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『胸の奥に宿る火は 』
化野 鳥太郎la0108)&ケヴィンla0192

●ある夜の日に

 カッ、カッ、カッ──

 靴底が、金属質の階段を叩いている。この音を聞くと、今日と言う1日が改めて終わるのだとケヴィン(la0192)は感慨を深くする。

(そういえば、どうしてアイツはピンヒールなんか履いてるんだろうな)

 今しがた別れてきた仕事の相手を想い、靴音は尚も続く。待つ者は誰もいないアパートの一室に、今日もまた無事に帰ってこれた。その実感が、規則正しく響く靴音と共に実感として湧き上がってくる。

 それが、変わり映えのしないケヴィンの日常であったはずだが。

「は。どうして化野君がここにいるの」

 今日は待つ者が一人、所在なさげにドアの横でスマートフォンを弄っていた。壁にはキーボードだろうか、楽器メーカーの社名が印字された大き目の手提げ型バッグが立てかけられている。男の胸元ほどまでの高さがあるそのバッグをわざわざここまで持ってきたのか。ケヴィンはその様相を思い浮かべ、溜息を吐いた。

「いや、ちょっとね。曲を一つ、新しく作ったから……ケヴィンさんにすぐ聴いてもらおうかなと思って」

 そう言って、予期せぬ来客──化野 鳥太郎(la0108)は頬を掻いた。

「──はぁ。毎度毎度思うけどさ」

 化野君って、バカなの? そんなデケェ荷物持ってきてさ──そんな憎まれ口を叩きながらも、ケヴィンは鳥太郎を招き入れる。

「ケヴィンさんは今日も仕事?」

 おじゃまします、と靴を揃えて、キャリーケースに入った愛用の電子鍵盤を持ち込む鳥太郎。この部屋に来るのも何度目だろうか。少しばかり以前より空気が籠っているのは、部屋の主が留守にしていた期間の長さを伺わせた。

「そ、仕事。とは言っても、化野君には関係ないでしょ」

 パチリ──と、換気扇を回しながらケヴィンは返す。少し素っ気なさ過ぎただろうか。全てを知って、その上で見て見ぬふりをする様な……そんな勘の良さやおせっかいの性質が、化野君にはあるんだよな。ぼんやりとそう、思った。思い返せば彼との付き合いも長くて短いような、変なものだ。

「ひひ、そりゃそうだ……机、借りるよ」
「勝手にしとくれ。化野君も、ハンガー使う?」

 ジャケットの埃を払ってハンガーに掛けながら、鳥太郎へも一つ放って寄越す。鳥太郎はそれを受け取って、小さなカバンを軽く引っ掛けた。不思議な信頼感というか、気安さが二人の間にはあった。

 低く、換気扇がうなりを上げて部屋の空気を入れ替えていく。梅雨が明けた初夏の夜は、風が通って心地よい。夜露を含んで匂い立った青草が、開けた網戸越しに香った。食卓替わりにしているカウンターテーブルとスツールに陣取り、手際よく鳥太郎は電子鍵盤をセッティングする。軽く、指を慣らすように短めのエチュードを弾いて、一息置く。


●Intro

「それでは、聞いてください──」

 背筋を伸ばし、凛と、一本の糸が張り詰めたような感覚を……脳天から手指の先に通す。この瞬間が、鳥太郎は好きだった。鍵盤に向かい、自分の中から湧き上がる着想を、音に乗せて紡ぐこの瞬間が。

 ポン──。

 静かに。鏡面のように平たく磨き上げられた水面に一つ、またひとつ。波紋が次第にさざ波となって押し寄せるように。旋律は空気を震わせていく。大海のように深く、広く響くその音は、悠然と肚の奥底に落ちていく。パラパラと零れ落ちる音の滴は、蒼穹へ昇り、やがて沈んでいく星々の輝き。

 その中に一際、蒼く気高く光る輝きがある。太陽を導くように、夏空に存在感を添える光は、天狼の瞳。力強く前を見据えたその瞳には、何が映っているのだろうか。それを地上から窺い知ることは出来ぬけれど、かつての人々は誇り高きその生き様に憧れた。

 一つ一つの音を丁寧に落としながら、パッシングディミニッシュを刻んでいく。何物にも揺るがぬ、その強さを表すように。常に自身を見失わずに、強かに立ち続ける生き様を音に乗せて。

●Exposition

 鳥太郎の弾くピアノの音が、いや、その姿全てが。ケヴィンは好きだった。もちろん、そんな事を面と向かっては言ってやらないのだが。

 全てを虜にする様な独創的な旋律も、華々しいテクニックもそこにはない。只ただ、基本に忠実に修練を積み重ね、先人たちの轍を正確に踏み直して間違いのない旋律を紡ぐ。気の遠くなるほどの地道な積み重ねの上に築き上げられた音の響きが、ケヴィンを惹き付けて已まない。
 それはどこか遠い日に置いてきたものを思い出させるからだろうか。

(全てを手に入れることなんて、出来やしない)

 だからこそ。自身に欠けたものがどこか愛おしく、掛け替えないものに感じる。


●Development

 一転して、バッキングから激しくスウィングして、旋律は猛くなる。自然とリズムに合わせて身体が揺れる。煌々と輝く宝玉は、青白い光の内側に全てを焼き尽くす熱量を持っている。星霜と讃えられる星々は、その実、互いに交わることは無く……昏い海の中で孤独に輝いている。

 あっけなく。唐突に。暗転するかのように。

 再び静寂が訪れる。そこに、一つ。そして……更に一つ。音が添えられる。底深く燃える火の中で、チロチロと、熾火のように輝くものがある。両の眼に光を宿し、賢狼は前へと進む。

 進む。

 歩みを止めることなく。


●Recapitulation

 無心に。胸の中にあるテーマに従って己の心が突き動かすままに。頭の、指の、魂の引き出しを解き放ちながら鳥太郎は旋律を紡ぐ。

(ケヴィンさんも大概なバカだからさ)

 先ほどの様子を思い起こし、観客としてカウンターの向こうで立つ姿を見やり、そんなことを思う。これまでも、これからも。彼は彼のまま強く生きていくのだろう。その一本気な真っ直ぐさは、彼の憧れでもあった。

(そうやって笑ってくれてりゃ、こっちも気楽でいられるんだ)

 『仕事』帰りのケヴィンの顔は、険しい。そんな様子を、鳥太郎は見たくなかった。少し。ほんの少しの差だから恐らく気が付かない人の方が多いだろう。だが。

(何か思いつめたような、その瞳に宿っているものは何なんだ)

 そんな表情は見たくない。そう思う反面、内面に宿っている炎は何処にあるのか……それを理解たいと。そんな事を想ってしまった。


●Coda

 ……ポトリ、と。フィルターから琥珀色の滴が落ちてサーバーに波紋を作る。

(いつにも増して、すげぇな)

 息を呑む事すら忘れ、ケヴィンは鳥太郎の演奏に聞き入っていた。気が付けば、二人分の珈琲はサーバーに湛えられ、細かな泡がフィルターの上で弾けている。うっかりすると、雑味が出てしまいそうだ。

「お疲れさん。コーヒー、飲むかい」

 サーバーから二人分のマグカップにコーヒーを移して、ケヴィンは鳥太郎へ呼びかける。演奏後の余韻に浸っているのか、それとも精根を音と共に吐出しつくしたのか。鳥太郎は呆けたように、スツールの上で脱力していた。
 ミルに残った豆殻を使い終わったフィルターと共に捨て、戸棚からジンジャークッキーを引っ張り出して皿に空ける。

「帰って早々、良いもん聴いちまったからね」

 これくらいはちょっとした礼代わりだと、答えも聞かずにマグと小皿を押し付ける。心の奥底を揺さぶられるような音楽を聴いたせいだろうか。少しささくれ立っていた感情が、蕩けるような、そんな感覚があった。

(ほんと、何なんだろね)

 わざわざ自分なんかに構ってくるこのお節介な悪友を、無下にする事もできない。だが、決して自身と同じ処に立たせてもいけない。そんな感情を持て余しながら、ケヴィンは自身もコーヒーを啜る。ソファのクッションが疲れた身体の重みを受け止めてくれた。じんわりと、温かく染み入るものと共にほろ苦さを呑み込み、もう一口の琥珀でそれを押し流した。


●帳は落ちて

「なんだ、寝ちゃったの」

 いつの間にか静かになった部屋の主に気が付き、鳥太郎は苦笑した。ケヴィンが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、鳥太郎が身体の火照りを休めている間に彼は意識を手放してしまったらしい。

(声を聞かずとも、同じ空間に居て悪くない……)

 そんな存在に、自分は成れているのだろうか。取り留めもない考えが頭の片隅に過ぎる。それを更に隅の奥に押しやり、洗い物を手早く済ませてから鳥太郎はそっと部屋を後にする。

「おやすみ、ケヴィンさん。またね」

 後には、薄手のタオルケットを纏って眠る家主。盛夏というにはまだ早く、底冷えの心配はないだろう。改めて様子を見遣ってから、そっと鳥太郎はドアを閉じた。

                      胸の奥に宿る火は 了

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは、かもめです。
この度は素敵な発注文をいただきどうもありがとうございました。

グロリアスドライヴの依頼の方でもお世話になっているところで色々と見えてきたりして、納期いっぱいまであれこれと書き直しのお時間を頂く事になってしまいました。私の拙い文章でお二人の大人な関係性を、少しなりと彩ることが出来ていれば佳いのですが。
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グロリアスドライヴ
2019年08月06日

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