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『叛逆の戦闘シスター』
白鳥・瑞科8402


 敵が出現するのは3時間後。
 今は、そこまでわかるようになった。
 少し前までは、異界からの襲撃者の存在は、出現してからでなければ感知する事が出来なかったのだ。
 世界と世界の、境界の揺らぎを観測・感知する。その技術は、頼もしい速度で進歩している。この『教会』という組織も、精鋭化が進んでいるのは、前線で戦う武装審問官だけではないのだ。
 3時間。沐浴を済ませる余裕は、充分にあった。
 白鳥瑞科(8402)は『教会』日本支部の大浴場で身を清めた後、支給された新型装備品の着用に取りかかっていた。
 まずは、黒色のアンダーウェア。
 とにかく薄い。素肌と一体化しているかのようである。こうして全身にまとってみても暑苦しさがないのは、まあ救いではあった。
 ぴったりと身体に貼り付く漆黒の生地に、美しい鎖骨の凹みも、深く柔らかい胸の谷間も、綺麗な腹筋の線も、瀟洒なランジェリーの形も、全て浮かび上がっている。
 魅惑的な女体の凹凸が、ごまかしなく際立った己の全身を、瑞科は見下ろした。
「銃撃も防ぐ……なぁんて開発部の方々、豪語しておられましたけれど。本当に大丈夫なんですの?」
 その身体に、ふわりと修道服をまとう。禁欲的なシスターの装いであるが、胸と尻の牝獣的な膨らみは隠しきれるものではない。
 豊麗なバストの肉感と、大きめの白桃を思わせる瑞々しいヒップライン。それらを維持するために最も重要なのは胴の引き締めである、と瑞科は思う。
 過酷な鍛錬でくびれを維持している胴体に、瑞科は特殊金属のコルセットを勢い良く装着した。勢いで、胸が揺れた。豊かな膨らみが、強調された感じである。
「まあ銃撃など、かわせば良いだけのお話……」
 瑞科は微笑んだ。
「私に、せめて攻撃を当てて下さるような方でありますように……ふふっ、神にお祈りいたしますわ」


 誰かが、遠くでラッパを吹いている。神々しくも禍々しい音色。
「終末のラッパ吹き……とでも?」
 苦笑、に近い形に美貌を歪めながら、瑞科は歩を進めた。美脚を包むロングブーツが、高らかに足音を鳴らす。
 修道女のヴェールと純白のケープが、艶やかな長い髪もろとも強風に舞い暴れる。
 高層ビルの、屋上である。
 赤黒く曇った天空を、瑞科は見上げ睨み据えた。
 きっかり3時間で、異変は始まった。
 火災の煙にも似た赤黒い雲が天空に満ち、荘厳にして不吉なラッパの音がどこからか響き流れる。
 曇天のあちこちで、雲に産み落とされたかの如く出現しつつあるものたちを、瑞科は見据えた。
 巨大な、肉塊あるいは臓物の塊。おぞましく脈動する有機物。そんな醜悪なるものが、白い翼をふわりと広げ、輝ける光の輪を戴いている。
「御使い……とでも、おっしゃるのかしら!?」
 御使い、すなわち天使。
 臓物のように脈打ちながら羽ばたく、異形の天使の群れであった。
 それらが、光を放つ。レーザー状に一閃する、純粋な破壊の力。
 光の雨が、市街地に降り注ぐ。
 あちこちでビルが爆散し、路面が破裂した。コンクリートやアスファルトの破片が、舞い上がり吹き荒れる。
 一般市民の避難は完了している、という話ではある。それを信じるしかない。
 瑞科の足元でも、光に切り裂かれた高層ビルが倒壊しつつあった。
 軽やかに瓦礫を蹴りつけて、瑞科は跳躍していた。
 跳躍が、そのまま飛翔になった。重力制御。空中のあちこちに、瑞科は今や着地する事が出来る。
「ついこの間、悪魔族の方と戦ったばかり……次のお相手が天使、神の御使いの方々とは」
 微笑みながら瑞科は、空中に一瞬だけ生じた重力の塊に降り立ち、すぐさまそれを蹴って、さらなる高空へと跳躍していった。
 そうしながら、身を捻る。
 しなやかな二の腕を、綺麗にくびれた左右の脇腹を、天使のレーザー破壊光が何本か超高速でかすめて行く。少しでも余分な肉がついていたら、腕や胴体を灼き切られていたところか。
「ふふっ……日頃から、身体の線を保つ努力を、苦労を、している甲斐があるというものですわっ」
 食べ頃の果実を思わせる胸の膨らみが、横殴りに揺れる。
 その瑞々しい肉塊のすぐ近くを、天使の光が一閃し通過する。
「っと……危ない危ない。私、恥ずかしながら胸の当たり判定が大きくて難儀しておりますのよ」
 スリットの入った修道服の裾が、あられもなく割れた。
 そこから、光が走り出した。様々な方向へと。
 むっちりと形良い太股に巻かれたベルト。そこに収納されていた幾本ものナイフが、引き抜かれ投擲されたのだ。
 瑞科の周囲で、天使たちが硬直した。
 いくつもの醜悪な肉体に、深々とナイフが突き刺さっている。
「神の裁きは受ける……と私、確かに申し上げましたけれど。ふふん、まさか貴方たち盗み聞きでもしておられましたの?」
 重力の塊を足場として空中に佇みながら、瑞科は長剣を抜き放った。
 その白い刀身が、轟音を立てて発光する。
 電撃であった。
 全方向に飛び散った電光が、全てのナイフを直撃する。
 天使たちが、電熱に灼かれ焦げ砕け、遺灰に変わって漂った。
「困りましたわ。私、あなた方のなさりようを神の御業と認識する事が出来ませんの」
 瑞科は空中を駆けた。
 聖なる長剣を右手で保持したまま、左手でナイフを投射した。優美な五指から、いくつもの光が飛び立って行く。
 電光を帯びたナイフ。
 それらが、天使たちをことごとく爆砕した。
「私ごときに、こうして狩られているようでは……ね」
 舞い散る遺灰を蹴散らしながら、巨大なものが眼前に迫る。
 天使たちの中で、最も大型の個体。
 天使の輪を戴きながら翼を広げた、巨大な肉塊あるいは臓物。それが寄生虫のような触手を伸ばし暴れさせ、瑞科を襲う。
 無数の触手が、修道服のスリットに潜り込もうとする。色香と活力みなぎる太股に、育ち過ぎの白桃にも似た美尻に、群がろうとしている。
「……目的は、何ですの? 思い上がった人類に、神罰を下そうとでも!?」
 電光まとう聖剣を、瑞科は一閃させた。
 天使の醜悪な巨体が、真っ二つになった。断面が電光に灼かれ、沸騰する。触手の群れが、全て破裂した。
 真っ二つの肉塊が、焦げて崩れて飛散する。
「貴方がたに……その資格は、なくてよ」
 赤黒い雲が、少しずつ薄れ、消え失せてゆく。
 ラッパの音が、遠のいて聞こえなくなりつつある。
「私はお前たちを、神とも御使いとも、認めはいたしませんわ」
 遠ざかって行くラッパの奏者に、瑞科は言葉を投げた。
「己が聖なる存在である事を、まずは証明なさい。このような、おぞましい形で……ではなく」
 神の罰ならば受ける。その思いは、変わらない。
 人間は、神による裁きと罰ならば受けなければならない。
「人間を裁き罰する資格を持つ存在である事を……今後の戦いで、証明して御覧なさい。受けて立ちますわよ」


東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月13日

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