じがするね。……夏なんだよなぁ」
 店の外で、『冷やし中華はじめました』のノボリが風にはためいている。
 ケヴィンがこの世界へ来たのは数年前だが、文化にはずいぶんと馴染んだと思う。
 忘れられない、消せない記憶はある。
 しかし、この世界で大切な記憶が増えているのも確かだった。
「カキ氷……」
「え。まだ食べるの? 付き合うけど」
「ううん……今日じゃなくて」
 さすがに祭莉だって満腹だ。
 合間に散歩を挟んできたから食べ切れたようなもので。
「ラーメンも好きだけど……今度はカキ氷とか……そういうのも、いいなって」
 皆と食べるのも。
 二人で食べに来るのも。
 どちらにしても、きっと楽しい。
「ラーメン以外を挟んでもよかったよね……」
 調べて来たのがラーメン店だけだったから、それしか選択肢がないとケヴィンは思っていた。
 他にも、たくさん店はあるというのに。
(視野……広げないとなぁ)
 一人では気づけないことが、ケヴィンの年齢になってもまだまだある。




 そうして、ラーメン食べ歩きは終わりを迎えて帰りの駅へと歩いていた。
 夕暮れ時の風は心地よく、やはりラーメンの香りを運んでいる。
「また食べにこようか」
「……うん」
 感情の薄い表情。それでも祭莉は喜んでいるのだと、ケヴィンにはわかる。
「一週間分くらい……食べた、から……しばらく先になると、思うけど……」
「常陸君の燃費、それでいいの……?」
 大丈夫かい、育ち盛り。
(ああ。やっぱり)
 心配だし、見守りたいと思うし、できるなら相応に優しくしてあげたいと思う。
 ケヴィンにとって、それは祭莉に限ったことではなくて。だから。

 馬鹿なことを考えたものだ。
 距離を置けるはずが無かったというのに。

「一駅分くらい、歩いて帰る?」
「……うーん……」
「寝てる? 常陸君。もしかしてお腹いっぱいになって寝てる? 自力で歩いて!?」
「んー……」
 並んで歩いていた祭莉が、トンとケヴィンの肩に頭を預けた。


「……よかった」


 目をつぶったまま、祭莉が言葉を落とす。
 今日は大切な日。
 だから、この痛みは――……



【君とふたりで 了】


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました。
『ラーメン食べ歩きツアー』お届けいたします。
ラーメン屋さんはサイドメニューも侮れないと思います。
お楽しみいただけましたら幸いです。

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2019年08月06日

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