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『手向けには過ぎる花(3) 』
芳乃・綺花8870

 一閃。少女の振るった刀が、悪霊を切り裂く。
 まるで相手の身体へと線を引いたかのように、真っ直ぐで揺るぎのない傷跡が敵の身体へと刻まれた。
 彼女がその時斬ったのは、それだけではない。同時に、少女は幕を切る。先程まで行われていた戦闘は、悪霊が退治されるという幕切れでたった今終わりを告げたのだった。

 芳乃・綺花(8870)は、今しがた倒したばかりの敵を見下ろす。
 今回の任務は、厄災と呼べる程強大な力を持つ悪霊を退治する事だった。上司から受け取った任務に関する資料には、敵の本拠地は確かにこの場所だと記されており、悪霊に関する情報も今足元に転がっているものと相違ない。
「……やはり、ハズレのようですね」
 けれど、綺花は首を横に振った。その瞬間、聞き慣れた音が周囲へと響き渡る。タイミング良く、上司から連絡が入ったのだ。
 街に溢れていた悪しき気配が薄れた事に気付いた上司は、綺花が敵を倒してくれた事を労う言葉を口にする。
 しかし、綺花は再び首を左右へと振った。その瞳からは、未だ戦意が消えていない。
「いいえ、違います。この敵は厄災ではありません。街に迫る脅威は、この程度のものではないはずです」
 綺花は持ち前の知識と、そして数え切れぬ程の勝利の経験から、敵の強大さを感じとっていた。
 先程の悪霊もそこそこの強さを持っていたようだが、それでも綺花の足元にも及ばないレベルだ。綺花にとっては、低級の悪霊とさして変わらぬ存在……取るに足らない相手でしかなかった。
「言ってしまえば、ただの雑魚でした。あれが本来の私の相手とは思えませんね」
 恐らく、先程の敵の裏にもっと強大な力を持った悪が存在するはずだ。黒幕の存在について告げる綺花の言葉を聞き、上司は息を呑む。
 確かに、街にあった強大な悪の気配は薄れている。けれど、綺花を騙す事は出来ない。
 恐らく、この悪霊は黒幕の配下であり囮だ。黒幕は自身のフリをさせた配下で退魔士をおびき寄せ、その囮が倒された瞬間に自分の力を隠してみせた。そして、厄災とも呼べる悪霊は退治されたのだと退魔士達に思い込ませ、油断している隙にこの街を……世界を、侵略しようと目論んでいるのだろう。
「随分と地味でせこい作戦です。厄災をもたらす敵といえど、頭の方は大した事がなさそうですね。それとも、正々堂々と戦う事に自信がないのでしょうか?」
 ふふ、と小馬鹿にするように綺花は笑い、続ける。
「けれど、こちらもあまり悠長に構えてはいられません。悪霊による犠牲は、一つも出すわけにはいきませんからね。私はすぐに現場へと向かいますよ」
 すでに綺花は走り出している。器用にも上司と通信をしながらも、少女はその健康的な身体を夜の街の中へと踊らせていた。セーラー服の襟とスカートが、彼女の動きに合わせて揺れる。
 通信機の向こうで、上司は謝罪の言葉を呟く。先程倒した悪霊こそが厄災だと思っていた上司は、まさかその裏に更に強大が悪霊が存在するとは思っていなかったらしく、敵の居場所についての情報を持っていないのだと告げた。
 けれど、さして問題なさそうに綺花は微笑みを返す。
「問題ありません。今日倒した悪霊達は、恐らく全て厄災の敵の配下です。彼らの出現場所から計算し、ターゲットがいる可能性が最も高い場所はすでに割り出してあります」
 事もなげに、彼女はそう呟いてみせた。綺花は黒幕がいる可能性を早い段階から危惧し、思考を巡らせていたのだ。彼女の足は、迷う事なくその割り出した場所へと向かっている。
 今日の綺花はすでに、館に潜んでいた悪霊達と、囮である悪霊……そして、街で偶然見かけた通行人に取り憑いていた悪霊を倒していた。奇しくも同じ日に、複数の場所で猛威を振るった悪霊達。けれど、それは偶然ではなかった。彼らは全て、今宵倒すべき厄災の手駒だったのだ。
 悪霊のいた館は心霊スポットとして噂になっていながらも、目立った犠牲者は今日肝試しに訪れた若者達くらいしかいない。その点が不自然で、綺花は引っかかりを覚えていた。
 その不自然さも、今日だけ悪霊達の力が増していたせいだという事で説明がついてしまう。恐らく今回戦った悪霊達は、本来は人に取り憑く事も害をなす力すらもない、低級の中でも低級の存在なのだろう。
 厄災の悪霊は、自らの作戦の成功率を高めるための陽動として利用しようと、配下の者達に普段以上の力を与えたらしかった。そのせいで綺花に居場所を割り出されてしまうとは、皮肉な話だ。
 くすり、と挑発的な笑みを深めた綺花の鼓膜を、再び上司の心配そうな声がくすぐる。
「だから、安心してください。場所は分かっています。……え、そういう意味ではないのですか?」
 綺花はいつものように余裕を持った態度で言葉を返したが、上司が本当に心配しているのは敵の所在ではなく、綺花の身体の方だと気付くと不思議そうに首を傾げた。休む事なく戦場を渡り歩いている彼女自身の事を、どうやら相手は心配しているらしい。
「……全く、私を甘く見ないでください。あの程度の相手との戦いなんて、戦闘の内に入りません。傷を負うどころか、疲れてすらいませんよ」
 綺花はどこか呆れたようにそう吐き捨てると、肩をすくめてみせた。心配など、綺花にとっては煩わしいものだ。所詮、それは杞憂にしかならないのだから。
 事実、彼女は今日何度も戦場を駆けているというのに一切疲れてなどいなかった。むしろ、動き足りないためこの任務を終えた後は一人訓練をしようと思っていたくらいだ。
 少女のセーラー服もまた、傷どころか汚れ一つついていない。携えている刀さえなければ、彼女が危険な任務の最中である事に気付く者はいないであろう。
「私は必ず勝利を手にして帰ります。あなたは信じて待っていればいいんですよ。私の力を、知らないわけではないでしょう?」
 妖艶とも言える笑みを浮かべて、堂々と呟く彼女に言い返せる言葉を上司は持っていなかった。綺花の実力からして、この自信に満ちた言葉は強がりでも虚勢でも何でもなく、ただの真実に過ぎないのだから。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年08月14日

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