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『花々の競演 』
ウェンディ・フローレンスaa4019)&エウカリス・ミュライユaa5394hero001)&クロエ・ミュライユaa5394)&サキ・ミュライユaa5394hero002)&ロザーリア・アレッサンドリaa4019hero001


 外に集まった人々のざわめきが、部屋の中にもさざ波の音のように伝わってくる。
 時折、「○○ちゃーん」などと、誰かの名前を呼ぶ大きな声も響き渡る。
 学園祭の盛り上がりは最高潮に達していた。
 ウェンディ・フローレンス(aa4019)は、大きな化粧鏡に映る自分の姿に小首をかしげる。
 その後ろを、クロエ・ミュライユ(aa5394)がしずしずと通りかかった。
「ついに決勝まで来てしまいましたわね」
 思わず漏れる、かすかな苦笑い。
 鏡の中のウェンディにむかって、クロエがやはり軽く肩をすくめる。
「周りのほうが盛り上がっているうちにね」
 クロエはそう言って、ウェンディの隣の椅子にかけ、鏡に向かった。

 ふたりは揃いのウェディングドレス姿だった。
 とはいえ、これから挙式という訳ではない。
 ふたりが通う大学の学園祭では、最終日のミスコンが最大の呼び物になっていた。
 その決勝戦で決められている衣装が、ウェディングドレスなのだ。
「最終決戦がドレスなのは、お祭りのラストが豪華になるからでしょうか?」
 ウェンディは綺麗に結い上げた髪の具合を確かめ、そうっとティアラを飾った。
 金の髪に、繊細なティアラの輝きが良く映える。
「それもあるだろうけど。人数が多いと、全員でドレスを着るのも大変だものね」
 クロエの言う通りだった。
 決勝戦まで進んだのは全部で6人。今この控室を使うのは、彼女たちだけなのだ。
「それに『ミスコン』だもの。ウェディングドレスを着られるのは、これから結婚する女の子、つまり『ミス』だけよね」
 クロエが口紅を塗る手を止め、ちょっと悪戯っぽく笑ってみせた。

 ほかの出場者が順に着替えを済ませて出てくるのを見て、ふたりはドレッサー前を譲る。
 控室に戻ると、待ち構えていたエウカリス・ミュライユ(aa5394hero001)がぱあっと顔を輝かせた。
「ふたりとも可愛い!」
 いうが早いか駆け寄ると、ふたりをいっぺんに抱き締める。
「やっぱりこのドレスにして正解よね。ふたりの可愛さが引き立つもの!」
 普段はのんびりおっとりしているエウカリスが、珍しく興奮して可愛い可愛いを連発している。
 ウェンディには珍しいことのように思えたが、クロエは当然、エウカリスのそういう(子供っぽい)一面も良く知っている。
 なんといっても自身のパートナーなのだから。
「ちょっと、カリス。ウェンディが困ってるわよ」
「え? あ、ごめんなさい!」
 慌てて身体を離すエウカリスに、ウェンディはいつもの穏やかな微笑みを浮かべた。
「カリスちゃんにドレスを選んでいただいて正解でしたわ」
「本当に? そう言ってもらえると嬉しいわ!」
 エウカリスが心の底から幸せだというような、輝くような笑顔になった。

「うん、良く似合っている。同じ衣装なのに、全く印象が違うのも素晴らしいよ」
 サキ・ミュライユ(aa5394hero002)は目をキラキラ輝かせて、自分のパートナーであるクロエを真っすぐに見ていた。
「オーソドックスなドレスだから、ふたりの個性が際立つのかもしれないね」
 ロザーリア・アレッサンドリ(aa4019hero001)がさりげなくウェンディの隣に並び、手袋をはめた細い手を優しく取り上げる。
 その姿はまるで、貴婦人を前にした古い時代の騎士のよう。
 実際、ロザーリアは普段から剣士の衣装を好むので、マントをさばく所作もさまになっている。


 サキはクロエの周りを、ぐるぐると回り続けていた。
 全方位の美しさを、しっかり目に焼き付けておこうとしているかのようだ。
「うん、本当に綺麗よね。真っ白にしなくて正解。オフホワイトの色合いが優しくて、とても可愛い印象になってる。学生のコンテストなんだもの、大きなリボンも甘めぐらいでぴったりなのよね」
 プリンセスラインの裾が広がったドレスは、本当に物語に出てくるお姫様のようだ。
 この辺りはエウカリスの好みが強く反映されているようだが、実際にクロエに似合っているのだから問題ない。
 花を散らしたカールの髪も、うなじから背中の流れるような美しさをよく引き立てている。
「試着でも綺麗だったけど、やっぱり髪もメイクも小物もちゃんと揃うと、本当に綺麗。そう思うよね、ロザリー?」

 名前を呼ばれたロザーリアは、鷹揚に頷く。
「確かに。ウェンディはドレスを着こなすことに慣れているけど、何度見てもどんなドレスでも見飽きないんだよね」
「まあ、ロザリーったら」
 ウェンディがくすくす笑う。
 ロザーリアはいつもウェンディを褒めてくれる。
 実際の所、ウェンディは誰かに褒められることには慣れているのだが。
 ロザーリアの言葉は、表面的な美しさのことを褒めているわけでもないし、うわべだけのへつらいでもない。
 本当に美しいと思ったものを美しいと表現する、そんな心が真っすぐに伝わってくる言葉なのだ。
 能力者と英雄だから深いところでつながっている、という理由は大きいだろう。
 けれどウェンディは、ロザーリアの率直で強者に媚びない性質が、言葉にも表れるのだろうと思う。
「本当だって。もちろんウェンディは、普段の姿も綺麗なんだけどね」
 まるで伊達男のような台詞だが、ロザーリアが口にすると、単に真実を述べているだけ、という風になるのだ。

 サキはそんなロザーリアに、すっかり慣れっこになっていた。
 パートナーを心から大切に思っている英雄として、ある意味ではお互い様という訳だ。
「ウェンディの着こなしは、本当に慣れてる感じよね。やっぱり」
 一応そう言って、合わせるぐらいの心の広さは持ち合わせている。ウェンディもまた大事な友人なのだから、これは本当のことだ。
 でもやっぱり強く心を惹かれるのは、クロエのドレス姿。
「なんというのかな。咲いたばかりの白い薔薇っていうの? 初々しいけど凛としているって感じで。ずっと眺めていられるよね」
 エウカリスが胸の前で手を組んで、力強く頷いた。
「その通りだわ、サキ! あなた、詩人なのね。本当にそう! 外の人達にも見てもらいたいけど、見せるのがもったいないとも思ってしまうのよね」
 ふたりに挟まれ、怒涛の誉め言葉を浴びながら、クロエはウェンディと視線をかわす。
(本当に、何で私たちより盛り上がってるのかしら?)
 とはいえ、やはりウェディングドレスは特別な衣装だ。身につけると、心が高揚してくるのがわかる。

 腕につかまって身体を寄せてくるエウカリスに、自分からも軽く押すようにして寄り添いながら、クロエはくすくす笑ってしまう。
「ほんとに、どっちがお姉さんなのよ」
「あら、わたしよ! だって花嫁衣装を選ぶのは、お母さんかお姉さんの役目よね?」
 エウカリスが誇らしげに胸を張る。
「そういうものなの?」
 クロエは疑わしそうに横目でエウカリスを見る。
 偶然、同じミュライユという姓を持つふたり。そこにサキも加わって三姉妹を自称し、誰が姉やら妹やら、仲良く今日までやってきた。
 お互いが大好きで、お互いが大事で。
 これからも仲良しの三姉妹。クロエはそれが嬉しい。


 決勝戦の開始時間が近づいたと、連絡が入る。
「じゃあ行こうか」
 ロザーリアがマントを翻し、恭しくウェンディの手を取った。
 出場者はそれぞれが選んだエスコート役と共に、舞台に上がるのだ。
 出場を口実に気になる人に声をかける者もいるだろうし、既に決まったお相手との予行演習代わりという者もいるだろう。
 だがウェンディは迷うことなく、自分の英雄を選んだ。
 羽帽子を戴く金の髪、モノクル越しに輝く銀の瞳。剣を携え、豪奢なマントを翻す剣士姿のロザーリアは、どんな男性よりも凛々しく美しいと、ウェンディは思う。
「よろしくお願いしますわ、騎士様」
 ウェンディはたおやかに微笑む。
 彼女を危機から救い出してくれた、本当の『英雄』であるロザーリア。
 冒険を重ねるうちに、ウェンディの心はすっかり魅了されてしまったのだ。
 まるで運命でつながった、おとぎ話の姫と王子のように。
 これからもロザーリアと一緒なら、どんな舞台でも自分らしくいられるだろう。
 そしてロザーリアもまた、ウェンディの英雄であることを誇りに思うのだ。
「出場を説得して本当によかった。こんなに綺麗なウェンディを、あたしのパートナーだと皆に誇れるチャンスだからね」
「まあ光栄ですわ」
 ウェンディは頬を染め、それから後ろを少し振り返る。
「ではお先に参りますわね」
 声をかけたのは、エウカリスとサキと、ふたりに挟まれたクロエ。
 楽しそうで、幸せそうな3人に、思わず笑みがこぼれてくる。
(いつかドレスの試着会にお誘いしても、きっと楽しいですわね。皆とっても可愛らしいのですもの)
 そしてウェンディは前に向き直る。
 顎を引き、背筋をすっと伸ばして、優雅に、堂々と。
 心から信頼する英雄に導かれ、真っすぐに進んでいく。

 その姿を見送り、クロエがほうっとため息を漏らす。
「さすが、決まってるわよね」
「本当に、騎士とお姫様よね。でもほら、サキも負けずに素敵なのよ!」
 エウカリスはうんうんと頷いてから、ぐいっとサキの背中を押す。
「あ、ちょっと!?」
 サキは正統派剣士からは少し異なる、エキゾチックな印象を与える衣装をまとっていた。
 まだ少しあどけなさの残る、けれど整った顔立ちで、すらりと細身のサキにはよく似合っていた。
 男性とも女性ともつかない、東洋とも西洋ともつかない、けれどそれらが混ざり合い、見る者に不思議な印象を残す。
「大丈夫よ、とっても素敵だから自信をもって! クロエのことをよろしくね!」
 エウカリスに押されて隣に並んだサキに、クロエが笑いかける。
「よろしくね、サキ」
「じゃあお手をどうぞ、クロエ」
 サキがそっと手を差し出す。さりげなく、けれど万感の想いを籠めて。
 手を添えながら、クロエが悪戯っぽく笑った。
「本当に。サキだってそんなふうにちゃんとしてれば、綺麗で凛々しいのに」
 虚を突かれたように、サキは無言で足を止めた。

 ウェディングドレス姿の、美しいクロエ。
 その手を取って、並んで歩く。
 たとえこれがお祭りのイベントで、結婚式などでもなくて、それ以外の何かを誓う儀式などでなくとも――サキにとってはかけがえのない一瞬だった。
 心から求めるものが間近にある。
 自分だけが間近にいる。
 この心のときめきを悟られたとき、クロエがどうするかと思うと不安になる。
 だから、全てを隠している。
 ドレス姿を美しいと称賛する言葉に、少しずつ思いを混ぜながらクロエに届けるのがサキの精いっぱいだ。
 それ以上は望むまい。――すべてを失うぐらいなら。

 サキの無言を、拗ねたとクロエは思ったのだろう。
 実際、言葉を探して唇を尖らせたサキの顔は、不満を抱えているようにも見えた。
「ごめんごめん、ちょっと言い過ぎた? でも本気出したら素敵なのに、もったいないなって思っちゃって」
 クロエが『素敵』だと思うのは、サキのことを特別に思っているからだろうか?
 サキを『凛々しい』と評する言葉には、特別に何かを伝える意味があるのだろうか?
「――ごめん。ちょっと緊張していただけ。もう大丈夫」
 サキは微笑んで見せる。
 クロエを心配させないために。
「じゃあ行きましょうか。遅れたらかっこ悪いものね」
 ドレスがふわりと風に揺れる。
 クロエは羽のように軽く、サキの手に自分の手を預けた。

「行ってらっしゃい。転ばないでね!」
 エウカリスは控室を出ていく姉妹を見送った。
「さて、と。少し後片付けをしてから、わたしも客席に行かなくちゃね」
 戻って来たみんなが着替えをしやすいように、椅子を並べ替え、化粧道具をそろえる。
「でも本当に、皆とっても素敵よね」
 エウカリスはもう、完全にウェンディかクロエが優勝だと信じ切っていた。
 ひょっとしたらダブル1位かも? などとも思ったりして。
「これでよし、と。わたしも急がなくちゃ! ……とと!!」
 なんでもないところでつまづいて、慌てて体勢を立て直す。
「こんなところで転んだら大変よ。事件現場じゃないの」
 言葉ではそんなことを言いながら、終わった後の楽しい会話に思いを馳せる。
 とても楽しい。とても幸せ。
 弾むように歩きながら、エウカリスはひとりでニコニコ笑っていた。
 その笑顔が突然、ふっと消え失せる。
 今更だが、とても大事なことに気づいたのだ。
「あら? わたし、どっちに投票すればいいんだろう!?」
 頬に手を当て、エウカリスはひとり悩む。
 どちらかなんて選べない、素敵すぎるふたり。
 なんといっても、ウェンディもクロエも、エウカリスが選び抜いたドレスを纏っているのだ!
「困ったわ。こういうときは……ここを出て、最初に会った人が男性か女性かで決めるしかないわね!」
 元気を取り戻したエウカリスは、とてとてと控室を出て行った。
 世の中にはサキやロザーリアのような、そこらの男性よりも凛々しい女性もいるということをすっかり忘れているようだが。

 外の歓声が、わっと大きくなる。
 花々の競演は、それぞれの想いを秘めて幕を開けるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

長らくお待たせいたしました。ジューンブライドが夏になってしまいました……すみません。
同じドレスでも、きっと印象はかなり違うものになっているのだろうなと思いつつ。
お楽しみいただけましたら幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました!
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2019年08月13日

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