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『ただひとりの望み 』
陸道 空la0077

 長い戦いだった。
 短い戦いだった。
 長いようで短い戦いだったのかもしれない。
 短いようで長い戦いだったのかもしれない。
 この戦場へは両手剣を握って臨んだはずなのに、気がつけば棍を振るっていたし、短刀を突き込んでいたし、手甲で敵刃を叩き割っていた。
 なにを取ろうと為すべきことはひとつ。敵として眼前に立つ男の命を、手にした得物で奪うことだけだ。
 だから――
 今は誰のものとも知れぬ大太刀を手に戦い続けていて、それはもうすぐ終わろうとしていた。
 彼の背には一族の願いがある。この戦いに勝ち抜いた者に与えられるという“望みを叶える神器”を手にし、一族が今世まで伝えてきた大願を成就させるという、千年越しの願いが。
 しかしながら、それはここへ集められた戦士たちすべてが、それぞれに負ってきたものなのだろう。
 すべての男たちが、自分ではない誰かのために命を尽くし、戦っている。そんな感慨を抱いたとき、彼の胸奥にふと疑問が沸いた。
 おまえにはいるのか。死んで泣く身内ってやつが。
 彼は敵が斬り下ろした切っ先を鎬で流して鍔元で止め、ひねり込んで取り落とさせておいて、その喉を斬り上げた。
 おまえにの帰りを待つ母がいるなら、これからを共に歩みたい女がいるなら、俺はそれを泣かせるわけだ。
 彼は思いながら骸を蹴り退け、突っ込んでこようとした次の男にぶつけておいて、骸ごと刃で突き通す。
 戦いがそうしたものだとは知ってるが、なんの因縁もない男たちをあとどれだけ殺し、その後ろに在る女たちをあとどれだけ泣かせればいい?
 滅入る気とは裏腹に、技は繰られるにつれ研ぎ澄まされ、無尽に躍る。まるでそう、自分は戦うためだけに生まれてきたのではないか?
 思ってしまった途端、ぞくり。背筋を太い寒気が這い上った。
 時と共に鈍るどころか冴える刃。
 それを成しているものは、彼自身。
 もしかして俺は、本当に戦うためだけに……
「上等だ」
 口の端を歪めて吐き捨てる。
 もし自分が戦うために生まれてきたのなら、それを肚に据えて敵を殺し尽くせばいい。たとえどれだけの女を泣かせようとも、だ。
 自分へ言い聞かせるようにもう一度「上等だ」と唱え、彼はこぼれた刃で宙を薙ぎ払い、残る敵へと駆け出した。
 彼の名は陸道 空(la0077)。
 一族の悲願を負い、戦うばかりの戦士である。

 最後に残った男は手練れだった。
 空と同じく数え切れないほどの敵を殺してきたはずなのに、まるで疲れを感じさせることなくかろやかに踏み込み、青竜刀を斬り下ろしてくる。
 刃はすっかりなまっていたが、その重さを真っ向から受け止めてはこちらの刃がへし折られるだけだ。空は鍔元で受けながら腕を引き、衝撃を殺して止め、蹴り込まれてきたつま先を膝で突き上げた。
 据えていた腰を浮かされ、体を泳がせる男。
 勝負を急いだな。空は胸中でかぶりを振り、上げていた足を踏み下ろす。
 本来であればあと二、三手使って崩しきるべきなのだが、体はとどめを刺そうと動きたがっている。正直なところ、彼自身もまた急かされているのだ。どことも知れぬ先から染み出してくる、強い気にあてられて。
 これが神器の気配か。
 神器は人の命を注がれることで力を得るという。大量の命を飲み干したことで存在を隠しておけなくなったのかもしれない。いや、早く顕われたいだけなのか。空と敵である男が失った体力と気力とを再填し、十全以上の状態で殺し合わせてまで。
 神器にとっては燃料に過ぎない命でも、空たちにとってはかけがえのないもの。期待に応えてやるのは業腹だが、戦場の外より空の戦いを見ている一族の期待を裏切るわけにもいかなかった。
 おまえが運や過ちではなく、武で俺に負けたことを示して、終わらせる。
 大太刀を八相に構えなおして促せば、男は流れた体を踏み止め、青竜刀を斬り上げた。蹴りよりも高く、横薙ぎよりも低い、空の脾臓へ食らいつく軌道で。
 柄頭を肩の上に置く八相の構え。迫る刃を打ち落とせるはずはない。が、それは空自身が誰よりも知っている。
 刃閃を見定めることなく、空は大きく一歩引いていた。
 胴を捕らえ損ねた青竜刀は当然、宙を薙ぐ。
 そして必殺の威力を込めていたからこそ、男の体はその場に縫いつけられていた。
 ――間合の外から振り下ろされた長刃で、頭頂から胸の半ばまでもを断ち割られた男が崩れ落ちる。
 刃を上にかざすことで敵が攻め来る角度の半ばを殺し、最後は得物の長さの差を利して討つ。言葉にしてしまえばただそれだけの駆け引きの結果が、ここに示されたのだ。

 地を埋め尽くす骸のただ中、空は静かに息をついた。
 達成感も悦びもありはしなかったが、最後のひとりとして、待ち受ける。神器の出現と、戦場だったこの地へ駆け込んでくる一族の到着を。
 果たして一族の者たちが息切らせて辺りを取り巻き。
 世界をじりじり押し割り、神器が這い出し来たる。
 古き約定に従い、望みを叶えよう。
 声なのか音なのか、それとも念のようなものなのか。形すら定まらぬくせになによりも色濃く存在を示す神器が空と一族の者たちへ語りかけた。
 最後に残りしただひとりの望みを。
 どういうことだ? 空が眉根を跳ね上げた、そのとき。
 一族の者たちが暗器を引き抜き、空へと襲いかかる。
 これまで寝食を共にし、武を磨き合ってきたはずの男たちがいた。その暮らしを支え、見守ってきたはずの女たちがいた。一族の悲願を語り、それを空へ託すと語った古老たちがいた。空が拓いた先へ踏み出し、これからを担うはずの童たちがいた。
 乱杭歯を剥きだした族長が、腰帯剣を振り込みながら吐き出す。神器はこの場にあるただひとりの生者の願いを叶える。我らはただひとりになるまで殺し合わねばならぬのだ。
「俺に託せばそんな必要もなかった! なのにどうして――」
 おまえは強い。その武はおまえを蝕み、我らの願いを歪めるだろう。大願ならぬ我欲を果たさせるわけにはいかぬのだよ!
「そんなわけがあるか! 俺は一族の」
 我々は誤ったのだ。真の一族ならぬ……に唯一無二の望みを託すなど!
 長老の言葉に、空はすべてを知る。
 そうか。俺は空(そら)じゃなく、空(から)だったわけか。
 空の武に及ぶはずのない一族の者たちを殺し尽くすまでに、それほどの時は要らなかった。

 今度こそ、ただひとりの生者となった空へ、なにを為すこともなく捧げられた命を飲み続けてきた神器が問いかけた。
 ただひとりよ、汝が望みを語れ。我はそれを叶えよう。
 望みなどあろうはずがない。それは今、彼自身の手で砕いてしまったのだから。
 ――いや、ちがうな。戦うためだけに生み落とされた俺には、望むべきことがひとつだけある。
「意味のある戦いができる世界へ送り出してくれ。俺が戦うべき敵がいて、守るべきなにかがある、そんな世界へだ」
 殺して殺されることに、自分を賭けるだけの意味が欲しい。そうじゃなきゃ、“俺”はなにひとつ報われない。
 神器はかすかに震え、是を示した。その大望、しかと叶えよう。
 果たして世界は押し広げられ、空がくぐるだけの裂け目が創られる。
 踏み込んでいく空は、一度たりとも世界を返り見ることはなかった。
 ゆえに、知ることもない。世界を満たしていた命が、「ただひとり」の望みを叶えるがため神器に飲み尽くされていくことを。

 虚無の内、彼は彼方にぽつりと灯る光を指して進む。
 あそこに行き着けば、俺は見いだせるんだろう。空(から)の俺が空(そら)として生きる意味を―― 
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2019年08月13日

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